kanaco
2025-05-16 21:17:06
29148文字
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黒猫シリーズ まとめ【完】

龍兄貴と3少と黒猫・藍鈴に愛されて日々を過ごす信一くんのおはなし。いったん完結。
1P【黒猫】黒猫と出会った信一が狭間で兄貴と再会し、三少はハラハラする
2P【黒猫ちゃんと!洛信編】黒猫を師匠と呼ぶ洛軍が、信一に贈るキス
3P【黒猫ちゃんと!十二信編】黒猫を相棒と呼ぶ十二が、信一に贈るキス
4P【黒猫ちゃんと!四信編】黒猫に絡まれがちな四仔が、信一に贈るキス
5P【風と猫とお昼寝 】黒猫とスヤスヤ眠る三少を見てホッコリする洛軍さん



【風と猫とお昼寝】

■■■信一■■■

 事務処理をひと段落させた信一は、気分転換に外に出た。

 新鮮な空気を吸って伸びをすると、凝り固まった体が少しだけほぐされた気がする。上を見上げれば、本日は気持ちがいいほどの快晴。

 ちょっと散歩しよう。
 そう思い賑やかな九龍城砦の外通路を歩いていく。

 砦内ではどこであっても人々の活気ある声や仕事・生活音で溢れている。その活き活きとした音を聞くのも元気が出るが、今はどちらかというと静かな場所でまったりと休憩がしたい。穏やかな場所を探して歩いていると、複雑で特徴的な砦建築のデッドスペースによって出来上がったような、今は誰もいない小さな中庭に出た。

 広くはないし、特に何があるわけでもない素朴な空間。だが暖かい日差しが注いで、優しい風が吹いている。

 信一はそこで自分が日頃可愛がっている黒猫を見つけた。

 最近は砦のみんなも呼び始めた”藍鈴”という名前をつけたのも信一だ。美しい黒毛並みを持つスレンダーな猫で、首に青いリボンと小さな鈴をつけている。

 藍鈴は陽だまりの中で体を丸め、日向ぼっこしていた。吹く風に短い毛が小さくそよいでいるのも心地がよさそうだった。

 そのなんと可愛らしくて、平和な光景であることか。あまりにも気持ちよさそうにスピスピと眠っているのを見ていたら、信一にもふんわりとした眠気がやってきた。ずっと帳簿と睨めっこしていたから、頭も目も疲れが溜まっていたのだ。

 信一は黒猫の隣に静かに腰を降ろした。壁に背を寄りかからせて、そっと目を閉じる。太陽から降り注ぐ自然な暖かさが信一の全身を優しく包んだ。優しい風が信一をあやすようにして髪を撫でる。それは誰かの手を想わせた。小さい頃から自分を愛しんでくれた、あの恋しい手を。信一は睡魔に誘われるままに意識をストン、と手放した。

 その信一の横で耳をピクリとさせた黒猫が目を覚ました。

 寝ぼけ眼のままで頭をゆっくり上げ、近づいてきた人間が誰なのか確認する。それが大好きな信一であることを認めた藍鈴はのっそりと立ち上がると、首の鈴を小さくチリリンとならしながら信一の太ももの上へと移動した。そうして先ほどまでしていたように体をクルリと丸めてくぅくぅと寝はじめる。

 足に感じた僅かな重みとぬくもりに少しだけ意識を浮上させた信一は、しかし大して気に留めず、愛らしい黒猫を優しくひと撫ですると、より深い眠りへと入っていった。


■■■十二■■■


 虎兄貴からの任務を早速と終えて九龍城砦に遊びにきた十二は、ひとまずこの砦のボスである信一を探して探索していた。

 その目当ての人物を小さな中庭で見つけたのは偶然だった。

 なんと無しに歩いていたら、そこにはまるで”ぬくもり”を与えようとするような陽光と風に守られて、穏やかな顔で眠っている幼馴染がいたのだ。彼が可愛がっている飼い猫同然の黒猫も、その足の上で小さく丸まっている。

 心が和んでいくような平和な光景に、十二の顔が自然とほころんだ。

 龍捲風が亡くなり、砦取り仕切るようになってから信一はずっと忙殺する日々が続いている。昔を思い出すようなこんな幼い顔を見るのは久しぶりで、それが十二を安心させた。それに自分自身もこんなにホッコリとした気分になったのは数カ月ぶりだった。

