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nuka_boshi
2025-04-09 22:50:13
32255文字
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利吉さんで賽殺しパロ
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【RKRN】転生したら母親が伝子さんだった利吉さん その6【シリアス死ネタ】
ようやくこの物語も大トロです。今回も利吉さんが曇ります(ネタバレ)。
大丈夫だと思いますが一応®️15Gくらいのつもりで読んだ方がいいかもです。
前回の最後のページでようやく主人公らしいメンタルを手に入れてくれた利吉さん。……物語の折り返し地点はとっくに過ぎてるんですが主人公ログインするの遅過ぎませんかねぇ……??(頭抱え)
主人公らしからぬ、ぐだぐだジメジメ悩んでばっかで大変な主人公ですが、ちゃんと彼には幸せになってほしいと思ってます。お魚、嘘つかない。
余談ですが前回の瞬間最大風速滝夜叉丸、直前の嘘エミュとの温度差が酷いなって読み返して初めて気づきました。いやだってウソついてるときの滝夜叉丸ってお魚の中ではどこに出しても恥ずかしい立派なカス野郎なので……(目逸らし
でもそんな滝夜叉丸が弱いとこ隠そうとあくせくしてるのが好きです。いつか彼を主人公にした話書きたい。多分利吉さんよりはメンタル強いので手加減殆ど無しで書ける気がするので。
1
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3
4
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6
心配する伝子をなんとか躱し、私は待ち合わせ場所へと向かう。泣き腫らした目は冷水で冷やしたものの、未だ赤みが差しているのではないかという不安が拭えず、どうにも道行く人々の視線が気になってしまう。つい急ぎ足になった私は、図書館に着く頃にはすっかり息を切らしていた。
図書館の玄関付近、
――
この世界に来た日に学んだ知識によると自動販売機だったか?
――
その傍らで、私は壁に背を預ける形で滝夜叉丸を待つ。
……
これまでは、私が来る頃には必ず既に来ていた彼は、今日はまだ姿を見せなかった。当然、単に私が早く来すぎただけ、という事かもしれない。実際、私が到着したのは待ち合わせ時間より幾らか早い。けれど私には、なんとなくそれだけではない気がした。
――
ずっと、彼は待っていた。私が、本当の意味で向き合う覚悟を持つ時を。だからもし、彼の到来が遅れる事に意味があるとしたら、それは。きっと覚悟を問うているのではないだろうか。
――
引き返すなら今だと。本当に、この先へ進む気があるのかと。
勿論、こんなものはただの妄想で、こじつけだ。私の心の持ちようが変わったから、ようやっと、ただ待たせるだけの立場から、話が出来る立場に変わったから。ただそれだけの話に、私が無理矢理意味を持たせたがっているだけだ。意味なんてない。そんな事わかっている。
――
けれど。ずっと胸が痛くなるほどの長い夜を味わっていたつもりだった私にとって、今この瞬間は
――
きっと大切なものだと思うのだ。たとえまた夜が来て、独り取り残される事になったとしても。必ず、朝が来ると。新しく始められる日が訪れるのだと。
……
それを忘れたくなかった。
「お待たせしました!」
息を切らせて駆け寄ってくる滝夜叉丸に、私は苦笑する。
「それはこちらの台詞さ。
……
今まで散々待たせてしまった。今度こそ、君と話をさせてほしい。
――
君の話を聞かせてくれ」
滝夜叉丸は少し驚き、そして嬉しそうな、それでいてどこか誇らしげな笑みを浮かべた。
「良い眼をされるようになりましたね。それでこそ待ち続けた甲斐があったというもの。この平滝夜叉丸でよろしければ、何なりとお答えしましょう」
込み入った話になりますから、と滝夜叉丸は私を促す。図書館からそっと離れる私たちの背を、蝉の合唱が呼び止めようとする。行くな、と。それ以上は戻れないぞと。
――
