kanaco
2025-05-15 21:18:22
12505文字
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【四信】四信SS(単作)まとめ(フセッター時代)

1P【零れた涙】1度だけ抱いた四仔さんと、1度だけ抱かれた信一くん
2P【その切っ先を向けて】四仔の包容力を信じ切っている信一くんと、彼が思うより心砕いている四仔さん
3P【蜂蜜入りホットジンジャー】睡眠不足の信一くんと、相手がして欲しいことをしてくれる四仔さん
4P【鏡(R18)】四仔さんにも甘えたい日はあるし、満更ではない信一くん


【蜂蜜入りホットジンジャー】


まだ朝早い。診療所を開ける2時間も前の時刻。

信一がケガも病気もないのに突然診療所にズカズカと上がり込み、他に患者がいないのを良いことに居座るのはいつものことである。しかし如何せん時間が早い。勝手知ったるで椅子に座った、一見普段通りの調子で振る舞う信一のその顔色がすこぶる悪いことに、四仔は引っかかりを覚えた。

一方、四仔が自分の存在を無視するかのように医療用具の消毒を続けるのを気に留めず、

「本当にたいしたことじゃないんだ」

と、信一は喋りはじめた。



「今朝の夢でさぁ。散歩道を一人で歩いていたんだよ。日差しが暖かくて花の匂いもしてあれは沈丁花だったかな。ははっ。そうだな。夢の中で香りなんか分かるはずもないのにな。とにかく気持ちが良かったものだから、鼻歌を歌いながら道に沿ってずっと歩いていたんだ。


そうしたら突然あれはなんだっけ。虎か何か?とにかくデカい獣が後ろから追ってきてさ、必死で逃げたのだけど、前方から散歩道もガラガラと崩れくるもんだから俺は止まれずそのまま落っこっちまって、気がついたらだだっ広い部屋の真ん中に立っていたんだ。


ふと横をみたら兄貴。そう兄貴がいて俺になんて見向きもせず前の方に歩いていく。兄貴が辿りついたそこにはまだ小せぇ俺がいてさ。テーブルに座ってティーカップを用意してニコニコしながら兄貴を待っているんだ。兄貴が香り良い茶葉でティーポットの準備をしてる。懐かしかったなぁ~。いつもそうしてもらっていたから。

そしたらいつの間にか俺はカップを持ってお茶を待ってる小せぇ俺になってた。また兄貴のお茶を飲めるんだって嬉しくなって。兄貴が注いでくれたんだけど……

ティーカップが満杯なのに、注がれるお茶が止まらねぇんだよ。カップから入りきらないお茶がどんどん溢れて、こぼれて、でも全然止まる気配がなくて。恐くてでも注ぎ続ける兄貴の顔が何故か見れなくて。兄貴がせっかく入れてくれた大事なお茶が全部こぼれていっちゃって。それで


突然に言い淀んだ信一に、消毒が終わって次の作業に移っていた四仔は手をやっと止めて彼に視線をよこした。
「それで?」と促すと「ずっとお前のことを探してた」と静かに答えた。


「最初、散歩があまりにも気持ちが良かったものだから1人じゃもったいないなって思ってお前のこと探していたんだ。道中にいるはずもないのにな。おかしいよな」


「虎みたいなのに追われている時もお前の名前を叫ぼうとしたんだぜ。叫ぼうとした瞬間に足元が崩れて落っこちたから叶わなかったけど。呼んだら来てくれたかな。来てくれたんだろうな。夢の中だし、お前だし」


「せっかく久しぶりに兄貴がお茶を淹れてくれたのにな。でもちゃんと分かっていたんだろうな。これが現実じゃないって。だから不安でお前を無意識に探してしまったのかも」どこか遠くを見るように「でもさ、全部こぼしちゃうなんてさ」兄貴のなのにという声はほとんど囁きのような小ささだった。しかし次には声量が戻る。


「目が覚めてさ、夢の中でずっとお前のことを探していたから。だからお前の顔を見たくなっちまったんだ」


「というわけでこんな朝っぱらから診療所に来たわけ。お前が起きているのは知ってるし」と、ひとしきり話し終わった信一は気持ちがスッキリしたようだった。
四仔が近寄って「ん」と渡したカップを素直に受け取る。

「これは?」と目で問うと四仔が「ホットジンジャーだ。蜂蜜入りのな」と答えた。

「体が温まって睡眠導入に良い。それを飲んで1時間でもいいからもう1回寝ろ。目の隈が酷いどころか顔色が悪すぎるぞ。そんなのでフラフラ歩かれても周りが迷惑だ」
「ええ~。追い返すのかよ。せっかく来たっていうのに」
「誰が部屋に戻れと言った」

唇を尖らせたまま「んん?」と首をかしげる信一に、タオルケットを腕にした四仔が屈んで信一の瞳を真っすぐ覗き込んだ。


「夢でもどこでもずっと俺を探していたんだろ?幸いまだ開診時間は少し先だ。寝ている間は隣にずっといてやるから、さっさと寝ろ」


しばし“きょとん”とした後、

「お前ってやっぱり優しいよな」

と、信一は嬉しそうに笑った。