nuka_boshi
2025-04-24 15:30:16
28180文字
Public 利吉さんで賽殺しパロ
 

【RKRN】転生したら母親が伝子さんだった利吉さん その7【シリアス死ネタ】

遂に最終章です!!
冒頭から利吉さんが曇ります(ネタバレ)。
やったねあとはゴールするだけだよ!

前回の伝子さんに関しては割と罪滅ぼし編のレナ概念で書いてます。本作のメインヒロインは伝子さん。筆者は伝子さん過激派なので、汚いレナとか言ったら怒ります。
とはいえジェネリック伝子さんな上に、伝子さん視点だと実の息子ではない相手への対応なので原作伝子さんとは明らかに行動の内容が違いますね。

ちなみにエピローグ後にTipsを用意する予定なのですが、結構長い内容になりそうで戦慄してます。どうしてこうなった。
たぶん前回唐突に差し込まれたベルンの詩は誰が読んでいたか、Tipsでほんのりわかるかもしれません。……元ネタ履修勢じゃないと意味わからない可能性大だけど!!



 泣き続けている間から、その気配には気付いていた。彼が何も言わず、ただ私を見守っていたことも。
 だから、私は今こそ涙を拭って、向き合う覚悟をする。
「父上」
 ――――私がずっと逃げ続けてきた相手に、……山田伝蔵に。
…………居るんでしょう?」
 何処か気まずそうに、ようやく姿を現した父は、私の記憶にあるよりも僅かに老けて見えた。
……うむ、利吉。あー……
 言葉を選ぼうと不器用に声を上げる父の姿に、私は頬が少し緩みそうになるのを感じた。
 この人は相変わらず素直じゃない。思ってもないような言葉で傷付けてしまわないか、心配しているのだろう。先ほどまでみっともなく泣いている所を見せてしまったのだから、尚更だ。
 だから、私は父が何かを言う前に先んじて頭を深く下げた。
「父上! ――ご迷惑をおかけしました!」
 本当は、もっと言葉を交わすべきなのかもしれない。口にするべき言葉があるのかもしれない。けれど、私と父の間には、きっと余計な言葉は要らないから。――これだけできっと、伝わると思うから。だから私は、それ以上何も言わなかった。
 父は、一瞬驚いていたのか、言葉を失っていた。きっと目を見開いているだろうことは、見なくとも分かった。だから、やがて父が口を開いたとき、私は思わず頬が笑ってしまった。
――――ふんッ、今更な〜にが迷惑なものか!」
 ぶっきらぼうな声音が、それでも喜びを隠しきれてない事がよく分かる。ゆっくりと顔を上げれば、父は照れを隠すように顔を背ける。
――で? ……もう大丈夫なのか?」
 その問いへの答えは、決まっていた。
――――はいッ! だって私は――山田利吉ですから!」
 山田伝蔵の息子という幻想の肩書きはもう要らない。私は、ただの私として、山田利吉という一人の人間として生きていく。どうしようもなくカッコ悪くても、綱渡りな道だとしても。慎重に、慎重に。長い時間をかけて、私は私の人生を歩むのだ。――私にしか選べない色で、その未来をいろどりながら。
「カッコつけとるバヤイかバカ息子が」
 父は、山田伝蔵は呆れた口調で肩を落とす。けれどその口元が確かに笑っているのを、私は見逃さなかった。
 言葉はない。けれど、父は確かに、私に言っていた。「おかえり」と。
 だから私は、恐らく最高の笑みと共にその言葉を口にした。
――――ただいま帰りました、父上!」
 父は一瞬呆気に取られ、そして言葉を選ぼうと視線を泳がす。……それでいい。言葉など無くても父の言いたい事は伝わるから。ただ私が耳を傾ける努力を怠っていただけだということは、もうわかっているから。
……また、母上のところにも一緒に帰りましょうね、父上」
