星だけが知っていた

賽殺し伝子さんパロシリーズの猫箱。

令和利吉さん&伝子さん生存ルート。
利吉さんが哀れかつ残念です。かっこいい利吉さんなどいない。
令和利吉さんに想いを寄せるモブ女子が清い交際をする場面が少し出ます。
人間関係? 室町時空とは違うのは本編で触れたよね。
温室育ちの花をどうぞ心ゆくまで楽しんでください。



 その日、僕は近所のスーパーへと買い物に行った帰りだった。
 怪我の関係もあり台所に立てないでいる母の代わりに、貝と海老をたっぷり使ったパエリアを作ろうとしこたま買い物をした帰り道。
――あーーーーっ!?」
 エコバッグいっぱいの食材を手に持って店先を出た所、制服姿の学生たちの集団が、何故か僕を見て大声で叫んだ。
 ――いや、正確に言えば数人の学生たちのうちの一人、というべきか。顔立ちが整った、それこそ女性受けしそうな少年だ。髪型も多様性をうたう今時のヘアスタイルそのもので、長く伸ばした髪を一つに結わえている、一昔前までの男子学生にはあまり見られなかった髪型だから、(同じような髪型の僕が言うことじゃない気がするが)なんというか余計にアイドルみがあるというか、今どきの少年感がある。
 ……とは言え、僕には全く見覚えのない相手だ。しかし彼の視線は真っ直ぐにこちらへ注がれている。
「えっ? ――えっ??」
 僕は何が何やらさっぱり分からず、慌てて背後を確認する。僕以外に誰か居て、あるいは何かがあって、それに驚いたのかと思ったのだ。しかし、いくら周りを見た所でそれらしき人は誰も居ないし何もない。
 困惑する僕の前に彼はツカツカと歩み寄り、「お前だお前! 今更しらばっくれるな!」と怒りの目を向けてくる。
「お前、またこんなとこで……! さては滝夜叉丸を待ち伏せしてたんだろっ! おかしなことを吹き込んだら承知しないぞ!」
「ちょ、ちょっと三木ヱ門くん、落ち着いてよ~!」
 すぐそばに居た金髪の少年(こちらは他の学生より背も高く、制服も違う)がアワアワと止めに入るが、三木ヱ門と呼ばれた少年は止まらない。
「だって二週間前から、何度もこのスーパーの前で滝夜叉丸と何か話してて! 絶対コイツ怪しいですって!」
 ムキになった様子の少年の剣幕に一瞬たじろぐ。が、僕は気になる単語を拾い、思わず問い返す。
「待った!? 二週間前からって――、えっ? もしかして先週の日曜日までの間のことか!?」
「何を今更すっとぼけて――!」
「ストップストップ! その、信じがたいとは思うんだが、僕はその頃記憶がなかったんだ! というかそもそも滝夜叉丸って誰!?」
 僕が慌てて叫ぶと、三木ヱ門と呼ばれた少年は「――は?」と呆気に取られた顔をする。自分でも言ってて嘘くさい話だと思うが、今しか説明するタイミングがない。
――その、半月くらい前に、交通事故に遭ってしまって。なんだかストレスとか何かで、一時的に記憶を失っていたらしいんだ。……信用出来ないかもしれないけれど、本当なんだ。その時通っていた病院の明細や診断書もあるし、なんなら今から病院へ電話してもいい」
 焦って僕が思いつく限りの証明の方法を羅列られつすると、三木ヱ門という少年は「は……? え、記憶……喪失……?」と完全に放心し始める。
「えぇっ!? そんな漫画みたいなこと現実に本当にあるんだーっ!?」
「おやまぁ」
「僕だって自分の事ながらびっくりしているんだ。月曜の朝に目が覚めたら記憶が戻ってたんだけど、その間の事は思い出せないし母は怪我させてしまったみたいだしで色々と大変だったんだよ。――もし、記憶を失っている間に迷惑をかけたのなら謝るよ。でもすまない、本当に何があったか覚えていなくて……
 焦ってそう告げると、殆ど表情を変えずに興味津々な視線を向けていたふわふわヘアーの少年が、「なるほどー、つまり貴方は滝夜叉丸の被害者というわけですか」と何やら感慨深そうに声をあげる。
「えっ、…………被害者?」
「はい。実はそこにいる滝夜叉丸というヤツは、重度の厨二病チューニビョー患者でして。前世は忍者だったと信じて触れ回っているイタいやつなんですよ」
 完全に表情を変える事なく言い切るふわふわ髪の少年は、少し後ろで目を見開いてこちらを見つめる少年を手で指し示した。さらりとした長髪の、顔立ちの整った少年だ。先ほどから無言なので、厨二病と言われてもイマイチピンとこないが、周囲の少年たちの反応を見る限り、異論は無さそうだった。
