河童の皿箱
2025-04-02 09:09:12
10835文字
Public 旧作
 

御巫舞踊部類分

セアミンとフゥリのお話



それで、どっか行っちゃってたの?」

……うん」

「もう、すごく探したんだよ? 御珠の人たちだって、御巫が狐にさらわれた! って大混乱だったんだから」

……ごめん」

 セアミンが、セアミンに怒られている。帯とか、飾り、それに雰囲気もちょっと違う。でも、一見したら、セアミンが増えた様にしか見えなかった。



 時は少しさかのぼって、互いに裸足のまま始まった、セアミンとの共演あるいは、手合わせ。彼女は鬼は、問答無用に襲いかかってきた。初めはあまりに突然の提案に対応しきれず、防戦一方。けれど冷静になるにつれて、彼女の力強い鬼の舞には隙があると気づいた。修練場での練習のまま持ってきていた扇を広げ、隙に風を一吹き。鬼は渦に巻かれて吹き飛ばされた。次には素早く、細かな騙し打ち。本命の一撃を御珠でいなせば鬼は大きくよろけ、その隙を突いた。そんな、試行錯誤の繰り返しの中で、私は彼女の動作に注視し、集中し、そして退け続けた。
 今思い返せば、彼女に導かれていたんだろう。私が反応しきれる速さで、彼女は舞い続けた。徐々に動きを速めたのも、私に合わせてのこと。相対してわかったのは、彼女は実にさまざまな技法に精通している、ということ。なにせ彼女は、私だけでなく、ハレやニニの技法すらも取り入れ、さらに、まだ私が正体を掴め無い技法すらも用いていたのだから。
 セアミンは、ほんの短い間に多数の技能を詰め込み、私に外の世界の一部を教えてくれたのだ。私は自分の未熟さを、そして世界の広さを思い知った。御珠家に伝わる、過去にオオヒメ様に認められた舞たったひとつだけを極めたら、それで完璧だと思い込んでいたのだと。井の中の蛙大海を知らずとは、まさにこのこと。
 『完璧』の在りかは、今もわかってはいない。でも、私の中に、大人が指示した『完璧』ではなく、私の思う『完璧』の存在をどこかに感じた。

 それから少し休憩をして、御珠の修練場まで戻ってきた。道中、どうやって大人たちに謝罪もとい、言い訳しようかと相談しながら。大人たちのことを考えると、心が重くなった。けれど、このまま逃げているわけにもいかなくて。どんな叱責を浴びせられるのかと頭が回るのを何とか振り切り、戻ってきたときに見えたのはハレとニニ、そして、もう一人のセアミンだった。

 そして、今に至る。

だって。変だったんだもん」

「だって、じゃないでしょ。あとでちゃんと謝りに行くからね?」

「むぅ……

「それで貴女が、フゥリ?」

 もう一人のセアミンが、私に近づいてきた。ハレとニニは、ちょっと離れた場所からこちらの様子を窺っている。

「あ、ええと、はい」

「どうも、セアミンがご迷惑をおかけしました。緊急テレポートまでしちゃって。大丈夫? 怖くなかった?」

「そんなことはなかった、よ。うん。それよりセアミン、どういうこと?」

 今まで一緒にいたセアミンに、説明を求める。説教されて項垂れていたセアミンは、もう一人のセアミンの隣にしゃんと立ちなおした。

「セアミンは、能楽師。セアミンは、ふたりいる」

「この子もセアミン」

「こっちもセアミン」

 二人のセアミンは、互いを指さしてそう説明した。

「うーんとふたりで同じ名前を使ってる?」

「うん。それで合ってる」

「ここだけの内緒、ね?」

 改めてよく見てみる。私と一緒にいたセアミンは、相変わらずぼーっとしていて、帯は緑色。帯飾りは下向きで、耳飾りは角ばっていて、十の文字。一方、もう一人のセアミンは物腰雰囲気が、どこか柔らかい。お姉さんっぽい、とでもいうのだろうか。帯は桃色、帯飾りは上向きで耳飾りには、一の文字。今はこうして身に着けているもので見分けているけど、同じ格好になったら多分わからなくなっちゃうかも。

「いやー、アタシも驚いちゃった。まさか二人いるなんて思ってなかったし」

「フゥリ。私もハレも、ずっとセアミンと一緒にいたのよ。あのね

 ハレとニニ曰く、セアミンたちはこの里に舞を見に来ただけじゃない。ハレとニニと一緒にいたセアミンは、元々御鏡家との交流があった。その中で、この里の舞を残すために何ができるか、という話になったそうな。そしてセアミンたちは文通にて各家の当主や長たちと面会する予定を取りつけ、書に記す舞を決めるためにしばらく滞在しているのだという。それぞれの当主に認められさえすれば、これから先も足しげく通い、御巫たちの舞を書に記し、そして外へと伝えていく、と。御剣、御鏡との面会はすでに終わっていて、残すは御珠のみ。
 ……そういう仕事も、してるんだ。