 その言葉に父が苦虫を噛み潰したような表情を見せるものだから、私は吹き出してしまった。
「なんですか、その顔は。そんなに帰りたくないんですか?」
「いや――、そりゃたまには帰るのも良いかもしれんが……私はともかく、お前さんは大丈夫なのか?」
「え?」
「え? じゃないだろう全く。長い事行方を眩ませて、子供を何も言わずに半助に押し付けたりまでして、母さんカンカンだぞ? 心の準備は出来とるのか?」
 当たり前のように言われて、私はぎこちなく笑う。確かに、私のした事を思えば母が怒るのは無理もない。――プッツンと切れて山から降りてきてどつき回しに来ないだけ、まだ有情なくらいだ。
……か、覚悟はしています…………
 口元を引きらせて答えると、父はやれやれと言わんばかりの大きなため息をついた。
――まぁ、今後のことに関しては母さんとも話し合った方が良いだろうしな。忍術学園に就職するにせよ、半助のもとで仕事を手伝うにせよ、他の就職口を探すにせよ、利吉にはよくよく考えてもらわんと」
「えっ。……ええぇっ!?」
 突然思いがけない言葉が飛び出してきた為、私は頓狂とんきょうな声をあげてしまう。対して父と土井半助はまるで当然の話をしただけかのように不思議そうにこちらを見ている。
「どうした、利吉。何をそんなに驚いとるんだ?」
「そりゃ驚きますよ!? 驚くに決まってるでしょう! いくらなんでも話の筋が通りませんよ!」
「なんだ利吉、まだ聞いとらんのか? 来年から忍術学園は私が引き継ぐ事になっとるから、人事もある程度融通ゆうずうが利くんだぞ。そりゃ脚の怪我があるから無理にとは言わんが、小松田君のように事務員として雇えんこともないし、やれる仕事は幾らもある。元プロ忍として実績のあるお前なら、そもそも誰も反対はせんよ」
「そっちじゃないですよ! 息子を捨てた私が土井先生の孤児院に就職だなんて、例え土井先生が許したとしても子供たちの気持ちはどうなるんですか?! 子を捨てた人間が孤児院で働くなんて、孤児たちが許しませんよ!」
「あの〜……
 思わず声を荒げた私に、後ろからおずおずと声が掛かる。振り返ると、困惑した様子の乱太郎たちが遠慮がちに手を挙げていた。
「そもそも、その……利吉さんの息子さん云々の話、マジなんスか?」
「利吉さんの夢の中のここだけ設定とかじゃなくて?」
「冗談でしょ?」
 乱きりしんの三人は今更になってわかり切った事を確認し始める。困惑する私の前で、土井半助が深くため息を吐いた。
……ああ、間違いない。私と山田先生で裏は取ってある。ほら、前に利吉君に目元が似てるって子供達の間で話題になった子がいただろう? あの子が利吉君の息子だよ」
「「「えええぇぇええええぇええっ?!」」」
「いくらなんでも驚きすぎだろうっ!?」
 顔を大きくして今更驚く三人に私は思わずツッコミを入れる。しかし三人は「そりゃ驚きますよ!」と口を揃えて叫んだ。
「あの子、利吉さんのお子さんだったんですか!?」
「通りで似てるわけだ……
――は? 待て待て、君たち知らなかったのかい?」
「「「そんなの知るわけないじゃないですか!」」」
「えっ、……は? ――ええぇっ!?」
 目が点になるとはきっとこの事だ。大前提とも言える事実を初めて知ったと驚愕する三人に、私は言葉を失いただはくはくと口を開閉する。
……利吉君。そもそも君、あの子を預けた時私にすら何も言わなかっただろう? 私は身寄りのない子だとしか聞いてないし、確かに目元が似ているとは指摘したけどそれ以上何も聞いてない。それなのに私から勝手に親子関係を明かす筈もないじゃないか」
 呆れたように肩を竦める土井半助にそう指摘され、私は言葉に窮した。――確かに、言われてみればそうだった気もする。いや、しかし!
