なび
2025-05-11 15:21:10
3879文字
Public 海の魔女の物語(仮)
 

海の魔女の物語(仮)5

1話2話3話4話

元ネタ原案は たたみさま(@musclewata)の素敵最高ツイートになります。
今回も参考にさせていただいております。引き続きありがとうございます……!!!


TSバソ♀によるしょたおねパーバソです。
4話に続き、しょたおにパート。
今さらですが、モブがたくさん登場します。






 上掛けごと抱き上げた少年は、まろい頬を男の肩へすりつけるようにして、すっかり寝入ってしまったようだった。
 バーソロミューは、目を細める。そのまなざしは、年の離れた兄が弟へ向けるような、祖父が孫へ向けるような、優しさに満ちている。
 パーシヴァルを抱き上げるのは何年ぶりだろうか。
 この子が生まれた日のことは、よくよく覚えている。
 とても穏やかな春の日のことだった。大潮の日の直前で、風はまだ肌寒かった。木々が芽吹くには少し早かったが、子の誕生を祝うかのように、草原は柔らかな新芽が覗き始めていた。
 産屋となった寝室の前で、夫たる当主はウロウロと歩き回り、それを見てバーソロミューは「君、熊じゃないんだから」と笑ったが、内心は冷や汗をかいていた。長らく子ができなかった夫婦に、ようやく授かった宝だ。ド・ゲール家の、宝。その子に、そして子を宿す若い妻に、何かあったら。
 お産は長引いた。女の身になってすでに長いバーソロミューは、初産はこういうものだと知ってはいるものの、それでも気が気でなかった。況や、夫たるや、だ。
 こういう時、本当に魔女ならば良かったのに、とバーソロミューは思う。魔術で何かできたら、と。
 そうして、彼女が夜中に産気づいてからどれくらい経っただろう。妊婦の苦鳴が消え、柔らかな、元気な産声がオークの扉越しに聞こえてきた頃には、暖かな春の光が差していた。
 バーソロミューは遠慮したが、入ってきてほしいと懇願され、寝室へと足を踏み入れる。だが、足は扉からすぐの場所で止まった。
 今の今まで一世一代の大仕事を成していた城の女主人は、豪奢なベッドの上で、汗に濡れた髪を額に張り付かせながら、それでも幸せそうに笑んでいた。
 体を清められた子は、母の腕の中で小さく動いている。まだ目は開かない。ド・ゲール家の血を良く引く濡れた灰銀色の髪。産まれたばかりで、体はまだしわくちゃだった。けれど、
——ああ、かわいいね」
 心の底からバーソロミューは感嘆の言葉を述べた。
 涙ぐんだ夫婦の視線がそろってこちらを向き、笑みを深くする。
 あまりにも幸福に満ちた光景に、バーソロミューはおぼろげになっていく昔の記憶とは別に、これを忘れたくないと思った。



 その子を初めて抱き上げたのは、それから一週間以上後のこと。
 産婆に寝室を追い出されたら翌日から、大潮だったのだ。ド・ゲール家の城の者たちは、バーソロミューの男の姿を見たことがない。これからも見せるつもりはなかった。
 薄情かもしれないが、こればかりは譲るつもりもない。バーソロミューはいつものように、城を後にした。慣れ親しんだ馬を借り受け、草原を駆る。崖の上から海を眺め、それからぐるりと回って港へ向かった
 呪いは、ほんの少しだけ慈悲を残してくれていた。男の姿の際は、海はバーソロミューを避けなかった。焼き切れる痛みは海に近づけば近づくほど強くなったが、それでも海に、船に乗ることができた。
 この慈悲は、同時にバーソロミューを苦しめた。むしろ、男の姿であろうと避けてくれた方が、すべてを諦められたかもしれない。そうは言っても、バーソロミューは海を愛しすぎていた。
 そうしていつものように大潮の日を過ごし、城に戻り、女の姿に戻った自分自身に苦笑する。
 サロンで茶を飲んでいたところを、主寝室を訪ねてほしいと呼び出された。
「まだ抱いてくれていないでしょう?」
 そう悪戯げに笑う若い妻は、産後の血の引いた顔色で、それでも健康そうに見えた。
「いいのかい?」
「もちろんですとも」
 短くやりとりを交わし、宝を受け取る。
 パーシヴァルと名付けられた甘いミルクの匂いのする赤子は、ふにゃふにゃで、あたたかで、それだけで幸せな気分になる。
「目元が君にそっくりだ」
「あら、鼻のあたりは旦那様似ではなくて?」
「ああ本当だ」
 小さな声でくすくすと笑い合う。
 すると、ぱちり、と。
「おや」
 眠っていたはずの赤子の目が開いた。空色の、薄い青の瞳が、まだしっかりと視力なぞ働いていないはずの目が、しかし確かにバーソロミューをとらえた。
「!」
 これはいけない。
 咄嗟に、バーソロミューは思った。
「魔女様?」
 赤子を母親へ返して、バーソロミューは硬い声で告げた。
「その子は、私から離した方が良い」

 その晩、父と母になったばかりと当主とその妻へ、バーソロミューは改めて宣告した。
「あの子は、私から離した方が良い」
 長らく家を盛り立ててきた魔女の言葉に、否やを言う二人ではない。けれど、「母のように姉のように接してほしいと思っていたのに。私たちのときのように」そう当主と妻は嘆く。
 城を離れるわけではない。館に引っ込むだけだ。バーソロミューは二人をそう慰め、城へ出入りすることを止めた。



 そして十年が経ち、言いつけを守らない子をこうして抱き上げている。