 しかし、一つだけ遺憾なことがある。

「なぁ、藍鈴。その膝枕ってさぁ、俺のなんだけど」

 眠る1人と1匹に近づいてしゃがみ込むと、十二は自分とも仲が良い猫に小さな声で話しかけた。藍鈴が陣取っている場所は、子供の頃から十二が独占してきた場所なのである。

 言葉を受けて藍鈴が耳をピクリとさせるも、信一を起こさぬよう小さな鳴き声で「にゃぁ」とだけ返して目も開かずに無視をした。

 十二がムムム、と唸る。それから黒猫をひょい、と抱き上げて信一から降ろした。

 心が狭いぞ!と言われてもその特等席は譲れないのだ。

 そのまま空いた信一の太ももに頭を乗っけて、仰向けにゴロンと寝転がる。陽気がポカポカしていて気持ちがよく、優しく触れるような風は十二のことも親し気に撫でていく。

 「まったく、仕方のないヤツめ」という目をして成り行きを見守っていた藍鈴に、ニッと笑いかけた十二は自分のお腹をポンポンッと叩いた。猫はのそのそと歩き出すと、十二のお腹の上に登って体を一度大きく欠伸をして三度目に体を丸めた。十二が両手のひらで優しく猫を包み込むと、黒いシッポが「今回は許してやろう」とでもいうように彼の腕をソワソワと撫でる。

 今日一番満足したような笑みを浮かべて、十二は気持ちよく意識を手放した。


■■■四仔■■■


 昨晩は黒社会共の活動が盛んで、望んではいないのに診療所は大盛況であった。

 そのせいで四仔は徹夜明けだった。朝方になってからようやく2時間ほど仮眠をとったが、その程度で疲れが取れるはずもない。これだから黒社会は嫌いだ、と医者の気分は荒んでいた。

 外気を浴びながら歩くことでリフレッシュをしよう。そう考えて歩き始めたのは数分前。

 九龍城砦の奪還を果たしてから、四仔は砦の中だけに限りマスクを被ることを止めた。直に触れるようになった日差しが眩しい。今日は上天気であった。少しだけ目が覚めて気持ちが上昇した四仔は、中庭の横を通りかかってふと見知った人物たちを目に止めた。

 小さなスペースだが、太陽の光を帯びて心地よい美風が吹いている場所。そこに“友人”と言っても今更もう否定はできない四仔の大事な黒社会共と、これもまた四仔が良く知っている黒猫が仲睦まじくひっつきあって眠っていたのだ。

 起きていれば常に騒がしい連中だが、こうしていると若さの中に残る“あどけなさ”があり、危険でまっ黒な仕事を担っているようには見えやしなかった。

「いつもそうしていれば可愛げがあるものを……
 
 四仔はポツリと呟いた。
 そうであれば、自分がこんなにも心配することはなくなるのだ。

 溜息をついても現実は変わらない。

 暖かい日差し、誰かを想わせるような親しみある風、安心した顔で眠っている信一と十二、それから藍鈴。彼らを包む空間のあまりの平和さに、もとより眠気に襲われていた四仔の体は自然と誘われて、フワフワと導かれていく。

 四仔は信一の隣に腰を降ろした。座ってしまったらその気持ち良さに抗うことはもうできない。
すぐにうつらうつらして、そのまま眠りに誘われる。

 しばらくして。
 隣に先ほどまで無かったひと肌の気持ち良さを感じた信一が、頭をコテン、と四仔の肩に寄せた。

 やがて、ほんの少しだけ強い風が吹く。
 頬をたおやかに撫でられた四仔が、頭をコテン、と信一の頭の上へと乗せた。

 満足したように、風が全員を優しく包み込んだ。


■■■洛軍■■■


「さっきから信一兄貴の姿が見えないんだ」

 だから探してきて欲しい、と信一の部下たちに頼まれた洛軍は快く承諾して友人の行方を捜していた。あと一時間もすれば秋兄貴の邸宅へ訪問する予定だという。それは遅刻をさせられない。

 いそうな場所に当たりをつけて足を運ぶが見当たらない。それどころか診療所には四仔もいないし、「明日は早い時間に砦に立ち寄るかも!」と言っていた十二もちっとも姿を現さない。はて、どこかに3人でいるのだろうか、と首を傾げる洛軍は、それなら自分も誘ってくれればいいのにと少しだけ寂しい気分になる。昔の自分であれば決して持ち合わせていなかった感情だった。贅沢になってしまったかも。でもそれはとても幸福なことであるようにも、洛軍は感じている。

 洛軍が困っていると、風がビュゥと通り過ぎた。まるで洛軍の肩を押すように、風がどこかへ流れるように吹く。そうして身を任せた洛軍は思ってもいなかった場所に彼らを見つけた。

 小さな中庭のようなスペース。そこにある陽だまりの中に、身を寄せ合うようにして安らいで眠っている友人たちと、洛軍も良く知る黒猫を見つけたのだ。

 その、まるで“幸せ”が光となって差しているような平和な風景に洛軍はしばし心を奪われた。
 ぬくもりに寄り添う、静かな時間を共有して溶け合わせる友人たちが愛おしくて目を細める。
 何ともない質素な場所なのに、その空間には温かい光が満ちていて艶やかなのだ。

