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usagipai
2025-06-04 21:52:38
8912文字
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ユスひの
1
2
3
4
夜の神殿は、昼の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。
窓の外には雲ひとつない星空。高く昇った月が、青白い光を静かに床に落としていた。
ひのでは目を覚ましていた。何かに起こされたわけではない。ただ、胸の奥がざわざわと騒いで、眠りが浅くなった。それだけのことだ。
布団の上に身体を起こすと、耳を澄ます。どこからか水音がかすかに聞こえた気がした。
――
いや、風の音かもしれない。月の光に照らされた廊下を、ただひとり、歩いてみたくなった。
静かに襖を開ける。誰もいない神殿の廊下。灯火は落とされていて、月の明かりが代わりに道を示していた。
「
……
なんか、変な夜だな」
そう呟いて、ひのでは足音を忍ばせながら歩き出す。廊下の先、見慣れたユースティスの部屋の前を通ると、少し立ち止まってみた。
――
扉は閉じられていて、中の気配は感じない。
やがて小さく頭を振り、再び歩き出す。
と、そのときだった。
突如、背後から吹いた風。神殿内にあるはずのない風が、カーテンを揺らし、そこから光が溢れる。
……
なっ」
目を奪われた次の瞬間、視界が反転する。足元の
視界が暗転し、音が遠ざかる。まるで深い水の中に沈むようだった。
だが
――
ふ、と目の前が明るくなった。
立っていたのは、神殿ではなかった。代わりに、広がっていたのは石畳の街路。古い、けれど丁寧に手入れされた石造りの建物たち。そして、頭上には見たことのない赤みがかった空。夕方でも朝でもない、不思議な時間の色だった。
「
……
え?」
ひのでは思わず声を漏らし、自分の足元を見た。土の匂い。石の感触。風。すべてが、あまりに現実的だった。
しかも周囲には、騎士たちの姿がちらほら見える。鎧のきしむ音、訓練場から聞こえてくる剣戟の音。まるで舞台でも見ているようだった。
「夢、だよな
……
?でも、こんな生々しい夢
……
」
戸惑いながら街の角を曲がると、目に入ったのは
――
若い青年だった。
背筋を伸ばし、清潔な騎士服を身にまとい、真剣な眼差しで少年剣士たちに指導していた。
金髪に近い淡い茶の髪が風に揺れて、日差しの中で微かに光っていた。
「
……
ユース
……
?」
その姿は見間違えるはずがない。けれど、今のユースティスよりもずっと若くて、どこか尖っていた。優しさよりも、真っすぐすぎる正義が、剣のように彼の背を支えていた。
――
そうだ、ここはユースティスの過去だ。夢を通じて見せられている。
なら、気づかれないようにしよう。姿は見えてない、たぶん。
ひのでは少し距離を取りながら、彼の姿を追った。
「違う、その構えじゃ力が逃げる!
……
そう、もっと前に!」
青年ユースティスは、子どもたちの訓練を丁寧に見守っていた。剣の角度、足運び、声の出し方。全てにおいて妥協はなかった。
しかし、不思議なことに、怒鳴ることも、乱暴な指導もしなかった。厳しい中にも、相手の心を折らないような配慮があった。
(あれ
……
こんなに、優しい目してたっけ)
そう思ったひのでは、なぜか胸が締め付けられる。
――
きっと、このころのユースティスはまだ、“理想”を裏切られていなかったのだ。
騎士団の仲間たちと笑い合い、目を輝かせながら訓練をして、皆から信頼されていた。
その姿は、ひのでが知っているユースティスとは少し違っていた。まだ何かを背負っていない、透明でまっすぐな光だった。
彼がどれほど努力してきたかを、後の未来で知っているからこそ
――
この日常が、あまりに切なく、尊く見えた。
次の日の昼。
夢の中だと思っていた時間は、終わる気配がなかった。ひのでは「朝になれば神殿で目が覚めるだろう」と思っていたが
――
なぜかそのまま、時間は流れ続けていた。
「マジで朝になった
……
てか、腹減った
……
寝てねぇ
