かなざわ
2025-05-18 17:52:35
16676文字
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夜の向こうに黄昏の

よだつか(になる予定)。プランツドールパロ。あの世界にプランツドールが存在しており、司が夜鷹の子供の頃にそっくりのプランツドールと出会う話。序盤に名無しモブの登場あり。



 家事代行、という名目でプランツドールにミルクを与えることになってしまった。
 プランツドールは終始大人しかった。香料入りのミルクを持っていけば目を開けて、ティーカップを受け取り、中のミルクを飲み干す。飲み終えると椅子に座り直し、再び眠るように目を閉じる。
 一連の流れは全てが滞りなく行われ、ミルクを温める時間を入れても十五分もあれば終わってしまう。
 それで支払われる金額は通常通りというのだから、美味しい仕事というより何だか申し訳ないような気分だった。
 束の間ではあっても自分の意思で動くプランツドールを目にしてしまうと、人形だから、と無碍な対応をするのは憚られた。
 せめて金額に見合うだけの仕事は全うしたい。そう考えたものの、依頼された仕事はプランツドールへの関与のみ。それならせめて、プランツドールに誠実な対応をしよう、と。
 そう考えた司は、プランツドールに声掛けをすることにした。植物に声をかけながら育てるといい影響があると聞いたことを思い出したのだ。
 部屋を訪れてから、まずは目を閉じたままのプランツドールに来訪の挨拶とこれからミルクを用意する旨を。
 ミルクを入れたティーカップを持って来たら、目覚めたプランツドールにおはようの挨拶とミルクを淹れた報告を。
 飲み終えたプランツドールには全部飲んだことを褒めて、おやすみの一言を。
 プランツドールは司に声をかけられても反応は返さない。香料の香りに誘われ目を開けると司を見上げ、用意されたミルクを飲み干すだけだ。主人と決めた相手ではないのだからそれは当たり前のことで、特に落胆したことはなかった。
 むしろ事情があるとは言え、傍にいたいと決めた相手と会えずにいるプランツドールに憐憫の情すら沸き上がってくる始末だった。
 せめて主人に再び会える時に万全の状態でいられるように、そう願いながらミルクを温める。

 その日もいつものように訪れた部屋で、司はプランツドールに声をかけた。
「こんばんは。今日も来たよ」
 床に下ろしたリュックから支給品のエプロンを取り出し身に付ける。ミルクを温めるだけなので汚れることもないのだが、仕事の時間なのだと意識する為にエプロン着用を自身で義務付けていた。
「ミルク温めてくるからね」
 プランツドールの前に膝を着き、そう声をかけた次の瞬間に異変は起こった。
「ぇ」
 伏せられた目元を縁取る睫毛が、ふるりと揺れる。帳のように下りていた瞼が持ち上がり、ここ最近で見慣れてしまった橙色が現れた。
「なん、で」
 ぱちりと目を開けたプランツドールを前に、司は呆然と呟いた。司はまだプランツドールが目覚める為に必要な香料を持っているわけではない。目覚めるはずはないのに。
 人はあまりに驚くと思考も動きも止まってしまうらしい。ぽかんとしていた司のフリーズを解いたのは、他ならぬ目の前にいたプランツドールだった。
 椅子から降り立ったプランツドールが、司のエプロンを掴んでくい、と引いたのだ。それがミルクの催促だと気づき、司の意識は現実に引き戻された。
「あ、えっと、ごめんね。ミルク飲みたいよね」
 慌てて立ち上がる。目覚めてしまったプランツドールをどうすればいいのかと逡巡していると、戸惑う司の手を引いて平然と歩き始めた。
 嘘だろ、と口には出さずに内心で呟いた。今までプランツドールに関わるような人生ではなかったから他の例を知らないが、こんなにも積極的なものなのだろうか。
 伝え聞いていた噂話だと、持ち主に愛されミルクと砂糖菓子で彩られたふわふわと柔らかな人形、というイメージだったのだが。
 司の手を引き先導していく姿からは、儚さや柔らかさというより鋭く尖った刃物を目の前にしている印象を受ける。抜き身の刃物というより、美しく磨き抜かれた刃だ。それはたとえば、スケート靴のブレードのような。
 見た目が夜鷹純に似ているから余計にそう感じてしまうのかもしれないが。
 プランツドールの足取りに迷いはなく、そのままキッチンへ進んでいった。
 冷蔵庫の前に辿り着いて、そこでようやく司はこれは雇い主への報告がいる案件だと思い至った。香料を使わなければ目を覚まさないはずのプランツドールが目を開き、かつ自身の足で歩むほど活動的になっているのはどう考えても今までと違う。
「すぐ戻るから、少しだけ待っていてくれるかな」
 膝を着き、プランツドールと目を合わせて告げる。プランツドールは僅かに首を傾げはしたが、やがて小さく頷いた。
「ありがとう。すぐ戻ってくるからね」
 向かう先は依頼主の部屋だ。初日以降、彼は司を出迎えた後は仕事があるからとすぐに部屋に籠ってしまうのが常だった。
 しかし今回ばかりは出てきてもらわなければ。
 歩きながら息を整える。
 ノックを三回。
「すいません、代行の明浦路です。少々ご報告したい件がありまして」