星だけが知っていた

賽殺し伝子さんパロシリーズの猫箱。

令和利吉さん&伝子さん生存ルート。
利吉さんが哀れかつ残念です。かっこいい利吉さんなどいない。
令和利吉さんに想いを寄せるモブ女子が清い交際をする場面が少し出ます。
人間関係? 室町時空とは違うのは本編で触れたよね。
温室育ちの花をどうぞ心ゆくまで楽しんでください。



 普段使わない路線の列車を乗り継ぎ、僕はこれまで降りたこともない無人駅へと降りた。閑散かんさんとした小さな駅。虫や木々のざわめき以外に何の音も聞こえないその場所を、僕はスタスタを歩いていく。まるで自然そのものが奏でる静かな音楽に、足音という名の新たな音で即興のデュエットをしているかのようだ。
 申し訳程度に設置された自動改札機の側には『御用の方はこちらからお呼びください』と書かれた色せた張り紙と案内用のインターホンのようなものがあったが、どちらも相当に年季が入っているようだった。特に用も無いので僕は横目でチラリと見ただけにとどめ、さっさと歩き出す。
 数軒の民家の他は特になにもない、畑や田んぼ、樹々が風に揺れるだけの場所。ぽつぽつと点在するガードレールは錆びついてボロボロで、まるで時代に取り残されたかのようだ。
 ……誰もいない場所、誰も僕を知らない場所。
 まるで人が居なくなったかのように、誰もいない場所。
 ほんの少しの不安と、未知への期待がぐるぐると混ざるこの感覚。
 見方を変えればきっと、それは異世界だ。世界を渡ることなど出来ない僕にでも小さなかばんひとつで出来る、お手軽でささやかな異世界探訪たんぽう……などと言ってしまうと、流石に子供っぽいだろうか。
 本当はもっと誰も来なさそうな無人の停留所とか、廃道はいどうとか、そういったところへ行こうと思っていたが、夕食を作る都合もあるから結局近場を歩くだけになってしまった。――もっと冒険しても良かったかもしれないが、流石にこれ以上周囲に心配をかけるわけにもいかないだろう。内心苦笑しながら僕は歩みを進めるのだった。


 三十分も経過した頃には、僕は内心でがっかりと肩を落としていた。どうやら閑散かんさんとしていたのは駅の周りだけだったらしく、十分も歩けば人のいない田舎道はどこにでもある田舎の住宅街へと姿を変えていた。
 時刻が既に昼時になろうとしているからだろうか、ランドセルを背負った少年少女達が、見慣れぬ異邦人である僕を不思議そうに見つめながら歩いていく。――そういえば、最近は土曜の授業が復活している小学校が増えているのだったか。僕は今朝もせわしなく学校へと向かった母を思い出しながら、ひたいにじんだ汗をぬぐう。
 今はカレンダーの上では夏真っ盛り。世間の学生たちはそろそろ夏休みを迎える準備をしている頃だろう。水分補給のためのスポーツドリンクは持ってきていたものの残りの量は心許こころもとなく、近年の異常気象のせいか身体は悲鳴をあげていた。仕方なしにどこか休める場所をと見渡したところで、少し先の十字路の脇にとても小さな公園と、古びた自動販売機を見つける。
 ……よし、あそこで休むか。
 僕はかばんから財布を取り出し、数枚の硬貨を自販機に入れると、スポーツドリンクのボタンを押した。一拍おいて、ゴトンという音と機械が硬貨を処理する無機質な音が響いたのを確認し、取り出し口に手を入れる。手探りで触れたペットボトルがひやりと冷たく、だるような暑さにけていた僕の脳を引き締めた。
 誰も座っていないベンチに、虫や汚れがついていないのを確認。念の為サッと手で払ってから、勢いよく腰掛けた。
――――あ゛っづぅ~~!」
 僕の口から情け無い声が漏れる。駆け回るには狭すぎる公園だから、多分この叫びは公園中に聞こえたに違いない。
 とはいえ道行く少年たちの声は遠いし、賑わう蝉の声にかき消されて僕の声までは届かない筈だ、多分。