けれど、私はそれを振り切って歩き出す。きっともう、振り向くわけにはいかなかったから。今振り向いてしまえば、私はきっとまた『山田伝蔵の息子』の肩書きに縛られて、或いは『山田利吉』に縛られて、動けなくなってしまうから。私はただの山田利吉として、私自身の為に未来を選びたい。その為に、振り向かずただ足を動かそうと、そう決めたのだから。
図書館の裏手の道を少し歩いた所に、滝夜叉丸の家はあった。南蛮風、
――
いや、この時代では洋風というのか。石造りの建物は私にはまるで馴染みのないもので、室町の世とは全く違う雰囲気を醸し出していた。私が家に入ったのを確認すると、滝夜叉丸は扉に内側から鍵をかける。
――
万が一にも邪魔が入らぬように、という事らしい。
「生憎と、今は冷蔵庫に紅茶の類しかないので。お口に合わないかもしれませんが」などと言いながら、テキパキとグラスに飲み物を注ぐと、滝夜叉丸は私に椅子へ座るよう促す。
「
――
さて、利吉さん。まずは何から話しましょうか」
優雅に微笑んだ滝夜叉丸に、私は答える。
「
……
君が知る限りの、この世界で生きる皆の話を聞かせてほしい。特に、元の世界で私と関わりが深かった者の話を。
……
より具体的に言うなら、私の両親、土井先生、きり丸、事務員の小松田くん。それからこの世界の『山田利吉』について」
滝夜叉丸がどこまで知っているかはわからない。けれども、元の世界へ帰る方法を探して色々と調べていたと言っている以上、私よりも多くの情報を持っている可能性は高い。
――
中でもきり丸に関しては、深い接点があったわけではないにせよ、知っておく必要があると思った。この世界で未だ姿が見えない彼と土井半助が、どうなっているのか。それはきっと、何か意味があるような気がしたのだ。
滝夜叉丸は少しだけ目を見開き、そして何か考える素振りを見せた後、慎重に口を開いた。
「
……
お言葉ですが、本当に皆の話を聞くのですか? 貴方にとってのカケラである山田伝子とこの世界の『山田利吉』の話だけではなく? 焚き付けた私が言うのも妙な話ですが、敢えて知らずに済ますという選択もあります。真実など、大抵は世知辛くどうしようもないものです。知れば傷付くだけに終わるかもしれない。貴方が室町の世に帰る事を望むなら、尚更です。知ればその覚悟は揺らぐ事になるでしょう。本当に、大丈夫なのですか?」
「大丈夫とは言い難いね」
即答した私に、滝夜叉丸は虚を突かれたようだった。
――
そう、大丈夫などではない。私は未だ、どちらの世界を選ぶべきか悩んでいる。
「
――
けれど。もう目を背けたりしないと決めたんだ」
私は自分自身に言い聞かせる為にも、強く言い切った。
「確かに、知らずにいれば、迷わず選べるかもしれない。苦しまずに済むかもしれない。けれど、
――
これまで皆の想いから目を背け、ずっと逃げ続けたからこそ、今度はきちんと向き合いたい。ちゃんと向き合った上で、今度こそ前を向いて戦える様にしなければ
――
私はきっと、一生を俯いて生きる事になる。だから、どれだけ苦しくとも、全てを知りたい。私に関わる全ての人たちのことを。皆の思いがどこにあるのかを。
――
例えその為にどれほど悔やむ事になったとしても」
紛れもない本心だ。私は、『山田伝蔵の息子』でも『山田利吉』でもないただの
山田利吉
わたし
として、胸を張って生きていけるようにしなければならない。未だ迷いを胸中に抱えたままそれでも此処に来たのは、その為だ。
滝夜叉丸は、私の覚悟を確かめるかのように沈黙の眼差しを向けていた。しかしふとその眼差しを静かな笑みへと変える。
「
――
本当に、良い眼をなさるようになった」
静かな言葉は私に向けたものか、或いは独り言なのか。滝夜叉丸はすぅっと息を吸うと、改めて私に向き直った。
「良いでしょう。まずは、皆の事を語る前に恐縮ですが私見を述べさせていただきます。
――
この世界は、恐らく誰かの夢が生み出した、罪なき者の為の理想郷。誰もが苦しみを負わなくて済む世界なのです」
「苦しみを負わなくて済む
……
?」
意味を理解しかねた私が言葉を反芻すると、滝夜叉丸は静かに頷いた。
「
――
この世界は、戦乱とは
凡
おおよ
そ縁遠い世界。故に、あの稗田八宝斎ですら、人を
殺
あや
めたり陥れたりせずに平穏な幸せと共に生きて行ける。
飽食
ほうしょく
