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河童の皿箱
2025-04-02 09:09:12
10835文字
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旧作
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御巫舞踊部類分
セアミンとフゥリのお話
1
2
3
4
気がつけば、そこは森の奥にある、小さな泉。何が起きたのか未だに理解しきれていないが、今の私には、それらは些事に過ぎなかった。
胸が痛む。息がしづらい。それだけじゃない。まるで全身が鉛になってしまったかのように、どうしても体を動かす気になれなかった。このまま修練場に戻って、大人たちに顔を合わせる気には、なれなかった。
泉のほとりで動けない私の隣に、セアミンが座る。ただ何かをしゃべるでもなく。
「
…
ねえ、セアミン。どうして、私の舞を真似たの」
「
……
」
「どうして、わざと完璧に踊らなかったの」
「
……
」
「黙ってないで答えてよ」
私の居場所を奪いたかったから。私の唯一の舞すら無くしてしまいたかったから。嫌な回答が、頭の中で何度も繰り返される。恐ろしくてたまらない。それでも、彼女の真意が知りたかった。
彼女が、息を整えるのが聞こえた。
「変だったから」
「え?」
「御珠の大人たちは、変な人が多い」
「
…
御珠の?」
「うん」
「どこが?」
「誰も完璧な形、わかってない。でも、誰もが完璧を求めてる」
「
……
」
「フゥリは妖狐を宿して、過去を再現するには完璧な素質を持っていた。でも、誰も肝心のフゥリの舞を見ていない。だから、見知らぬ狐が舞ったのは貴女の舞だと、気付けなかった」
「
……
そう、だね」
「多分、気付けたのは、フゥリと師範だけ。でも、力を持つ人がいたから、何も言えなかった」
「
……
うん」
「師範、最後まで追ってきてた。あの人はちゃんと、フゥリを見てた」
「
……
。そう」
「うん」
セアミンの指摘は、私の恐ろしい想像からはかけ離れていて、私が今まで押し殺してきた言葉や気持ち、それらを肯定するものだった。それを認めて仕舞えば、私の舞う意味はなくなる。そう思っていたはずなのに、今はそれに縋っていたかった。肯定してしまえば、涙が止まらなくなると思っていた。なのに、何故か涙が流れるどころか、安堵すら覚えた。
思い返せば、もう師範から指摘を受けることはなかった。私を叩いてまで矯正を求めたのは、決まって偉い人たち
…
私が生まれた分家の縁の者が多かった。師範には、稽古を抜け出してしまったこと、後でちゃんと謝らないと。
…
あぁ、私は、心の奥底だとずっと理不尽だ、って思っていたんだ。
ずっと求めていたんだ。味方が欲しい、って。
セアミンの言葉は、自分でも驚くほど冷静に受け入れられた。かっと熱くなった頭が、足を浸した泉の水の冷たさに癒されていく。
…
すると、突然、セアミンは頭を下げた。
「フゥリ。貴女の舞を勝手に舞って、ごめんなさい」
「ううん、いいの。
…
それより、あなたがあれだけそのまま舞えるだなんて。びっくりしちゃった」
自分の口から出たのは、嘘偽りのない思い。先に浮かんだ不完全は、幻だったと知ったから。
…
目指していたはずの完璧がどこにあるのか、わからなくなってしまったけれど。
「ねえ、セアミン」
「ん」
「私、あなたのことを、知りたい。
…
だって、無口だし、んー
…
ぼんやりしてて、よくわからないし?」
「
…
よく言われる」
「だと思った」
「むぅ」
彼女は、わずかに頬を膨らませた。案外、子供っぽいのかな。
と、彼女はスッと立ち上がった。袖からひとつ、扇子を取り出して、ひらり、ひらりと、緩やかに舞う。
「セアミンは、能楽師」
「それは前も言ってたじゃない」
「正確には、Noh」
「ええと
…
?」
「P.U.N.K.
