kanaco
2025-05-15 21:18:22
12505文字
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【四信】四信SS(単作)まとめ(フセッター時代)

1P【零れた涙】1度だけ抱いた四仔さんと、1度だけ抱かれた信一くん
2P【その切っ先を向けて】四仔の包容力を信じ切っている信一くんと、彼が思うより心砕いている四仔さん
3P【蜂蜜入りホットジンジャー】睡眠不足の信一くんと、相手がして欲しいことをしてくれる四仔さん
4P【鏡(R18)】四仔さんにも甘えたい日はあるし、満更ではない信一くん

※添付したXの返信元:ポストツリーで続きをプロットのみUP(11/29~11/30)

【零れた涙】

信一が集金のために診療所を訪れた時、そこはいつになく静かであった。いつもであれば聞こえてくる患者とのやりとりや、大量に集めれらたビデオから聞こえてくる卑猥な音声が流れてこない。不思議に思いながらも信一がその雰囲気に呑まれ息を潜めて室内に入ると、患者用のベッドの上で四仔が静かに眠っていた。

時刻はまだ夕方。診療所に鍵がかかっていないし、四仔はマスクを被ったままだ。一度患者の来訪が途切れたから、少しだけ仮眠をとっているというところだろうか。昨晩に九龍城砦外で小さな抗争があり、自分も含めた龍捲風の部下たちも参加した。四仔にとっては不幸なことに、診療所は夜更けまで彼の嫌いな黒社会で賑わっていた。だから疲れているのかもしれない、と信一は思った。起きていればいつものように軽口の応酬をするところだし、容赦なく賃貸料を請求するところだ。しかし、よく眠っている四仔を見るとさすがに気が引けて、信一はベッドの枕隣に配置されているパイプ椅子に無言で腰を掛けた。

外は雨が降っている。しかしそれは緩やかな雨で、九龍城砦の屋根を打つ雨音は優しくて心地が良い。信一はあらためて、付き合いがそれなりに長くなってきた、カタギの闇医者であるその友人の顔を覗き込んだ。白いマスクで全貌は見えないが、それでも目と口から覗く素顔だけでも端正であることが分かる。


信一は。
一度だけ、この男に抱かれたことがある。


それは肌を寄せ合わなければ壊れてしまうような、堪らなく哀しいことが起きただとか、この心の隙間を塞ぎたいというような、そんな激しい感情に突き動かされただとか、そういうセンチメンタルさやドラマティックなきっかけがあったわけではなかった。

そう。あれは特別な日ではなかった。強いて言えば、今日とは違って外では激しい雨が降っていた。その音は九龍城砦のあらゆる騒音をかき消して、むしろ外部に決して秘密を漏らさぬような静寂を作り上げた。そんな夜だった。だからお互いに魔が差した、としか言いようがなかった。それでも熱に浮かされたような衝動でお互いを貪った一夜は、それだけで本当は特別な夜だったのかもしれない。それに、信一にとっては決して突飛な行動ではなかったのだ。


四仔が、好きだった。


悪態をすぐつくし乱暴だし、会って口を開けば悪口の応酬になってしまう自分の友が、本当は誰よりも優しいことを信一は理解していた。物静かで口数が少なく不愛想に見えるが、その実とても愛情深いことを。残酷な過去を持ち、黒社会を嫌い、トラウマと憎しみを抱えて生きるくせに、どういう状況であっても最後には人を見捨てられない。嫌味な言い方をすれば悪手と言える”優柔不断さ”に翻弄される様子は、信一からすれば危うさを感じるほどの彼の甘さだ。自分や他の2人の親友が、隠しているも実はきちんと持ち合わせている、もしも........。そんな時が訪れないことを信一は願っているが、もしも”その時”が来たならば割り切れてしまうような、感情を切り捨てる非情な選択を四仔は踏み切れないだろう。