「つまりですね、……えーと名前何でしたっけ? まあいいや。とにかく記憶喪失さんは、何も覚えてなくて右も左もわからない所に滝夜叉丸の妄想厨二チューニトークを吹き込まれて、それを真実だと誤解して奇行に走ってしまったというわけです」
……えっ、……え?? 奇行って……
 待て待て、確かに母や乱太郎、しんべヱから聞いた話によると僕の行動は奇行まみれだったようだが、にわかには信じられないぞ。
 とはいえ、忍者がどうのこうのという話はものすごく聞き覚えがある。ありすぎる。
「忍者って……その、室町時代がどうとか忍術学園がどうとかそういう話かい……?」
 恐る恐る尋ねると、無表情の少年は「だーいせーいかーい」と棒読みで答える。
「間違いないですね。それ、確実に滝夜叉丸の影響です。……厨二病仲間欲しさに無関係の記憶喪失の人を巻き込むとは、なんておそろしい」
 はっきりと少年が断言した瞬間、滝夜叉丸という少年が「何を言う喜八郎!」と大声で叫ぶ。
「嘘ではないっ! いいか、前々から何度も言っているだろう! 私は室町の世で忍術学園の中で、教科の成績も一番なら、実技の成績も一番! 忍たま期待の星! 学園のスーパースター、平滝夜叉丸としてそれはそれは美しく完璧な忍者として人々から慕われていたのだっ! あまりの優秀さと美しさに嫉妬した敵から狙われ、卑劣な罠に掛かって惜しくも早逝そうせいしてしまったものの、周囲の者たちはそれはそれは私の死を惜しみ涙を流していたのだぞ! それは世界の神すら同じこと! 私のあまりの美しさに感銘を受けた運命の神が、これは世界の損失とうれいてこの令和の世に生まれ変わらせたのだっ!」
 ――うわぁ、これは酷い。
 僕は思わず後ずさる。黙っていれば美形と呼んで差し支えのない風貌ふうぼうだったというのに、口を開いた途端に台無しである。グダグダと尚も語り続ける彼から距離を取ろうとしつつ、僕はふと気になって尋ねる。
「え? ……ちょっと待って、まさか僕もあれと同じ言動してたって事かい?」
 頼む、嘘だと言ってくれ。
 僕の懇願こんがんにも近い願いは虚しく、居合わせた滝夜叉丸以外の少年たちは哀れみの目でこちらを見ている。
……なんていうか、心の底からすみません……知らなかったとは言え大変むごいことをしました……貴方も被害者だったんですね……。掴みかかったり怒鳴ったりして本当にすみません……
 それまで怒りを見せていたはずの三木ヱ門少年は今やすっかり居たたまれない様子である。
「ちょっと!? 頼むから否定してくれ!?」
「あはは~、大丈夫ですよ。なんだかんだで滝夜叉丸くんのこと心配してたり、優しい人なんだなっていうのは伝わりましたから~。それはそれとして、これうちの理容室の割引クーポンです。滝夜叉丸くんが迷惑かけたおびに良かったらどうぞ」
 温和そうな金髪の少年がそっと理容室のクーポン券を握らせてくる。女性に特に人気の店として名を聞いた覚えがあるな、と思いつつもそれどころではなかった。同情の視線があまりにも痛々しい。
「待ってくれ!? 結局僕は何をしたっていうんだッ!?」
 ほぼ絶叫に近い形で叫んだ僕の肩をポンと叩き、無表情の少年が静かに首を振る。
――知らない方が幸せなことって世の中たくさんありますよ? ……まあ、それでもいいから知りたいって言うなら、僕は止めませんけど」
 …………本当に、僕が何をしたっていうんだ。
 あんまりな事態に頭を抱える僕に対し、三木ヱ門少年は何度もひたすらに頭を下げ、金髪の少年はそんな彼を慰めつつ苦笑している。
……ま、悪い夢でも見たと思って忘れちゃうのが一番じゃないですか? どうせもう関わることもないでしょうし」
 無表情の少年が、感情の読めない声音でそう告げた。
「あれっ、珍しいね。喜八郎くんがそんな風に知らない人をフォローするなんて」
「滝夜叉丸被害の会を増やされても困るんで〜。……それより、僕そろそろ帰って本屋寄りたいでーす」
「相変わらずマイペースな……
「あはは……。まぁ確かに、長居したらその分気を遣わせちゃうよね。それじゃあ僕たちはこれで。ほら、三木ヱ門くんも滝夜叉丸くんもそろそろ行くよー」
 金髪の少年が声をかけ、グダグダと意味不明の自慢話を続ける滝夜叉丸という少年以外が歩き出す。彼らの賑わう声を歓迎するかのように、セミの合唱が響き渡っていた。
