かなざわ
2025-05-18 17:52:35
16676文字
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夜の向こうに黄昏の

よだつか(になる予定)。プランツドールパロ。あの世界にプランツドールが存在しており、司が夜鷹の子供の頃にそっくりのプランツドールと出会う話。序盤に名無しモブの登場あり。



 夜間の仕事だったせいもあって、事情聴取が終わり加護宅へ帰り着いた際には深夜にさしかかっていた。
 加護家の一人娘である羊は就寝しており、家主である耕一が迎えてくれた。
 事前に連絡しておいたのが功を奏してか、司が腕に抱えるプランツドールを目にしても驚く様子はない。驚くどころか、にこにこと笑っていた。
「司くん、おかえり〜」
「ただいま帰りました……あの、夜遅いんでクラッカー鳴らすのダメですからね、見えてますからね手の中にあるの」
「あらら、バレちゃったか」
「丸見えですしどこから引っ張り出して来たんですか」
「その辺探してみたらあったんだよ。で、その子が例の?」
 言いながら、耕一は司が抱えているプランツドールを覗き込む。とは言ってもプランツドールを気遣っているのか、距離は保ったままだった。
 司に対しては良くも悪くも遠慮がない耕一だが、社長を務めているだけあって他者との距離感には敏い。鳴らすつもりで用意していたクラッカーの紐を引かずにいたのも、プランツドールの様子を見て控えてくれたのだろう。
 対するプランツドールはと言えば、司の腕の中で身動ぎ一つしないままだ。表情は変わらないままだったが、その手が司の服の胸元をぎゅっと握りしめていた。どうやらプランツドールなりに緊張しているようだと察する。安心させようと背中をゆっくり撫でると、少しだけ指の力が緩んだようだった。
「はい、警察の方に説明して頂いた書面では、俺が……
 元々の持ち主から譲渡されて所有者になった、それが事実だ。スーツケースに入れて持ち帰ってきた書類については逐一説明を受けたから、それは理解している。
 けれど司は、プランツドールの前で「所有」という言葉を使いたくなかった。勿論、プランツドールに対しての責任はちゃんと背負う覚悟で連れ帰ってきた。
 だからこそ、プランツドールを物として扱うその言葉を口にすることを躊躇った。一度生きていると認識してしまった以上、物扱いする言い方はしたくなかったからだ。自己満足かもしれないが、それが司なりにプランツドールに見せられる誠意の示し方だった。
 言葉を途中で切った司をどう思ったのか、耕一は思案するように自身の顎に手を置いた。
「事情はざっくり聞いたけど、前がどうとかはもう関係ないんじゃない?」
「え?」
「だってさ、僕からはその子は司くんを選んでるようにしか見えないよ。プランツドールって、自分で選んだ相手のところにしか行かないんでしょ?」
「そうらしいですけど……
「司くんが手を差し伸べて、その子が司くんがいいなって思ったから今そうしているんだからさ。胸を張っていいんじゃないかな」
 耕一のその言葉は、司にとって思いもよらぬものだった。
 司から見たプランツドールは、元々選んだ主人から引き離されたという事実が前提にあった。そこから知らぬ間に司に譲渡され、大丈夫だと手を差し伸べて、それでもどこかで「預かった」という感覚は拭えなかった。
 プランツドールの見た目が幼いながらも夜鷹純に酷似しているせいもあって、どうしても自分の手元に迎え入れたという実感が沸きにくいのもあるだろう。
「俺でいいのかな……
「あ! プランツくん今の聞いた? 君が司くんを選んだんだって言ってやりなよ!」
「いや加護さん、プランツドールは言葉喋れませんから」
「そうなの? でも見なよ、不満そうな顔してる」
「え?」
