ふみかぜ@壁打ち
2025-05-10 20:38:32
11809文字
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【ドラロナ+ヒナ】よきバカップルの横でよく菓子食うレディ/親しき仲にも気取らせず【web再録】

1/26のイベントで頒布したドラロナ本のweb再録です!/ヒナちゃんが事後のドラロナに遭遇したり、野郎どもが隠れてイチャついたりする話
/他の話も公開済です(ドロ前提ヒナ+ド→https://privatter.me/page/67505c862d642
ドロ前提ヒナ+ロ→https://privatter.me/page/66b8cfe1290fe)

【よきバカップルの横でよく菓子食うレディ】
 ロナルド吸血鬼退治事務所の床下には、ヒナイチ副隊長が設けた監視任務の拠点が存在する。最初はただ身を隠すだけだったそこはビルの立て直しを機に大きくリフォームされ、今では別荘のような居心地のよさとなっていた。
 日当たりこそ悪いがベッドとワークデスクを持ち込んでなお余裕のあるスペースに、仕事現場に直通した利便性。おまけに美味しいご飯やお菓子やクッキーをいつでも食べに行けるこの住まいは、十九年生きてきた彼女の人生史上最高のホームといっても過言ではないだろう。
 初対面からふとどきな振る舞いをしてきたドラルクと、そんな吸血鬼にまんまと住み着かれてしまい吸対のマーク対象となったロナルドに感謝したいくらいだ。と、不謹慎な気持ちが芽生えてしまうくらい、ヒナイチは床上の彼らと過ごす日々を大切に思っているのである。
 そんなある日のこと。
「ふぅ、すっかり遅くなってしまった」
 深夜の三時を過ぎ、朝刊配達で家々を回るバイクの音が聞こえてくる頃。今晩騒ぎを起こした吸血鬼の事情聴衆を隊長と共に行っていたヒナイチは、やっと監視任務に戻るところだった。
……今日は静かだな」
 ビルへ入る前に事務所がある筈のフロアを見上げ、一人呟く。窓の奥は真っ暗で、彼らが大騒ぎする声も聞こえてこない。念のため、ドラルクが窓から放り捨てられていやしないかと辺りを軽く見回してみたが、今日はそんなこともないようだ。
 ついさっきVRCへ搬送した吸血鬼の退治にはロナルドとドラルクも参加している。もう事務所には戻っていると思うが、この時間だと営業終了しても不思議ではない。
 建物に入って階段を上り、三階へ到着したところで床下に潜った彼女は、どうしようかと考える。このまま明日の夜へ備えて休息を取るべきと思う一方、彼女の手元には今空のクッキー缶があった。
 ファンシーな図柄がプリントされているそれは何処かのお店で買われたお菓子詰め合わせの使い回しで、見回りに出る前にはお手製のクッキーが入っていたものだ。巡回の途中で底を突き、お代わりを戴くべく事務所へ向かおうとしたところで吸血鬼騒ぎの連絡が入り、結局貰いそびれたまま現在に至るというわけである。
「うーん……
 腕を組み、事務所へ通じる床板を下から眺める。
 ここに来れば彼らの話し声や物音が響いてくるものだが、今日に限っては何も聞こえない。クッキーに何か関連するものさえあれば、彼らがキッチンの奥に集まっていようと防音設備有りの予備室に篭もっていようとヒナイチの直感にビビッとくるものがある筈だが、今は何も引っかかってこない。
 やはり明日に出直すべきか。いやでも、ひょっとしたらドラルクが休む前にお代わりを作っているかもしれないし。皆が自分の分を取り置いてくれている信頼はあれど、不法侵入ポンチでそれが台無しになる可能性もあるなら早めに保護するべきだし……
「うーーー……よし!」
 一頻り迷った末、ヒナイチは拳を握って気合いを入れ、頭上へ向かって腕を伸ばした。普段より勢いを殺して床板を押し上げ、頭をひょこっと出す。
 だってほら、今持ってるクッキー缶は借り物だし、なら早めに返さないと悪いじゃないか。ロナルドはともかく、ドラルクは起きている可能性が十分にある。彼が何らかの理由で「もしここにヒナイチ君に渡した缶があればなぁ」と困っていたら助けなくては。……この缶が必要な理由は、ちょっと思いつかないけど、きっと要る筈だ。
 己を納得させるための建前を得たヒナイチは、軽やかにジャンプして事務所の中へ乗り込んだ。その動き、吸対の制服を来ていなければ盗人や忍者、スパイと見紛うものである。
 外から見た印象通り、部屋は照明が落とされ静かなものだった。窓から差す月明かりを頼りに様子を確認したが、二人と一匹は不在。門番役のメビヤツはロナルドの帽子を被って目を閉じてスリープモードに入っているし、依頼人を出迎える扉も内側から鍵がかかっている。やはり、今晩の営業は終了したらしい。
 状況を確認したヒナイチは、続いて忍び足でリビング側のドアへ近づく。ドアノブへ手を掛けたまま、開ける前に聞き耳を立ててみる。
 特に何も……いや?