……であるからにして~、……ってちょっと待て! 私を置いて行くとはどういう了見だっ!」
「うわー怒った、逃げろ~」
「うおいコラ喜八郎ー!」
 棒読みで駆け出した喜八郎少年を残り二人が困惑しながら追いかけ、滝夜叉丸少年がムキーっと地団駄じだんだを踏み彼らを追いかける。しかし数歩踏み出した所で、彼は突如ぴたりと足を止めた。
……利吉さん」
 それは、豹変と呼ぶに相応しい、明らかな変化だった。
 先ほどまでわけのわからない自慢話にきょうじていた姿とも、当初何も言わずに困惑しこちらを見ていた姿とも全く違う。ほんの一瞬、彼が足を止め振り向いたその瞬間に、まとう空気が鋭く、どこかおごそかとすら言えるほどのものに切り替わった。まるで、何年もの長い時を生きた何者かが、突然彼に取り憑いたとも思えるほどの変化だった。
――私は、貴方に架せられた運命は、過酷な道しか無いものだと思っていました。残酷な離別の道か、或いは少しでも苦悩に折り合いをつけて歩む道のりか。それしかあり得ないのだと。……しかし貴方は、そのどちらをも打ち破り、本当に得たかったものを守り抜いた。それは本来、あり得ないこと。まさに奇跡と呼ぶに相応しい所業」
 偶然が引き起こした産物か、それともこれも必然なのか。先ほどまでのセミの声がぴたりと止んだ。
「貴方の成した事の偉大さを、きっとこの世界の誰も知らない。太陽や月すらも。――けれど。私は知っている。この平滝夜叉丸だけは、貴方の選択とその結末を知っている。……だから、私は貴方をたたえます。――山田利吉」
 突然フルネームで呼ばれ、僕はどきりとしてしまう。けれども何故か、彼が話しているのは僕ではない別の誰かなのではないかという気がした。
「この平滝夜叉丸、貴方の選択をしかと見届けさせていただきました。その上で、貴方に敬意を。――これほどの奇跡を起こした貴方ならば、きっと。この先どのような未来が待ち受けて居ようとも、乗り越えていけるはずです。この私が、平滝夜叉丸の名にかけてそれを保障します」
 その言動は、先ほどまでとは余りにも別人だった。まるで目の前で、僕の知らない間にそっくりの双子が入れ替わったと言われても信じられるレベルだ。
 勿論、そんな筈はない。
 僕は彼から一切目を離していないし、数歩歩いて振り向くまで、彼は確かに傍迷惑はためいわくで残念なだけのごく普通の少年だった。こんな理知的な喋り方はしないし、こんな真摯しんしな目を向けてくる少年には見えなかった。
 ――――じゃあ、彼は一体誰だって言うんだ?
 彼は穏やかに微笑むと、困惑した僕に深く頭を下げた。
――ありがとうございます、……そして、さようなら、利吉さん。どうか貴方の人生が、誰よりも幸福でいろどられますよう。彼と同じ魂を持つ貴方ならばきっと、同じように奇跡を起こす程の強さがある筈ですから」
 何が何だか分からず言葉を失う私に、滝夜叉丸少年は「お元気で」と短く告げると、くるりときびすを返す。
「くぉら~っ! 待て待てアホ八郎ーっ! 私を置いて行くなぁーッ!」
 騒がしくわめきながら駆け出して行くその姿は、すっかりそれまでの奇妙な空気を霧散むさんさせていた。どこまでも残念で、理解不能な、とても騒がしい少年そのものだ。
 いつのまにか、セミたちの合唱が戻ってきていた。僕はセミの声に包まれ取り残されたまま、茫然とその場に立ち尽くしていた。
……えぇと、何? …………厨二病?」
 困惑した僕は、かろうじてそう口にすることしか出来なかった。

 あれ以降、彼らには出会っていない。
 ――金髪の少年からもらったクーポンは結局母にあげてしまったし、何度か同じスーパーへ買い出しに行ったが、結局彼らを見かける事はなかった。それは彼らの行動する時間帯や範囲が変わったからかもしれないし、或いはたまたま気付かなかっただけかもしれない。
 けれど、恐らく今後彼らを見かけたとしても僕は話しかけないし、それは向こうだって同じだろう。たまにあの時の少年たちが着ていた制服と同じ制服を見ると少しだけどきりとするが、その程度。あと数年も経ち、彼らの制服や姿格好が変われば、道ですれ違った所で彼らに気付く事も無くなるかもしれない。
 そう言う意味では、あの無表情の少年が言っていた「どうせもう関わることもない」と言う言葉は、まさに的確だったと言えるだろう。
