河童の皿箱
2025-04-02 09:12:33
5956文字
Public 旧作
 

機織姫の絡繰城

スパイダーと幽鬼うさぎのお話。



 真新しい着物に腕を通す。黒子がこの胴に赤い帯を巻き、ぐっと締め付けられる。あとは自分でできると伝えれば、黒子は姿見を立てた。帯が締め終われば、するりと重力に従う織物はなめらかで、出来立てで、あたたかくて、なんだか、なんだか、嬉しい、ような。

ありがと」

 ぽつりとこぼれた言葉に、黒子はこちらの頭をくしゃくしゃ撫でて応えた。細い指だ。たくさんのものを操り、作り上げる手だ。
 そのまま、この髪を縛る紐を解いて、櫛を入れ始めた。糸を操る手が今、わたしの髪を梳いている。姿見に映る黒子の姿に、顔が見えないのにどこか楽しそうなのが伝わってきた。
 長くうねる髪の右と左を難なく編み、編まれた先だけ、紐で結びなおす。編まれた髪は、下がった髪を包み込むように互いを結んでいた。そして、紐の上から、雪兎を模した大きな髪飾りを被せる。
 手順としては、本当に僅かな差。でも、髪が与える印象の強さを知った。まるで、自分ではない様。
 黒子はまた頷いて、今度は押し入れの中から小さな鞄と薄布の垂れる笠を取り出してきて、手渡される。更には、羽織まで。ふと、作っていたのは着物だけではなかっただろうか、と呆気に取られているうちに、黒子は黒子で自分が出掛ける準備を始めてしまった。
 舞台で着るような黒子衣装。そして、常に共に居る花魁のごとき絡繰人形が、まるで眠りから目を覚ますかのように動き出す。絡繰とは思えぬ柔和な表情と、穏やかな声が、こちらに向けられた。

『さあ、行きまひょか』

 黒子の手が差し出される。こちらも、空いた手を差し出す。手袋の奥から伝わるのは、弱く握る力。
 玄関を抜ければ、夜の暗闇の中、眼下に街の明かりが見える。ふと、後ろから声を掛けられた。能楽師だ。

「スパイダーあ、ゆきも。お出かけ?」

『えぇ。注文しとった部品ができたと連絡があったさかい、それ受け取りに。あとは、夜の街の散歩でも。せっかく御洒落をしたんやし、ねぇ』

「そう。ついてってもいい? 明日のお客さんに出すおやつがもうないから。あと、古楽器の材料が調達できたって」

『えぇ、えぇ。うちは構しまへんよ。おゆきは?』

「おやつ、一緒に選んでも、いい?」

「うん。ゆきのも選ぼう。鞄、持ってくる」

 ぱたぱたと玄関から引っ込んでいった能楽師を尻目に、傘を被る。角が隠れる。程よく薄暗い空間を生み出してくれるそれに、どこか安心感を覚えた。これなら、あの街を歩けそう。
 黒子を見上げる。人形を見上げる。この人形を作るのにどれだけの技術を、どれだけの時間を詰め込んだのだろうか。いや、この人形にだけ詰まっているのではないのかもしれない。それこそ、あの蜘蛛型掃除機のように、外側にもいっぱい。

 再び、ぱたぱたと能楽師が戻ってきた。巾着袋を下げて戻ってきた。

「お待たせ。行こう」

 空からふよふよと浮かぶ大きな金魚が降りてきて、能楽師はそれに飛び乗る。金魚が腹を地につける頃、黒子が人形を乗せ、そしてわたしを抱えあげた。そのまま身を任せれば、約3人、或いは4人を乗せた金魚は、ふわりと空を泳ぎ始める。もしかして、この生き物とは言い難い金魚も、蜘蛛夫人の作品なのだろうか?
 徐々に山を下る。街が近づく。色鮮やかな光が見える。こういうもののことを、不夜城、というのであったか。
 わたしが落ちないように、黒子はわたしに手を添えてくれる。金魚の泳ぎは案外穏やかで、振り落とされるような気はしなかったけれど何より、心配りに喜びを感じた。

 この世には、理解の及ばぬものが多くある。その一端が、わたしのような妖怪なのだがそんな妖怪ですら、謎としかいえないものが、ここにある。古い技術と、新しい技術。その双方が混ざり合って、見たこともないものが、ここで生まれている。なぜ彼らがそこまで打ち込み続けられるのか。それらはどのようにして作られているのか。それはいまだに理解できていないが、興味は尽きない。屋敷の本を、いくつか読んでみようか。謎を解くカギが、そこにあるのかも。
 さくらやみずき、わらしにしぐれ、ついでにまぁ、うららも連れてきてみようかな。あぁ、でもいたずらしちゃうかな。あんまり多いとうるさくて、調べるどころじゃないかも。ここには、下手に触らないほうが良いものもいっぱいあるし迷惑は、かけたくない。なら、わたしひとりで調べる方がいい。

 みんなの知らない、わたしだけの謎解きを、からくりの仕組みを。
 もっと知りたい。人々の生み出す、新たな『もの』を。