nuka_boshi
2025-04-24 15:30:16
28180文字
Public 利吉さんで賽殺しパロ
 

【RKRN】転生したら母親が伝子さんだった利吉さん その7【シリアス死ネタ】

遂に最終章です!!
冒頭から利吉さんが曇ります(ネタバレ)。
やったねあとはゴールするだけだよ!

前回の伝子さんに関しては割と罪滅ぼし編のレナ概念で書いてます。本作のメインヒロインは伝子さん。筆者は伝子さん過激派なので、汚いレナとか言ったら怒ります。
とはいえジェネリック伝子さんな上に、伝子さん視点だと実の息子ではない相手への対応なので原作伝子さんとは明らかに行動の内容が違いますね。

ちなみにエピローグ後にTipsを用意する予定なのですが、結構長い内容になりそうで戦慄してます。どうしてこうなった。
たぶん前回唐突に差し込まれたベルンの詩は誰が読んでいたか、Tipsでほんのりわかるかもしれません。……元ネタ履修勢じゃないと意味わからない可能性大だけど!!

最終章 山田利吉


 うっすらと目蓋まぶたを開けば、歌声は跡形もなく消えていた。ただ眼前に広がるのは、知らない、けれどもよく見覚えのある天井のみ。でこぼことしていて無骨ブコツな木目も、暖かみのある木の匂いも。何もかもが、私のよく見知ったものだった。
 ――生きている。私は、山田利吉は、確かにここにいて、生きている。身体中そこかしこをしたたかにつけた様な痛みと倦怠けんたい感が、そして右脚に残る痛みが、そう告げている。
 ……ここは、一体…………
………………………………ぅう………
――っ! 利吉さん?! 良かった、本当良かった! ――しんべヱ、乱太郎呼んできて! 利吉さん、目ぇ覚ました!」
「わかった! あっ、先生たちにも伝えた方がいいよね? ボク、伝言頼んでくる!」
「あぁ、頼んだ! あっ、ついでにチビ達がこっち来ないようにしとけよ? アイツら、利吉さんが目ェ覚ましたって聞いたら病み上がりだろうとなんだろうと飛びつくるだろうから」
「うん、行ってくるねー!」
 まだほんの少しあどけなさを残す年若き青年は、走り去る声を見送ると、こちらに向かってにっと八重歯を覗かせて笑った。
「本当もう、気が気じゃなかったっすよー。ゼニにならない看病までする羽目になって、どんだけ心配したと思ってるんすか?」
 気恥ずかしいのか、素直になれずに悪戯イタズラっぽく笑う青年は、もう二度と会えない筈の人物だった。
…………きり丸、くん……? どうしてここに……
「どうしてって、そりゃ目の前で知人が土砂崩れに巻き込まれたんじゃ、流石に無視出来ないっしょ。だいたい、なんだってあんなに逃げてたんですか?」
 摂津のきり丸は、肩をすくめて笑って見せる。そこへ何かしらの鍋と皿の乗った盆を持った乱太郎が駆け込んできた。――既に学園を卒業し、大人らしさを手にした乱太郎の姿に、私は徐々にここが何処なのかを悟り始める。
「利吉さん、大丈夫ですか? 何があったか、覚えてますか?」
……ここは、一体…………?」
 乱太郎達はうっすら涙さえ浮かべている。しかし私は……徐々に認識し始めた現状が、認め難くて。だから、勇気を振り絞り、乱太郎達に尋ねる。頭の痛みも、にぶくなった思考も、今は無視する。――私には、この選択の結末がどこに辿り着いたか、知る義務があるのだから。
孤児院土井先生の所です。きり丸が土砂崩れに巻き込まれた利吉さんを助け出して、それでここへ連れてきたんです。みんなすごく心配してたんですよ。利吉さん、ずっと意識が戻らなくて……、このまま目を覚さないんじゃないかって……。私なんか、元保健委員だから怪我の事ある程度分かるだろうからってきり丸に呼ばれたんですよ! お金払うから診てくれって。あのきり丸がですよ!?」
