紫輝
2025-05-05 10:05:05
5939文字
Public リとヌと御仔の話
 

日刊うちの仔可愛い

リとヌと御仔の話の~2500字くらいまでの短編のまとめです。全然全く日刊ではない。思いついたら増えます(最終更新:10/18)


#03

 フォンテーヌ廷某所である。
「パパやだ〜! ママがいい〜〜っ!!」
「よしよし、もうちょっとで帰ってくるからな。そしたら交代するから」
 腕を突っ張り仰け反る子どもと、困ったようにそれを宥めようとする紳士。その様子をじっと見つめているレヴィを、私たちは見つめていた。レヴィは現在リオセスリ殿の腕の上だ。人通りが多いからと彼がそこに退避させようとするのに、レヴィはにこにこと両腕を上げていた。
「あのこ、だっこいやなのかな?」 
「“ママ”に抱っこしてもらいたい気分なんだろうなぁ」
 すごい柔軟性と背筋だな、と感心したように呟いてから見解を述べるリオセスリ殿に、レヴィはそっかぁと傾げていた首を縦に振っている。
「レヴィは抱っこの気分じゃない時とか、パパじゃなくてとうさまがいい時とかないのかい?」
 それから思い至ったかのように問いかける声は微かに震えていた。私の他にシグウィンがもしかしたら、というくらいの、本当に微かな震えではあったが。
 その問いを聞いて気づいた。そういえばレヴィは、街中で目にする親子のように抱っこを嫌がったことも、どちらかがいいとごねたこともない事に。
 気づいて、リオセスリ殿の声が震えていた理由を察する。もしかして私たちは、聞き分けの良いこの仔に知らず我慢を強いていたのでは――と。
 ちら、と合った視線。それは「覚悟をしておけ」「場合によっては今夜緊急会議だ」そう語っていて、私も承知の意を視線に込める。
 麗らかな休日の午後にそぐわない緊迫を纏いながら私たちが見守る先で、レヴィの首はふるりと振られる。
「ないよ? ぼく、だっこすきだもん」
 なんでそんなことを聞くのかと言わんばかりのあっさりとした返答に二人肩の力を抜き、
「あっ。でもね、」
 続いた言葉に力を込め直して、
「でも、ぼく、パパにも、とうさまにもだっこしてほしいから、ちょっとこまる
 込めた力の行く先を、二人して見失った。しょんと肩を下げたレヴィからぼくが二人になれたらいいのになぁ、なんて追撃まで飛んできて、とうとう私はそっと顔を覆う。直前に見たリオセスリ殿も眉間に皺を寄せて天を仰いでいたから、絶対に同じことを考えているだろう。うちの仔が、あまりにも、可愛い。
 各々深呼吸すること、三度。
「レヴィは可愛いなぁ」
「とても可愛くて、良い仔だ」
 それぞれの手で小さな頭を撫でると、レヴィは嬉しそうな声を上げる。それからリオセスリ殿が呟いた「いいことを思いついた」にレヴィと二人彼を見つめれば、フロスティブルーはまるで子どものように輝いていた。
「ヌヴィレットさん、抱っこ交代だ」
「う、うむ?」
「パパ、いいことってなあに?」
 腕の中へ移ってきた温もりを大切に抱えて、レヴィと共に彼の思いつきの答えを待つ。荷物を持ち替えたリオセスリ殿は、レヴィに向かって手のひらを差し出した。
「よし。レヴィ、いつもフォークを持たない方の手を出してごらん」
「あい」
 その言葉に素直に差し出された小さな左手を、彼の大きな手が包む。
「流石に二人で抱っこは無理だが、これでどうだい?」
 レヴィ専用よくばりセットだ、とリオセスリ殿が笑う。まあ散歩くらいならこれでもできるだろ、と。右手で私の服を、左手で彼の手を握ったレヴィはぱちりぱちりとアイオライトを瞬き状況を咀嚼して、
パパ、すごいねぇ!!」
 声を弾ませた。触角が淡く輝きふわりと揺れている。この仔に今少し力があったなら、空に虹がかかっていたかもしれない。
「うん、パパはすごいな。これならレヴィは二人にならなくてもいいだろうか」
「ん!!」
 ああ、やはりリオセスリ殿は機転が効く。なんて頼りになるつがいだろうか。二重の意味で満たされた心のままかけた問いに、レヴィはこくこくと力強くうなずいてくれて。
 それから何かに気づいたようにはっとして項垂れた。
「パパ」
「ん?」
「よくばり、わるいこだよね?」
 どうしよう、と呟くのが聞こえて、ン゙ン゙ッ、と、リオセスリ殿が呻くのも聞こえた。心中が察せられすぎる。うちの仔はなんといい仔なのだろうか。
「欲張りには良い欲張りと悪い欲張りがあってな。レヴィのこれは『良い欲張り』だから、大丈夫だ。レヴィは悪い仔にはならないさ。なぁ?」
「うむ。パパの言う通りだ。『悪い欲張り』については、また一緒に知っていけばいい」
「な? 『最高審判官』様が言うんだ。レヴィはいつも通りいい仔だよ。けど、レヴィが悲しくなるならやめておこうか」
 困ったように首を傾げるリオセスリ殿の顔には「名称に難があったな」と書いてある。流石の私とて先のそれが悪いものではない事くらいはすぐに理解できたが、やはりその辺りのニュアンスをレヴィに理解してもらうのはまだ難しそうだ。
「ダメ!!」
 身を乗り出すレヴィを慌てて支える。
「あのね、パパととうさまがいいよっていったから、だいじょうぶ。ぼく、かなしくない。だから、おててつないで」
 左手に力を込めたらしいレヴィがあわあわと紡ぐ言葉に、本日何度目かの胸痛に襲われた。リオセスリ殿、頑張って欲しい。プライベートではあるが、我々が揃ってここでへたり込むのは流石によろしくないと思うので。
わかった。じゃあ行こうか。このまま買い物はできないから、お店に着くまでな」
「あい!」
 どうにか踏みとどまってくれたらしいリオセスリ殿が、空いた手でレヴィの頭を撫でて微笑む。良い仔のお返事と彼からの目配せをもって、私は止めていた足へ再びの動作命令を出した。
 後日メリュジーヌ達から「私たちの様子を見ていた子らが僕も私もと両親にねだり同じように歩く光景がそこここで見られた」と報告を受けるのだが、その時の私たちにそれを知る由もない。なにせ嬉しそうに笑うレヴィの顔を目に焼き付けながら、間違っても人や物にぶつからないよう周囲に気を配ることに忙しかったので。