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kanaco
2025-05-16 21:17:06
29148文字
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黒猫シリーズ まとめ【完】
龍兄貴と3少と黒猫・藍鈴に愛されて日々を過ごす信一くんのおはなし。いったん完結。
1P【黒猫】黒猫と出会った信一が狭間で兄貴と再会し、三少はハラハラする
2P【黒猫ちゃんと!洛信編】黒猫を師匠と呼ぶ洛軍が、信一に贈るキス
3P【黒猫ちゃんと!十二信編】黒猫を相棒と呼ぶ十二が、信一に贈るキス
4P【黒猫ちゃんと!四信編】黒猫に絡まれがちな四仔が、信一に贈るキス
5P【風と猫とお昼寝 】黒猫とスヤスヤ眠る三少を見てホッコリする洛軍さん
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【黒猫ちゃんと!洛信編】
洛軍は今日も砦の住人達からの頼まれごとを順調にこなしながら廊下を歩いていた。
洛軍がふと中庭を見やると、良く知った人物の姿が目に入った。違法建築によって縦にそびえ立つ九龍城砦は四方に囲われている。そしてその複雑で乱雑な構造によって、砦内で外に出られる場所が複数ある。そのうちの1つ、中庭のようになっているこの場所は広くはないのだが、誰が置いたか分からぬベンチがあり労働者の小休憩やお年寄りの憩いの場、子供たちの小さな遊び場として使用されていた。
そのベンチに珍しく信一が座っていた。
何をしているのだろう、そっと近づいて洛軍がさらに驚く。程よくベンチを暖める陽だまりと、頬を撫でるような優しい風が吹く中で、信一が居眠りをしていた。その膝には最近馴染みになった黒猫が体を丸めて、こちらもクウクウと気持ちよさそうに眠っている。
(確か、名前は藍鈴だったか
…
)
先日、信一から聞いた名前を思い出す。全身まっ黒な毛をした猫なのだが瞳がブルーだ。首輪代わりに目色に合わせた青い紐と動けばリンリンと鳴る鈴をつけている。信一が付けたわけではないらしいのだが、似合っているしそのままにしているのだという。九龍城砦には多くの猫が棲みついていて、龍捲風が嫌いだったネズミを狩る仕事を担っている。しかしこの藍鈴はまた特殊な猫で、姿を現したのもつい最近だ。高いところで動けなくなっていたのを信一が身を挺して助けたのをきっかけに、1人と1匹が一緒にいる姿をよく見かけるようになった。
洛軍の気配に気がついたのか、黒猫がパッチリと目を開けた。体を起こして伸びをし大あくびをしたが、眠りなおすことはなく、信一の膝に乗ったまま洛軍と正面向かい合う。信一の太ももに乗ったままの猫は割と大きな動きをしたが信一が目を覚ます様子はない。うたた寝かと思ったが、その眠りは思ったよりも深いようだった。
(目の隈もとれていないな
…
)
猫を助けた件が起きた頃の信一の状態は、日々の仕事やプレッシャーのために自暴自棄になっていたような酷い有り様だった。ただしそれに懲りたという信一はその後に生活改善を行い、大分とマシになったのだ。それでも彼への大きな負荷が無くなったわけではない。
そんな中で、この藍鈴と名付けられた黒猫は信一の状態を実によく見ているようだった。信一が出るまでもない砦の問題があれば、洛軍や信一の部下をまるで呼びつけるように振る舞う。また体調不良を隠す信一を見抜き、本人の意思とは関係なく信一の体からのSOSの代わりとでもいうように洛軍のところへ姿を現した。少し目が潤んでいるなと思っていたのだが、額に手をかざすとそれだけで分かる高熱にビックリしてしまったことは記憶に新しい。さすがの洛軍もその時ばかりはイヤだイヤだとぐずる信一を脇に抱えて自室に放り込んだ。
洛軍はベンチの前で膝を折り、黒猫の目線と合う高さまで体勢を低くした。パッチリした青の目で自分の様子を覗う猫に小声で話しかる。休んでいる信一をできる限り刺激したくはない。
「藍鈴。その後、信一の体調はどうだ?」
猫が小さいボリュームながらのんびりした様子で「なぁん」と鳴いた。このような一目がつく場所で小休憩するほどには疲れてはいるものの、緊急性のあるようなことは起きていないようだ。
