河童の皿箱
2025-04-02 09:12:33
5956文字
Public 旧作
 

機織姫の絡繰城

スパイダーと幽鬼うさぎのお話。



 ふと気が付けばあたりはほの暗く、そろそろ夜を迎える時間であると闇が告げた。どことなくかたまった体を伸ばして顔をあげれば、蜘蛛夫人はその手で絡繰の内側の糸を操っていた。あれは確か、配線と言うのだったか。いうなればあれは、絡繰の血管なのだと。そしてその傍らには、筒状に丸められた黒い布があった。
 立ち上がろうと身じろぎすれば、黒子はこちらへと振り向く。そしてすぐにその手を絡繰から布へと移して、こちらへと少しだけ寄ってきた。
 黒子が指をぱちりと鳴らせば、部屋の明かりが付く。そしてわたしに見せるように、布を僅かに広げた。艶のある黒。けれど喪服のような深い黒ではなく、少し灰色に近いか。出来立ての、綺麗な織物だ。
 私の様子を見た黒子は満足そうにうなずいて、今度は裁縫道具を取り出した。まさか、今日中に仕上げようというのだろうか。
 黒子は何の迷いもなく、布へと裁ちばさみを入れる。まるで頭の中に設計図があるかのよう。黒い布が巻き取られていた筒からすべての黒い布が離れた頃には、すでに着物の原型が見えてきていた。そして黒い布だけではなく、押し入れの中から裏地となる白い布を取り出してきて、また同じように迷いなく裁つ。止まることなく、今度は裁縫箱から待ち針を取り出し、布と布を繋げ、仕付け糸を通して仮留めし……

「おい、スパイダー。開けていいか?」

 とんとん、と襖が小さく叩かれる。浮世絵師の声だ。わたしが眠っている間に帰って来ていたのだろう。黒子は指を手の中に入れてぐっと握る。襖の奥から小さな音がして、そのまま襖を開くような蜘蛛夫人の動作に連動し、開かれた。因果関係だけは理解できたが、一体どういう仕組みなのやら。

「おっと、ゆきも居たのか。んで、スパイダー。お前宛の仕事の伝言頼まれてんだよ」

「お仕事?」

「おう」

 浮世絵師は手に光る薄い板を持ち、それを黒子へと見せた。黒子は今まで熱中していた布地から手を離し、その板を受け取り、読み始めた。それを覗き込むのはご法度。だから代わりにと色の付いた眼鏡を見上げれば、その奥に彼の目が見えた。

「ゆきも悪いな。せっかく良いとこだったろうに」

「わたしは見てただけ。急ぎじゃないから」

「そうかい。ま、今度詫びに菓子でも持ってくるさ。んじゃ、借りてくぜ」

 そう言って、浮世絵師と黒子は連れだって部屋を後にする。それを見送る。すると、突如壁の一部が光り出し、文字が列挙される。指でなぞればそれは、蜘蛛夫人からわたしへの謝罪と、彼らとわたしとの間で交わした約束を守ったことへの感謝が綴られていた。

 彼らが仕事をする時に守らないといけない『シュヒギム』という約束があるらしい。『シュヒギム』とは即ち、仕事の中で決まったことを勝手に人に伝えてはならない、というもの。そしてそれを守れないと、彼らの仕事が無くなってしまう。だから、わたしは仕事の話にはついていかない。これは、わたしと彼らとの約束。家主に従うのは当然のこと。とはいえ、忙しなく動き続けている割に、彼らは実に律儀であった。

 そういえば、能楽師と雅楽師も帰ってきたのだろうか。ちょっと、そっちに遊びに行こう。