山城まつり
2025-04-03 21:00:10
19586文字
Public シャルラッハロートの診療録
 

シャルラッハロートの診療録|Ep.1

第一章「ジェイド・アクター(前編)」

だ、第一章(予定)です……。
いや、本当は第一章、もう少し続く予定なんですけど書ききれないので区切ります。あまり長すぎてもね……読むの大変ですから……。

今回から主人公・櫻田翠が登場します!ヤッターーーー!!
一色怜も出てきますのでね よ よろしければ……。


前回:シャルラッハロートの診療録|プロローグ https://privatter.me/page/67ed1c419a026

シリーズ:https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=70961

本シリーズには医療の描写を含みますが、作者は医療従事者ではありません。論文、医学書、ホームページなどを参考に執筆しておりますが、現実の医療と異なる可能性があります。ご了承ください。

それでは、皆様にとって良い時間になりますように。


手術室の自動ドアが開く前から、翠はけたたましいモニターの警告音と血の匂いを感じていた。地獄へようこそ、そう彼に対して嘲笑を贈る。それらを振り切って金属製のドアをくぐると、視界に飛び込んできたのは血塗れの手術台だった。消毒済みの患者は成人男性で、彼の左脚から滴る血液が床に紅い水溜まりを作っている。医師達が慌ただしく駆け回り、中央では画面越しに見た若い男性────執刀医が汗だくで叫んでいた。

「【繕結ぜんけつ】、【蘇脈そみゃく】、【培生ばいせい】、全部ダメですッ!!治るどころか悪化しま────」

彼がそう言い切る前に、再び患者の創部から飛沫が上がった。まるで噴水だ。鮮血がその頬を濡らし、彼は後退って悲鳴を上げた。

「も、もう無理ですッ……!も、も、もう……
「焦るな!呪文が駄目なら魔法式の詠唱がある!直に異界にアクセスして概念を持ち出せば────」

ビビビッ、とモニターが泣き叫ぶ。言葉を紡いでいた第一助手の男、一色怜が焦りながらそちらに目を遣った。血圧が急低下し、酸素飽和度が80を切っている。第二助手の男────彼も翠は知っていた。ベテランの神楽岡かぐらおかだ。彼が低い声で「また魔法医療適応にねぇ患者か」と唸る。

「また、とは」

怜が冷静にそう問い返す。室内は既に、緋色に侵蝕されつつあった。

「聞いとるやろ。そこの坊ちゃんのパパが執刀変わったオペや」

そう言いながら、臙脂えんじに染まった親指でくいと入口が示される。翠に、視線が集中した。怜が驚いたように「櫻田」と呟いた。
彼はその視線を一身に浴びながら、手術室に堂々と入室する。その聡明な頭脳が手術の全貌を読んでいた。

────胸腔ドレナージを試みたようだが、出血量は500ccを超えている。頭はガーゼで巻かれ、後頭部からの出血は少ない。腹部は脾臓ひぞう損傷のリスクがあるけど、今は胸と脚が優先だ。

そこまで悟った翠は朗らかに、コンビニに入店したような気軽さで微笑んだ。

「久しぶり、此処で働いたんだな、怜」
「黙れ。……どうやって入った」
「んー?ちょっと、うちに【概念を喰べる】悪魔が居るんでね」

もう一度、手術室の扉が開かれる。地獄へ足を踏み入れたのは手洗いを終えたメディだ。彼女は翠と同じような笑みを浮かべながら「美味しかったよぉ、シャーベットみたいで」と応えた。
……メディヴァは呑噬どんぜいの悪魔だ。概念や事象を喰らい、無かった事にする力を持つ。その権能をもって、翠は彼女に「部外者」という概念を無に帰させたのだ。

……どうするつもりだ」

怜の冷静な声が、焦燥感と緊迫感に包まれた室内に木霊する。だが一方で、翠はこの上なく穏やかな声音でこう紡ぐ。そこに何の疑念も、恐怖すらも抱かずに。

「どうするって、俺がやるに決まってるでしょ」

彼は笑みを浮かべると、滅菌ガウンを着込みながら割り込んだ。執刀医 「だった」若い男性はそれを止める事もできず、呆然と眺めて────だがコンマ数秒後に現実を思い出して、彼に無理ですと言い寄った。

「ど、どちら様か存じませんが無理ですッ!魔法医療を試みても────」
「あんた、名前は?」

突拍子も無い質問が飛んでくる。男は混乱する中で視線を彷徨わせながら翠を見遣った。手術に耐えられると思えない、華奢な身体。細くて白い腕は、今にも透けて消えてしまいそうだった。だけど……だけど、目の前の彼は、どうして。どうしてこうも、自分達に期待をさせるのだろう。初めて会った筈なのに、どうして。
口が、動いていた。

……朝比奈、です。朝比奈透麻あさひなとうま
「そ。朝比奈くん、今魔法医療って言った?」
「い、言いました。他に何が、」

その言葉を遮ったのは、翠の笑い声だった。けらけらと、彼は子供のように笑う。……悪魔か何かか?こんな現場で、笑うなんて。朝比奈は恐怖を憶えながら彼を見上げて────そして息を呑む。翠の瞳は、決して笑ってはいなかったから。

「魔法医療?ははっ、そんなちゃちなもので治せるなら、医者なんて要らないんだよね」
「え────」
「朝比奈くん、貸して?俺、天才だから。魔法なんて使わなくても、ぱぱっと治してやるよ」

ハイ、と右手が差し出される。朝比奈は自身の腕の中に、メスが握られている事を思い出した。魔法で治す事を固執して、この銀の剣の存在をすっかり忘れていた。
……目の前の彼は、「これ」で、非魔法で、治すと言うのか?救うと言うのか?

もしそれが叶うなら────それこそ、本物の魔法だ。

朝比奈は迷いながら、しかししっかりと、彼に剣を託した。
聖剣を引き抜くように、朝比奈の掌からすらりとメスが奪われる。
白銀の光を纏ったそれは、自身の役目を全うできる事に歓喜しているように思えた。

……親が親なら、子も子かよ」

神楽岡が微笑を匂わせるニュアンスでそう零す。だが次の瞬間、彼は第一助手のポジションに着き直して術野を睨んだ。

「今から無茶やる。執刀医交代、朝比奈は下がれ!俺が第一助手やる、怜は第二助手。いけるな」
……神楽岡さんが、そう言うのであれば」
「うし。器械出しは続けて宵宮よいみや水無瀬みなせは輸血あったか!?」
「あ、ありましたッ!AB型Rhプラス、可能な限り持ってきました!」
「完璧!今から非魔法による緊急開胸術並びに大腿動脈結紮術だいたいどうみゃくけっさつじゅつをやる!」

翠は一度、バイタルモニターを見上げた。下がり続ける生命の証明は、救われる時をまだかまだかと待ち構えている。……勿論、救ってやる。完璧に。彼はそう心で繰り返して、口角を持ち上げた。
翡翠色の瞳が、情熱に灼かれている。

「────Die Operation Beginnt!手術開始だ!