 促されるまま抱えているプランツドールに視線を落とせば、確かに耕一の言う通りだった。司を見上げているプランツドールは、明らかに不機嫌な面持ちをしている。視線に質量があったなら、チクチクと刺さってきそうな眼差しだ。
 なまじ顔立ちが整っているものだから、睨まれると迫力が凄まじい。司の服の胸元を握る手に、先程までとは違う意味合いで力が込められているように感じた。
 胸倉を掴まれて凄まれているようにしか思えず、初邂逅とは別の意味で怯んでしまう。
「うう……
「決意表明しといたら? 僕が立会人になってあげるよ」
「決意表明って言われても何を……
「そんなの、僕に聞かなくても司くんが分かってるんじゃないの。今までその子と一緒にいて、選ばれたのは司くんなんだから」
 じとりと見上げてくるプランツドールは、それでも司の腕の中から逃れようとはしなかった。司の服を握りしめる手も緩まない。
 選ばれた、と。そう思ってもいいのだろうか。
 司がプランツドールに対して出来ることなど、たかが知れている。今まで通り真摯に向き合ってミルクを温める、それだけだ。
 目新しいことなんて何もないそれを、「それこそがいい」と選んでくれたというのなら。
「大丈夫。俺は、貴方を放り出したりしないよ。今言えるのはそれだけなんだけど、いいかな……?」
 決意表明というには些か締めが弱くなってしまった。言葉を飾るでもなく、差し出せるものを精一杯掲げてみせただけ。
 我ながら語彙力どこ行ったんだと思う出来の決意表明は、しかしプランツドールのお眼鏡に叶ったようだった。
 プランツドールの眦から険しさが取れ、ぐりぐりと肩に額を押し付けられる。
「あー良かった。ちゃんとまとまったね」
「帰って早々、すみません……
「いいよいいよ。諸々の話は明日するとしてさ、今日はもうゆっくり休みな?」
「ありがとうございます」
「僕ももう寝るね~」
 頭を下げる司に、耕一は軽く笑って手を振るだけだった。
 器の大きい人だなあと思う。世話焼きのレベルがバグることもあるし、自身の胃袋との相談はいつまでたっても下手なままだが。
 そのまま背を向けかけた耕一が、ふと何かに気づいた顔で振り向いた。
「そうだ司くん、その子の名前決めたの?」
「え、いいえ」
「僕らに教える教えないはともかくとしてさ、ちゃんと考えてあげなよ。司くんの家族になるんだから」
「家族……
「そうだよ〜じゃあ改めておやすみ司くん、プランツくん」
「あ、はい。おやすみなさい」
 ひらひらと手を振って、耕一は寝室へ向かって行った。
 司はしばらく、耕一に言われた言葉を反芻しながらその場に立ち尽くしていた。
 やがて固まっている司に対し、焦れたらしいプランツドールに頬を指で突つかれて。そこでようやく我に返った司は、プランツドールと共に自室に向かったのだった。

「さて、と」
 司が自室に腰を落ち着けたのは、十数分後だった。手洗いうがいをしたり、プランツドールの手足を軽く清拭したり、スーツケースを自室まで移動させたり、細々とやることがあった。
 スーツケースに詰め込まれているプランツドールの服をクローゼットの中にかけてしまいたい気持ちはあったが、一度始めると止まらなくなる予測はついていたので後回しにする。
 プランツドールには一先ず司のベッドに腰掛けて待ってもらっていたのだが、初めて訪れた場所が興味深いらしくきょろきょろと室内を見回していた。子供のような仕草に微笑ましさを覚えつつ、司はプランツドールの前に居住まいを正して座った。
「少し、話をするね」
 言いながらプランツドールと目を合わせる。プランツドールは軽く瞬きをしたが、司の言葉を理解したらしく一つ頷いた。
「俺は明浦路司といいます。今までは仕事として貴方と会っていたから、ちゃんと名乗ったことなかったよね。名字は呼びにくいみたいで、大体は司って呼ばれてるよ。それから、書類上俺は貴方に対する責任を負うことになった。権利がどうとか色々あるけど、ややこしい諸々を抜きにすると、これからは家族になるってことだと思ってるよ」