……
」
誰にも気づかれないままこっそりと町の路地裏を歩いていたが、やがて訓練場の喧騒が耳に入ってくる。
そして、また彼がいた。青年ユースティス。日差しの中で汗を流しながら剣を振るい、生徒たちに手本を示していた。
「なあ見ろよ!やっぱ団長の剣、すっげぇよな!」
「音が違うもん
……
風が切れてる!」
子どもたちが目を輝かせているのを見ながら、ユースティスは少し照れくさそうに笑って、剣を収めた。
そのときだった。
「
……
っあっ」
足元の石にひのでは軽くつまずき、カラン、と何かを落とした。
――
しまった。
ユースティスの目が、真っ直ぐこっちを見た。
(あっ、バレた!??いや夢だし見えるわけ
…
)
「
……
そこの君、何者だ」
青年ユースティスが、凛とした声音で言う。剣はまだ抜いていないが、明らかに警戒していた。
「えっ??(見えてんのかよ!?)」
ひのでは手をわたわたと振って慌てた。
「
……
?」
訝しげな目で、ユースティスは一歩近づいてくる。その瞳に、警戒と分析の色が混じる。
「君、その服装
……
ここの者じゃないな。どこから来た?」
「いや、あの、俺もわかんなくて
……
てか、ちょと待ってくれ
……
(くっそ
……
困ったな
…
)」
わたわたする少年に、騎士の青年は目を細める。そして、ようやくその様子に「敵意がない」と判断したのか、ふっと警戒を解いた。
「落ち着け。君は
……
迷い込んだのか?」
「えっ
……
あ、たぶん、そーいうことかも。神殿で寝てたんだけど
……
気づいたらここにいて」
「神殿
……
?君、どこの神殿の使いだ?」
「え、あ、いや、あの、ジュピターの神殿
……
って
……
いやなんでも無い
…
気にしないでくれ」
ひのでは混乱のあまり、しゃがみ込んで頭を抱えた。
その姿に、青年ユースティスは目を丸くして
――
やがて、小さく笑った。
「
……
おかしな子だな。敵でも怪しい奴でもないのはわかった」
「
……
え?」
「君が嘘をついていないのは、目を見ればわかる」
ユースティスは、静かにそう言った。
その声に、ひのではふと顔を上げる。
――
ああ、やっぱり。
このころから、もう「ユースティス」だったんだ。まっすぐで、きれいで、優しくて、ちょっと不器用で。
でも確かに“信じる”ということを、最初から選んでる目だった。
「君、名前は?」
訓練が終わり、子どもたちが昼食へと去ったあと。まだ剣の手入れをしていたユースティスが、隣に座っていたひのでに問いかけた。
「ひので」
「いい名だ。
……
太陽のような響きだな」
そう呟いた声に、ひのでは思わず笑ってしまった。
「え
…
詩人ぽいな
…
それ」
「そうか? そういうのが好きでね。名前って、“祈り”がこもってると思う」
「
……
!」
ジュピターが言ってたのと、同じだ。
ひのではハッとした。
神子として目覚めた今のユースティスも、「名前には魂がある」と口にしていた。
この頃から、彼はずっと変わってないのかもしれない。
「ユースティスは、騎士なの?」
「そうだ。まだ若輩者だが、剣だけは
――
自信がある。
……
命を守るために振るう剣でありたい」
「ふーん
……
でも、それって大変じゃない?」
「
……
ああ。どれだけ腕があっても、すべてを守れるわけじゃない。俺は、まだまだ
……
理想ばかりだ」
その言葉に、ひのでは黙った。
目の前にいる青年は、まだ“間違ってない”。
だけど、これから先で、何度も“正しさ”を信じるたび、傷ついていくことになる。
“誰も殺さないために、誰かを殺さなきゃいけない”戦場。
それでも、彼は
――
斬る。
そして、自分をすり減らしていく。
(
……
こん時から
…
なのか)
「なにか言ったか?」
「
……
ううん。別に」
「そうか」
静かな昼下がり。乾いた風が、訓練場の土をわずかに巻き上げた。
青年ユースティスは剣を磨く手を止めて、ひのではを見た。
「君、剣に興味はあるか?」
「えっ、
……
まぁ。見るのは、好き」
「なら、構えだけでも教えよう。ほら、立って」
「ええー!?」
⸻
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