 あの時の少年たちだって、今日出会った若い警官と幼い子供たちだって、きっともう僕の人生に関わる事のない人間だ。
 まるで双曲線上のように、どれほど近付くことがあっても決して交わらない出会い。
 重なる事なく離れていくことがあらかじめ決まっていた出会い、だったのだろう。
 だから、きっと彼らとの出会いは、僕の人生に何かをもたらすことはない。
 ――交わることすらないのだから、当たり前の話だ。
 ただ、それは何故だかとても寂しい事のように思えた。
 例えばあの若い警官だって、もし僕の家の近所に住んでいたら兄のように慕ったかもしれない。今日会ったあの生意気そうな少年たちが近くに住んでいたら、もしかしたら乱太郎たちと仲良くなってこちらを一緒に振り回していたかもしれない。
 もちろんこんなものは一種の妄想だ。だいたい見ず知らずの他人に出会っていちいち何か特別なものを探そうなんて、それこそ厨二病も良いところだ。
 だけど。
 それでも特別な理由を探したいと思ってしまうから、僕はきっと愚か者だ。
 それぞれの夢を、生を、力の限り生き抜いた先のどこかで。
 互いに互いを忘れてしまっていても、笑ってもう一度出会えたら、何かが起こるのではないかと、そんな物に思ってしまうのだから。
 ――ええい、こんなものはきっと感傷だ。
 黒歴史に振り回され、周りに心配をかけて、母を傷付けてしまった僕の後悔が、何か縋る先を探しているだけに過ぎない。
 ……でも。

 ――貴方ならばきっと、同じように奇跡を起こす程の強さがある筈ですから。

 あの厨二病少年の言葉が、何故だか妙に僕の胸をざわつかせる。
 ――奇跡なんてない。僕はこの令和の現実を生きていて、そこには忍者もロマンチックなヒーローも夢物語も存在しない。
 僕の生きる世界は、ごくごく当たり前にささやかな幸せも理不尽も存在する、特別なものなど何もない平凡でしょーもない世界だ。
 だから僕に選べるものなんてきっとたかが知れている。
 奇跡なんて起こせない。せいぜい僕に出来るのは――
……諦めない事と、忘れない事くらいだろうな」
 僕の静かな呟きは、セミたちのざわめきの中に消えていった。
 自分と交わした約束。
 教師になるという夢。
 ……一時的にでも精神に異常をきたしたという汚点から、浪人生という立場以上のハードルを背負う事になったけれど、だからといって諦めたくない。
 きっと道はひとつじゃない。
 後悔を身にまとってでも、恥や黒歴史を引きずっててでも、己の夢の為に諦めず歩き続けたい。
 そんな諦めの悪さが強さに変わるなら、この悔しさや想いを忘れずにいれば、もしかしたら奇跡が起きて、夢を叶えられるかもしれない。
 なら、――今の想いを、少しでも忘れないでいたいと思った。今日会ったロクに知らない警官と子供達のことも、そしてあの騒々しい学生四人組のことも。
「あーもう、本当我ながら論理が破綻してるなぁ」
 独り言と苦笑が漏れる。
 自分ではもう少し論理的な思考回路を持っているつもりだった僕だが、今はどうやら僕の脳味噌のーみそは労働を拒否しているらしい。けれども心はどこか晴れやかだった。
 ……もし、夢が叶って教師になれたら、今日会った生意気な子たちみたいな子や、先日の厨二病患者みたいな子も相手しないといけないんだろうな。
 本当に教師っていうのは割に合わないし大変な仕事だ。
 ――けれど、僕の夢の先はそこにしかないんだから、仕方ない。
 憧れに触れて、出来ないことをたくさん知った今の僕だからこそ持てる強さで、諦めずに歩き続ければいつかきっと辿り着ける。そう信じたい。
……さて、そろそろ帰るかな」
 例えぐしゃぐしゃに破綻したロジックでも、やりたい事ややるべき事が確認できたのだから、気分転換の意味はあったのだと思う。
 僕は大きく伸びをして、最寄りの駅へと向かう事に決めた。
 きっと、僕は母に追いつきたくてがむしゃらに走り過ぎてしまったんだろう。
 追いつけないと笑ったり嘆いたりしながら、いつのまにか通り過ぎて迷いかけていた。
 だから、こうやってひとりの時間を作って、誰も知らない場所で初心を取り戻した。はじまりに帰ってきた。
 ――それで充分。それだけで充分。
 出来ることがあまりにも少なくてもどかしい想いをすることになったって、それが僕の選んだ人生なんだから。
 ただ出来ないことを知ること自体に意味があるんだ。――――きっと。