 がた、と何かが揺れる音がした。硬いものが床に落ちて僅かに跳ね返ったような、丈夫な箱の蓋が持ち上がろうとしたような、無機質で乾いた音だ。聞き間違いかと思った直後に、かた、かた、と今度は続けて数回鳴る。
 話し声こそ聞こえないが、誰かがいるのは確かだった。事務所の皆か、はたまた侵入者か。いずれにしろ、現在の彼女に引き返す選択肢は存在しない。
 がちゃり、とノブを捻る。鍵はかかっていない。それで、彼女はいつも通りにドアを開けたのである。
 ……この行動が、晴天の霹靂となることも知らず。
「邪魔するぞ、ドラルク、ロナル――
「あっつ……俺ちょっと水飲んで――
 事務所側と打って変わって、リビングは照明で明るく、その落差に目が慣れる必要があった彼女は状況を把握するのに一瞬遅れた。
 後ろ手にドアが閉まる音と、棺桶の蓋が持ち上がって床に落下する音が重なる。
「ど、」
「へ、」
 ヒナイチの緑色の瞳が捉えた視覚情報を彼女が理解するまで、たっぷり一秒かかった。じわじわと青い目を見開く相手も、同じだけの時間を要したことだろう。
 玄関から四、五歩先の定位置に、吸血鬼ドラルクの棺桶は置かれている。その蓋はたった今開き、中から一人の男が起き上がったところだった。ここまではいい。
 問題が二つ存在する。姿を見せたのが棺の持ち主である吸血鬼ドラルクではなく、そのコンビである人間、退治人ロナルドであること。
 そして、ロナルドが辛うじてトランクス一枚履いている以外、何も身に纏っていないことだ。
 ロナルドには、出来心で棺桶の中に入った前科があると聞いている。この町で退治人の服が脱げることなど些細な日常の一コマだ。どちらか片方であればまたポンチに当てられたのかと呆れ諌めていたに違いない。
 しかし、一つずつ出された範囲では十分に対処できる筈の要素が二つ合わさることによって、ヒナイチを混乱の渦へ追い落とそうとする。最近ドラルクたちと共に観た映画の数々がシーンを継ぎ接ぎにして頭の中を駆け抜けていき、気の利いた答えを何も残さずに彼女を置き去りにする。
 だが、この状況に更なる混沌が追加されるとは次の瞬間までヒナイチは思いもしなかった。
……な」
 何をしているんだ、と至極真っ当な疑問を叫ぼうとした直前、ヒナイチより先に割って入る声。
「せめてもう一枚着ろロナ造、誰か来たらどうす、」
 ロナルドの足下、棺桶の中で灰色の塵が波打って吸血鬼ドラルクが姿を顕した。上半身にシャツこそ羽織っているが、ボタンを全開にして彼の特徴たる首のジャボも外され、あばら骨が浮き上がる痩躯が剥き出しになった状態で。
 誰もが意図しなかったドッキリに見舞われて言葉を失い、硬直する空気。
 ヒナイチが入室して五秒後、それは決壊する。
「ちーーーーーーーーーーん!!」
「アビャウォエナビャーーー!!」
「イャアギャーーーーーーー!!」
 その場に立ち尽くしたヒナイチが絶叫し。
 胸を両腕で隠したロナルドが奇声を発し。
 ドラルクが悲鳴を上げながら塵と化した。
「お、お前たち、い、いいい一体、なんっ、何を」
 顔を真っ赤にし、バグった機械のように全身を震わせているヒナイチを前に、慌てた様子のロナルドが棺桶から足を一歩踏み出そうとする。
「ちがっ、違うぞヒナイチ、何を想像してるか知らないが誤解だ、俺たちはただ」
 が、手を先に再生させたドラルクが彼の足首を掴んだ。
「服を着るのが先だアホ! パンツ一丁で女子に迫る気か万年童貞裸族ルド!」
「ああ゛?!」
 足下からの罵倒を受け、ロナルドが足を戻して塵の山を踏み潰す。
「テメェだって同じようなもんじゃねーか! 砂で隠そうたってそうはいかねぇぞ下半身丸出しおじさん」