 冷え切ったペットボトルをそのままひたいに当て、ほんの少しだけ涼む。――同級生だって似たようなことをしていたし、これは別にカッコ悪い事じゃないハズだ。数分ほどそうしてひたいや首筋を冷やした後、僕はかばんに入れていた小さなクーラーバッグから菓子パンをひとつ取り出し、袋を破いて食べ始める。――令和に入ってからずっと取り立たされている異常な暑さの中で、手作りの弁当を持ってくるのは流石に気が引けたので、今日の食事は常温保存可能な数個の菓子パンだけだ。気をつければ食中毒などそうそう起きないと分かっていても、今は万一の可能性を潰しておきたい。こんな些細ささいな反抗心で食中毒など起こして倒れたら、また大騒ぎされそうだ。
 とはいえ、正直なところを言えば、自分で作った手作りのチキンサンドだとか、だし巻き卵だとかの方が遥かに美味しい。そういえば以前手作りの弁当を、最後に付き合った彼女から絶賛されたっけ。教師生活で大変な母の代わりに台所に立つことが多いから、実は母より僕の方が料理が上手いのだと、そう伝えた記憶が――――
「ぐぬぅっ……!」
 自分で考えてダメージを受けてしまい、僕は胃の辺りを押さえる。ああもう、黒歴史から逃げるためにここまで来たというのに、自分で掘り起こしてどうするんだ。
 仕方なしに無理矢理頭を切り替えようと、僕は少し荒々しく残りの菓子パンにかぶりつく。……はたから見たら怪しい人というか、絶対に関わってはいけないタイプの人間に見えそうだ。
 ……落ち着け、頭を冷やせ、山田利吉。
 他人の目を気にしなくて良いようにこんなところまで来たんだから、今更取り乱すな。
 今は束の間の息抜きを満喫しろ。
 そのために今日は単語帳も参考書も置いてきたんじゃないか。
 自分に言い聞かせながら、僕は冷え切ったスポーツドリンクをのどへと流し込む。空になったペットボトルと、菓子パンの空袋を持ってきていたゴミ袋に入れたその時だった。
「あのー、すみませーん」
 誰かが話しかけてきて、僕はびっくりして顔を上げる。相手は僕が驚くと思っていなかったのか、逆に驚いた様子だった。
 気付けば乱太郎達と同い年くらいの生意気そうな見知らぬ少年が二人、少し緊張した様子で僕の前に立っている。特にそのうちの一人は、おっかなびっくりといった様子で他の少年の半歩後ろに下がり、チラチラとこちらをうかがっている。
「うん? なんだい?」
 僕は乱太郎達にそうするように、つとめて穏やかな声音で話しかける。
 子供というのは案外こちらをよく見ているものだ。馬鹿にしたり適当な対応をしたら、それはすぐに伝わってしまう。だから、ちゃんと誠実に、受け止めなくちゃいけない。もちろん、それがちょっと面倒くさく思ったりする時が決して無いとは言えないけれど、教師を目指すなら当然のことだ。
 こちらがふところを開いて接しようとする意思表示を示してやると、見知らぬ少年たちは安心したのか、少し安堵の表情を見せた。
「これ、そこの自販機のそばに落ちてたんだけど。お兄さんの財布?」
 やや生意気そうな八重歯やえばの少年は、そう言って黒い革財布を差し出してくる。――見覚えのない財布だ。
「いや、僕のじゃないよ。落とし物かい?」
「だと思う。――まいったなぁ、どーすんだよコレ」
 はぁ、と大きなため息をく少年に、もう一人の少年が「交番に届けるしかないんじゃないか?」と至極真っ当な事を言う。
「えー、そりゃないぜ~。サッカーやる時間無くなるじゃん! 見なかったことにして元の場所に戻しといちゃダメ?」
「あのなぁ、流石にそれはマズイだろ! 落とした人が困ってるかもしれないじゃないか」
「えぇ~。じゃあ伝七が代わりに届けてくれよ。俺、先に金吾達とサッカーやってるから」
「なんでそうなるんだっ!?」
「だって伝七、どうせサッカーめちゃくちゃ弱いじゃん」
「弱いとか言うなぁッ! くそ~っ、今日こそ絶対勝ってやるっ!!」
 ぎゃいぎゃいと口論し始めた少年達に、僕は苦笑しながら「まあまあ」と仲裁に入る。どうやら目の前の彼らは、乱太郎達と比べるとかなり生意気な部類に入るようだ。
「とりあえず、サッと届けてサッと帰れば良いんじゃないかな? ほら、交番に寄るなんて、滅多に出来ることじゃないから周りの子に自慢できるよ」
 その言葉に、伝七と呼ばれた少年(先程緊張していたのか半歩後ろに下がっていた方の子供だ)は少し目を輝かせたが、八重歯やえばの少年の方は「やだっ、遊ぶ方が大事!」と即答する。