 家族、と。耕一にそう言われた時、驚いた。決して軽い気持ちで連れてきたわけではないけれど、プランツドールを迎えるというのは家族になるということなのだ、と。
 知らなければならないことも、考えなければいけないことも、山ほどある。
 だがその諸々に手を付けるのなら、まずはプランツドールと司との間でちゃんと話をしなければと、そう思った。プランツドールから言葉としての応えはなくとも、少なからずこちらの言葉を理解している様子を見せる相手に対して、適当に接するのは躊躇われたからだ。
「貴方が前に暮らしていたご家族と会わせてあげられたらって思っていたんだけど、それが出来なくなってしまったから。貴方の名前も事情も、俺は何も知らない。だけど、俺は前のご家族の代わりじゃなくて、貴方と俺だけの関係を築いていきたい」
 プランツドールは、司の言葉を身動ぎ一つせずに聞いていた。座っているのが司のベッドではなく品のある椅子であったなら、そのまま美術館に置いても見劣りない展示品になるだろう美しい面立ちで。
 夜鷹純に似たその顔立ちに思うところはある。けれどそれはマイナスの感情というより、プランツドールが抱えているだろう事情がいつか彼自身に牙を剥くものでなければいいという、願いにも似た懸念だった。
「家族の証、ってわけでもないけど。貴方の名前、送らせてもらいたいんだ」
 耕一に言われて初めてプランツドールの呼び名を知らないことに気づいたのは、情けない限りだけれど。
 名前を、と言われてすぐに脳裏に浮かんだ言葉があった。
「初めて貴方と目が合った時にね、綺麗な色をしてるなって思ったんだ。黄昏時の、短い間だけ見られる空の色だなって。だから貴方のこと、『夕』って呼ぼうかなって。どうかな……?」
 夜鷹によく似た面差しの中で、夜鷹本人と決定的に違っている箇所。最初に見た時には感情の欠片も感じ取れなかった瞳を、それでも美しいと思った。
 名前として不自然なものではなく、漢字一文字なら司との関係性も感じられる。これ以上のものはないだろうと思って『夕』という名前を選んだ。
 けれど司がそう感じていても、プランツドール本人がどう思うかは分からない。一方的に決めてしまうのではなく相手の意思を尊重したかったから、問い掛けの形をとった。
 あとはプランツドールが、どこまで司の言葉の意味を理解しているのかが鍵となる。
 司は些か緊張しながらプランツドールの様子を伺っていた。一挙手一投足、見逃すまいと凝視する。
 しばしの間を置いた後、プランツドールは座っていたベッドから床にすとんと座り込んだ。ちょうど正座する司の前に、膝同士が触れ合いそうな位置だ。
 何をするのか見守っていると、プランツドールが司の膝に置かれている手にその小さな手を重ねてきた。
「えっと……『夕』で、いい?」
 再度聞くと、プランツドールは司の手をぐいと持ち上げた。驚く司を余所に、プランツドールは持ち上げた手に自身の頭を押し付けてくる。ここまでされれば「撫でろ」と言われているのだと分かった。
 癖の殆どない黒髪を、ゆっくりと撫でる。
 プランツドールの表情は変わらないままだったが、司の手つきにどこか満足げにしているのが感じ取れた。
 プランツドールが夜鷹純に似た顔立ちで、本人が絶対にしないだろう行動をするのは少し嬉しかった。本人ではないと分かっていても、改めて「夜鷹純ではない」と目の当たりにすると違う存在なのだと意識することが出来るからだ。
「夕は、意外とスキンシップが好きなんだね」
 ふふ、と笑いながら告げる。
 混乱と驚きに彩られ、そして決意を抱いた長い夜がゆっくりと終わろうとしていた。色々あったけれど、最終的には穏やかに着地出来そうで安堵する。
 プランツドール改め『夕』は、こうして司の家族になったのだった。