「ファーー貴様が着替える前に蓋を開けたんだろうが! こんのバカ造、次は起き上がれなくなるぐらいクッタクタにしてやろうか?!」
「はっ、できるもんならやってみろよ雑魚砂ぁ!」
 二人の間だけでヒートアップしていく口喧嘩に、ぷつん、とヒナイチの中で何かが切れた。
――お前たち」
「「あ」」
 上半身のみ再生し退治人へ掴みかかろうとするドラルクと、その脳天に拳を振り下ろそうとしたロナルドが同時に、玄関に立つ彼女の方へ振り返る。ぽかんとした顔の男二人と視線がかち合った瞬間、ヒナイチは心の底から声を張り上げた。
「ちん!! ケンカする前に服を着ろ!! ちんー!!」
 これ以上見ていられず、彼女は身を翻して事務所の窓へダッシュする。最後の理性でガラス窓を素早く手で開け、背後から聞こえる制止の声を振り切り、軽やかに外へ跳躍した。
 ビルから降下する彼女を慰めるように夜気が肌を撫でる。その晩、ヒナイチ副隊長は久しぶりに自宅――寮のベッドでふて寝したのだった。

 夜が明け、晴天の下で鳥の囀る声が響く。正午過ぎに目を覚ましたヒナイチは遅めの昼食を摂って寮部屋の掃除や郵便物の整理などを済ませると、隊服に着替えて外へ出ることにした。日が沈むまで寮にいても時間を持て余すし、それなら身体を動かすついでに町のパトロールでもしようと考えたのである。
 その頃には午後の三時に差し掛かっていたので、おやつに鯛焼きを購入する。公園のベンチへ腰かけ、冷める前に早速いただくことにした。
「ん、おいしい」
 こんがり焼き上がった生地と粒あんの甘さが程よく調和している。クリーム入りの方も安定感のある美味しさだ。季節限定の栗あんも食べたかったが、残念ながら売り切れだった。いや、諦めるのは早い。ドラルクに頼めば作ってくれるかもしれない。今晩聞いてみようか。
「むぅ……
 あっという間に食べ終わり空になった手を膝の上で組み、浮かない顔のヒナイチは晴れ渡った青空を仰いだ。
 あと一時間程で空は暮れ始め、夜が訪れる。そうしたらヒナイチも吸血鬼ドラルクの監視へ赴かなくては。
「監視任務に……
 己に言い聞かせるように呟く彼女の声はいつもより少し暗い。
 今日はつい、任務のことを考えるのをなるべく後回しにしていた。お菓子やご飯のことを考えることでテンションを上げても、いざ事務所の方へ向かおうとすると足が重くなってしまうためである。無論、気乗りしないからと職務をサボるつもりはないが……
 原因は分かっている。昨晩ドラルクたちと居合わせた時、彼らの弁明も聞かずに逃げ出してしまったことが気まずいのだ。あれからRINE上でも連絡を取っていないし、次に顔を合わせた時にどんな言葉をかけるべきか、ヒナイチには検討もつかなかった。
 ――事務所へ行きにくい理由はもう一つある。ドラルクとロナルドがあんなことになっていた意味について、彼女はある想像をしていた。それが勘違いだったら恥ずかしいし、もしも合っていたらそれはそれで今後どうするべきか分からない。
 ほとほと困り果てた。誰か力を貸してくれないか――
「ヌヌイヌヌン?」
「え? ……ジョン?」
 唐突に足下から聞こえてきた、なじみ深いアルマジロの声。当てもなく空を見上げていた視線を地面へ向けると、膨らんだリュックサックを背負うジョンがヒナイチの爪先すぐ近くに立っていた。
「びっくりした、奇遇だな」
「ヌー」
 上へ登ろうとするジョンへ手を貸し、自分の隣へ運ぶ。そういえば昨日はずっと姿を見かけていなかったと思えば、一泊二日の観光バスツアーへ出かけていたらしい。新横浜にはついさっき戻ってきたばかりだそうだ。
「ヌイ、ヌヌヌヌ」
「お土産? そうか、ありがとうジョン! では早速」