の時代と呼ばれるほどに、食べ物にも恵まれている。
――
飢えも苦しみも何もない、どこまでも純粋で透き通った、美しい世界です。誰もが幸せに暮らせる、まさに楽園と呼ぶに相応しい場所でしょう」
静かに告げる滝夜叉丸に、私は息を呑む。『戦好きの悪い城』の代表とすら言えるドクタケの忍者を束ねる八宝斎は、私が知る限り知略には欠けるものの悪の親玉という言葉が似合う男だった。
――
その彼が、悪さをせず平穏に暮らしている? それは俄かに信じられない話だった。
「
――
例えるならば産まれたばかりの赤子のように、織り上がったばかりの真っ白な布のように。この世界には
穢
けが
れがない。誰も他人の命を奪う必要が無く、誰もが室町の世で待っていた苦しみを
抱
いだ
く事なく暮らしている。争いも苦しみもなく、誰もが平和に暮らしている。
――
貴方が案じている土井先生ときり丸の姿が見えないのは、その為です」
その言葉を聞き、私は喉から言葉にならない空気が漏れるのを感じた。
――
まさか、そんな。
「土井先生は、確か
戦
いくさ
でご家族を亡くしていましたね。
……
室町の頃の彼の過去に関しては私は
然程
さほど
詳しく知りませんが、歩んだ過程が大きく違っていたということでしょう。彼は、土井半助とは全く違う名で育ちました。厳しくも優しい両親に育てられ、暖かな家庭で過ごした彼は、現在立派な警察官となって人々の暮らしを守る職に就いています。持ち前の優秀さと人柄の良さで、まだまだ新米ではありますが将来有望な前途ある若者として、多くの人々から期待を寄せられています」
戦乱で家族を
喪
うしな
わなかった。抜け忍にもならなかった。
――
なら、私の両親が彼を保護する事も、父が彼に『半助』の名を与える事も、
……
起きなかった。この世界で彼が側に居ないのは当然だ。そもそも、彼と私の繋がりは、『土井半助』となる前の彼の苦しみの上に成り立っているのだから。何不自由なく幸せに暮らしている彼には、そもそも私との接点が生まれるわけもない。
――
結局、私と土井半助の関係性は、彼の父親が空けた席に私がただ座った形のものでしかなかったのかもしれない。彼が大切に想う人が生きているこの世界では、
……
私と関わる余地など何処にもないのだ
――
。
「また、摂津のきり丸も似たようなものです。彼はしっかり者の両親と、少々お調子者の兄、そして友人たちに囲まれて、日々を楽しく暮らしています。孤児になることもなければ学費や生活費を稼ぐべくアルバイトに励む事もない。
――
この世界でのきり丸は、ケチでも何でもないごく普通の少年です。ありふれた幸せを
享受
きょうじゅ
する、ありふれた少年です。故に、この世界の彼は自らの生活圏内から離れる事も起こり得ない。
……
以前聞いた所によれば、乱きりしんが友人となったのは、たまたま入学の時一緒に居合わせたからとのこと。住む場所も学校も違えば、そもそも彼らが友になることもありません。
――
きっとこの世界の彼は、この先も一生乱太郎たちと友情を結ぶ事は無いでしょう。有名人の猪名寺乱太郎と、一般的な少年であるきり丸の間には、今後友となるきっかけも恐らく無い。けれども、彼は彼なりに幸せに生きています」
なんてことだ。あの二人が居なかったのは、戦禍に巻き込まれることが無かった証。
――――
つまり、居ないことこそがそのまま彼らの幸福の証明だったのだ。
「
……
小松田さんの事を語る前に、乱太郎としんべヱについても触れておきましょう。彼らに関しては利吉さんも既にご存知の部分もあるとは思われますが」
絶句している私の前で、滝夜叉丸は静かに言葉を続ける。
「室町の世に於いては両親への孝行を目的に一流の忍者を目指していた猪名寺乱太郎は、この世界ではオリンピック選手候補と天才画家の卵として、世界中から注目を浴び賞賛をほしいままにしています。これらは戦乱に
塗
まみ
れた室町の時代では、決して注目されなかった才能。彼の才能は、この平和な時代でなければ認められる事はないものばかりです。」
その言葉に、私は嘗ての世界での乱太郎を思い返す。
……
乱太郎は、プロの忍者として割り切って生きるには優しすぎた。結局三流忍者となってしまった、両親の望みを叶えられなかった乱太郎にとって、この世界はまさに理想の世界なのでは
……
?
