星だけが知っていた

賽殺し伝子さんパロシリーズの猫箱。

令和利吉さん&伝子さん生存ルート。
利吉さんが哀れかつ残念です。かっこいい利吉さんなどいない。
令和利吉さんに想いを寄せるモブ女子が清い交際をする場面が少し出ます。
人間関係? 室町時空とは違うのは本編で触れたよね。
温室育ちの花をどうぞ心ゆくまで楽しんでください。



 タタン、タタンと歌うように揺れる電車に揺られ続けた結果すっかり痛くなったお尻を少し気にしながらも、僕は帰路に着く。
 見知った町はすっかり夕暮れの茜色に染まり、たなびく雲が夜の陰を背負い始めている。そんな夕陽を見ていて、ふとあの厨二病少年の言葉がよぎった。
 ――太陽も、月すらも知らない、か。
 よく考えてみたら、記憶を失っている時の僕が何を考えていたか、僕は何も知らない。
 母も詳しくは語らなかったし、乱太郎やしんべヱの口から聞く僕の行動はまさに奇行としか言いようがなかったから理解したいとも思わなかった。
 ……だって考えてみてほしい。乱太郎達が言うには、記憶を失くした僕は泣きながら『失敗しても、間違っても、絶対に諦めたりしないでくれ。間違えて悩んだ先にだって、きっと君たちにとって幸せな未来があるはずだから』などと語ったらしいが、そもそもそんな当たり前のこと、泣きながら言うことか?
 間違ったり失敗したりしても道は一つじゃないから諦めない限り進んで行けるだなんて、僕は乱太郎より幼い頃から当たり前に知っていたし、知ろうと思えば誰だって気付ける話だ。
 そんなわかりきった事を泣きながら他人に教えるなんて、ドン引きされるだけじゃないか。理解不能としか言いようがない。
 僕の知らない『僕』は、結局のところ訳の分からない奇行を繰り返しただけで、僕からしたら傍迷惑はためいわくなだけの存在だ。僕自身にすら理解不能なんだから、他人にはもっと理解できないだろう。太陽も月も理解できない、と言うのは言い得て妙な気がする。
 ただ、滝夜叉丸という少年は、そんな奇行まみれの僕に謎の敬意を払っているようだった。そこがよくわからない。
 まさか厨二病仲間としての敬意?
 ……やめておこう、これ以上考えるとドツボに嵌りそうだ。知らなくていい事だってきっとある。
 家の玄関に着くと、どうやら母はすでに帰宅していたらしく、灯りがともっているのがカーテンの隙間から見てとれた。
「ただいまー」
「あら、利吉。おかえりなさい」
 無造作に靴を脱ぎ、僕は公園から持ち帰ったゴミ袋をかばんから引っ張り出す。ゴミを分別しようとした所で、母がエプロンを装備している事に気付き僕はギョッとする。
「っていうか母さん、何ですかその姿。怪我人なんだから大人しくしてくださいよ。夕飯くらい僕が作ります」
「んもう、そんな事言って。こんなのもう治ったも同然なんだから気にしなくて良いわよ。今日はお母さんが久しぶりに利吉の好物作るんだから」
「はいはい、そういう事は僕より料理上手になってから言ってくださいよ。怪我人の強がりにしか聞こえません」
「何ですってぇ!? その料理を教えたのはどこの誰だと思ってるの!」
「はいはい、青は藍より出でて藍より青しってヤツですね」
「ムキ~ッ! 相変わらず可愛げがないんだからッ! 誰に似たのかしら!」
 わざとらしく怒って見せる母に、僕は呆れてため息をく。
 持ち帰ったゴミ袋のゴミを分別する僕の背後で、母は「絶対利吉がぎゃふんと言うような料理を作ってやるんだから!」と息巻いている。……まったく、ぎゃふんだなんてきょうび聞かない言葉、一体誰が言うんだか。
 母は意外と子供っぽくてムキになりやすいところがある。だから、今日はどうせ僕が何を言った所で夕食作りを譲る気はないだろう。ここは僕が大人の対応で身を引くしかない。
「で? 今日は何を作る気なんです?」
「あら、そんなの決まっているでしょう?」
 一応礼儀として尋ねる僕に、母は得意げな笑みを浮かべる。だから僕は母に向かって指を差し、その料理名を口にした。
「「――オムライス!」」
 人に指を差してはいけない、なんて言うが、こういうときの母のノリはよく分かっている。だから僕と母の間では、その常識より親子間のノリが優先される事が多々ある。案の定、僕と母の言葉とポーズはピッタリと一致していた。
 何がおかしいのか、母はそんな僕の挙動を見てクククと笑いをこらえている。……なんなんだ、自分からやっといて。
「たまには違う料理でも良いんじゃないですか? ほら、僕の好物っていうなら冷や奴とか、他にも色々ありますよ?」
「あら、良いじゃないの別に。どうせ利吉、オムライスが一番好きでしょ?」
「そればっかりじゃあ馬鹿の一つ覚えに見えると言っているんです」
 僕が呆れながらそう答えるが、「利吉は相変わらず素直じゃないわね」と母はころころと笑うのみだ。
「というか、オムライス作りは良いですけどいい加減二回に分けて作るくせやめてくださいよ。そりゃ多少は味が変わるかもしれませんけど、別に気になりませんて」
「大丈夫よ、そこの所はちゃんと考えてあるから」
 どうだか。僕は肩を落とし、大きくため息をいた。
 とりあえずさっさと手を洗い、うがいをする。念の為何か手伝うことはないかと尋ねるが、やんわりと断られた。……まあ、予想はできていたので気にはしない。僕は冷蔵庫の麦茶をグラスに注ぎ、それを口に含んだ。
「ところで利吉。――貴方、付き合ってる子はいないの? そろそろそういう年頃じゃないかと思うんだけど」
 瞬間、僕は口に含んだ麦茶をブーッと思い切り吹き出す羽目になった。
 誰 の せ い だ と 思 っ て る ん だ ッ !