 ジョンがくれた個包装の栗饅頭を受け取って、ぱくりと一口……美味しい! ちょうど栗を恋しく思っていたとこに、栗あんの優しい甘さが身体に染みた。
「うーん、甘くて美味しいな!」
「ヌー!」
 ヒナイチが率直に喜びを口にすると、ジョンも嬉しそうに両手を挙げて応える。それから彼は僅かに首を傾げ、
「ヌヌイヌヌン、ヌヌヌヌッヌ?」
「え」
 心なしか気遣わしげな声音で、何かあったのかと彼女へ問うた。
「何かって言われても、っ」
 脳裏に浮かんだ昨晩の光景を慌てて振り払う。栗饅頭で少し渇いた喉を水筒の水で潤し、気持ちを落ち着かせた上でジョンへ向き直った。
「べっ、別に何もない、が……ええっと、どうしてそんなこと聞くんだ?」
「ヌー、ヌンヌヌヌ、ヌンイヌヌヌーヌッヌヌヌ」
「う……今の私は、元気なさそうに見えるだろうか」
「ヌヌリ」
「ちんっ? そうか、そうなのか……
 かなり、とまで言われてしまって、ヒナイチはすっかり狼狽えてしまった。これでは覚悟を決めて事務所へ行っても、ドラルクとロナルドを心配させてしまうだろう。
 このままでは埒が明かない。いっそのこと、自分の中でつかえているものの正体を確かめるべきじゃないか。今、ちょうど目の前には全てを知っていそうな吸血鬼ドラルクの使い魔がいるのだし。
「ジョン。質問を一つ、いいだろうか」
「ヌ?」
 深呼吸を一つして、覚悟を決める。迷いを吹っ切った緑の瞳をジョンへ真っ直ぐ向けたヒナイチは、率直な疑問を口にした。
「ドラルクとロナルドは……恋人、なのか?」
「ヌァ?!」
 驚きの声を上げた彼は、口元を両の前足で押さえて暫し沈黙する。小さな耳をぺたりと伏せて何か考えている様子であるジョンにヒナイチが何か言おうとしたところで、彼は丸い身体をぐっと伸ばし、鼻先を上へ向けた。
「ヌン。ヌーヌヌ」
 そして、しっかりと頷きを返し。そうだよ、とヒナイチの問いへ答えてくれる。
「そうなのか……やっぱり」
 自然と出た穏やかな声で呟き、ヒナイチは詰めていた息を静かに吐き出した。胸のつかえがすっと消えていくのを感じる。心にかかっていた霧のようなものが一気に晴れていくようだった。
 ドラルクとロナルドの関係というものは、実に多種多様な言い表し方ができる。
 吸血鬼と人間、退治対象と退治人、同居相手、共闘相手、備品と個人事業主、料理を作る側と食べる側、相棒、友達――そこに恋人という言葉が加わるのは、不思議なくらい違和感なく彼女の中に馴染み、素敵なことだと思えた。
「ヌヌイヌヌンヌ、イヌヌヌッヌヌ?」
「あぁ、私も気づいたのはつい昨晩なんだ!」
 勢い込んだヒナイチは、ジョンに自分が見たものを説明していく。最初は楽しそうに聞いていた彼だが、棺桶からロナルドが出てきた下りでヌァっと口を開け、彼女が語り終える頃には憂いを帯びた眼差しを十九歳の若者へ向けるのだった。
「ヌヌリヌヌヌンヌ」
「ちんっ、ジョンが謝ることじゃないぞ。悪いのはあんなことになっていたあいつらで……私も、来るタイミングが少し良くなかったし」
 ほんのり赤くなった顔で咳払いしたヒナイチに、ジョンが栗饅頭をもう一個渡してくれる。何という心遣い、流石は世界一可愛いアルマジロ。
「もぐ……しかし、二人のことが分かったものの、やはり昨日の今日で顔は合わせ辛いな」
「ヌー……
 ヒナイチの中にあったモヤモヤは解消こそされたものの、気まずい場面に遭遇してそのまま逃げ去ってしまったことに変わりない。そもそも、ほぼ毎日会っている友達同士が付き合っていることを急に知り、距離感をどうすればいいのか分からないというのが本音だった。
「ヌヌイヌヌン、ヌヌ」
「うん? どうしたジョン」