 この砦で起きた凄惨な事件から立ち直るに十分な時は経っていない。今尚、その暗い影に呑みこまれぬよう必死に全員が働き、支え合って、前進しようともがく。

 ひと時であったとしても、このような穏やかな日常を彼らが得られるならば、洛軍はどんなことだってしたかった。信一が、四仔が、十二が自分の友として傍にいてくれることが、居場所をくれることが、何にも代えがたいほど愛しいからだ。

 洛軍が大切にしたい、譲れないものがそこにはあった。

 知らず手に強い力が入って固く握りしめる。
 守りたい。
 もう、大切なものを奪われないように。
 そして彼らが怒るような、自分のことも粗末にするようなこともしないと誓って。


 ああ、でも。

 洛軍の脳裏に恐ろしいヴィジョンが浮かび上がる。視界がサブリミナルを発するように、赤と黒が点滅する。目の前の大切な3人が、穏やかに眠っているのではなく。色白く成り果て、その表情が失せ、赤く血を流しながら、ぐったりとして身を寄せ合っていたとしたら。

 もし彼らを傷つけられるのならば。
 奪おうとするような脅威が再び訪れるならば。
 どんな行動に走るかは自分ですら想像できず、また制御もできそうになかった。

 耳元で、小さくヒュルッと風が吹く音がした。
 ハッと我に返った洛軍は、自分を落ち着かせるように長く息を吐く。

 もう一度ちゃんと3人を見る。ここに苦しみなどない。陽だまりと柔らかな風に包まれて、微睡の時間を過ごしているのだ。

 このままにしておいてやりたいが……



 信一はこれから仕事だ。四仔と十二もそれほど長い時間は休んでいられないだろう。可哀想だが起こさねばならない。

 洛軍は気持ちよさそうに眠る信一にそっと近づくと、触れるだけのキスをその頬に贈った。優しくて柔らかい刺激に信一の長い睫毛がフルリと震えて、やがてボンヤリとしたままでも、まぶたがゆっくりと開く。

「おはよう、信一」

 優しく洛軍が微笑むと、信一がぽやん、とした表情のままに釣られてふんわりと笑顔を返した。

「すまない、起こしてしまって。でももうすぐ仕事の時間だ」

 信一がシパシパと瞬きをする。自分に寄りかかっている四仔に気を遣うように体勢はそのまま、クアっと欠伸も一つ。それでほぼ覚醒したのか、しっかりとした顔つきになった。

「おはよ、洛軍。ごめんな、探しただろ」

 そう言うと、ひとまず自分の右隣にいる四仔の頬や頭を右手で優しく撫でて、左手で十二の額を優しく撫でた。四仔が信一の手の動きに素直に反応し、目を開けてから頭を起こす。解放された信一は四仔の肩から頭を元の位置に戻した。

 十二はそれでもスヤスヤ眠ったままだが、彼のお腹で丸まっていた黒猫の方が先に目を覚ました。

 その小さな体が、十二の腹の上で遠慮なしにゆっくりと伸びをする。まずは前足をぐぅーんと伸ばし、ぷるぷると指先まで力を込める。それから背筋をぐっと反らして、しっぽの先までしなやかに曲げると、ちょこんと座り直してから前足をのばして、「お前も早く起きろ」と言わんばかりに十二の顔を踏んだ。プニプニとした肉球の攻撃に、十二がムズがるような仕草をしながら目を覚ます。

 長閑な雰囲気が愛しくて信一と洛軍がニッコリと笑う。四仔すらも口元に薄っすらと笑みを浮かべた。

「ふぁー、良く寝た」

 十二が大きく伸びをして体勢を起こす。藍鈴が無遠慮に動いた十二少から逃げ出して、いつもするように四仔に突進していく。寝起きの腹に渾身の体当たりを食らった四仔は「ゔっ」と息を詰まらせながらも黒猫を捕まえると抱き上げて立ち上がった。四仔の腕の中で猫が満足げに鳴く。

 それに倣って、全員が立ち上がって、肩を並べて歩きだす。



「なんだ、洛軍は昼寝に間に合わなかったのか」

 十二がそう問えば、素直にションボリする洛軍の肩を抱いて、

「次は洛軍も休憩しよう。一緒にな」

 信一が優しく笑って言った。

「そうそ!俺たちは4人で1つなんだから」

 明るい調子で朗らかに十二が笑う。
 四仔が穏やかに目を伏せて小さく笑む。


 そんな4人を見守るように、九龍城砦には今日も風が優しく吹く。