 すんでのところでのどから出かかった魂の絶叫を咳に変換し、僕は盛大にせる。
 「ちょっと、大丈夫?」と困惑する母の肩をむんずと掴み、僕は精一杯睨みながら詰問きつもんする。
「何かと思えば、突然何を言い出すんですかッ!?」
「え? ――だって利吉くらいの年齢なら、彼女くらい居てもおかしくないでしょう?」
「居ませんからッ! というか、彼女なんて無理に作るものでもないでしょう。軽率に異性に手を出したって、その後の人生に責任を取れるわけでもありませんし。だいたい自分のことで手一杯な浪人生が、色恋にうつつを抜かしているバヤイじゃないでしょうが」
 立て続けにフラれた事を隠すために殆ど強がる形で一気にまくし立てると、母は苦笑する。
「そう? 記憶を失っている時の利吉は彼女どころかその場限りのつもりで子供作っちゃって悩んでたらしかったから、利吉も似たようなことしてないかしらって気になって……
「するわけないでしょうがッ!! 一体何をどうしたらそんなおかしな発想が出てくるのか理解できませんッ! 人のこと何だと思ってるんですかッ!?」
 殆ど絶叫に近い形で僕は突っ込む。
 倫理観が違いすぎて最早もはや恐怖の領域だ。記憶喪失中の僕は一体何を考えていたのだろうか。
 はあ、と深くため息をく。
 なんで僕はこんな人に振り回されまくっているんだろうか。
 一体僕が何をしたというのだ。本当、黒歴史にも限度がある。
 何か言いたげな母の視線からのがれる為、僕はやや乱暴に食器の収まる引き出しを開け、スプーンを二本取り出した。
「スプーン、これでいいですか?」
「あらありがとう。もう少しで二つ目ができるから待っててちょうだい」
「はいはい、わかりました。ええ、わかりましたよ」
 僕はやや不機嫌なトーンでそう応じる。そのまま一つめのオムライスを食べてしまっても良いのだが、それをやると母は怒る。それこそ烈火の如く怒る。
 なので仕方なく母の言葉に従い、彼女の料理が終わるまで待つ。
 全く、こだわりの強い親を持つと大変だ。
 芳醇ほうじゅんなバターの香りと共に焼き上がったオムライスを母は皿へ盛り付ける。もはや決まりきったルーティンとでもいうべきそれを眺めていると、母は僕の初めて見る行動を始めた。――出来上がった二つのオムライスを、半分ずつに分けたのだ。
――――え?」
 これまでの人生の中で、母は何度もオムライスを作ってくれた。
 けれど、彼女はかたくなに『一つ目は母の分、二つ目は僕の分』というルールを守り続けてきた。
 僕が非効率だから先に食べると何度言っても、絶対譲ることは無かった。……そして僕は、幼い頃はそれが当たり前だと思っていたが、歳を取るごとになんとなく不満を感じていた。
 だって、一番美味しいはずの食べ方を、僕だけが毎回当たり前に享受きょうじゅするなんて、そんなの不公平だ。
 誰だって、美味しいものを美味しいままに食べる権利があって良い筈だ。親だから、なんて言ってその権利を当たり前に手放されて、素直に喜べるものではないと思う。
 勿論、僕は決してマザコンではないので、これは母からの子供扱いに対する不満であって、別に母にもちゃんと美味しいものを食べて欲しいとか親子で同じものを食べたいとかそういう理由ではない。違うったら違う。ただ僕がなんとなく納得できないというだけの話だ。
 だけど、どんなに主張した所で母はそのルールを崩さない。僕に一番美味しいオムライスを、というのは母にとっての決して崩す事のないこだわりだ。
 だというのに、それが目の前で突然崩される。
「ど、どうしたんですか一体」
 あまりに驚いたので思わず情け無い声が出てしまった気がする。しかし母は嬉しそうに笑って答えた。
「ああ、これ? ――記憶を失っていた時の『利吉』がね、提案してきたのよ。半分ずつにしてくれって。そうじゃないと食べない、なんて言うんだもの」
 僕は少しだけ感心してしまう。――傍迷惑はためいわくなことと奇行しかしなかったと思ったが、案外まともな所もあったんじゃないか、記憶喪失中の僕。
「利吉は嫌だったかしら?」
「別に。良いんじゃないですか? 母さんだけ冷め切ったオムライスを食べるというのも非効率ですし」