「でも、子供を突然預けたら誰だって流石に不審に思う筈では?!」
「いや無茶言わないでくださいよ!? 利吉さん、今まで土井先生のトコにどれだけの子供連れてきてたと思ってるんスか!?」
「そうですよ! 利吉さん、土井先生が孤児院開いてからずっと危険な戦場に飛び込むような任務ばっかり受けて、そこで路頭に迷ってる子供達見つけては土井先生の所に連れてきてたじゃないですか!」
「そーそー! その中にたまたま利吉さんに似た子が混じってたからって、それですぐに利吉さんの子供だー! なんて思いませんってぇ!」
「顔が似てるから親子なんて言ってたら、世の中とっくに親子で溢れかえってますよ! っつーか気付いてた山田先生と土井先生が異常なんスよ!」
 三人から食い気味に詰め寄られて、私はたじろぐ。……言われてみれば確かにそんなこともしていた気がするが、うろ覚えだ。そもそもあの頃は余裕が無かったし、一番荒れていた時期と言っても過言ではない。周りからどう見られているかなど、気にするゆとりがなかった。
「そりゃあ流石に気付くさ。利吉君が余裕失ってたのは見れば分かるし、私達が何か言ったところで余計こじれる可能性が高いから、一体どうしたものかと相談してた所に利吉君そっくりの子供を連れて来られたんだから。実子の可能性を考えない方がどうかしてる」
「第一、いくら身寄りがないだのと言われたとは言え、可能な範囲で出自を調べるくらいは忍者として当然だろう。――例えばだが、拾った子の父親が武家の跡取りや穴丑あなうしだったりしたらどうする? 何も知らずに引き取った結果、他所のお家騒動や抜け忍騒動に巻き込まれでもしたらまずいなんてものじゃないぞ」
「タカ丸君の時みたいに、本人が知らなくても命を狙われる可能性は充分あるんだ。他の子達の安全の為にも、調べれる内容は予め調べておかないとね。利吉君も別に本気で隠そうとしてたわけでもないし、すぐに裏は取れたよ」
 土井半助と父が当然のようにそう説明すると、乱きりしんはヘナヘナとしおれていく。
「それなら教えてくれたって良いじゃないですかぁっ!」
「あのなぁ、教えられるわけないだろうが! あれだけ利吉君に憧れてる子どもたちにこんなデリケートな事言えるかっ! そもそもきり丸、お前だって流石に利吉君が自分の子を孤児院に入れたなんて聞いたら冷静で居られないだろう!? 特にお前には伝えないようにしようって事で山田先生とは話が着いてたんだっ!」
「あー、それを利吉さんが自分からバラしちゃったワケだ」
 涙目で怒るきり丸と土井半助を見て、乱太郎が誰に説明するでもなく指摘する。……ここに来て私は漸く気付く。恐らく私を誰よりも軽蔑しているであろうきり丸が、あまりに気安かった理由。そもそも彼は、私が子を捨てた事を知らなかったわけだ。――そりゃあ、そもそもの認識が違うのだから温度差もできるだろう。
「何すかそれ! っつーか今更俺に気を遣うくらいなら、もっと他の事に気を遣ってくださいよ。院の経理とか、溝掃除の当番とか、身だしなみとか! 気にすること山ほどあるでしょう!? だいたいガキじゃあるまいし、そんな今更他人の家庭事情に傷付いたりしませんて。金になるわけでもないし」
「おーまーえーなー?!」
 あっけらかんと言うきり丸に、土井半助ががくりと肩を落とす。私はそこでハッとなって尋ねた。先ほど、土井半助が妙な事を言わなかったか?
「ちょっと待ってくれ。その、……私に憧れてる子どもたち、というのは……?」
「え? だってほら、利吉さんてここの子たちにすごく人気あるじゃないですか」
 当然のことのようにしんべヱにそう言われ、私は余計に困惑する。……知らない。なんだそれ。
「ほら、さっきも乱太郎が言ってたけど、利吉さんってずっと危険な戦場での任務ばっか受けて、そこで身寄りのなくなった子達を連れ帰って来てたでしょ? 助けられた子達から見たら、利吉さんって憧れの的なんですよ。だよね、乱太郎」
「うん。ちょくちょく仕事でこっちに顔出してる小松田さんと並んで、みんなの憧れですよ。将来利吉さんみたいになりたい〜!って言ってる子、何人も居ますし」
「そーそー。今だって、臨時のアルバイトが引き留めてくれてなかったらこの部屋に即座にチビ達が雪崩なだれ込んで来ますよ? なんなら初日に利吉さんを運び込んだ日なんか、凄かったんですから。怪我人だからやめろと言うの無視して寄るわ寄るわ群がるわ。アレで怪我悪化したんじゃないかってどんだけ冷や汗掻いた事やら」
 どうやら私の認識と周囲の認識は、かなりのズレがあったらしい。
「け、けれどその……。ほら、私はあれだけ荒れて醜態ばかり晒していたのに……
