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河童の皿箱
2025-04-02 09:09:12
10835文字
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旧作
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御巫舞踊部類分
セアミンとフゥリのお話
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2
3
4
「フゥリ! なんなんだその舞は! 足の踏みはもっと深くだ、勝手に個を出すな!」
「っ
…
はい」
代々受け継いだ巻物に書き記されし舞。私に求められているのは、その完璧な再現。
そう、私自身の舞じゃない。大人たちの求めるそれだけが、この舞の到達点にして、最高。だって、過去にオオヒメ様のお眼鏡にかなった舞だもの。
もう一度踊る。大人たちに怒鳴られる。また踊れば、また怒鳴られる。誤りがひとつでもあれば、服の上から叩かれる。
ひとつ改善しても、また別のところを指摘される。そうして、完璧を目指し続ける。私はずっと、そうしてこの舞の完成度を高めてきた。
何度も、何度も。日が昇ってから、暮れるまで。全てはオオヒメ様のため。豊穣のため。
でも、でも
……
。
喉を引き裂くかのごとく飛び出しそうになったその言葉を、何とか飲み込む。炎の中で踊る剣と、赤い髪。水の鏡に映る、青い髪。それらに抱いた感情を今、ここで発してしまったら、今までの私の舞が、そして受け継いできた伝統すらも、無意味になるから。
今までと同じ一歩を踏み出す
…
その瞬間。
「師範様。あちらに何者かが
…
」
師範の侍女の指先。誰もがその方向を向いた。そして、ざわつく。
長の家の屋根の上に立つ影。狐の面に、光を帯びた九つの尾。その姿はまさしく、伝承に語られし妖狐であった。
喧々囂々。長の家を踏むなどなんと不敬なと憤る大人の姿に、あまりに見事な九尾の姿に恐れおののく大人の姿、状況が呑み込めないまま呆然とする大人の姿。そんな彼らを一切置き去りに、薔薇の羽織を纏った九尾は舞い上がり
…
そして私の前へ降り立つ。師範が私を庇おうとするけれど、彼女は師範を手で制し
…
師範は、それに応じて僅かに引いた。
「セア
…
」
咄嗟に名が口からこぼれそうになる
…
が、彼女は私の唇に人差し指を当て、くるりと身をひるがえしては、振られた袖が優雅に風を捉える。
そして、彼女は確と構えた。私を、私だけを、真っ直ぐに見て。まるで金縛りにあったかのように、指先一つ動かない。さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返る。まるで、私と彼女しかいないかの様。
一歩、踏み出す。それは、私が踏み出そうとした一歩。そうだ、この舞を知っている。
迷わし鳥。
私の、舞。
またひとつ、踏み出される。狐の面が陽に照らされれば、神に、妖に、人智を超えた存在に、品定めされるような錯覚を覚えた。光を受けた幻のような尾が煌めく。まるで、羽ばたく鳥のよう。
…
おかしい。おかしい。なんで、なんで?
どうして彼女は、私の完璧ではない舞を、寸分違わず真似ているの?
私は、出来てしまう。彼女の舞の不完全を、私は詰れてしまう。今の一歩は、浅すぎる。今の手の振りは、大きすぎる。
…
だって、その誤りは、間違いは、私が散々言われてきたことだもの。
どうして彼女は、巻物の舞じゃなくて、私の舞を?
心臓の鼓動があまりにも速くなって鎮まらない。頭に血が上るかのように、熱くて熱くて仕方がない。
どうして彼女の舞は
…
完璧じゃないのに、こんなにも心を掻き乱すの?
押し殺し続けてきた言葉が胸の奥で反響し、ついには耳に、私の声として聞こえる。
どうして踊るだけで、大人たちは私を叩くの?
私はただ、踊りが好きで、踊りたいだけなのに。
舞は急を迎え、そして風が集まる。渦を描き、迷わし鳥はその尾を広げ、飛び立った。
ほんの短い間の舞踊は、私に、私だけに、見せられていた。私は、魅せられることしか、できなかった。
しばしの静寂。妖狐は一礼をすることもなく、また構え直して
…
ただ真っ直ぐに、私を見ている。
…
あぁ、これで終わり。これで、終わりだ。なにか、何か言わないと。
一歩も踏み出せぬような目眩の中、なんとか口を開こうとした。
でも、口を開いた矢先に、私の分家の長が言葉を放った。
「い、いやはや、見事な舞でございました! どの流派の方かは存じませんが、なんとも良い手本でございます」
耳を疑った。あれだけ私の舞を完璧ではないと言ってきたのに? 彼女の舞は私の舞を完璧に真似ていた。私が指摘された部分すら改善せず、そのままに。けれど、大人たちはセアミンに拍手を送った。完璧ではないはずなのに。大人たちがわからない。どうして、と疑問が頭を埋め尽くす。だって、だって。
私はただの一度も褒められたこと、ないのに。
私の心を覆う影とまるで繋がっているかのように、妖狐の面に陰が落ちる。
…
長がまた何かを言おうとする。でも、直感してしまった。
やめて、聞きたくない!
思わず、耳を塞ごうとした
…
瞬きの間に、彼女は一足飛びに私の腕を掴んだ。狐の面が、目の前にある。首を大人たちの方へ向ければ、ごく近くにいた師範がこちらに手を伸ばしていた。けれどセアミンはやはりお構いなしに、真っ直ぐにこちらを見続けている。
「逃げよう」
囁かれ、そしてぐいと引っ張られ、抵抗できない。体に力が入らない。あぁ、でも。
今はこのまま、攫われてしまいたい。
今すぐ、ここから
…
大人たちから、逃げたい。
そんな願いすらも見透かされているかのように、彼女は私を抱きしめて、そして不可思議な感覚に襲われる。まるで一晩踊り明かした時の浮遊感にも似た抱擁に、なすがまま。
「まっ
…
待てっ! どこに行く!
…
フゥリ、フゥリ!」
聞こえたのは、師範の声だけだった。
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