 その後、ふたりのセアミンは御珠の当主、そして分家の長たちと面会して、今回の事件について謝罪した。私からも、なにもされていないし、なにもしてないと説明をした。どうせ、何言っても難癖付けられるんだろうし。
 御珠家からセアミンたちへは、特に咎めなく。というのも、事前にセアミンたちから送られた文の存在こと面会の予定を門番に伝えるよう、当主から言い渡されていたにもかかわらず、分家の長たちは結託して門番に共有せず、ハレとニニと一緒にいたセアミンを追い返していたのだ。同行していたハレとニニが御剣と御鏡の当主の娘として、何とか門番を説得して、セアミンを御珠の領域まで通してもらうなんて手間が起きていたそうだ。長たちは痛いところを突かれ、沈黙。もう時間も遅いからと、舞の書については明日へ繰り越しとなった。長たちの狙いは多分、約束をすっとぼけて、あわよくばそのまま追い返すつもりだったんだろう。なんて、邪推をしてしまう。
 師範からは私に対して、今回修練を抜け出した罰として、明日もう一度基礎から徹底的にやり直す、とだけ。その一方で、修練中の御巫は師範が監督し、分家の長たちは修練場への立ち入りを一時的に禁じる、と。長たちの反対を退け、そして先の不手際もあり、当主はこれを承認した。
 この決定をここまですんなりと押し通せたのは、里の外部の人間と御珠の当主がいるから。そして、長たちが私の舞を見ていないと判明したからだと思う。私は、ここまで立場の弱い長たちを、見たことはなかった。

 それから、また数日。修練場に長たちが来ることはなく。時折、ハレとニニそして、ふたりのセアミンが見学に来ていた。基礎練習と、通しの練習が終われば、師範は自由時間を認めてくれてたし、セアミンたちへ舞を伝えよと当主から師範に命じられた仕事もあって、師範の指導の下、5人で踊った。師範曰く、「師であれ友であれ、技は盗むものだ」と。
 その中で、新しい表現を学んだり、逆に教えたり。御剣家、御鏡家、御珠家、さらに外の踊り子で一緒になって練習するなんて、私の知る限り、初めての事。
 修練以外の時間も、ふたりのセアミンは各家の領域を歩き、学んだ内容を体に叩き込み、そして紙に描き続けた。現役の御巫や引退した御巫からの聞き込みも欠かさず、書物がない舞がどれだけあるのかや、蔵の書物と比較して一通り調査したし、私とハレとニニはそれぞれの家の当主からの命により、彼女たちに手を貸し続けた。長い時間によって蓄積した書物は山のように積み上がり、今回の調査で全部が判明したわけじゃないけれど、セアミンたちが整理のために書いた目次は、日に日に分厚くなっていった。
 この本が完成したら、初めの3ページには当主の娘であるハレとニニ、そして御珠で実力を振るうフゥリ、3人の舞がそれぞれの宗家の代表として載るだろう、と。誰が1ページ目に載るべきか、とハレが言いだして、3人で本気で踊りを競った。結局、誰が一番かはここでは決められなかったけど。それはきっと、オオヒメ様が決めてくれるということで落ち着いた。

 この穏やかな時間は、セアミンが居る時だけかもしれない。けれど、この時間は、私の本当の望みの在処を考えさせてくれる時間であり心の底から、楽しいと思えた。
 いつかいや、いつかじゃない。オオヒメ様への舞の奉納が終わったらセアミンたちのいる街に、行ってみたい。彼女と、その仲間たちの演目を、見てみたい。できれば、ハレと、ニニと一緒に。それは、初めて外に向かって抱いた、自分自身の願いだった。



 楽しい時間はあっという間で、セアミンたちが里から離れて、帰る日になってしまった。街での公演があるんだ、って。
 瞬く間に懐に入って来ては、私の本心を見抜いた客人をセアミンを、ハレやニニと共に手を振って見送りそして、帰路につく。

 御鏡家は、彼女たちを何の抵抗もなく受け入れ、これからも交流を続けると表明した。御剣家は、彼女たちの舞の力強さに感銘を受け、協力すると決めた。御珠家は、数日をかけて会議し、舞の記録には協力すると言った。
 自分の家が如何に消極的なのかを、思い知らされた数日別の世界を知った数日だった。道中、セアミンは「保守的であるのも、いいところがある」とは言っていたけれど

 御珠の門が見える。門番は特に一瞥するでもなく、私を通す。

 これからも私が相対するのは、御珠の大人たち。大人たちの前では、これまでと同じ、本当の自分を押し殺す日々が帰ってくる。それは変わらず、気の重いことだった。

 セアミンたちはまた、この里に遊びに来てくれる。それは、気の重い日常に突然訪れた、心躍ること。
 次は、いつ来てくれるんだろう。ハレも、ニニも、変わらずここに来てくれると嬉しいなぁ。




 ひとり、空を仰ぐ。まだ、闔は開かれていない。

 オオヒメ様は、本当の私と、御珠の私の、どちらを見てくれるんだろう。