「それなんですけど。――――利吉さん、どこが荒れてたんスか?」
――――――は?」
 大真面目な顔できり丸に訊かれて、私は思わずあんぐりと口を開く。――何処がもなにも、見て分かるほどに荒れていただろうに何を言っているんだ。
「いや、利吉さんの話聞いててずっとわけわかんなくてツッコミ入れれなかったんですけど。……利吉さんに荒れてる要素、あったか?」
「「さあ?」」
 きり丸の言葉を受けて、乱太郎としんべヱが呆れたように首を傾げる。待て待て待て待て、どういうことだ。まさかこの世界は元の世界と見せかけて別の世界だとでも言うんじゃあるまいな? 困惑する私の肩に、父がポンと手を置いた。
――利吉。そもそもだがな、他人の色恋事情なぞ、普通はそこまで興味持たん。忍者であれば仕事で女を引っ掛けるなぞよくある事だし、いちいち気にする者なぞおらんわい。怪我の結果慰みにと女に手を出すのも、無体な事をしたなら兎も角、当事者同士で合意があるなら問題にする奴はおらんしそう珍しくもない」
「え? ……えっ?! はあぁっ!?」
 呆れ返った父の言葉に私は狼狽し、土井半助に助けを求める視線を向ける。しかし彼は苦笑で返した。
「そもそも利吉君があれで荒れて見限ってもらう気だったって言うのが私には信じられないよ……。山田先生も山田先生の奥さんも私も、利吉君が一体何をしたいのか分からないって頭抱えてたくらいだし……
「そーそー。私生活がちょいと荒れた程度でみんなそんなに気にしませんて。断言してもいいっすよ、土井先生の生活習慣の方が絶対荒れてますから。着物の洗濯だって一体何日やってない事やら」
 にかっと笑って茶化すきり丸の頬を土井半助が「またお前はそーゆー事を〜!」と引っ張る。……なんて事だ。つまり私の悩みは、醜態は、周囲から見たらそもそも問題にすらなっていなかったのか。
「お前の子も、他の子供達と変わらない普通の子として半助のもとにおる。――利吉が人気者だから、それで特別扱いを受けたりやっかみを受けたりするのを避ける為、親子関係を伏せていたという事にすれば、特に問題にもならんだろう。要はその件も含めて、今後どうするか調整しようという話だ」
「えっ……、いやいや! それにしたって流石に……! そうだ、きり丸くんだって嫌だろう!? 事情を知ってしまった訳だし、幻滅したんじゃないか!?」
「へぁ? ――うんにゃ、別に」
 冷や汗さえ浮かべて私が問いかけるが、きり丸はあっさりと答える。その表情に、気遣いや負の感情は特に無かった。
「さっきも言いましたけど、ガキじゃあるまいし、そんなん別に気にしませんて。そりゃ利吉さんの言い分知らないまま知っちゃってたらちょっとは思う所あったかもしれませんけど――、利吉さんは利吉さんなりにお子さんを大事にしようとして、その結果土井先生に預けたわけでしょ? だったら、ぼくからは何も言う事ありませんて。土井先生が良いって言ってるんだから、あとは利吉さんと息子さんの心の問題ですよ。他所の家庭事情に首突っ込むほど野暮じゃないし、そんな暇あったら金稼いだ方がよっぽど有意義です。それでもぼくに対して悪いって思うんなら、元気になったら今度一回バイト手伝ってくれません? それでチャラにしときますんで」
 絶句する私に、きり丸がにやりと笑う。
「そもそも利吉さんも土井先生たちも、俺やあの子達のこと可哀想な子だってみくびりすぎじゃないですか? 親無しで生きてかなきゃいけない子供が、そんなヤワなわけがないじゃないですか。どうせ事情全部知ったところで、テキトーに心の整理付けて好き勝手生きていけますって。アイツら、利吉さん達が思ってる数倍はたくましいですよ。……ま、無理に今すぐ明かす必要もないし、伝えるのはチビ達がある程度育ってからで良い気がしますけど」
 あまりにもトントン拍子で話が進む事に呆然としてしまう。何を言えば良いのやら、頭を抱えていると、しんべヱが「あのぅ……」と間の抜けた疑問の声をあげた。
「あの子のこと――利吉さんの子供さんのこと、山田先生たちが知ってたのはわかったけど……そもそも山田先生たちはなんで今まで利吉さんのことほったらかしにしてたんですか? 就職先の候補も決めてて、事情も知ってたんなら、利吉さんのことすぐに連れ戻しても良かった気がするんですけどぉ……
「そりゃ、利吉の心が決まるのを待っていたからに決まっとる」
 キッパリと即答され、私としんべヱは目を見開く。
「こちらで選択肢を作ってやることは出来るが、そもそも本人に選ぶ意志が無いなら意味がない。まさか老いて棺に入る時まで親の助言が必要ということもないだろう? 今後何かしらの挫折があっても立ち直れるように、家族とは関係ない所で、自力で立ち直ってくれればそれが一番良い。――私や家内が無理矢理に立ち直らせた所で、利吉の場合その後要らん負い目を感じたりしかねんからな。そうやって俯いて生きていくんじゃ、利吉の為にはならんだろう」
