河童の皿箱
2025-04-02 09:12:33
5956文字
Public 旧作
 

機織姫の絡繰城

スパイダーと幽鬼うさぎのお話。



 残念なことに、能楽師も雅楽師も仕事の話をしていた。多忙なんだ、むくれていても仕方がない。残るはこの居候の三味線妖怪もとい三毛猫。それも、雑巾で廊下を拭いていた。
 この居候、もはや家政婦のよう。手が空いていれば掃除やら洗濯やら着物や楽器の手入れなどを自主的に行っている。「褒められるのは嬉しいものでございますよ」と自慢げで、そういうものか、と。それをただ眺めるだけというのも退屈だから、わたしも廊下掃除を、と雑巾で隅っこを拭く。
 けれど、この猫家政婦しか家事をやるものがいないかというとそうではない。各々の部屋は各々が使いやすいように片付けられているというか、散らかしっぱなしでは状態が悪化するものを多く収蔵しているからか、家主たちは案外、豆ったく整理整頓していた。それでも、必ず何かの試作や習作、あるいは本腰を入れて製作しているであろう何かがあるのだけれど。
 では塵埃の掃除はといえば、這う蜘蛛型の絡繰いや、『ろぼっと』が掃き集めていた。
 なぜこんな形にしたのか? 以前黒子に尋ねた時の答えは『試験』だった。蜘蛛型の絡繰は一つ一つの足を動かしては前へと進み、腹に仕込まれた小箒で壁の高い場所を柔らかく掃く。ああいう場所は手が届かないけれど、放っておくとやっぱり埃がたまる。あの絡繰によって高所が頻繁に掃除されているためか、埃はそう多くない。故に、掃除は床やあの蜘蛛が行けないような所家具の隙間やその上だけやれば良い。
 しかし、わたしの膝ほどもある、大きくて重いはずのその蜘蛛はどういう仕組みで壁を這っているのだろう。

「あ」

 突如、視界を横切る黒。咄嗟に目で追えば、ああぁあ、黒光りする甲虫だ。奴らはどこからともなく現れてはあっという間に増える。早々に対処をしなくては、とは思うけれど。カサカサと素早く動くそれに寒気を覚え、どうにも距離を詰めがたい。あぁ、うららがいてくれたら容赦なく踏んづけてくれるのに!
 すると、壁を這う蜘蛛が糸を吐き、いとも簡単に甲虫を絡め取った。まるで捕食するかのように巻き取り口の中へと回収していった。
 ほっと胸をなでおろす。より一層、あの蜘蛛に近寄りがたくなってしまったけれど。

「おぉ、お見事にございますにゃあ」

ちょっと、薄気味悪い」

「まぁまぁ、そう言いなさらず。あのろぼっとが掃除を始めてから、この屋敷であの甲虫を見かけるのが相当少なくなったのでございますよ」

 三毛猫曰く、黒光りする甲虫の天敵ははるか昔から蜘蛛であると。その習性に目をつけたあの黒子が開発したのがこの蜘蛛なのだそう。確かに、天敵がいたら近寄りたくはない、と思う。

「しばらく壁から落ちたこともなく、試験は成功と言っても過言ではにゃいでしょうにゃあ」

もしかして、これも仕事?」

「はて。わたくしはそこまで存じ上げませぬ。わたくしも貴方様と同じく、皆様との約束がありますので。ですがあの蜘蛛は、はじめは何度も落ちておりました。その度にスパイダー殿が調整を繰り返して、今の様に壁から落ちないろぼっとができたのでございますにゃ」

「ふぅん」

 壁を這いながら掃除を続ける蜘蛛を眺める。特段音を立てることもなく、静かに掃除を続けているそれは、黒子の技術と試行錯誤の結果なのだろう。その一部も、わたしは理解できるわけじゃない。ただ、あの手が部品と部品を組み合わせ、何度も噛み合わせ、設計図と睨めっこしてはやり直したり、文字を書き足したりその末に上手く動いた時には、わけもわからないのに無性に心が躍った。

 今度からもっと、絡繰いじりをじっくりと見てみたい、のかもしれない。