河童の皿箱
2025-04-02 09:12:33
5956文字
Public 旧作
 

機織姫の絡繰城

スパイダーと幽鬼うさぎのお話。


 光あふれる街の外れ。いまだに暗闇と静けさを保つ山中に存在する、小さな屋敷。ここに住むのは、P.U.N.K.と名乗る芸術集団。彼らはここに家を買い、ここで日夜芸術活動に勤しんでいる。練習、作品の制作、街で執り行う催し物での段取り確認などなど。一世を風靡する芸術集団である彼らは、なんだかんだで多忙。その上、それぞれの得意分野で誘致されることもあり、この家に全員が揃うのは珍しかった。

 かたん、かたんと、屋敷には音が響く。

 今日も、人の少ない日。ふらりと遊びにきたはいいが、5人いる家主のうち、今日いるのは自らを蜘蛛夫人と名乗る黒子1人。ずらりと並んだ人形も含めれば、もっと居るけれど。
 黒子は文楽人形師。故にこの部屋には人形や絡繰、私が知るよりももっと複雑で高度な機械の試作品があちこちに飾られていたり、収納されていたり。人形はどれを見てもピカピカに磨き上げられていて、美しい衣を纏い、静かに佇む。何時であろうと人前に出られるような状態であり、そしてどこか誇らしげにも見える。
 そんな中で、主たる蜘蛛夫人は黙々と機織りを続けていた。普段は黒く分厚い手袋に隠れた細い指が、優雅に黒い糸を手繰る。頭巾がわりに面沙で顔を隠しているけれど、ぐっと集中している様子はわかる。

 なぜ、蜘蛛夫人は機織りをしているのか? 黒子の答えは『息抜き』であった。外に出る時は仕事や買い物や散歩、あとは付き合い程度のもので、それ以外は家で絡繰を作るか、消失した演目を研究し続けている。何かを作る休憩に、別の物を作るここでは決して珍しい光景ではないのだが、何とも奇怪な集団だ、と初めは思っていたものだ。

 かたん、かたん。機織りの音が屋敷に響く。

 今織られている布は、わたしの衣にするのだという。そも、わたしは自らの存在を認知して身につけていた着物1着しか持っていなかった。それも随分と着古し、あちこちに擦れや引っ掛けによる破れが出てきていた。蜘蛛はそれに目をつけたのである。とはいえ、黒子の機織りも、絡繰弄りも、眺めている分には楽しく、暇を潰すには丁度いい。あまりに複雑で高度な技術を理解する気には、さらさらなれないが。

「おや、おゆき殿。ご機嫌麗しゅう」

 居候の三味線妖怪こと、三毛猫がひょっこりと部屋を覗き込んできては、一礼する。釣られてこちらも、礼を返す。とはいえその程度の会釈で、なにかの楽器を抱えた猫はまたどこかへ行った。そういえばあの猫が着ている浴衣も、蜘蛛夫人の織ったものだったか。

 かたん。かたん。心地の良い拍を打ちながら、糸は織られていく。ただただ、その繰り返し。
 それに耳を傾けていれば、ふと眠気を覚えた。壁に体を預けていれば、自然とまぶたが降りてきてしまった。なに、時間はたっぷりとある。特に抵抗もせず、眠りのいざないのままに。