かなざわ
2025-05-18 17:52:35
16676文字
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夜の向こうに黄昏の

よだつか(になる予定)。プランツドールパロ。あの世界にプランツドールが存在しており、司が夜鷹の子供の頃にそっくりのプランツドールと出会う話。序盤に名無しモブの登場あり。

 司が夜間帯の家事代行バイトに登録したのは、工事現場で一緒になった人からそういう仕事があるのだと聞かされたからだ。相手は軽い世間話のつもりだったのだろうが、調べてみると男性の働き手も決して珍しくないらしいと知った。
 女性を部屋に入れたくない人や、夜間に仕事を頼みたい人など、理由は多種多様。夜間だけあって時給も悪くない。
 登録し、レクチャーを受け、問題ないと採用された。依頼があったら連絡しますね、と言われたのが一週間前の話だ。
「ええと……ここ、だよな」
 仕事依頼のメールに記された住所と、目の前の建物を確認する。指定の時間は午後九時。
 普通の、よりは些か家賃の高そうなマンション。依頼された部屋の前に、司は立っていた。
 背負ったリュックの中には仕事道具として支給されたエプロン。首からは登録証を下げている。
 ドア横のインターホンを押す。やや間があってから、ドアが開いた。
 登録証を相手に見えるよう指で掲げ、軽く頭を下げる。
「こんばんは、代行サービスで参りました。明浦路と申します」
「ああ、入ってくれる?」
 中から顔を出したのは、四十代後半くらいの男性だった。仕事から帰ったばかりなのだろうか、ワイシャツにネクタイをきっちり締めていた。ワックスできっちりまとめられた髪にはいかにも隙がなく、冷ややかな印象を与える見た目だった。
「失礼します」
「こっちね」
 司が脱いだ靴を揃えている間に、依頼人は奥へ歩いていってしまった。
 少し早足で、開いているドアへ向かう。
「家事とは少し違うかもしれないんだが、依頼したいのはコイツのことでね」
 ドアの前に到着した司を一瞥し、依頼人はそう言いながら部屋の奥を顎でしゃくった。見ろ、ということらしい。
 ペットか何かだろうか、と部屋の中を覗き込む。そこで司は、ひゅっと息を呑んだ。
 部屋の中央に置いてある椅子、そこに七歳か八歳ほどの見た目の子供が座っていた。目を閉じ、膝の上に手を置いている。話し声が聞こえる距離だろうに、身じろぎ一つしない。
「プランツドールという名を聞いたことは?」
「あ、ります」
「そうか。知識はどこまで?」
「一日三回のミルクと、あとは持ち主の愛情が必要だってことくらいなら」
 都市伝説のように囁かれている「生きた人形」の話。
 どこにあるとも知れない店でしか取り扱いのない、美しい人形。宣伝を打っているわけではない店へ辿り着くのも至難の技なら、店に行ってもおいそれとプランツを買い受けることは出来ない。
 その人形を手元に置くには、莫大な金銭以外にも必要なものがある。買い手が人形を選ぶのではなく、人形に選ばれなければ迎え入れることは出来ないのだと言う。
 プランツドールに必要なものは、一日三回のミルクと主人からの愛情。奇跡の生き人形は自身に愛を与えてくれる相手を見極め、選び、目覚めるらしい。
 そのプランツドールが、目の前に座っている。
 司が戸惑いながらプランツドールに目を向けていると、依頼人が小さく頷いた。
「そこまで知っているなら十分。頼みたいのは、まさにそのミルクやりでね」
「え?」
「これは元々私の両親の持ち物なんだが、事情があって預かっている。だが、私からのミルクを受け付けないんだ」
「はあ……
「分かるんだろうさ、私はこいつを物としか思えない。それなら義務的だろうと面倒を見られる可能性に頼むのが合理的だろう」
 淡々とした物言いだった。
 プランツドールは目を開けない。けれどその耳に放たれた言葉が届いていないかどうかなど、分からないのに。
「依頼内容は分かりましたが、目覚めていないのにミルクをあげるのはそもそも無理なのでは?」
「それについては伝がある。先にミルクを温めてもらうか。キッチンはこちらだ」
「はい……
 依頼人の後を追い部屋を出る。
 ドアをくぐる間際に振り返りプランツドールを見やった司は、依頼人に悟られないように小さくため息を吐いた。
 最初にプランツドールの姿を目にした瞬間、我ながら叫びそうになるのをよく堪えたものだと思う。
 椅子に座るプランツドールの見た目は、夜鷹純に酷似していた。より正確に言うなら、映像で見たことのあるノービス時代の夜鷹純に、だ。

 依頼人の言っていた伝というのは、特殊な香料が詰まった小瓶のことだった。その香料は、プランツドールを束の間目覚めさせるものなのだという。
 聞くとプランツドールの専門店で譲ってもらったもので、店でも世話をする際に使っているいわば公式品とのことだった。
 香料をわずかに入れたミルクを片手に、プランツドールの前に膝をつく。
 人肌の温度に温めたミルクからふわりと立ち上った香りにつられ、プランツドールが目を開けた。
 幼い見た目ながらも、射貫くような眼差しが司を見上げる。
 最初に思ったのは、目の色は本人と違うんだな、ということだった。夜鷹純本人の瞳は黄金色をしているが、そのプランツドールの虹彩は橙がかった色をしていた。夕方、黄昏時に見られる空の色だった。
 目を覚ましたとは言え、本来の持ち主ではない司相手にプランツドールが笑いかけることはない。整った顔立ちが無表情でいると、圧ともいえるような謎の迫力がある。
 気圧されている間に、プランツドールは司が持っていたティーカップを小さな手で浚っていった。
 こく、こく、とゆっくりと飲んでいく。
「飲んだ……
「そのようだ。では、継続して依頼させてもらうよ」
「あの、俺、毎日は来られませんが」
「構わない。半年も放置するのでなければ枯れることはないと店主に聞いている」
 枯れる、と。依頼人はそう口にした。
 奇跡と噂されるこの人形は、植物なのか人形なのか、一体どちらなのだろう。
 そうこうしているうちにミルクを飲み干したプランツドールが、空になったティーカップを司に押し付けてきた。
 高価そうなそれを慌てて抱え込んでいるうちに、プランツドールは元の体勢に戻るとすぐに瞳を閉ざしてしまった。
「よろしく頼むよ」
……はい」
 こうして、司と夜鷹純に似たプランツドールとの縁は始まったのだった。