 ――まいったなぁ。この手の年頃の子なら、こういう非日常的なことや特別なことに弱いかと思ったんだけど。
 僕が代わりに行こうにも、どうやら伝七少年は生意気に見えても根が真面目な気質の少年のようだ。見知らぬ他人に財布を押し付け、それが万が一悪人でネコババされたら落とし主が困るのでは……などといった考えが脳裏によぎっているのか、僕の方を困ったようにチラチラとうかがっている。
 ……さて、どうしたものか。僕が引率として付いて行って、事務的な手続きを代わりに済ませるという手はある。……が、おそらくこの子達から見た僕は、いつもは居ない見慣れぬ他人であり、下手すると不審者。変に申し出てあらぬ疑いを掛けられても困る。そのまま三人で硬直状態におちいりかけたその時、僕は視界の端にまさに天からの助けとしか思えない姿を見つけ、身を起こした。
「あっ、すみませーん! お巡りさーん!」
 思わず手を振りながら声を大きく張り上げる。少年達も釣られてそちらへ視線を向け、僕に続けて同じように声を張り上げた。……この暑さの中、とんでもなく元気な子達だ。
……うん? どうしたんだい、君たち」
 穏やかそうな声音ではあったが、どうやら比較的年若い新米の警官らしい。突然子供に話しかけられるという状況に慣れていないのか、明らかにぎこちない笑みを浮かべている。
 よくよく見ればボサボサに傷んだ髪をショートヘアにしている上に、制服もやや薄汚れている。警官という人の模範になるべき職業の割には、あまり身だしなみには頓着とんちゃくしない人物のようだ。
「んっ! お巡りさんっ、コレ!」
 八重歯やえばの少年が満面の笑みで革財布を差し出す。流石にそれだけでは伝わらないだろうと思い、僕は慌てて補足をする。
「どうやらそこの自販機のそばに落ちていたらしくて。誰のものか分からないので、交番に届けようという話をしていたところなんです」
「えっ、そうなのかい? そういうことなら、近くに交番があるからそこで届出を出そうか」
「えーっ、ヤダ!」
「えっ」
 八重歯やえばの少年に即答されて、若い警官が狼狽うろたえ固まる。
「だってそんな面倒くさいことしてたら遊ぶ時間なくなっちゃうじゃん!」
「ええと……忙しいなら一週間以内でも良いんだぞ? 届出を出したら、お礼の一割がもらえるし、落とし主が見つからなかったらお財布全部もらえるから行った方がお小遣いに……
 たじたじとしながらも警官は必死に説明するが、少年は心底面倒臭そうな表情をするだけだ。
「え~っ、いらなーい。みんなとサッカーする方が楽しいもん」
 これには流石に一緒にいた伝七という名の少年もギョッとしたらしく、「おい、良いのか」と小声で耳打ちする。
「いくら入ってるか知らないけど、お礼の手続きしとけば新作のゲーム買えるかもしれないんだぞ? お前、欲しいって言ってたじゃないか」
「へっへーん、心配ご無用! こないだ兄ちゃんがそのゲーム買ったんだよ。兄ちゃんが遊んでない時は使って良いことになってるから問題は解決したんだなぁ、これが」
 生意気そうな顔で笑う八重歯やえばの少年に、伝七少年が目を輝かせる。
「えっ、なんだそれ羨ましい! なあきり丸、今度僕にもやらせてくれよ!」
「んー、帰ったら兄ちゃんに確認してみるけど……あんま期待すんなよ?」
「あ、あの君たち……
「あ、俺たちが見つけたの、そこの自販機の近くのゴミ箱の前ね! んじゃっ!」
 八重歯やえばの少年(きり丸という名前らしい)は、責任は果たしたとばかりに走り出す。この猛暑をものともしないとは、なんとたくましいことか。続いて伝七少年も軽く会釈した後、「おい待てきり丸~っ!」と叫びながらその背を追いかける。生意気盛りの少年達は、振り向くことすらしなかった。
「はぁ~~~~っ、……こんなところ見られたら警部補になんて言われるか……。うぅ……胃が痛い……
「大変ですね、お巡りさん」
 胃を押さえてがっくりと肩を落とす警官に、僕は苦笑して話しかける。先ほど黒歴史に悶絶もんぜつしていた僕からしてみれば、なんとなく親近感を覚える姿だったからだ。
……あれ? 君はあの子達と行かなくていいのかい?」
「あ、いえ。僕はたまたま居合わせただけですから」