だから惹かれてしまう。この社会で生き残るために自分がとうに枯らした性分を、この男は非常な境遇を得てなお耐えて大事にし、それを大切な人たちに注いてくれるから。信一が本当に辛い時、隠そうとしても見抜いてさりげなく差し伸べてくれる手が愛しい。名前を呼べば、嫌な顔をしながらもいつだって応えてくれる真摯さが堪らない。四仔が九龍城砦の住人や友人たち、そして自分へと、ふとした瞬間に注ぐ穏やかな瞳を見つけて眺めるのが信一は好きだった。その瞳は彼が大切にしている者には誰にだって平等に注がれることや、四仔の一番の感情は彼が一途に探し求める、ただ一人の女性のために向いていることが分かっていたとしても。

今でも、一夜限りに求め合った四仔の手の感触を、信一は思い出せる。




あの時。誰もいない診療所。同じベッド。外を雨打つ音。
今と同じように、信一と四仔が世界に2人きりであるかのように錯覚さえした。

目が合って、どちらが先に手を伸ばしたか覚えていない。どのような雰囲気が自分たちをこんな行為に雪崩れ込ませたのかも明瞭ではないし、四仔の中でなんの火がついたのか全く見当もつかない。四仔が上から覆いかぶさってくることに心臓を高鳴らせながら、 なんでだろう、って考えないようにした。考えれば、四仔にとってこの行為の中心に本当は信一が”いない”ことを、気がついてしまうと自分で恐れたからだ。

四仔がシュルリと信一のネクタイ解くとシャツのボタンを一つ一つ丁寧に外した。いつもだったらあんなに雑に扱ってくるくせに、まるで大切にしているものに触れるようだった。それがもどかしく、信一は急かすように四仔のパーカーもシャツも引っ張り脱がしたし、やや乱暴に四仔のマスクをはぎ取った。四仔の凛々しくも上品なしかし傷だらけの顔が自分に無防備に晒される。普段隠されているものを独占することを許されたことが、信一をことさらに堪らなくさせた。

そっと両手で彼の頬を包み、そのまま傷跡をなぞってみる。それに合わせるように、やはり露わにされた信一の腹の上を四仔の手のひらが滑った。鍛えてはいるものの程よく柔らかさを残したその肌に与えられる、触れただけの優しい刺激だ。それでも信一はフワフワとした感情に乗せられて声が漏れそうになり、顔をしかめて必死に反応を堪えようとした。眉間に皺を寄せたのを気がついた四仔の右手が、引き延ばすようにそこを擦った。視線と視線が絡み合って、そのまま四仔が口づけてきた。最初は触れ合うだけ。しかし2回目には四仔の舌がぬるりと入り込み、遠慮なく信一の口内を浚い、逃さないとでもいうように舌を絡み合い、吸い上げる。その熱さに信一の頭がクラクラと警告をならす。やっと四仔が解放した時、蒸気した頬と潤む瞳、そうしてふやけたような唇を尖らせて信一が口を開く。


「.......キスすんの好きなの?」
「嫌いか?」
「きらい...じゃないけど」

これってすごく、変な感じ。
だって、俺とお前だし。


四仔が小さく笑った。その表情がまた珍しくて、信一は目を開いてしまう。しかしその意味を考える暇を与えずに四仔の唇がまた信一の口を塞く。そこからの信一はただただ四仔のなすがままだった。女との経験はあっても男との経験はない。四仔の遍歴は知らないが彼の動きには迷いを感じなかった。体のいたるところに落される口づけ。柔らかい部分を愛撫する手。絡み合う足。たっぷりの滑るローションと自分の体液が混ざり合う音。決して誰も触れることは無いはずだった器官に押し入ってくる指先。中で動いて広がり増える質量と、自分でも狼狽える程に良くなっていく感度。結局は羞恥に耐えらず「ただ乱れていたい」と四仔の耳に囁いたのは信一だ。どうしてこんなことをしているのかさえ、何も分からないままに快楽を与え続けられるのならば、考えてしまう余地など与えないで欲しかった。