「ちょ、乱太郎! それは言うなって!」
 あわあわと真っ赤になって慌てるきり丸と乱太郎の姿は、微笑ましい光景だ。――けれど、その微笑ましさが、……ありふれた日常の景色が、どうしようもなく私の胸を締め付ける。
…………伝子さんは……、いや、父上は……?」
 無駄だということはわかっていた。けれど聞かなくてはならないと思った。私のよく知る世界かどうか、確かめなければ。
「「伝子さん?」」
 予想外の言葉に彼らはきょとんと目を見開くと、顔を見合わせる。
「な、なんで突然伝子さん? まさか頭打った拍子におかしくなったとか……? それとも伝子さんののろ……!?」
「うーん、記憶が少し混乱してるのかな。あ、きり丸、多分一過性のものだからそんな心配そうな顔しなくて大丈夫だよ。長く意識が戻らないと、そういう事時々あるらしいから。ほら、寝ぼけてるとこに話しかけられたら変な事言っちゃう事ってあるでしょ? あれと同じようなものなんだってさ」
 乱太郎はきり丸にそう軽く説明すると、私に改めて向き直る。
「ええと、伝子さんはともかくとして。山田先生は今は忍術学園です。ほら、山田先生、来年から学園長になるじゃないですか。今引き継ぎで忙しいらしくって。でも時間を見つけて一度だけ様子を見に来ましたよ」
「小松田さんなんかあんまりに見舞いに来すぎて有給ヤバいらしいですよ。普段からこっちにしょっちゅう来てるもんだから」
 まぜっ返すようにきり丸が笑う。その言葉で、私は確信する。――帰ってきたのだ。元の世界に。室町の、私の生きてきた世界に。……伝子さんの、居ない世界に。……帰ってきて、しまったのだ…………
 怪我の経過を確認する乱太郎が言うには、私は三日三晩目を覚まさなかったらしい。このまま飲まず食わずでは生死に関わると、目覚めてくれと皆が祈っていたと。「ひとまず消化に悪くない雑炊ぞうすいを」と乱太郎が持ってきた鍋から雑炊ぞうすいよそう。どうやら私がいつ目覚めても良いように、この三日間食事時にずっと作っていたらしい。
 冷めかけの雑炊ぞうすいを眺めながら、私は暫くの間呆然と記憶を辿っていた。薄ぼんやりとした記憶の断片が、確かに私が足場の崩落に巻き込まれたことを示している。けれど、……その後過ごした世界の記憶も、私は鮮明に覚えている。
 …………そしてここが元いた世界だということは、つまり。……私はあの苦渋の選択の末に、元の世界を選び、…………戻るための戦いを最後まで成し遂げたことに他ならない。……それとも。
…………あれは、夢……だったのか…………?」
 呆然と呟きながら自分の掌を眺めると、そこには笑ってしまうほど血の気を失くした白い手があった。――何のけがれもない、白。しかし、だからこそ。私の両手に今広がっている感触が、鮮やかなほどにはっきりと思い出せる気がした。生温かくてぬめりけを持った赤色が、両手いっぱいに広がる感触。私が浴びた、返り血のおぞましさ。傷付き尚も私を信じ、腕を広げ続けた山田伝子の姿。――――あの罪無き世界は、絶対に夢などではなかった。今も尚残るあの感触が、夢幻ゆめまぼろしの類な筈が無い。――カケラを持っていたのは、山田伝子だった。彼女を殺さねば、私は元の世界に帰れない筈で。
 ……じゃあ、此処に私が居る理由など、たった一つしかないじゃないか。
 私は――――、あの人を、山田伝子を殺したのだ。あれほどに心を砕き、私を救おうと手を伸ばしてくれた人を、愚かにも。
…………ぁ、」