 一緒に思案していたジョンがヒナイチを呼び、耳を貸すよう手招きする。彼を両手で持ち上げて耳元へ近づけると、ヌショヌショと囁く声。
「ふむ、ふむ……ちん? それはいい考えだが、ちょっと都合が良すぎないか?」
「ヌショヌショ……ヌー」
 頭のアホ毛でハテナマークを描く彼女に対して、グッとサムズアップするアルマジロ。
「なるほど……ジョンが言うならきっと大丈夫だな!」
 ジョンの提案に頷いたヒナイチは、彼を腕に抱えて勢いよくベンチから立ち上がった。橙色に染まり始めた空の下、一人と一匹はスーパーを目指して進み始める。
ヌヌイヌヌン ヒナイチくんイヌヌヌヌーリヌイーヌヌヌ いつもどおりで良いからね
「え?」
 ヒナイチの腕で軽々と運ばれていくジョンが、優しい声で言葉を続けた。
ヌヌヌヌヌヌヌ ドラルクさまもヌヌヌヌヌンヌ ロナルドくんもヌンヌ ジヨンも! ヌヌイヌ ヒナイチヌンヌヌヌ くんのことヌヌヌヌヌ 好きだものヌヌヌヌヌ これからもヌニヌヌヌヌヌイ なにも変わらないヌン ヌン
……ありがとう、ジョン」
 くすぐったくなった胸いっぱいに、爽やかな空気を吸い込む。照れ臭い気持ちも込めて、心からの言葉をヒナイチは力強く返すのだった。
「私も皆のことが好きだ。ドラルクもロナルドもジョンも、私にとって掛け替えのない友達だぞ!」
「ヌー!」

 時刻は十八時、場所はロナルド吸血鬼退治事務所。
――テレビでやってたプロレス特番に影響されて」
「棺桶で取っ組み合う理由がなかろう、却下」
 リビングではフローリングに腰を下ろし、神妙な表情で向かい合うドラルクとロナルドの姿があった。
「ふむ……アップデートした棺桶のプラネタリウムを若造がやたら見たがったから、とか」
「服脱ぐ理由が無いだろーが、没だ没」
 彼らは先程からあーでもないこーでもないとアイデアを出し合いつつ、相手の案はバッサリ切り捨てるという不毛なやり取りを繰り返している。
「クソ砂が半田たちに流してる写真の押収」
「パンツ一丁でガサ入れか、通報されるのは君だな」
 苦し紛れにロナルドが出した意見と抗議を悪びれることなく流し、段々とこの状況に退屈を覚えていたドラルクが白い手袋に覆われた指を小さく鳴らした。
「ゴリ造が床に放置していたバナナの皮で足を滑らせ、私を巻き込みながらたまたま蓋の開いていた棺桶にダイブ。服は遠心力的なサムシングが働いてスルッと脱げた。さぁさぁ審査員のキンデメさん、判定は如何に!」
「何ちょっと楽しくなってんだテメェー! クソみてぇな大喜利やってる場合じゃねーんだよ!」
『ぐぶぶ、流れるように巻き込むでない』
 ロナルドの手刀でドラルクが塵山と化し、場の雰囲気が一旦リセットされる。水槽のデメキンが逃げるように水草の陰へ隠れたところで、再生した吸血鬼が真顔で溜め息を吐いた。
「全く、埒が明かんな……ロナルド君、やはりヒナイチ君には正直に話すべきだと思わんかね」
 冷静なドラルクの言葉に、対するロナルドの肩がびくりと跳ねる。
「は、話すって、何を」
「勿論、私たちが付き合っていること」
「つっ……ぉ、おう、そうだな……
 赤面して言葉を詰まらせながらぎこちなく頷く退治人の様子に、昨晩のあられもない姿を思い出した吸血鬼は愉悦と慈しみが入り交じった情のコントロールに努めることとなった。一旦、初心な恋人をソファへ座るよう促す。硬いフローリングの上で向かい合うよりも、比較して柔らかいクッションへ隣り合う形で腰を下ろす方が思考もよりよく解れると思ってのことだ。
 若者の強張った肩をぽんと叩き、ドラルクが軽い調子で言葉を続ける。
「我々とヒナイチ君の仲だ、無理に隠す必要もあるまい。どうせ遅かれ早かれバレるだろうし、いい機会だと思って打ち明けるのがベターだろう」