「
……
当初は天才少年としてのレッテルや偏見により同世代の友人が出来ず、なかなかに苦労したようです。しかし、小学校に上がってたまたま席が隣になった福富しんべヱと親しなって以降は一気に友人が増え、今では過去の悩みなど嘘のように明るく育ちました。更に山田伝子が担任になって以降は、彼女が出来る限り乱太郎を一般の少年らしく扱っている事もあり、のびのびと過ごせているとか。
……
この世界に於ける『山田利吉』も、乱太郎を突出した才能こそあれど自分たちと変わりないごく普通の少年として扱っています。良き友人や教師に恵まれ、沢山の愛情を受けて育った。幸福に生きていると言っていいでしょう」
滝夜叉丸はそこまで言い終わると、手元のグラスに口をつけ、少しだけ喉を潤した。
「次に福富しんべヱですが、彼はこの世界では一般家庭の出身です。平均より少々裕福ではあれど、何の
柵
しがらみ
もない普通の家庭。
――
故に、同級生の実家と福富屋が対立する事もない。彼が何より夢中になる食事の内容も、こちらの世界の方が室町より遥かに多くの種類のものを手軽に味わえる。彼に関しても、幸福に暮らしていると言って差し支えはないでしょう」
その言葉に私は息を呑む。
……
そういえば、彼の実家である福富屋は、現在同級生の佐武虎若の実家と緊張関係にあった。裕福な商家の長男であるが故に、きっと様々な
柵
しがらみ
を背負う事になった筈のしんべヱ。しかしこの世界では、友情と家族との板挟みになる事がそもそも無い。
――
ならば、彼にとってもまた、この世界は理想の世界なのではないか。
「顔見知り同士の対立、という点のみで言うならば、他の者も大体似たようなものです。私の知る先輩方は、
――
そもそも友人にならなかった方々も居ますが
――
進路が分かれてからも、定期的に連絡を取り合い変わらぬ関係を維持している方も多く居ます。例えば、七松小平太先輩などがそのパターンですね」
滝夜叉丸は視線を持ち上げ、努めて明るい口調で語る。だが、その声音にはどこか
寂寥
せきりょう
で湿っているような気がした。
「あの方は何かと全力で向かう方ですから。同学年の生徒達に興味を持ち、積極的に話しかけていったようです。現在は通う高校は違いますが、休みの度に定期的に集まっては娯楽本の貸し借りをしたり菓子を食べたり、それなりに楽しく過ごしているようです。争いと無縁のこの世界では、彼らが敵同士になることもありません。室町の頃とは 関係性を築いていますが、充分に恵まれた関係と言えるでしょう」
卒業後、進路によっては敵同士になる事もある厳しい
忍者
しのび
の道。勿論、ある程度は融通を利かせて戦いを避けたり、互いの利益を追求できるよう落とし所を探ったりなどは出来るし、そうするのが普通だ。しかし、避けられぬ戦いが起きるかもしれないという葛藤は常にあった筈で。
――
戦乱が無いこの世界では、そもそもそうした苦悩が生まれる事もない。間違いなく、理想の世界だと言えるだろう。
「そして貴方が気にかけている小松田秀作。彼は、この世界でもおっちょこちょいで、学業に関してはお世辞にも優秀とは言えませんでした。
――
その為、彼は中学校を卒業すると同時に就職先を探し、無事に職を得て成功しています」
「ちょっと待て、あの小松田くんが? 何かの間違いだろう?!」
私は殆ど条件反射でそう尋ねていた。小松田秀作と言えば、何をやらせてもミスばかりのヘッポコ事務員。就職という言葉からは
凡
おおよ
そ縁遠い存在だったはずだ。
「小松田さんはお兄さんの薦めにより、実家の企業のツテでコールセンターのアルバイトから始めたようです。要は客への対応の仕事ですね。
……
最初の内こそ苦戦していたものの、分厚いマニュアルを暗記して以降はめきめきと頭角をあらわしたそうです。その
朗
ほが
らかな人柄とマニュアルを完璧に
熟
こな
す能力を買われ、今ではその界隈では知らぬ者は居ない程の逸材とされています。最近は世界的に有名な大手企業から引き抜きの声がかかり始めているとか。彼もまた、乱太郎と同じく室町の世に於いては決して大成する事のなかった人物と言えるでしょう」
その言葉に、嘗ての世界での小松田秀作の姿が脳裏に浮かんだ。
融通
ゆうずう
が効かず、急いでいる時でも入出門のサインを求める頑固な姿。けれども彼は、どんな場所からの侵入者にも速やかに反応し、どこへでもサインを取りに駆けつける人物だった。プロの忍者以上の力をおかしな所で発揮しているものだと何度呆れた事か。
……
けれど、それ故に理解する。その人並外れた能力を、適切な場で発揮できる環境があったら?
