山城まつり
2025-04-03 21:00:10
19586文字
Public シャルラッハロートの診療録
 

シャルラッハロートの診療録|Ep.1

第一章「ジェイド・アクター(前編)」

だ、第一章(予定)です……。
いや、本当は第一章、もう少し続く予定なんですけど書ききれないので区切ります。あまり長すぎてもね……読むの大変ですから……。

今回から主人公・櫻田翠が登場します!ヤッターーーー!!
一色怜も出てきますのでね よ よろしければ……。


前回:シャルラッハロートの診療録|プロローグ https://privatter.me/page/67ed1c419a026

シリーズ:https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=70961

本シリーズには医療の描写を含みますが、作者は医療従事者ではありません。論文、医学書、ホームページなどを参考に執筆しておりますが、現実の医療と異なる可能性があります。ご了承ください。

それでは、皆様にとって良い時間になりますように。


時刻は、六時二十分に差し掛かっていた。
硝子窓から吹き抜ける薫風が、初夏の香りを連れて肌を撫でる。翠は着替えて席に着いたメディを横目に見て、次いでフライパンや菜箸などが乾燥棚に置かれているのを確認して、自分の席に着きながらテレビを付ける。ぷつ、と響いた僅かな機械音の後に、液晶は今日のニュースを謡い始める。朝の情報番組だった。この時間にバラエティーなどはやっていない。ニュース以外が見たいのであればNHKの不可思議な番組に変えたら良いのだが、別にそういう気分でもない。大人しく報道番組をBGMにして朝食にありつく。

『────五月に入り、検診の時期になってまいりました。魔法が普及した現代といえど、体の健康を守るのは魔法ではなく正しい生活習慣です。』
『自身で健康管理をするのは大切ですからね。医療機関を訪ねる事になる前に、自分の健康は自分で維持する事が求められます』

全くその通りだと思いながら、先日の忙しさを脳内で蘇らせる。
五月十一日、穏岬島での一斉健康診断。誕生日だというのにも関わらず、そこに呼び出された翠を待ち構えていたのは、千人に達するのではないかと思うほどの島民だった。血液検査や心電図検査などは周辺地域の看護師が手伝ってくれたが、診察をする医師は翠と、日扉町全域、別の離島の医師────合計で四人だった。四人で、この人数を?町のトップは莫迦なのか?そうはじめは訝しんだが、その思想は十五分で消し飛んだ。忙しすぎて、余計な思考を働かせる暇が無かったのだ。数日に及んだ健康診断は、そこからの記憶がない。これは彼がたちばな診療所を開いてから、毎年の恒例であった。
小さく切ったフレンチトーストを口に放り込む。柔らかく照るトーストをカットするのは、体にメスを入れるのと似た感覚を憶えさせた。

……以上のように、社会人の皆様はぜひ健康診断へ。そしてお子様がいらっしゃる保護者の皆様は、小児検診とワクチン接種も忘れずに行いましょう!魔法抗体ワクチンの接種は、現代において特に大事ですよ』
『ですね。病気になってからでは全てが遅い。それでは【街カド!イシキ・イズ・ナニ?】のコーナーです!本日は健康維持について────』

ダサすぎるネーミングセンスの番組コーナーが始まったところで、横から「ごちそうさまでしたでしたぁ」と伸びやかな声が飛んでくる。見ればメディが背伸びをして、そして両手を合わせて、朝食が胃袋に収まった事を告げていた。早ぇな。早食いにも程があるだろ。そう思いながら彼女の背後の時計を見て────そうも言っていられない事に気が付く。翠はフォークを握り直した。

「お粗末様。満足したか?」
「うん!大満足、星5」
「ならいい。今日は七時十五分には家出るぞ。広島まで二時間は掛かるからな」
「おにーさん、車の免許あるんでしょぉ?車は?」
「持ってねぇからバスで行くんでしょーが。車なんてな、そんなホイホイ買えるものじゃねぇの」
「じゃあ魔法で行けばいいじゃん。あるでしょぉ、空間転移魔法」
「あるけど俺は使わないの。俺、魔法嫌いなんだよね……ってコレ、何回目の話だよ」
「ぶぅ。だってバスの中、狭いしぃ」
「我慢しろ。別に家に残っててもいいけど?講習があるのは俺だし」
「やだ。ひとりで居ても暇」