 言いながら僕は内心で考える。……傍迷惑はためいわくすぎて絶対許すものかと思ったけれど、まあこの提案に関してだけは記憶喪失中の僕に感謝してやらないこともない。ウィンウィンには程遠いけれど、多少の迷惑料は払ってくれたという事だろう。
 ――全然割に合わないけど、まあ情けなくて残念すぎる奇人ができるびなんて、きっとこの程度のものだろうし。
 仕方ないから、僕が大人の対応で受け入れてやるとしよう。
 母は綺麗に二つに分かれたオムライスに、迷わずケチャップで学校の校舎と桜の花の絵をえがく。
「今の利吉にはこれでしょう? ――迷いが吹っ切れて、初心に返ったって顔してるもの」
「なんなんですか、もう。何も言ってないのに勝手に決めつけないでくださいよ」
 完全に図星だったので思わず口を尖らせる。くすくすと笑う母は、……何故か今日は、自分の分にもケチャップで絵をえがき始めた。
……手裏剣、ですか?」
「ええ。これが八方手裏剣、こっちが棒手裏剣。こっちは苦無。色々種類があるのよね、全然知らなかったわ」
 僕はなんとも言えない気分で、母に問いかける。
……それ、もしかして記憶喪失中の僕が好きだったものって事ですか?」
「ええ、そうよ。それじゃ、食べましょうか」
 母はニコニコと食卓にオムライスを運ぶと、それをスマホで写真におさめる。僕も一応同じように、スマホをかざしてオムライスの写真を撮った。……手がブレて撮り直すフリをして、満面の笑みの母が映るようにもう一枚。いただきます、と互いに声を揃えて手を合わせた後、オムライスをそれぞれ口に運んだ。
 初めて食べる一度目のオムライスは、確かにバターの風味が足りてない。けれど充分に美味しかったし、何より目の前に同じものを食べている笑顔の母がいる事に安心を感じた。……けど、だからこそ問わずにはいられなかった。
……母さんは」
「ん? なあに?」
「記憶喪失中の僕の事、嫌じゃないんですか? 変な事ばっかり言って、怪我までさせて。――僕だったら、絶対許せないと思うんですけど」
 ギュッとスプーンを握りしめて僕はうつむく。
 ……これまで母は、いくら僕が謝っても『利吉のせいじゃない』と笑っていたし、記憶喪失時の僕を決して悪く言ったりしなかった。それは僕に余計な負い目を感じさせない為に気丈に振る舞っているものとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 ……怪我まで負わされて、理不尽な目に遭って、母はもっと怒って良い筈だ。
 いくら母が馬鹿で損する性格の人間だとしても、これは流石にないだろう。ひとことくらい、言ってやるべきだ。
「話を聞く限り、記憶を失っていた頃の僕なんて全然良い所ないじゃないですか。厨二病患者で、理解できないような事ばかり言って周りを困らせて、子供に誰でも知ってるようなしょーもない事をさも特別みたいな顔して泣きながら話してみせたりして、倫理観だっておかしくて。その上母さんに怪我まで負わせて。――僕は、そんな『僕』を安易に許して欲しくありません」
 慎重に言葉を選んでも、自分のことだというのに、それでもやはり嫌悪感の方がにじんでしまう。
 そりゃ、自分の事が大好きすぎるみたいな人間なんてそっちの方が少ないだろうけどさ。
……そうねえ、利吉から見たらそうかもしれないわね。でも、お母さんから見たら、全然そんな風には見えなかったわよ」
 手元を睨みつけていた僕は、母の優しい声音に思わず顔を上げる。
……記憶を失っていた時の利吉はね、すごく不器用で、真面目で、優しくて。優しすぎるからこそ苦しんで、大切な人と離れたくないと願うからこそ私の元から離れていった、ごく普通の男の子だったわ」
……普通、ですか」
「ええ。確かに今の利吉とは全然違うから、利吉が戸惑うのも無理はないけれど。お母さんは、あの時の『利吉』も息子のように大事に思うわよ。――もっと思い出になるものを作っておけば良かったって思ってるくらいなんだから」
 そう言って母はスマホを操作して、僕の見たことのないオムライスの写真を見せる。