 思わず震えた声が漏れ出す。あの後の事は覚えていない。伝子さんに抱きしめられ、泣きながら出来ないと泣いた後、私は意識を手放した筈だった。――けれど、此処に私が居るという事実が、何が起きたのかをまざまざと見せつけている。……私は、彼女をこの手にかけた。そして、その瞬間の、おぞましい記憶を都合よく引き千切って、全てを忘れて何もかも捨てて逃げてきたのだ。――この、住み心地の良い世界に。
「利吉さん?」
 不思議そうに首を傾げる乱太郎たちに構う余裕など無かった。自らのおぞましさと、あまりの無責任さに、吐き気が込み上げる。異なる世界の記憶が、自身への強烈な嫌悪感が、意味わけの分からない叫びとなって発露される。
……ぁ、……ぁぁ、……うわああぁあああぁああぁあぁあッッ!!」
「り、利吉さん!?」
 このまま黙っていれば、あふれ出す衝動に飲み込まれてしまうのではないかと思えて、耐えられなかった。ギョッとした乱太郎たちがあたふたと私を落ち着かせようとするが、そんなものに構ってなど居られなかった。込み上げる涙ととどめきれずこぼれ出す泣き声。あの美しい世界をけがしてのこのこと帰ってきた自分の浅ましさ。何もかもが、耐えられなかった。
 いつまで泣き叫んでいたのか。――それは短い時間だったのかもしれないし、或いは長い間叫び続けていたのかもしれない。ただ、私は誰かに抱きしめられる感触で我に返った。……優しく、それでも圧迫するようにぎゅっと抱きしめられ。それが伝子さんの抱擁ほうようを思い起こさせるものだから、まるで肺の奥を鷲掴みにされたかのような窒息感を覚えて。
 恐る恐る目を開けば、そこにはいつのまに駆けつけたのか、土井半助の姿があった。
…………利吉君、大丈夫かい?」
 その姿に、もう二度と会えない筈だった彼の姿に、喉を締め付けられるような窒息感がより強くなる。何も言えず、ただ息苦しさと引き換えに込み上げる感情や漏れ出しそうな言葉を全て飲み込んで、私は漸く冷静さを取り戻す。
…………ッ! …………ふぅ、はぁ……、はぁ……
「落ち着いたかい? ……いやー、びっくりしたよ。しんべヱに呼ばれてきたらこの状況だからね。何があったんだい?」
 穏やかな声に、私はまた涙が溢れるのを感じる。今やすっかり仕事を放棄した涙腺に、目の前の乱きりしんと土井半助がギョッとするのが見えた。
「え、えっと……多分利吉さん、ずっと眠ってたから混乱してて……! 一過性のものだと思うので、ゆっくりすれば大丈夫の筈で……!」
 あわあわと狼狽える乱太郎に、「こらこらお前が慌ててどうする」と苦笑する土井半助。……帰りたかった、どうしようもなく焦がれた筈のありふれた景色がそこにはあった。
 困惑しながらも、彼らは心配そうにこちらを覗き込む。それだけで分かった。私が眠っている間、彼らがどれほど心を痛めていたか。
 ……けれど。だからこそ、胸が痛みできしむ。
 ――――あの世界で、彼らは間違いなく幸せだった。それを、私は自らの幸福の為に、踏みにじってこちらを選んだのだ。――確かに、あの世界は私にとって違和感のカタマリで、居心地が悪かった。けれど、私は努力すればあの世界でも幸せになれる筈だった。なのに、私はこちらを選んだ。――居心地が良いから。こちらの世界には父が居るから。家族が居るから。たったそれだけ。たったそれだけの理由で、私は臆面おくめんもなく皆に罪と苦悩を強いて、皆の不幸の上に胡座あぐらをかいて幸せをむさぼる道を選んだのだ…………
 私は、涙と共に言葉を飲み込もうとして、……それをやめる。
 今しかないと思った。記憶が混濁こんだくしている、重病人であると思われている今この時をのがせば、きっともう懺悔ざんげの機会は永遠に訪れない。それを直感したからこそ、私は口を開いた。
……眠っている間、夢をみたんです」
「「「「夢?」」」」
 口を揃えて問い返す四人に、私は薄く笑みを貼り付ける。