やがて四仔自身が信一の奥へと入り込み、その中が男の形を覚えるまでじっくりと教え込まれる。たまらず腰をくねらした信一は、指など比較にならないほどの強い異物感と圧迫感、そうして彼が自分の一番近くにいるような”錯覚”に喘ぐ。必死な信一が汗で額に張りつかせた髪を四仔は大事そうに払うと、労わるように律動を始めた。息をハクハクとつきながら、腰をしなやかに反らせて懸命に四仔についていこうとする信一は、次第に早く大きくなる動きに翻弄されていく。

突かれて、揺らされて。

男の喘ぐ声なんて聞きたくないかも。しかもいつもケンカばかりしている男のそんな声なんて、と思い自分の口を塞ぐも、すぐさまその両手首を四仔が掴み取りベッドへと押し縫いつける。そして手首を掴んでいた大きな手のひらはそのままするりと上へスライドし、四仔の指が信一の指へと滑り込んで包むように握りこまれた。自分を誤魔化す術を封じられて、自分の口からひっきりなしに零れる、甲高く、甘く、掠れて、もっと欲しいと請うような嬌声に追い込まれる。与えられる悦楽にただキモチイイしか考えられなくなる。

だって、しょうがないじゃん。好きなのだから。
最初のうちはそんな風に自分に言い訳していた余裕すら、無くなっていく。

「信一」
何度目かも分からないほど、名前を呼ばれた。どうしてそんな、恋人みたいに名前を呼ぶの。なんのきっかけもなく始まったのに。お互いの高ぶりが限界に近いことを感じる。自分に余裕がないように四仔の息遣いと動きにも余裕がないことが伝わる。

ねぇ、待って。やっぱり伝えたい。
この感情を無意味なものにしないで。



好き。



そう、信一の口から秘めた言葉が零れそうになった瞬間、四仔が信一の唇を塞いだ。



あ。



振り絞った決意は四仔の口の中へ吸い込まれてかき消され、その瞬間に四仔が最も深く信一の中を抉った。その強すぎる快楽に耐えられるはずもなく、信一は身体を痙攣させて精を吐き出す。ずるり、と中にあったものが無くなる感覚。それはあっと言う間で、気持ちと身体の喪失が信一を打ちのめした。必死に開けた自分の瞳は涙で歪んで四仔の顔を映すことができず、彼の最後の感情を確認できないままに、恐怖ですぐに目を閉じてしまった。くったりと、目を閉じたままに意識が遠ざかっていく。

まるで一瞬のうちに魔法が解けたようだった。何を自分は言おうとしていたのだろう。四仔にとってこの行為の中心に本当は信一が”いない”んだと、あんなに自分を戒めたはずなのに。


次の日の朝、目覚めた信一は自室のベッドにいた。服も体も綺麗に整えられていてまるで何事もなかったかのようだった。だが外見の様相からはそう見えずとも、体の内側には軌跡が残っている。体のだるさと、腰の痛み、残る彼がそこに”いた”感覚。信一は口元を覆って落ち込む。


やばい。
しなければ良かった。


なかったことにされた。言おうとしていたことも言えなかった。
それにこれって"拒絶"では。




しばし回想を繰り広げ、今思い返してもあれは絶望的な気分だった、と、パイプ椅子の上で、信一は大きくため息をつく。

いや、今もだ。あの後、どうにかしてその夜のことを切り出そうとしたが、あまりにも四仔が”いつもの”のように信一に接してくるから、信一もただ”いつもの”ように切り返すことしかできない。それがお前の願うこと?だとしたら怖すぎて蒸し返すことなんてできない。

それでも信一の心は宙ぶらりんのままだ。体さえ繋げたというのに”好き”という言葉だけが喉から決して出てこなくなってしまった。想う人に理由どころか、きっかけさえなく抱かれて、何も分からなくて。まだ諦めきれないのに。だから体を投げ出したのに。心を晒すことを封じられてしまったら。

