HQ【佐久侑】ログ

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佐久侑のSSまとめです


甘味は脳を狂わせる


「お、なんかえぇもんあるやん」
「うわっ しもた!やらんぞ!」
「は!?全部食う気やったん!?」
カウンターをはさんで同じ顔がぎゃあぎゃあと騒ぐのにはいつの間にか慣れてしまった。
オフ前日によく行くこの店は隣のうるさい金髪の片割れが営んでいて、顔は同じなのに中身は割と違うんだなと最近気付いた。同時に比較的口数の少ない黒髪の方が実はやべぇんじゃないか、ということにも気付いてしまった。
厨房の隅に置かれている紙袋。難しい漢字が並んでいるが最後の字は読める。
「餅?」
「あ、もしかして臣くん阿闍梨餅食うたことない?」
自分の視線に気付いた隣が俺の方にぐりんと向いた。
「ない。ていうかそれ何個入り?餅なんだろ?」
膨らんだ紙袋をもう一度見る。少なくとも5個以上は入っていそうだ。
「ほらぁ臣くん引いてるやん!まじで豚んなっても知らんからな!風呂屋で働いて助けたりせぇへんからな!」
「んなもん自力で脱出するわ!」
喧嘩の趣旨が変わってきているが無視をして、スマホを取り出し先ほど聞いたワードを打ち込んだ。京都の銘菓で、見た目はあれに似ている。
「今川焼きみたいだな」
「「は?御座候やろ?」」
「は?」
や、えぇわ今その論争するとこちゃうわ。確かにちょっと似てるけどおっきさとか食感とか全然ちゃうよ」
聞けば常連客が京都観光の際に本店で買ってきてくれたらしい。百貨店にも出店しているようだが、わざわざ出向いて自分用に買うものではなさそうだ。いや、こいつならやりかねないか。片割れに取られないよう必死に袋を守る店主を見て思った。
「えぇなぁ久々食いたいっ 1個ぐらいちょうだいや」
「もぉぉ俺の唯一の楽しみが!」
「それ10個ぐらい入ってんねやろ?豚にならんようしたんねんからえぇやん」
俺も食ってみたい」
「「え!?」」
「いやハモんなよ」
子どもみたいに取り合いをしてる2人が勢いよくこっちを見る。そのタイミングまで一緒なのかよ、と内心驚いたことは黙っておこう。
「しゃあないなぁ佐久早になら1個ぐらい分けてやらんでもない」
「いや俺は!?」
「お前は食うたことあるやろ!」
「ずるい!臣くん半分こして!」
「断る」
ぴしゃりと跳ね除け、渋々といった感じで差し出される阿闍梨餅とやらを受け取った。緑茶を淹れ直してくれたことにはさすがだなと感心する。
まだうるさい隣を無視して開封する。丸いぽってりとした茶色の菓子が出てきた。「いただきます」とつぶやいてがぶりと噛みついた。薄皮なのに名前の通り餅のような食感で、溢れてくる粒あんは甘すぎず食べやすい。
「美味いな」
「やろぉ?」
「なんでお前がドヤるん」
知らないうちに静かになっていた金髪がニヤニヤしてこっちを見ている。何かよからぬことを考えてる顔だ。
なに」
「ん?甘いもん食うてるん新鮮やな思て。あと、ちゃんと"いただきます"ゆうとこやっぱ好きやなぁって」
いつもは釣り上がっていることが多い眉を情けないぐらい下げて笑う。
腹立たしいことに、その顔に俺が弱いことを奴は知っている。
「あ、臣くん照れとる」
「これ照れとんの?」
「照れてねぇ」
にんまり笑う顔にむかついたが、まんざらではないのは何故なのか。
甘いものは脳を狂わせる。
俺だって、」
お前が意外とちゃんと手を合わせるところとか、結構好きだと思ってる。
と、声に出して言うのは憚れて、代わりにまだ言い合いをしているそいつを鼻で笑ってやった。

結局ありつけなかった可哀想な恋人に今度買って来てやろうかとか、
今この甘ったるい唇のままキスしてやろうとか、
不覚にも思ってしまったことも、心の内に秘めておいた。