「つまり、折角の機会だから親離れしてもらおうってコト?」
「ま、そういうコトだな」
 当たり前のように言い切られ、私は羞恥やら困惑やらが渦を巻くのを感じていた。
「でも、そういうのって普通成人した時に済ませません? 利吉さん、もうとっくに大人じゃないですか」
 乱太郎の疑問に答えたのは土井半助だった。
「まあ、成人を祝う時に村や親が何かしらの度胸試しや試練を与えることは、珍しくもないな。記紀の素戔嗚スサノオ神話もそうだけど、親や家族から離れた所で試練を受け、親を乗り越えてはじめて英雄は誕生する、というのは物語でも昔からよくある造形だし。そうでなくても一端いっぱしの大人になるには、自力で苦難を乗り越える心を持てなければ意味がない。ただ――、利吉君の場合、なまじ優秀すぎたのが問題でね」
「あー、優秀すぎて挫折とかあんまりせずに乗り切っちゃったってワケか。俺、落ちこぼれで良かった〜!」
「いばることじゃないだろうッ!?」
 要するに、問題だと思っていた問題は最初から特に無くて、後は私の心の問題だけだったらしい。きり丸に涙目で怒る土井半助を放心状態で見ていると、父はやれやれと深くため息をついた。
……まぁ、流石に利吉が息子を半助の所に預けた時は、私と母さんの間でも意見が割れてな。そこで、私が正式に忍術学園を引き継ぐ来年の春まで待って、それでも利吉の心が定まらないようなら母さんや半助と協力して無理矢理にでも連れ戻そう、ということで話がついたというわけだ。――馬鹿な悩みを引きずって、面倒臭い事を悩んでいるようなら徹底的に性根を叩き直して無理にでも立ち直らせるつもりだったが――
 そこまで言って、父は私の額をベシッと指で弾いた。
……その必要がないくらいへし折られて立ち直った後のようだからな。私からはこれくらいにしておいてやる。――まあ、母さんからはこの程度で済まんだろうから覚悟はしておけよ?」
…………はい」
 かなりの痛みに、額がじんじんする。――けれど、その痛みの中に確かな温もりを感じ、私は苦笑した。
 ふと、滝夜叉丸の言葉を思い出す。シュレディンガーの猫の話。

 ――だからもし、この先選ばなかった世界の事を思い出したとしても。――それは選ばなかった時点で存在しないも同じ。選ばなかった箱の中身など気にせず、生きる世界に懸命であるべきです。
 
 突然、私は納得がいった。何故、この世界に戻る為に伝子さんを殺さねばならなかったのか。
 ……本当は、きっと夢などではなかった。
 けれど、選んだ以上、現実はここで、あの世界は最早夢でしかない。そうだ、きっと伝子さんを直接手にかけたかどうかなんて、問題じゃない。――伝子さんがいない世界を選ぶという行為そのものが既に、伝子さんを殺すという事に他ならないのだ。
 私は何の罪も感じることもなく、この世界を選び、『伝子さんを殺そうとした』。――だから、それに気付くまで帰れなかった。……私の罪はきっと、そこにあったのだ。
 彼女はもう、どこにもいない。全ては夢と消え、掻き消えてしまった。だから私はこの世界を、彼女の分まで懸命に生きるべきなのだ。私自身の人生を、彼女にもらった想いでいろどりながら歩もう。迷っても苦しんでも、必ず歩み続けよう。それが彼女を殺してしまった私の贖罪であり、私自身の為でもあるのだから。
 ――そして、もう一人。
……滝夜叉丸くんの墓参りも、行かないといけないな」
 そう。私が『殺してしまった』、私にとって大切な事を教えてくれた相手。彼をちゃんと弔おう。――最早世界のどこにも存在しない伝子さんと共に、彼の死をいたもう。彼から受け取った想いと、感謝の心を忘れない為にも。
「あのぉ〜、そこなんですけど……
「ん? どこなんだい?」
「いやそうじゃなくて」
 お約束のボケを披露ひろうする私に、乱太郎達はなんだか言い辛そうに互いの顔を見合わせている。なんだか妙な雰囲気だ。
「良い雰囲気になってる所悪いんですけど……、滝夜叉丸先輩、生きてますよ?」
………えっ」
「普通に生きてます。今日も臨時バイトで子供たち相手にグダグダ自慢話してて、もーうるさいのなんのって」
「頼れる人が滝夜叉丸先輩だけで、しかも滝夜叉丸先輩が誰かを庇って非業の死を遂げたって……利吉さん、一体滝夜叉丸先輩に幾ら貰ったんですか?」
 困惑した乱きりしんの問いに、私は盛大にずっこける。
 ――じゃああの滝夜叉丸は何だったんだ!?
 どこか遠くで、滝夜叉丸の大袈裟な高笑いが聞こえた気がした。