……夢の中では、色々なことが変わっていて。まず、私の母親が伝子さんで」
 こうして口に出せば世迷言よまいごととしか思えない内容だ。案の定四人は揃って盛大にずっこける。
「そりゃなんちゅー恐ろしい夢だ……! あまりの恐怖に泣くのもわかる」
「コラコラきり丸、一言ひとこと多いぞ。山田先生に聞かれたらどうするんだ全く」
「そういう土井先生こそ顔が笑ってますよ」
 軽口を叩き合うきり丸と土井半助に苦笑しつつ、私は記憶に指でそっと触れるようにして続きを語る。
――それから、乱太郎くんとしんべヱくんが十一歳で、私も十九歳で。街並みは石で出来ていて、夜は月明かりなど無くとも出歩けるほど明るい、忍者のいない平和な世界で」
「へー、不思議な世界〜! でも忍者がいないんじゃ、その世界のボク、太って動けなくなってそう」
「大丈夫、動けなくなるほどじゃ無かったから安心していいよ。――それから、その世界にはきり丸くんが居なくて」
「えーっ!? ぼくだけ除け者っスかぁ〜!?」
「日頃の行いだな」
 半ば冗談混じりに混ぜ返すきり丸に、土井半助が苦笑する。私は悪いと思いつつも続ける。
「それに、土井先生も居なくて」
 ずるっとずっこけた土井半助に、きり丸が「日頃の行いですね」と悪戯イタズラっぽく笑う。
「なんで私まで!? 利吉君、私何か君に恨まれることしたかなぁ?!」
「あはは。そうじゃなくて。――居ないのは、その世界は争いや苦しい事が全然ない世界だからなんですよ」
 私があの世界の話をする度に四人はああでもないこうでもないと話の腰を折りつつも耳を傾けてくれた。当初は冗談混じりだったが、しかし話が私の過去の失態とそれを赦すと言ってくれた伝子さんの話に辿り着いた頃には、その場の全員が言葉を失っていた。それでも私は淡々と、己の罪を語っていく。
――それで私は……伝子さんに抱きしめられて、意識を手放した筈だったんです。だのに目を覚ましたらこの世界に居て……。きっと私は、その世界とこの世界を天秤にかけ、……そしてこの世界に帰る為に伝子さんをこの手で…………
 殺してしまった、という決定的な単語を飲み込み俯く。最初に口を開いたのは、土井半助だった。
「それは恐らく、三途の川のこちら側と向こう側だろうね。臨死体験というべきか。向こうの世界を選んでいたら、きっと今頃利吉君は帰って来れなかったんじゃないかな。利吉君も眠りながらも、帰ってくる為にずっと努力してたってことだろうね」
 確かに、帰って来れなかっただろうと思う。けれど――その言葉は、私の考える意味とは齟齬がある気がした。
「っつーか六文銭ろくもんせん払わずに渡れる三途の川とか、どう考えても罠じゃねーか! ぐぎぎぎ、なんて卑劣な!」
「きり丸、問題はそこじゃないよ」
 うっすら涙を浮かべながら言うきり丸に、しんべヱが真顔でツッコミを入れる。……分かっている。この苦悩は、実際に体験した私にしかきっとわからない。いくら私が私の罪を告白したところで、本当の意味でそれを理解出来る者は何処にも居ないのだ……。それでも、耐えられなかった。真綿で包まれるかのような優しさが、己の首を絞めようとしているかのように感じて。だから、思わず叫んでいた。
「違うッ! 私は――っ!! 私は帰ってきたんじゃない! あの世界を、皆の幸福を破り捨ててきたんだッ!!! あの世界なら皆が幸せになれると知っていたのにッ!!」
 ぼろぼろと涙が零れ落ちる。ギョッとする四人に構う余裕も、取り繕うだけの余裕も無かった。恥も外聞も何もかもかなぐり捨てて、私は泣き叫ぶ。
