かなざわ
2025-04-20 22:55:29
11822文字
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たとえば頁をめくる速度で

よだつか。海外在住の夜鷹の元へ司が慎一郎から預かった手紙を届けに行っている数年後if。ゆっくり距離が縮まっていく話。


《四頁目》


『僕のイヤホン知らない?』
 純からそんなメッセージが届いたのは、日本に帰国して二日が経った時だった。司は自室で諸々のデータを纏めつつ、これが終わったら寝ようかな、と考えていたところだった。
「え……嘘だろ?」
 血の気が引いていくのが、自分自身でも分かった。
 というのも、心当たりがあったからだ。
 向こうに滞在している中で、動画を見ている最中に司の使っていたイヤホンの充電が切れたことがあった。
 スピーカーからではなくわざわざイヤホンを使っていたのは、次のプログラムで使えそうな曲を選別していたからだ。細かい音まで拾うためには、スピーカーよりイヤホンの方がいい。
 充電切れはどうしようもないので、終わったらまた聞こう、と思いつつケーブルを探している司に、純が自身が使っているイヤホンを差し出してきたのだ。
 驚きにぽかんと口を開けている司などお構いなしに、純は半ば無理矢理手の中にイヤホンが入ったケースを押し付けてきた。
 我に返った司が礼を言いつつ頭を下げるのに、純はひらりと手を振って「終わったら充電しといて」と返した。
 司は純のイヤホンを借りて曲の候補をいくつか見つけられ、言われた通りイヤホンの充電をしておいた。
 嬉しかったのは、純がイヤホンを貸してくれた心遣いにもだったが、手渡されたそれが司が使っているメーカーと同じものだったのもあった。型は司の使用している物の方が若干古いものだったけれど。
 お揃いではないが、近しい気がしてなんとなくくすぐったいような。並んで充電しているイヤホンを見て、ひっそり面映ゆくなった。
 そこで終わった、はずだった。少なくとも司は今の今までそう認識していた。
 青ざめた顔で立ち上がった司は、真偽を確かめるべくしまっていたイヤホンを手に取って。
「やらかしたあ……
 すぐに崩れ落ちた。
 手元にあるのは、紛れもなく純のイヤホンだったからだ。
 同じメーカーで、どちらも色は黒。多少ケースの形は違うが、よく確かめなかったせいで取り違えてしまったのだろう。
 頭を抱えるも、事実は変わらない。
 うう、と唸っていた司だったが、ふらつきながらスマホを手に取った。純のイヤホンは、間違っても踏んだりしないように机の上に置いた。
 時差を確認し、震える指でアドレスから『夜鷹純』を探し出す。時間帯的にも、さきほどメッセージを送ってきたことからも、純は就寝していないはずだ。
 一度固く目を閉じてから、ふーっと深呼吸をする。それから意を決して、通話ボタンを押した。
 五回呼び出し音が鳴って出なかったら切ろう、とスマホを持っていない方の手に視線を落とした。
 一、二、三。親指、人差し指、中指、一つずつ指を折り数える。
 ぷつり、前触れなくコール音が切れた。
 へたり込んでいた体勢から立ち上がり、姿勢を正す。緊張に指先が冷えているのを、この時ようやく自覚した。
「明浦路司です。すいません、イヤホン取り違えてました」
『今まで気づかなかったの?』
「はい……申し訳ありません」
 やらかした事実は変わらない以上、誠心誠意謝るだけだ。
 電話の向こうである純には見えていないと分かっていても、深々と頭を下げる。
『いつ返しに来れる?』
「うっ……休み取ったばかりなので、すぐには、無理です、ね……
『ふうん』
「あの、もし急ぎで使うようでしたら、通販でお送りし」
『いらない』
「あっハイ」
 これが一番早いのでは、と浮かんだ提案はぶったぎられた。それはもうバッサリと。辻斬りもかくやという勢いだった。実際司のメンタルはグサグサに抉られまくっていたので、言葉の刃の切れ味が抜群だったのは間違いなかった。
 とは言え、物理的な距離ばかりはどうしようもない。明日からコーチとしてレッスンに復帰する予定でもある。
 八方塞がり、という言葉が脳裏を過ぎる。胃の辺りが引き絞られるような心地になった司は、服の裾をぎゅっと握った。
「国際郵便でお送りするので、いいですか……
『なんで?』
 なんでってなんで?
 そう口にしかけたのを、どうにか呑み込んだ。
 某青いタヌキ、基ネコ型ロボットの持っている、開けるだけでどこへでも任意の場所に繋がる便利なドアが欲しい、と切実に思った。今の科学力ならあるんじゃないのか、国家的機関が隠してたりするんじゃないのか、世界の夜鷹純が私物を求めているんだ、今こそそれを出すべきなのでは。
 思考がよく分からない方向に飛びかけたが、今はとにかく純に分かってもらわなければならない。
 今回取り違いをしてしまったのは全面的に司に非がある。非難は受け入れるしかない。
 しおしおと、萎びた青菜もかくやといった様相で司は再び頭を下げた。純には見えていないと分かっていても。
「すぐにそちらにお伺いするのは、どうしても無理なので……
『次来た時に交換すればいい。それまでは僕のを使ってれば』
「え」
 うなだれていた頭が、ひょいと上がった。
 瞬きをしながら、言われた言葉を脳内で反芻する。
「いいんですか?」
『君の使うけどいいよね』
「型が古くて申し訳ないですけど、良ければ使ってください」
『うん』
 怒っても機嫌を損ねてもいなかったらしい。
 安堵の息を吐きながら、さきほど言われた「なんで」は「なんでわざわざ手間がかかることをするの」という意味だったのかと合点がいった。
 端的すぎる。言葉が足りなすぎます、もうちょっと補足情報を入れてください。
 内心でそう嘆くが、本人に言えるわけもなく。
 司は服を掴んでいた指を離し、ふらふらと椅子に座り込んだ。
「色々すいません……
『別に』
 この別に、も本人としては突き放している気もないのだろう。
 迷惑をかけてしまったのは申し訳なく反省しているが、純の人となりが少なからず垣間見えたのは良かったのかもしれない。
「じゃあ、おやすみなさい」
『まだ寝ないけど』
「そうなんですか?」
『借りた本の続き、読もうと思って』
……読み終わったら、感想聞いてもいいですか」
 あ、と思った時には言い終えた後だった。
 気が抜けたついでに口まで緩んでしまったらしい。
 いつもなら、思っていても決して口に出したりしないのに。
『最後まで面白かったらね』
 そうか、最後まで読んでくれるんだ。
 面白かったら、感想もくれるかもしれないんだ。
 嬉しい、と素直に思う。
 ふ、と笑った司の指は、はからずも純から借り受けることになったイヤホンのケースをゆっくりと撫でていた。
 冷えていた指先は、すっかりいつも通りの体温を取り戻していた。