ナガレ
2025-05-20 19:01:52
38057文字
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【web再録】in the midnight(ぶぜまつ)

2022/3/21閃華春大祭 2022 江中心プチ「ごーとぅすてぃじ 3」合わせ発行。ぶぜまつin現代遠征で、人間に成りすまして生活しながら刀剣男士の任務を行う話。ビジネスマンだったり、ルームシェアでご飯作って食べたり、水族館デート(?)したり、共闘したりするコンビやバディのような関係性の二振りです。
二振りの降り立ったビルは都庁のつもり。高層ビルから飛び降りるぶぜまつが書きたくて書きました。書けて満足。

発行から二年以上経過したので、webに全文掲載することにしました。本を手に取ってくれた皆様方、本当にありがとうございました!
※web掲載にあたり、改ページ等を調整しています。


【エピローグ】アンダー・ザ・ムーン

 真夜中、所狭しと立ち並ぶ高層ビルの屋上。
 豊前と松井は再び現世に来ていた。前回の任務でこの時代に紛れ込んだ時間遡行軍は殲滅したはずだが、もしかしたら取りこぼしがあるかもしれない。念のための確認だからそこまでの人員は出せないという事で、今回は二振りだけの遠征、それも数時間の滞在だった。
 日が落ちる時間に合わせて現世にやってきた二振りは、まず先の遠征時に時間遡行軍の痕跡を見つけた場所を重点的に確認した。次に手分けしてこの辺り一帯に何か怪しい気配がないかを確認する。待ち合わせは最初に降り立った、高さ二〇〇メートルのビルと同じビルの屋上。時間は日付が変わる十五分前にした。
 人目を避けるように移動しながら二振りは行動し、時間よりも少し早く待ち合わせ場所で合流した。互いの結果を報告し合う豊前と松井。報告を終えたらそれを纏めて要約し、本丸にいる審神者に正式なものとして報告するのだ。
 じきに日付が変わるというのに、光の点は目まぐるしく動いては消えていき、その端から新たな光がまた飛び込んでくる。今宵も人の子らは瞬きのような刹那の中で精一杯生きていた。それは自分達のような存在には決して真似のできない生き方で、そこに優劣は無い。
 豊前がフェンスの上にしゃがんで足下の世界を飽きもせず見下ろしていると、審神者への報告を終えた松井が戻ってきた。報告は部隊長の行うものだが、今日は二振りだけの部隊だ。豊前は松井に報告よろしくと言って全てを任せていた。報告は松井の方が巧かった。
「どうだった? 主、何か言ってたか?」
「特に何も。時間になったら転送装置を用意してくれるとだけ」
「そうか」
 我らが主は自分達を信頼しているのだろう。松井の「確認を終えた。敵の潜んでいた痕跡も異常も無く、前回僕達が紛れた時の影響もほとんど存在しなかった。残っていたものはすぐに風化して消えてしまいそうな微々たるものだけだ」という簡素な報告だけで終わらせてもらえるくらいには。
 豊前はフェンスの上から降りて松井の隣に立った。今日は風が強い。ばさばさと音を立てて、肩の赤色の布が大きく揺れる。腰に提げた刀の飾り紐も強風で揺れていた。
 上空で強く吹く風は、夜空を覆う雲を押し流す。月の明かりが眩しくて豊前は空を見上げた。見上げた空には満月。その月は見た事もないくらいに大きかった。
 目が眩みそうになり、豊前は思わず視線を逸らした。逸らした視線の向いた先は、隣に立っていた松井。風に散らされて乱れた髪を押さえる、月光に照らされた松井の横顔がやけに神秘的で、とても美しくて――

 気づいた時には触れていた。

「豊前……?」
 突然の接触に丸く開いた松井の瞳。豊前はそれを頭上の満月みたいだと思った。
……ちゃんと言ってからするつもりだったんだけどな」
 もう一度松井と現世に行くように審神者から命を受けた時、豊前は決めた。自分に正直になろうと。この立ち位置を奪われたくない。関係を変えたくない、でも変えたい。できることなら、松井の方からも歩み寄ってもらいたい。人の子は欲でできているのだから、それを模した自分にも欲があって当然だ。
 しかし考えるよりも先に、言葉にするよりも先に行動してしまった。疾さは己の追い求めているものだが、さすがにここは立ち止まってほしかった。
 まずは勝手に唇を奪ってしまった事を深謝し、どうか仕切り直してもらえないかと願い出よう。気が急いた事によるやらかしを反省した豊前が顔を上げた時、松井は豊前の方を向いていなかった。
 懐から懐中時計を取り出して、文字盤に目をやる松井。時計の針は長短どちらもてっぺんを指していなかった。
……日付が変わるまで、まだ少し時間がある」
 この任務における現世の滞在時間は二十三時五十九分まで。午前零時になったら転送装置が出現し、本丸に帰還して任務完了だ。
 松井が豊前の方を向いた。その表情は何も無かったと言って門前払いをしたあの時と同じで、拒まれる事に怯えていた。
 あ、と思うよりも早く豊前の体は動いていた。
 月明かりでも映える、鮮やかな緑青色に彩られた松井の白い指先。その指先を掴んで引き寄せた。再び丸く大きく見開かれた湖水色の瞳の端には満月が映り込んでいる。
 もう、何も無かったとは言わないから。

 頭上には吸い込まれてしまいそうなスーパームーン、足下には止まる事の無い光の点。袖標と外套が風に煽られて靡く。人の子が月を見上げたところで、高層ビルの一番高いところにいる二振りには気づかない。もし見つかったって、きっと歴史の流れが無かった事にしてくれる。

 真夜中の街、月明かりの下。
 何かが変わる音がした。

【終】


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