 半分ずつになったオムライスの奥に、同じように半分ずつになったオムライスが、やや歪んで見える手裏剣の絵を乗せて鎮座ちんざしている。
 ……食事中の僕と思われる人物の手元だけが辛うじて写っているが、その表情は見えない。
「本当は食べてる顔も撮りたかったんだけどね、ちょうどこの時泣いちゃったから。そういう姿を撮られるのは嫌だろうと思って。だから、あの『利吉』との思い出は、この写真だけ」
「訳がわかりませんよ。なんでオムライス食べるだけで泣き出すんですか。泣き虫ですか」
「ふふっ、そうかもしれないわね。利吉より素直な所もあれば、利吉よりいじっぱりの所もあって、似てるけど全然違う不思議な子だったわよ」
 記憶喪失時の僕について、母が話すのはよく考えてみたら初めてだ。僕は少し戸惑いながらも耳を傾ける。
 ――母の声音に、まぎれもない深い親愛の色が見えたからだ。
「例えばね、一緒にお味噌汁を作った時なんかは、料理に慣れてなかったらしくてね。短冊切りも下手っぴだったの。――利吉なら、そんな下手っぴな切り方になったら、『もっと上手く切って見せます!』って何度でもやり直すでしょ? そう思って大根余分に買ってたのに出番なくなっちゃって、お母さんびっくりしたんだから」
「あー、それで冷蔵庫に大根が大量にあったんですか。というか、その時の僕って向上心無さすぎやしませんか? とても自分と同じ人間だと思えませんよ」
 母の怪我の直後、大量の大根を見かねて大根ステーキを作ったことを思い出しながら僕はそう答える。母はくすくすと楽しそうに笑った。
「そうね、私もそう思ったわ。だからね、――お母さんにとっては、あの時の『利吉』は、もうひとりの息子みたいなものだと思ってるのよ。たまたま名前が同じの、双子の兄弟といえば良いかしら?」
 母の言葉に、僕は目を瞬かせた。
 ……双子、か。
 そう考えれば、いきなり負わされた散々な黒歴史も、僕に似たよく似た兄弟のものとして気持ちに整理が付けれられる気がする。
 オムライスを口にしながら、僕は気持ちが軽くなるのを感じながらスプーンを動かした。
――なるほど、双子ですか。じゃあ、僕がお兄ちゃんという訳ですね」
 お兄ちゃんなら、出来の悪い弟の不始末をある程度肩代わりしてやるのも仕方がないことだろう。
 何せ僕の方が上の兄弟で、しっかりしているのだ。多分目の前にそいつがいたら、泣き虫で何もわかってない双子の弟を僕が『僕の弟なんだからもっとしっかりしないか!』と叱り飛ばして引っ張っていくのだろう。そんなありもしない日常を頭に思いえがくと、なんだかそれだけで少し小気味が良かった。
 しかし満足と納得と共に新たな一口を食べようとした僕は、目の前で母が必死に笑いをこらえているのに気付く。
――なんですか、その顔。話聞く限りどう考えても僕の方がお兄ちゃんに決まってるでしょう?」
「いえね、……ふふっ、もうひとりの利吉がこの場に居たら、絶対『いや私が兄だと思うが……?』って困惑しそうだったからつい……
「はぁッ!? あり得ないでしょう! 醜態しゅうたいさらしまくって泣き虫で情け無い奴が、僕の兄? 絶対僕の方がお兄ちゃんです!」
「ふっ、ふふふ。だってあの子、成人済みで子供も居て、ちゃんと自分で仕事もして稼いでいたらしいもの。家庭から出た事ない利吉じゃ、お兄ちゃんは無理があるって言われそうで……
「なんですかそれ! そりゃ僕は浪人生ですけど、それは環境の差ってヤツです! 自称室町人なら働いてるのは当然でしょう!? そんなものより中身が立派かどうかの方がよっぽど大事じゃないですか!」
 僕がムキになればなるほど、何故か母のツボに入るようで母は目尻に涙さえ浮かべて笑っていた。
 ……おのれ、今に見ていろ。ちゃんと立派に就職して、母がぎゃふんと言うくらい立派な教育者になってやる。
 膨れっ面でオムライスを口にき込む僕に、笑い疲れたのか目尻の涙をぬぐった母は、ふと優しい声色でその言葉を口にした。
――おかえりなさい、利吉」
 はて、帰宅時に挨拶を忘れていただろうか。
 僕は怪訝に思いながらも、当たり前に気のない返事をした。
「はい、ただいま」
 その言葉に、何故か母がこの上なく幸せそうな笑みを浮かべたのが印象的だった。