「あの世界ならきり丸も、お兄ちゃんも! 戦禍に巻き込まれる事なく、家族と幸せに暮らしていけたッ!!! しんべヱも、乱太郎も! 死と隣り合わせのこの世界のように、いつ何があるかわからない中で生きなくても良いと知っていた!! 抱えている悩みや苦しみからのがれられると知っていた! なのに……っ! なのに、……私はッ!! 父上に会いたい一心で、家族に会いたい一心で、たったそれだけの為にこの世界を選んでしまった!!」
「利吉君、それは……
「あの世界でだって、なろうと思えば幸せになれた! なのにその努力を放棄して、私は皆に犠牲を強いるこの世界を選んでしまったんだッ! ――皆の幸福を願うなら、あちらを選ぶべきだと、……分かって、いたのに……っ!」
 大粒の涙がとめどなく流れる。私の取り乱しように、誰もが今や言葉を失っていた。
――でも」
 いや、違った。――摂津のきり丸が、力強い口調で、口を開いた。
「ぼくは、利吉さんはこっちの世界選んで正解じゃないかと思うんですけど?」
 私は思わず目を見開く。きり丸の視線には、まるで迷いが無かった。何処までも真っ直ぐだった。
「だって、そりゃ親や生まれた村を失ったのはしんどかったけど。辛くなかったって言ったら嘘になりますけど。――けど、それなかったら土井先生にも乱太郎にもしんべヱにも会えないって事じゃん。だったら、そんな世界、俺は絶対ごめんだね」
 きり丸は全く躊躇なく言い切った。途中から私より乱太郎達を意識しているのか、敬語すら忘れている。
「辛い事も苦しい事も、ぜーんぶ俺が今まで拾ってきた俺だけの物なのに、そう簡単に手放してたまるかってンだ。ドケチの執念しゅーねんめんなっ!」
 きっと誰よりも辛い経験をしてきたはずのきり丸の言葉は、あまりにも重みがあった。その重みが、私の胸を強く打つ。
「だよねえ、ボクもみんなと出会えないの嫌だなぁ〜。その世界でどんなに美味しいもの食べてても、みんなで食べるご飯の方が絶対美味しいもん」
 続いてしんべヱが口を開く。
「けれど君は――っ!」
「佐武村の人たちとのことは、確かに大変ですけど。でも、虎若やみんなと話し合って、どうしたら良いか探してる最中なんです。確かにみんながみんな納得できる道を探すのは難しいし、恨みを買うかもって思うけど。すご〜く大変な道のりだけど。でも、無事に解決したらみんなで一緒にご飯食べようって虎若と約束してるからへっちゃらです! ボクも、選べるならこっちの世界の方がいい! 頑張ったあとにみんなで食べるご飯って、絶対美味しいもん!」
 その場の雰囲気に流されているだけという印象ではない。しんべヱもまた、確固たる意志のもとに告げているのだ。――こちらの、苦難と血にまみれた世界の方が良いと。
……そうだよね、二人とも」
 静かな口調で呟いたのは、乱太郎だった。
「私も、こっちの世界を選びたいです! 確かに利吉さんの言う世界なら、私は一流の才能で両親を安心させれるんでしょうけど、それはこの世界では絶対できないことで、私が忍術学園に入学した目的で、何より叶えたかったことですけど……。でも、父ちゃんも母ちゃんも、きっと今のままの私で充分喜んでくれてるって思うから。――だって、こんなに最高の仲間が居て、進路が離れ離れになってもずっと友人で居られることに勝る幸せなんて無いじゃないですか! 両親が私を一流の忍者にしたかったのは、私に苦労させたくない、幸せになってほしいって思ったからで、けど、私は両親が思ってる以上の幸せを掴んでるんだから、何も悩む理由なんて無いと思うんです!」
 真っ直ぐな視線をキラキラと輝かせて乱太郎はそう言い切った。絶句する私の前で、きり丸が「アッ、でもこっち選んだらもう一つの世界捨てることになるのか……! 捨てる……捨て……うぎぎぎ……」と悩み出し、乱太郎から「き〜り〜ちゃ〜ん???」と叱られている。――三人は、何も偽ってなどいない。当たり前に、こちらの世界を選ぶべきだと思っているのだ。