洛軍はホッと胸をなでおろす。
「ありがとう、お前が信一のそばにいてくれて助かる」
自分がちゃんと見てやれればいいのだが
…
と洛軍は悔しく思う。しかし信一は弱った姿を基本的に人に見せたがらない。そのうえ、バレているとしても口を出させないように牽制してしまうクセもある。人の上に立つ者の習性であるのか
…
否、前からそういう性格だったのかもしれなかった。そんな彼が唯一無条件で甘える場所であり、彼を熟知していた龍捲風が亡き今、信一を支えてやりたいという思う洛軍とってこれは大きな課題だ。気をつけて見ていても、その洛軍の気遣いをあれやこれやとかい潜ろうとしてくる。その上、洛軍は信一のそういう一面に対し、困る一方で尊敬もしていた。彼の身心が傷つくようなことはご法度だが、そうでないのならばできる限り信一のやりたいことは叶えてやりたいと思う性分が判断を鈍らせる。
「もっと
…
頼ってくれたらいいのに」
ポツリと呟いた言葉は黒猫だけが聞いている。信一はどちらかというと洛軍を庇護下の枠へと置いている節がある。俺とお前は違うのだから、とでも言いたげに彼の中で決めたどこかに一線を。洛軍が立ちたいのは上でも下でもない。隣だ。もう一歩踏み込みたい、と思う気持ちは近頃強さを帯びていくばかりだった。しかし彼の柔らかい部分に土足で踏み込んでいいのだろうか
…
とどうしても躊躇してしまう。
自分はこんなに迷いが多い男だっただろうか?
でも信一のこととなると話は別なのだ。
どんどんと落ち込む表情へと変化していく洛軍をジッと見つめていた黒猫が、突然に右前足を上げた。そうして自分より下にある洛軍の額をポンポンポンと優しく3回叩いた。目を丸くしている洛軍に、
「お前もよく頑張っているぞ」
とでも言うように、猫が「にゃぁん」と鳴く。
十二であるならば「こいつホントに猫か?」とでも言いそうなものだが、洛軍は素直な男であるので猫に慰めて撫でられているような状況下に素直に感動を示す。なんて包容力のある猫なのだ
…
と。自分もこの猫のように、信一の小さな危険も見極め、的確にフォローをできるようにならなければ。さしずめこの猫は自分の師匠だ。さらには信一に癒しを与えることができ、彼から甘い声で呼んでもらうことができ、飾り気のない笑顔を向けてもらえるという
…
。やはり師。
3回目のポンで黒猫がその手を洛軍の額に置いたまま静止する。しっとりとしたプニプニの肉球はただ添えるだけで陳洛軍の動きを固定する。
動けない。
「
………………………
」
「
………………………
」
「師匠
……
信一の隣に座っても良いでしょうか」
「
…………………
みゃ」
「よかろう」とでも言うように黒猫の前足が頭からそっと外れた。猫がまるで人間の表情のように「ふふん」と笑っているように見える。不思議な猫だ。
師匠からお許しがでた洛軍はいそいそと立ち上がり、信一の隣、ベンチに座った。陽光のポカポカした加減が丁度よい。そうして風が本当に優しく吹いていた。まるで信一を癒そうとするかのようだ。その風は自分の顔も平等に優しく撫でたので洛軍は誰かを思い出す。自分たちを見つめる、あの優しい瞳を。
改めて信一の表情を伺う。王九につけられた顔の傷痕がまだ薄っすら残っている。疲れてはいそうだがその寝顔は健やかだった。そして、傷があろうが疲れていようが、信一の顔はいつものように相も変わらず綺麗だった。洛軍の目が吸い込まれる。見つめ続けていると信一の体勢が少しだけ崩れ、信一の頭部が洛軍の肩にコトリ、と寄りかかる。信一の髪の匂いが洛軍の鼻をフワリとくすぐった。
龍捲風が亡くなってから、信一はパーマどころか髪を切ることを自体を止めてしまった。パーマが取れて少しクセはあれどストレートに近くなった髪はもう肩ほどまでに伸び、最近はゆるめに結んで後ろへ束ねている。洛軍は過去に龍兄貴から理髪店を継ぐかと言われたことと、信一の髪を他の人間に触らせるのが気に入らないという至極シンプルな理由に行きついたことで、理髪師になるための修行を始めた。信一は気恥ずかしそうに、しかし間違いなく嬉しそうに笑って「じゃぁ、髪を切らずに待っててやるよ」と言った。
