ゑ/圓堂
2025-03-27 00:30:20
6967文字
Public 月詠サーバー(満月本丸)
 

【刀剣乱舞】笹さに♂Twitterログ02【笹貫×創作男審神者】

Twitterに文庫ページメーカーで上げた小話まとめ笹みち編。2024年に上げたものをまとめました。
姫鶴福島笹貫刀帳NOデー記念小話『秘密よりも甘い明日のために』
3/22みちさん誕生日小話『TIPSY LIPS』
センチメンタルお月見小話『BLUESY MOON』
ポッキープリッツの日小話『満月本丸、11月11日の昼下がり。』
の四本立てです。
『秘密よりも甘い明日のために』だけみちさん不在で刀剣男士のみのお話となってます。


【BLUESY MOON】

ひたひたと夜が満ちる本丸の庭を、あてもなく彷徨う。時刻はもう深夜にさしかかろうとしていて、まずもってそんな時間まで自分が起きている——それが珍しい。僕の足元から生まれる砂を踏む音と、虫の音と名も知らぬ鳥の鳴き声。風もなく、まるでこの空間そのものが停止しているかのような世界が、それでも澄んだ空気を保っている。宵闇の青は深く、果てがない。まるで見知らぬ異界に迷い込んだような心持ちにさえなる。
それでも僕が自室に戻らぬ理由は、厳密には無い。今宵、秋の夜長と洒落こんで、近侍の歌仙兼定主催による月見の会が催され、平時よりも生活習慣の諸々が後倒しになったというのがきっかけのひとつとは言えるだろう。しかし催しは今回が初めてのものではないし、例年は終わればすぐに眠ってしまうのだ。風呂も済み、すっかり寝支度の整った身なりでわざわざ外に出るなんてことは、ただの一度だって無かった。
静謐な群青の世界は、かと言って闇に沈んでいるわけではない。僕は空を仰ぐ。青みのかかった、まだ若い檸檬のような月がぽっかりと浮かんでいる。褪めた光は、景観の色彩を損ねることなく、影の濃淡のみでこの世界を描き出している。
どことなく空恐ろしいような、しかし心を奪われるような、危うい美しさに心を惹かれている——そんな自覚があった。



やがて僕は、自室のある母屋から少し離れた位置にある庭池のほとりへと辿り着いた。僕が審神者として本丸に就任した時からあったもので、鑑賞用の鯉や金魚が放されている。まるで墨を流し込んだかのように黒黒とした水面は、ひとつのゆらぎも見受けられない。やはり夜になると魚達も眠りに就くのだろうか——僕は漠然と考える。生物学は専門ではないからよく解らない。

——みちさん?」

群青の闇を震わせて届いた声に、僕は飛び上がりそうになった。意思疎通の出来る存在がこの場に居るなどと、想像すらしていなかったのだ。おまけに、声の主はこの本丸の誰とも間違えようがなく、だからこそ、僕の心臓はより煩くいつまでも跳ね回った。

「笹貫——どうしたの、こんな時間に」

声の震源に近寄り、目を凝らす。本丸の敷地内に植えられた木々の影で黒く塗り潰された空間の中に、かつて刀剣男士達と作った木のベンチがぼやぼやと霞んで見える。そこに笹貫はひとりで腰掛けていた。彼もまた寝間着の浴衣姿で、背もたれに深めに背を預け、長い脚を優雅に組んでいるのが、彼の正面に辿り着く頃になってやっと判った。
笹貫は僕の接近を待ってから、ゆるりと身体の位置をずらして「どうぞこちらへ」とでも言わんばかりに自らの隣へと手を差し伸べた。言葉は無いが、有無を言わさぬ圧のようなものを感じて、僕は素直にそれに従った。とはいえ、初めからそうするつもりではあったから、少々語弊はあるのだが。

「眠れなかったの?」
「そういうんじゃないけど、何となく、って感じ?みちさんこそ珍しいね」
「はは、僕もまさにそんな感じだなぁ。何だか散歩したくなる夜なんだろうね、今夜は。月が綺麗だからかなぁ」

空っぽの頭で、僕はそんな適当で当たり障りのない言葉を並べたてる。他者とのコミュニケーションにおいて、体裁よく人当たりのいい己を演出するようなこの仕草を、僕は自分自身で嫌っていたのだが、笹貫に対してのそれは今までとは違うのだということに、少しずつ気付き始めている。笹貫の前では、多分僕は本当に何も考えていない。偶に自分でも知らなかったような『ありのまま』さえ出てくる始末だ。

——呼ばれた、ってヤツ」
「え、」
「だったりして」

いやに意味深長な笹貫の発言に、僕は天空へと向けていた眼を笹貫の顔へと転じる。しかしその頃にはもうその言葉が戯言と化していた。言ってみただけ——というものなのだろう。彼がそのような言動を取る性格だということは、短いながらも濃い付き合いの上で承知している。

「君が言うと何だか洒落にならないよ」
「流石にアレは、遠すぎて解らない」

お互いの口から零れるのは吹けば飛ぶような軽口ばかりで、台詞には一笑が含まれている。心地好くて、くすぐったい——すぐ傍で肩を並べているはずなのに、そんな距離すらもどかしいような、そんな気持ちに僕はなった。

さざめきのような微かな笑い声の後、会話が途絶える。僕たちが口を閉ざすと、途端に再び世界は静止した。緩く冷えた風がうっすらと空気を押し流して、影絵のような木々の葉をほんの微かに揺らしている。ひそひそ囁くようなその音と、鈴のようだったり機械の駆動のようだったりに似た虫の音だけが、その静止画に充てられている。
僕は夜空や景色を彷徨っていた視線を、再び笹貫へと密かに投じた。深い青色に沈む彼の顔は、淡い檸檬色の光に照らされて、その美しい宝石のような瞳が一層鮮やかに輝いている。
僕の脳裏に、いつかの夜の光景がフラッシュバックした。彼の霊力が安定せず、夢遊病のごとく徘徊を繰り返していたあの頃――つい数か月前のことだが、もう随分と遠い昔のように思える。ある夜に彼に付き添って、こんな風に肩を並べて縁側に腰掛け、抜け殻の瞳を漠然と夜空に向けていた笹貫の横顔を、今と同じように僕は見上げていた。
あの夜の彼と、今の彼を重ねて、僕は何故だか無性に泣き出したくなるような衝動に駆られた。

僕はままならぬ心を振り解くように正面へと向き直った。
群青の帳と立ち並ぶシルエットの合間に差し込むように、柔らかな光の粒子がたなびいている。
まるで深海の底にふたり沈んで、手の届かぬ外界の光を見上げているかのような、そんな錯覚に僕はたちまち溺れる。

彼とふたりきりならば、それも悪くないかもしれない——僕は空恐ろしくも不可思議な安らぎを覚えて、そっと瞼を伏せた。