「言いたいことを先に言われてしまったかな。……私も、三人と同じ気持ちだよ」
……ど、……どうしてですか。あの世界なら、貴方は家族と一緒に暮らせて、苦しい思いをする事もなくて――っ、」
 土井半助の優しい声に、私は思わず問い返す。しかし土井半助はゆっくりと首を横に振った。
「確かに、戦禍で父をうしなったのは私にとって本当に苦しい出来事だったし、今でもあの光景を忘れられないでいる。それは間違いないさ。――けれど、そのお陰で学び取ったもの、得られた絆も沢山ある。だから私は、あれも人生の試練だったんじゃないかって思っているんだ」
「試練……ですか……?」
「そう。人生に於いて、試練や挫折は沢山ある。それをなかったことに出来るというのは確かに魅力的ではあるけれど――今日という日の私を、『土井半助』を積み上げてきた、大切ないしずえを手放したいとは思えないかな」
 当たり前のような口調に、私は胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。
――――本当に、そのように思えるというのですか。…………決して消えない苦悩と血と涙に、あれほどまでに苦しんだ筈の貴方が。それらが無いことになっている澄み切った世界を選べる権利を、自ら手放せると……?」
……あぁ。それに、私はこちらの世界の方が尊いと思うよ」
………な、何故ですか」
「だってその世界の私は、最初から全てが与えられていて、ただだらだらと生きているだけなんだろう? 苦しみ悩んだ末に勝ち取った未来を生きるこの世界の私でなければ得られないものっていうのは必ずあるはずだよ」
 私は言葉に詰まる。
……だらだらと、なんの苦しみもなく生きることは……罪なのでしょうか……?」
「罪じゃないさ。わざわざ不要な苦しみを背負う必要なんか何処にも無い。けれど、過酷な環境を耐え切ってそれでも花を咲かせた野草には、美しさだけでない何かが宿るだろう? 私が言いたいのは、そういう何かのことだよ」
 傷だらけの野草に恥じる事は何もないという事か。――しかし、私はどうしても未だ納得が出来ずにいた。
「けれどどちらかを選ぶならやはり――
「ちょい待ち、利吉さん。――な〜んか視点がズレてません?」
「え?」
 突然口を挟んだのはきり丸だった。
「そもそも、利吉さんの世界は最初からこっち側じゃないですか。利吉さんの言ってるのって、要は『自分が大金持ちに生まれてたら〜』ってのと同じっスよ。そんな事言ってる暇があったら質素倹約、まずはバイトして小銭貯める努力から始めないと!」
 呆気に取られる私の前で、土井半助が苦笑しながら頷く。
「例えがまた金の話なのはともかくとして。きり丸の言う通りだよ。もしも私たちの人生に於ける試練の数々がサイコロの目のようなものだと仮定して。投げられたサイコロの目を変えるのは人じゃない、それは神仏の領分だよ。私達は人間で、決められたサイコロの目に従って生きるべきなんだ」
「そうそう。例えきり丸が大金持ちの世界があったとしても、その世界のきり丸とここにいるきり丸、どっちが劣ってるなんて事ないと思いますよ。きっとどっちの世界でもきり丸はたくましくてハタ迷惑メーワクですから」
「そりゃどういう意味だよ」
 乱太郎ときり丸のやりとりに苦笑しつつ、土井半助は続ける。