――
確かに、彼以上に有能な人物を探すのは難しいのかもしれない。忍者になりたくてもなれず、ヘッポコ事務員であり続ける彼にとって、この世界は最高の世界と言っても過言ではないのかもしれない。
「最後に、山田夫妻とその実子について話しましょう。この世界に於いては、山田夫妻は有能な県議会議員として、多くの人々から名声を得ていました。議員としての仕事をしているうちに出会った二人は恋に堕ち、紆余曲折の末にそのまま結婚。奥方は引退したものの、山田伝蔵氏はそのまま暫く議員を続けていたようです。
――
そして生まれた子は、貴方ではなく山田伝子という父親似の娘でした。彼女は父親の名声へのコンプレックスに何度も心を折られかけました。一時は心を病み、少々荒れたこともあったとか。しかし彼女はその度により心を強くして苦境に耐え、遂に己の心の弱さを克服しました。父とは違う道を歩み、己の経験を活かし、同じ立場の者に手を差し伸べる職に就こうと決意し、そして教師になった。今の彼女は、自らに胸を張れる強い意志を持った女性として、教壇に立っています。その事を誇りに思い、日々を幸せに生きています。
――
利吉さん。これは推測ですが、彼女の歩んだ人生は、本来ならば貴方の立ち位置なのでは?」
滝夜叉丸の言葉に、私は頷くべきか否か躊躇する。確かに親へのコンプレックスに何度も苦しんだ事は、私の境遇と重なる。しかし、私は耐えられなかった。逃げてしまった。その点が
――
あまりにも違う。違いすぎる。
私の様子から答えを察したのか、滝夜叉丸は無情にも続ける。
「
……
そしてこの世界の『山田利吉』。彼にもまた、苦しみがない。彼は、コンプレックスの対象となる両親の
――
特に父親の存在をそもそも持たなかった。ごく普通の、けれど人より芯の強い一般人の母親しか居なかった。私は直接話した事こそありませんでしたが、彼は中々に素直な好青年でしたよ。母親に愛されて育ち、その事に感謝をし、母を支え、そんな自分に胸を張れるように教師を目指す、ただそれだけのごく普通の『息子』でした。母親からの影響でしょうね、たとえ失敗したとしても目指す先が変わらなければいずれ夢を掴める、というのが彼の信条でした。多少格好悪くても泥臭くても、決して諦めないガッツのある若者です。
……
最近は少々悩みを抱えていたようですが、まぁそれも思春期にありがちな、本当にささやかな悩みです。時間経過と共に解決するような問題ですし、当人も一応思い悩んではいたものの心を病むほどには困っていなかったでしょう」
「え? 面識が無いのに、悩みの内容を知っているのかい?」
「ええ。確定ではありませんが、彼の環境と性格から、
凡
おおよ
その察しは付きます。情報収集は忍者の基本ですから。
…………
まあ、本人の名誉の為にも流石にこれは伏せておきましょう。少なくとも、私が知る限りでは彼の家庭環境や交友関係は良好そのものでした。この上なく周囲に恵まれ、幸せに過ごせていましたよ」
滝夜叉丸は苦笑し、肩を竦める。『山田利吉』の悩みの原因に関しては少し気になったが、踏み入るべきでないというのならば無理に聞き出す必要も無いだろう。それが彼の名誉に関わるのならば尚のこと。
――
私が存在を奪ってしまったであろう『彼』の為にも、ここは何も聞かずにおくべきだ。
「
――
そして貴方もまた、この世界では何の
柵
しがらみ
もなく生きていける。思い出してしまった記憶も、悪い夢として手放せる。かつての『山田利吉』とはまた違う生を、やり直すことができる。
――
室町の世への未練を捨てるならば、この世界は貴方にとっても、この上なく理想的な世界となりましょう」
滝夜叉丸の凛とした瞳が、私の姿を真っ直ぐに捉える。
「
――
これが、私の知るこの世界の
組成
そせい
です。生憎と私の知る限りの話になる為、忍術学園に縁がある者の話に限定しましたが
――
他に知りたい事があれば、何なりと聞いていただいて構いません。
……
とはいえ、既に必要な情報は得たものと判断しましょう。
――――
利吉さん。室町の世の記憶を未だ『元の世界』と呼ぶ貴方は
――
本当に、あの世界へ帰るおつもりですか?」
静かな問いが、しかし嘘偽りは許さないと告げている。私は額に嫌な汗が滲むのを感じていた。
「
――
利吉さん。貴方は、この美しく透き通った苦しみのない世界よりも、血と
手垢
てあか
に
塗
まみ
れた元の世界を選びますか?
……
ただ貴方に、別の世界の記憶があるというだけで。たったそれだけの理由で、本当に、あの世界を選ぶ事ができますか?」
乾いた喉が張り付くのを感じながらも、私は滝夜叉丸の鋭い眼差しに釘付けにされていた。
「元の世界とて、確かにこの世界とはまた違う美しさがあります。しかし、貴方にそれを選べますか?
――
山田伝子を、その手で殺す事ができますか?」
その問いは、まるで喉元に突きつけられた刃のように鋭く感じた。
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