そうしたら、もう、これ以上の愛の伝え方は信一には分からない。

パイプ椅子から立ち上がる。四仔はまだよく眠っている。穏やかだ。あの時の扇情的な彼を思い起こさせるような雰囲気はない。でも、その穏やかな表情が優しくて信一は焦がれてしまう。

眠っている四仔のふっくらとした唇に、静かにそっと信一は唇を落とした。

触れるか、触れていなかほどの軽さで。
決して彼が目を覚まさないように。

顔を離した瞬間。パタパタパタ。と涙がこぼれた。
それは四仔の顔を濡らすことはなく、彼の表情を覆うマスクに吸い込まれて行く。
信一は音も出さずにホッと息を吐く。


良かった。彼が気づくはずもない。


服の袖で乱暴に目元を拭う。この部屋を一歩出たならば、陽気で頼れる、生意気でヤンチャな城砦福祉委員会副会長に戻らなければ。静かにベッドから離れ、慎重に診療所の扉を開ける。そうして廊下に出た信一は走り出した。


この一時、誰も診療所を訪れてはいないのだ。誰もだ。




‥‥‥‥‥‥‥‥。

どんなに静かに閉めたとしても、建付けの悪い診療所のドアは無音では閉まらない。コト、と小さな音を聞き終えてから横たわっていた四仔はゆっくりと目を開けた。それからやはりゆっくりと体を起こすと、沈思するようにしばし停止し、やがてマスクを外す。自分の唇にそっと触れた。彼がそうしたように、触れるか、触れていなかほどの軽さで。

「クソ黒社会め....」

一体、どういう了見なのか。いつもこちらの都合などお構いなしで、騒々しくも距離を勝手に詰めてきて、憎まれ口だってたたく飄々とした甘えたのくせに。


四仔は。
一度だけ、あの男を抱いたことがある。


この九龍城砦にて四仔が一番気を揉んでいる相手だ。あの龍捲風に大切に愛情をもって育まれ、危険な世界に身を置くことに似つかわしくないほどの無邪気さと純真さを持ち合わせた青年。くるくると変わる表情に、自分に甘えてくる視線。大嫌いな黒社会側の人間であるのに放っておけず、気がつけば注意深く彼を追ってしまうようになっていた。

そんな信一を抱いたのは、魔が差したとしか言いようがない。信一が自分のことなど何とも思っていないことは理解している。なぜならば、信一はいつも誰かを想って時折遠くを見ているから。だから手を出すようなマネをするつもりはなかったのに、どうしてかあの嵐の夜、なんのきっかけもなく、しかしまるでお互い止める術を知らないかのように、ただただ抵抗もなく情事に雪崩れ込んだ。

自分の想いを乗せるように優しく丁寧に触れた。信一はいつもと違って非常に素直で、しかし「ただ乱れていたい」と請うた。何がなんだか分からなくなりたい、と。自分が誰かの代わりに誘われたというなら、それを叶えてやろうともした。それなのに欲が出た。柔らかい肌は甘く、憐憫を誘うほどにしなる背はなまめかしく、声を抑えようとする健気さに意地悪を仕掛け、啼かせるだけなかして、そうして最後の最後に、感情がたまらなくなって唇を塞いだ。信一はあの時、何か言おうとしていた。その言葉は聞きたくない。お前の目の前にいるのは自分だ、と。お前が焦がれる誰かじゃない。

信一はそのまま気絶するように眠ってしまい、四仔はやりすぎたと後悔し、元通りにすることにした。迷い事は無い方が良い。信一にとって余計な足かせになるような想いは不要だ。


.........と思っていたのだが。


おい、まて。
俺は何か思い違いをしているのか?


四仔はガリガリと頭をかく。あの男は本当に厄介だ。出会ってからずっと無闇に四仔を翻弄する。理解不能なクソガキ。それでもやはり放ってはおけない。

唇に触れた感触を反芻し、しかし想い人の零れた涙までは知らない四仔は、渋い顔をしながら引き続き頭を悩ませた。