「それに、たとえどんなにサイコロの目が悪くても、それをかけがえのないものに出来るだけの力が私たちには備わっているはずだよ。――現に、今ここにこうして立っている半人前の『半助』を助けようと、悪い目を埋めようと手を差し伸べてくれたのは、いつだって私に手を伸ばしてくれたのは、君を含めたここにいる皆だったじゃないか。私は確かに人より不幸な身の上だったかもしれない。けれど、利吉くんに山田先生、きり丸、もちろん乱太郎にしんべヱも。――色んな人から多くのものをもらって、空白の半分を超えるだけのものをとっくに手に入れているんだ。だから私は、――――『半助』になれて良かったと、心からそう思うよ」
 その言葉に、熱い涙が止まらなくなる。――空の向こうから、世界をへだててさえも。きっと彼らは呼びかけ続けてくれていたのだ。手を差し伸べてくれていたのだ。ずっと俯いていた私に、顔をあげてほしいと。――そうでなければ、私が伝子さんや滝夜叉丸から学んだ筈の事が、こうして今自然に出てくる筈がない。あれほど醜態を晒していた筈の私に、こんなにもあたたかな温もりをくれるはずが無い。
――――ごめっ、ごめんなさい……っ!」
「利吉くん?」
……わ、私はっ……! それでもっ、……伝子さんのことを……! 殺し、てっ、……しまった……ッ! あんなにもっ、私を、救おうと……して、くれたのに……ッ!」
「それは――――夢だよ」
「ちがっ、夢なんかじゃ無いッ! だって、こんなにもあの時の感触が残ってるッ!! この手にこびりついた血の感触が! 握った凶器のおぞましさがッ!! 夢なんかじゃ――
――夢だよ」
 土井半助は私の言葉を遮るように即答する。それ以外の答えなど考えなくて良いとでも言うかのように。だからこそ、私は嫌でも思い知る。――あれはきっと、疑いようなく現実だ。私は、私の利己的な欲望の為に他人を犠牲にしたのだ――――
「利吉さん、落ち着いて。利吉さんは、その夢で本当に誰かを殺したワケじゃないんでしょ? どうしても出来なくて、それで目が覚めたんでしょ? なら――
「違うッ! 例え殺していなくても、それでも私は! そもそもあの人を殺せると、死なせても良いと思ってしまった! なんの罪もない人を――!」
「利吉くん」
 慌てるしんべヱに泣き叫んで返した私に、土井半助が静かに口を開いた。
……それは、きっと罪じゃないよ。――人間なんてきっと、案外ギリギリのところで生きてるものなんだから。殺してやるとか、死ねばいいなんて、私だって今まで何度考えたかわからないよ。生きてれば誰だって、狂気や激情に、負の感情に呑まれそうになる事はある。――かつて天鬼となった時の私が、まさにそうだ。大事な教え子を唆された言葉のままにこの手で斬りそうになって、道を踏み外しかけて。……君の言う通り頭の中で考える事そのものを罪と呼ぶなら、私だって決して消せない罪を犯してる」
 ハッと息を呑んだ私に、土井半助は穏やかに微笑んだ。
「けれど、それを迷いながらも踏み止まれるのが人間で、踏み止まれるように支えられるのもまた人間なんじゃないかな。私が、皆に支えられて、天鬼となってもちゃんと踏みとどまって帰って来れたのと同じように。――利吉君もきっと、皆の想いに支えられて、伝子さんを殺さず踏みとどまって帰ってきたんじゃないかな」
 ――――罪を、赦された気がした。優しい声が、全てを赦してくれた気がした。だから私は――、ただ泣くしかなかった。それしかなかった。
 そんな情けない私に、土井半助は穏やかな声でその言葉を口にした。
――私を『土井半助』にしてくれて、ありがとう。そして、――――おかえり、利吉君」
――――はい、ただいま……っ! ただいま――――ッ!!」
 土井半助に頭を優しく撫でられながら、私はただ泣きながらその言葉を繰り返していた。
 ――ようやく、『私』は帰ってきたのだ。何度も遠回りをして、苦しんで。……ようやく。笑顔でいたいと願っていたあの頃へ、戻ってきたのだ。