…
んー、伝統を受け継いで、新たな表現に昇華する
…
団体、の、1人」
「伝統を、新しい表現に?」
「御珠家みたいな演目を、御鏡家みたいにいろんな手段で、御剣家みたいに派手にやる。浮世絵師と、雅楽師と、人形師
…
と、能楽師で」
「結構仲間いる
…
ってことは、踊るだけじゃないのね。んー
…
あなたが能楽師にしてはハイカラなのはわかるわ」
「ん、それで十分。手を加えた伝統に抵抗のある人は多い。P.U.N.K.への批判もよくある。こんなの能じゃない、とか、洒落臭い、って」
「それは
…
ここでもある、かも」
「けど、見てもらう人のいなくなった芸能は、徐々に廃れるだけ。人々に忘れられるたびに、伝統も失われていく」
「
…
うん」
ふと、思い出した。大人たちが会議で決めた不要な演目を、火で燃やしている光景を。その中には、幼い頃から好きだった舞もあった。
…
あれは、どうやって踊るんだったっけ。
「P.U.N.K.は、新しいのを取り入れて作るだけじゃなく、古いのも探して、今と先に繋ぐ。それで誰か1人でもその演目を好きになって、心に置いてくれたら、万々歳」
「
……
」
「時々、勘違いされる。伝統芸能が嫌いなのか。それには、こう答えてる。好きじゃなかったら、やってない」
「好きだから
…
」
「伝統が好き。でも、伝統に拘って立ち止まっている間にも、世界は変化していく。伝統も、変化できる。だから、P.U.N.K.は変化を選んだ。それを進化と言う人もいれば、破壊と言う人もいる」
もう何度も見た、緩やかな基礎練習。それは、変化のための礎。はるか昔から受け継いできた、芸能の基礎。
…
彼女はきっと、完成したものだけではなく、新しく生まれ磨かれゆく芸すらも尊んでいる。
彼女の価値観は、さすがは外からやってきた人、というべきか。この御珠家では認められない価値観であった。
「伝統も伝統になる前は、そうした変化を少なからず受け入れている。迷わし鳥も、迷わし鳥になる前があるはず」
「それは
…
考えたこと、なかった」
「セアミンは、そんなP.U.N.K.の能楽師。伝統の舞も、新しい舞も好き。だから、この里に来た。
…
そこで出会えた、フゥリの舞も好きになったし、頑張ってるフゥリも好きになった」
「そ、そ
…
そんなに真っ直ぐ言われると、ちょっと
…
恥ずかしい」
「本当。だから、フゥリにかけられた『完璧』の呪いを、解きたかった」
呪い。ああ、そうか。あれは、呪い
…
だったのかもしれない。
「色は些細な影響で正しく伝わらない。音も、表情も同じ。何より、それらの受け皿、人の心、感性は常に移ろう。楽しい時、悲しい時、怒っている時
…
全部、変わる。完璧は、毎日
…
ううん、もっと短い時間で変わる。『完璧じゃない』なんて、『気に食わない』と同じくらい、無意味な拒否」
彼女の価値観は、御珠の価値観をバッサリと切り捨てた。つくづく、外の世界の中で形成された彼女と、閉鎖的で外との交流を持たないこことは正反対なのだと実感する。
…
外の踊りは、どれだけ自由なんだろう。
パチリ。扇子が閉じられる。あの妖狐の姿と同じように、こちらをただ真っ直ぐ見る。
「聞かせて。フゥリの完璧は何処にある?」
「え
……
」
「P.U.N.K.の完璧は
…
自己満足と、見てくれたお客さんが満足したかどうか。両方が一定の水準に達すれば、それが完璧。P.U.N.K.は、そのために頑張れる。でも、フゥリの完璧は、フゥリの何処にあるのか。それがずっとわからない。フゥリは、なんのために頑張ってるの?」
問われ、回想する。だって、今まで大人たちの評価以外に、考えたことなかったから。いつからだったかな。自分の舞を、自分で評価しなくなったのは。
「私が頑張るのは
…
オオヒメ様に認められるため。
…
でも、オオヒメ様に見てもらえるまでは、大人たちが満足するかどうか、かな。もっとも、満足したこと、ないけど」
「
……
そう」
低い声。間違えた回答をしてしまっただろうか。
…
嫌われたくないなぁ、なんて思っていたら、扇子が仕舞われる。
「フゥリ。お願いがある」
「う、うん?」
「今ここで、フゥリと一緒に踊りたい」
「えっ
…
そ、そんなのやったことない
…
から、できない
…
よ」
「大丈夫」
彼女に手を取られ、つい立ち上がってしまう。
「でも、でも
…
舞のイメージもできない。踊れない
…
」
「なら、テーマは鬼退治」
セアミンは、手を離して、少しだけこちらに背を向けて離れ
…
そして振り向いた時には、まさに鬼の形相。手には鋭い爪がやはり幻のように浮かび上がり
…
いつか見た屏風の中の世界にいたような恐ろしい鬼が、そこにはいた。
「フゥリは鬼に泉へ攫われた。ここで鬼に抵抗しないと、フゥリは死んでしまう。だから、フゥリは鬼を退治する。迷わし鳥でも、どんな舞でもいい。フゥリの思うままの舞を、見せて」
私が言葉を絞り出そうとするよりも早く、鬼の足が鳴り、爪が迫る。あぁ、彼女は、本気だ。このままでは、ダメだ。
踊らないと。
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