カットはまだ前髪しかしたことがないが、長くなった信一の髪のケアをしているのは自分だ。忙しい信一のためにいち早くトリートメントや頭皮マッサージを勉強した。彼を癒すことができるし、洛軍にしても信一にしても2人の時間を作る理由付けにもできる。その上、洛軍からすれば彼に積極的に触れることができ、香りのいいシャンプーやトリートメントで仄かに自分好みの香りをつけるという、甘美なる楽しみになった。今そのような独占欲の強さを主張するようなことは、口が裂けても言葉にはできない。ただ、信一は聡いから気がついているかもしれない。自分が彼に向けるこの想いと、それから根深い執着心を。何も言わずに甘受しているということは、脈があるのだか、ないのだか。
洛軍が出会ったばかりの頃の信一は、九龍城砦が無くなるという確実な未来を見通してなお、将来を描けるような青年だった。自分が好きな店を開いて大好きな養父と暮らす。マイクを持ってはしゃいでいた青年の真っすぐに未来を向く無邪気さは、常に今を生きるに精一杯な生活をして凝り固まっていた洛軍にとって、あまりも眩しくて恋しいものだった。龍捲風との決別の際、誰もが動けない中、血が溢れ出すような残酷さの中で決断を迫られ、養父の意思を受け取り自分たちに行くと号令を出したのは信一だ。もうこれ以上彼らを傷つけたくないと置いていく選択をした洛軍を追いかけ手を離してくれないのも。砦に戻ってからの彼の住民たちへの献身ぶりは誰もが知るところだ。
危うさはいつだって伴っているが、信一は洛軍より先を視て描いていく。その確固たる意志の強さと愛情深さが周囲の心を動かして彩りを与える。洛軍はその存在を感じる度に心を打たれ、彼の魅力に圧倒されるのだ。憧れを抱いていることにも等しいほどだった。だから自分は、彼の支え、力になりたい。
そんな彼の未来の横に、自分を選んではくれないだろうか。
そう願って、洛軍はその閉じた瞼にそっと唇を落とす。
洛軍が信一の瞼からゆっくりと口を離すと、その動きに合わさるように信一の瞼がゆっくりと開いた。寝ぼけ眼で隣にいる男を見つめる。そのボーっとした表情は年相応というよりはさらに幼く見えて、洛軍は微笑んだ。油断したような素の自分を見せてくれるのが嬉しい。こういう機会がこの先もっと増えたらいい。しかしそんな穏やかな顔をした洛軍に反し、信一は無言だ。動かぬ頭でひとしきり考えるそぶりを見せ、しばらくして意を決したように口を開いた。
「え?俺、もしかして寝込み襲われてる?」
洛軍は目をぱちくりとさせて考える。
「え、いやそういうわけでは
……
いや?そう
…
そうかも?」
「
……
正直者かよ、お前」
洛軍から体勢を起こした信一がふぁ~とあくびと伸びを一緒した。洛軍は肩の重みが無くなったことに寂しさを覚えながらも、信一の顔色が良さそうなことに安堵する。
「休憩ができたみたいだな」
「おかげさまで
…
。お前が襲ってこなけりゃもうちょっと寝てられたんだがな」
信一が起きた辺りから黒猫が「お前、調子に乗り過ぎだぞ」とでもいうようにシッポでパシパシと洛軍の膝を叩き続けている。
信一はそんな風に洛軍を構う藍鈴に「お前何やってんの?」と尋ねながら猫を抱き直した。「納得いっておりません」とでもいうように「なぁなぁん」と鳴く黒猫と、それに首をかしげる信一を横目で見ながら、洛軍は素直に謝った。
「すまない。起こしたな。本当にそういうつもりではなかったんだ」
「ふぅん?
……
ま、いいけど」
どうも腑に落ちない顔をしながら、信一は立ち上がり黒猫を洛軍へと引き渡す。
「俺はもう行くぜ。もうすぐ秋兄貴との約束の時間にもなるし
…
。今日はそんなに遅くならないと思うけど、留守の間、砦のこと頼むな」
「ああ。気を付けていってこい」
「にゃー」
1人と1匹で信一の後ろ姿が消えるまで見守る。信一から受け取った瞬間にシッポによる洛軍叩きが再び始まった。「すまなかったって
……
師匠」と、今だ信一を起こしたことを怒られる洛軍が困ったように謝る。
胡乱気な瞳をした黒猫が、お前は仕方のない弟子だなぁ、と言いたげにまた鳴いた。
【キスの意味/瞼:私の憧れのあなた/私の理想の愛する人】
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