彼女の背で、宙に浮いた一対の蝙蝠こうもりの羽がぱたぱたと動いた。まるで、やだやだと駄々をこねるように。……全く、面倒なガキだな。翠は溜息を吐いた。

「ていうかおにーさん、何の講習なわけぇ?」
「知らなかったのかよ」

じとり、とメディを見遣る。だが彼女が知らない事に何の罪もない。それを悟った翠は半分が資料の山脈になったダイニングテーブルの上からひとつの封筒を取り出して、それをメディに手渡した。表紙には住所と翠の名前が印字されている。差出人は『日本医療魔法学会監査部』……それを見たメディは一言、「うわぁ、めんどくさそぉ……」と呟いて裏返す。
裏面には日本医療魔法学会のスローガンと、魔法陣を象った朱いスタンプが押されている。『医療の未来を魔法で切り開く』とはっきり刻まれたその文字列は、今しがた「魔法が嫌い」と零した翠に対し、静かな皮肉を贈っていた。

「ふぅ~ん、で、結局この封筒、なぁに?」
「中を読めよ、中を」
「だって難しそーなんだもん」
「はぁ……

翠は珈琲を啜りながら、メディが手に持つ封筒を睨みつけた。赤い魔法陣のスタンプが妙に仰々しい。

「要するに、『お宅ぅ、魔法医療導入してないんでしょ?時代遅れねぇ、医学界が黙っちゃいないわ。あとアンタ、医療魔法士の資格取得、まだなワケ?早く天璇大学附属病院に行って講習受けてきなさ~い♡』……って事」
「うわぁ、すごい分かりやすい」

褒められても、いい気にはならなかった。
この現代社会の魔法第一主義は、何度聞いても不愉快になるからだ。

────魔法。
1880年から1900年代にかけて、世界を震撼させるとある革命が起きた。イギリスの科学者が発見したのは、「過去に信仰されていた幻想が実在した事」……つまり天使や悪魔、神々の存在の証明だ。彼等が住まう異世界、「異界」の存在と、彼等が扱う超常現象、そして共に、異界を支配する法則の解明。人々はそれを、エピファニー・ルネサンスだと讃えた。幻想は、瞬く間に科学世紀を呑み込んだ。
同時に、人間も異界と交信する事で、異界の法則……概念をそのまま力に変える「情報法則」を使用できる事が明かされた。異界発祥のこの力を、科学者は「魔法」と定義する。所謂、教科書に載っている、「魔法革命」である。

魔法は一気に全世界に普及した。それに応じて法律が作られ、取り締まる組織が生まれ、魔法士の資格が生まれた。そして現在、魔法は科学と共に、この世界を支配している。夢幻は現実と融合し、翠達の隣で確かに息づいていた。

「魔法医療がすごいのは知ってるけどさ、患者救えるなら魔法だろうが非魔法だろうがどっちでもいいだろ。魔法医療の未導入がどうの、非魔法医療が基準に適合しないからどうの、ふざけんなよ」

翠はそう吐き捨てながら、ベーコンソテーに齧り付く。口の中で脂が解けて、こころなしか苛つきを少し鎮めてくれた。彼の咀嚼を待つ間、メディが封筒を電球に透かしながら呟く。

「おにーさん、また怒られたんだねぇ。そんなに怒られるのがイヤなら、魔法医療導入したらぁ?」

口を開かずに首を振る。勿論、横に。激しく。
肉片が喉を通った事を確認すると、翠は言葉を投げやりに返した。

「やだね。俺、医学界の異端児である事に誇りを持ってるから」
「まともな一般成人男性なのに?」
「そうですぅ。学会の頭の硬さがダイヤモンドのお偉いさんが、俺の才能に嫉妬して監査入れてきてるんだろ?光栄だよ。受けてやる」

ぐさ、とフレンチトーストの最後の一切れにフォークを突き立てる。翠のその返事を受け取ったメディは不敵に笑って、「やっぱおにーさんはそれでこそおにーさんだよ」と彼を肯定した。黄金色をしたフレンチトーストは、あっという間に口の中で溶けていく。残るフルーツも胃袋に収めたら、朝のエネルギー補給は完了だ。

「講習受けて、監査受けて、その時に嫌になるくらい俺の天才ぶりを見せつけてやる。この才能を医学界に見せびらかす大チャンスだ」
「やるねぇ。すごいねぇ。だって、魔法医療だって、全部が全部成功してるわけじゃないもんねぇ、多分」
「多分、な。最近じゃ聞いた事ないけどさ。医療には失敗がつきものだし、何件かはあるだろ。そこを突いてやる」

右手で拳銃を作り、撃ち抜く素振りをしてみる。メディは心臓を抑えて「撃たれたぁ」とおどけてみせた。

空になった陶器のプレートが、彼等の笑顔を写して煌めいた。無邪気に、穏やかに、二人は笑う。けれど、その奥底に────底知れぬ闇が在る事を、皿の鏡は静かに映し込んでいた。まるで、真実を見透かす八咫鏡のように。
時計の短針は、7に迫ろうとしていた。
物語の歯車が、廻り出そうとしていた。
否、この時は既に、歯車は軋みながら……既に取り返しがつかないところまで、廻っていたのだ。