 苦笑する僕に、警官は「そうだったのかい」と相槌あいづちを打った。
「あはは、なんだか情けないところを見せちゃったね」
「いえ。……あの、僕で良ければ何か手伝いましょうか?」
 言ってから、これは言わなくても良かったかなと少し後悔する。偶々他人が落とし物を拾った現場に居合わせたからといって、手伝える事など何もない。ただ気を遣っただけなのがバレバレだ。
「ありがとう、気持ちだけで充分だよ。普段はデスクワークばかりだからね、この手の処理は慣れてるんだ」
 苦笑する警官に、少し気恥ずかしくなる。
 ……というか、先程から完全に子供扱いされている気がする。そりゃこの人より子供だけれど、僕だって十九歳、立派な大人だ。まあ確かに一昔前までは成人年齢は二十歳はたちとされていたらしいし、そりゃ今の僕は浪人生で、正直自立出来ているとは言い難いけど? でも、それでも子供ではないと思う、……多分。
「そうですか、それでは僕は失礼します」
 とりあえず頭をぺこりと下げて、僕は手荷物をまとめてさっさと公園を去ることにする。……正直、これ以上居座っても余計に小っ恥ずかしい思いをしそうだ。こういう時は仕切り直すに限る。
 公園を出て、どの道を選ぶか……と一瞬悩み、とりあえず消去法で道を曲がる。
 ――元来た道を引き返すつもりはなかったし、先ほどの少年たちが元来た道から直進する形で歩いていたので別の道。あとはどちらに曲がるかくらいで考えることは特にない。当てもなく歩いて、適当なところで地図アプリでも開いて道を確認すればいいだけだ。
――あっ、ちょっと君!?」
 数歩歩きかけた所で、先ほどの警官が少し慌てた様子で声をかけてくる。――なんだろう? 怪訝に思い振り返ると、彼は「君、この先に用事でもあるのかい?」とやや心配そうに聞いてきた。
「いえ。気分転換に歩いているだけですので、特に用事はありませんが」
「だったらそっちの道はやめといたほうが良い。治安があまり良くないから、地元の人は殆ど通らないんだ」
「えっ、そうなんですか?」
 なるほど、そういうこともあるのか。ある意味感心に近い感情で問い返した僕に、彼は「そう。それで巡回しようとしてた所なんだよ」と返事をする。
「最近は闇バイトとか、若い子を狙った犯罪が多いからね。君も注意するんだよ」
 心底心配しているような声音だったが、僕としてはそんなものに巻き込まれるほど馬鹿ではないつもりだ。「ありがとうございます、でも本当に気晴らしに歩きにきただけなので」と社交辞令の笑みを浮かべる。
 それでも警官は尚も気掛かりだったのか、「そっちの道の方が商店街もあるし少し行った先に駅やバス停があるよ」と、僕が選んだ道とは逆の方角を指差す。僕は苦笑しつつその道を歩きかけ、ふと思いついたことがあって振り返る。
「あぁ、そういえばお巡りさん。子供って、僕たちが思ってる以上に色々考えてますし、こちらの気持ちに敏感ですよ。子供相手だからって緊張したり手を抜いたりしてるとすぐ伝わりますから、全力で受け止めるくらいのつもりで相手しないと」
 先ほどのぎこちない対応のことを暗に指摘してやると、ボサボサ頭の警官は目をぱちくりと瞬かせた。
「あと可能な限り屈んだりして視線を合わせたほうが良いです。大人は上背うわぜいがあって威圧感を与えやすいので。――僕からは以上です」
 殆ど捨て台詞に近い形でそう言ってやり、僕はきびすを返す。……あの警官は穏やかな顔つきの割には割と背が高く体格も良いから、そのくらい注意しておかないと子供たちを無駄に緊張させかねない。道を教えてくれたお礼として、このくらいの助言はしておいて良いだろう。何より、頼りない子供と認識されたままなのは、少しだけシャクだったし。
「えっ? ――あ、ああ。気をつけるよ。ありがとう」
 少し戸惑った様子の声に軽く会釈だけして、僕はそのまま歩き出す。――少し気取りすぎたかなとは思ったが、どうせもう関わることもない相手だ、気にする必要もない。
 そのまま暫く道を歩いたところで、僕は視界の端にスーパーマーケットの看板を見つける。いつも行く店とは系列の違うスーパーの名を目にめて、僕はそういえばもう関わることもないと言えば、と二週間ほど前の出来事を思い出した。