「それはまぁ、一理あるけどよ」
 こちらの発言に賛意を示しつつも、ロナルドは何となく気まずそうに首をぼりぼりと掻いていた。伸びかけた爪でうなじを引っ掻くんじゃない、跡が付くぞ。
「でも、今の状況でヒナイチに話したら……
 ――なるほど、二人は付き合っていたのか。
 彼らの中に、事実を聞かされたヒナイチが納得して頷くイメージが浮かぶ。想像上の彼女は、直後に緑の目をスッと細めて。
 ――だからといって、リビングのド真ん中でエッチなことをするのはどうかと思うぞ。正直ドン引きする。
「って、言われるかもしれないじゃん?!」
「いやいやそんなヒナイチ君に限ってまさかそんな、ねぇ……うっ」
 気の置けない十九歳女子の冷め切った表情を脳裏に描き、ロナルドは顔を青ざめさせ、ドラルクは顔半分をざらりと塵化させた。何せやらかしてしまった自覚がある分、後ろ向きなことばかり考えてしまうものである。
 膝に落ちた塵を顔に戻して、しかし、とドラルクが肩を竦める。
「嘘やハッタリで誤魔化すのは無理だろう。昨晩も日の出寸前まで話し合っておいて、この体たらくではないか」
「じゃ、じゃあせめてもっとこう、さり気なく伝えることってできねぇかな?」
「さり気なくとは」
「俺たち付き合ってるんだぜー、へーそうなのかー、って感じに済ませたい」
「それはそれで後々混乱させそうだが。ふむ、クッキーをひたすら食べさせれば結構いけそうだな」
「よっしゃ、さっさと作れやドラ公」
「材料調達が先だロナ造、クッキーモンスターに対応するには少々薄力粉が心許ない。業務スーパーへ急ぐぞ」
「おう」
 方針がどうにか纏まり、何とかなりそうな気がしてきた彼らはすっくとソファから立ち上がる。そしてロナルドが一歩先に出てドアノブへ触れようとした瞬間。
「二人ともいるか?!」
「ヌヌヌヌー!」
「「 ア゛ァーーーようこそ!! ジョンおかえり!!」」
 向こう側から開いた扉からヒナイチと、その頭に乗ったジョンが元気に飛び出してきて、リビングの二人は悲鳴を上げながら仰け反った。ドアバンを回避すべく素早く身を捩ったロナルドの右肘が、ドラルクの鳩尾を抉って塵へと変える。床に降り立ったジョンは涙した。
「ヌー」
「ああ、大丈夫だよジョン、少し驚いただけさ」
「ヒナイチと一緒だったんだな……って」
 再生した主人の腕の中に飛び込むアルマジロを見届け、視線を玄関に立つ彼女へ恐々と戻した退治人は、その片手にあるものを視界に捉えて青い目を瞠る。
「えっと……お前それ、どうした?」
 容量三〇リットルサイズのエコバッグ二袋に、ギリギリまで詰め込まれた薄力粉、中力粉、砂糖、チョコチップ、ベーキングパウダー、牛乳、バター、卵、バナナにリンゴにその他もろもろ。
「全く、二人とも水臭いじゃないか」
 製菓の材料をたっぷり詰め込んだ袋を軽々と持ち上げたヒナイチは、得意げで晴れやかな笑みを浮かべていた。
「ジョンから話は聞かせて貰ったぞ。恋人になったお祝いもさせてくれないとは……遅くなってしまったが、これは私からの気持ちだ。ケーキとかプリンとかクッキーとか、ドラルクは好きなだけ作ってロナルドは好きなだけ食べてくれ! 私はジョンと味見係を務めよう!」
「ヌー!」
 高らかに告げてジョンと共に腕を掲げる赤い髪の乙女。その姿を呆けた表情で見ていた吸血鬼と退治人は、どちらからともなく顔を見合わせ――やがて小さく噴き出した。
「やれやれ、とんだ杞憂だったようだね」
「っふ、本当にな」
 男どもが恐れていたことなど、結局のところは取り越し苦労なのである。新横浜のクッキーモンスターはしなやかで逞しい。そして何より――この愉快な事務所で賑やかに暮らす彼らを、心から親しく思っているのだから。