【花攫い】人外×人間詰め合わせ【其の弐】

Xでお見かけした素敵設定に多大なるインスピレーションを受けております。
ジャンル別人外×人間で統一、ノリと勢いでどうぞ。
※クロスオーバーものでは御座いません※
皐月 藤→訳アリ心霊マンション・サリ東
水無月 紫陽花→夜廻・よまこと
文月 睡蓮→ダークギャザリング・あしゅやよ
葉月 向日葵→怪異と乙女と神隠し・化菫

次の季節→ https://privatter.me/page/67d7f70158046
前の季節→ https://privatter.me/page/67d2afff6f439

【化菫】「すまん先約がいる」

8月 向日葵 攫われる人→緒川菫子



今日日見渡す限りの真夏の象徴たる畑のど真ん中で目が覚めるのも中々乙なものである。
己自身の身長よりも幾許か高い向日葵たちと顔を合わせ思案に耽る緒川菫子は無意識に軽く握った手を口元に寄せた。
記憶の糸を順繰りたぐり寄せれば何か途轍もなく腹が立った出来事を大人のみ使用可能な手段で上書きすべく、やや調子に乗ってそこそこ安い発泡酒をちゃんぽんしたくらいしか思い出せない。
「──明晰夢」
最近とんと見ていなかった久方振りの再会と同時に見るも無残な自室や自分の姿を思い浮かべる前に手で払い除けた。元々散らかし放題散らかっているのを気にしない性分だが、起床後するであろう後片付けにがっくりと肩を落とした。そんな菫子を見下ろす向日葵の顔が次々に「大丈夫そ?」と覗き込む光景に彼女はただ乾いた笑い声を零して誤魔化した。
「しかし、夢だと分かったところで如何起きようか」
どこからともなく吹く微風が背高のっぽの向日葵を揺らし、顔横から垂れている菫子の髪をもてあそぶ。鼻腔を擽る青臭い植物の匂いにつられ空を仰げば眩い太陽の輝きに目を眇めた。
「実に夏真っ盛りだ」
手庇を作り呟く菫子にまた風が向日葵畑を駆け回り「そうでしょ」と胸を張って笑い掛ける。
さながら小さな子供が褒められた嬉しさで大人の周りをぐるぐる回っているような光景がなんとも微笑ましい。
しかし、自分をこの向日葵畑に招待した相手は、もしかしたら本当に子供なのかもしれない。
「(試してみるか)」
突如脳裏を過る向日葵油を取るため、枯れた向日葵の茎と花の根元を切り落とす作業に勤しむ農家の姿。鈍色の光る鉈の切れ味の良さをしみじみ思い出していると不意に影が差し周囲が暗くなった。
「うおっ」
菫子を見下ろしている顔をそのままに、ぐんぐん空に向かって伸びていく向日葵たちに彼女の肩がびくりと跳ねる。
「頭の中で思い描いただけでも駄目なのかっ?! すまない、悪戯に怯えさせてしまった。ほら、私は丸腰だ。君たちに危害を加える気は毛頭ない」
両手を顔の横にまで挙げ攻撃する意思が毛ほども無いのを訴える。ハンズアップしている菫子に向日葵たちは顔を見合わせ「ホント?」と猜疑心に満ちた視線を彼女にやった。
二つ返事に合わせ頷く菫子に向日葵たちは静々と背を縮め再び彼女よりやや高い身長に戻った。無論、そんな様子に菫子は極力表情及び心情が表に出ないよう努めた上で「素直だ」と胸中独り言ちた。
それが些か遺憾の意だったようで風に合わせて揺れる向日葵に一本が彼女の後頭部を軽く撫でるように叩き、然程痛くない衝撃に菫子はわざとらしく痛がる素振りをしながら振り返り明るく笑った。

「さて、そろそろお暇させてもらおう」
年甲斐もなく向日葵畑の中で見えない風と追いかけっこに興じている間、太陽の位置が全く動く気配がなく疲労すら感じない体に菫子が不気味とまではいかなくとも少々不思議と違和感の狭間にいることは確かだった。
滞在時間はざっと見積もって数十分は経っている。ただそれは菫子の体感時間ゆえ本当はもっと経っているかそこまで経っていないか、はたまたドンピシャか──、そのどれでもないのか。
刹那、あれだけ真昼の晴天を誇っていた空が夜の帳を下ろした。
足元から這い上がる口の減らないバイト友人と散々味わった気配に菫子の口角が無意識につり上がる。機嫌を損ねた子供は何をしでかすか分からない。もっとも手合いが人ならざるモノであれば尚の事、心するしかない。
産毛にしては硬いとげとげしい毛が生えた太い茎が薄っすら汗を掻いている菫子の喉を皮切りに彼女に巻き付き始めた。腕、足、腰と青々しい蛇が肉付きのいい体に巻き付き締め上げ。

『ずっと此処にいて』

と、駄々を捏ねる。
声なき声に宿る寂寞が菫子の瞳に憐憫の色を宿らせる。彼女の優しくて愚かな気配を察して俄かに色めき立つ向日葵たちを深く長い息ひとつ吐き、ゆっくり瞬いた菫子は突き放すような鋭い目で向日葵を射抜いた。
「私がずっと此処にいることは出来ない」
加減が無くなった荒縄が恵体をきつく縛り上げるタイミングを窺っていたとしか思えない見慣れた筋の張った男らしい手が菫子の頬を撫で彼女の腰を抱き寄せる。
菫子の体を覆うべく突如現れた黒紫の靄に向日葵たちが次々に金切り声を上げ彼女を取り戻さんと茎を伸ばすも悉く弾かれてしまった。
未練がましく追い縋る向日葵を朦朧とする意識の中、ひと撫でした菫子が柔和に微笑み告げる。
「此処にはいられんが、君が私のとこに来てくれ」
待ってる。その一言最後に目を閉じ開けた菫子の視界に代わり映えのしない天井が映り込む。
寝惚け眼をしぱしぱさせ気怠い体を捩れば壁にしてはやたら弾力のある何かにぶつかり、その正体を知るべく首を捻れば通常閉じている目を開け「寝穢い貴女もまたいいですね」と云わんばかりの黒い目とかち合った。
あ゛あ~……
「酒焼けした声だ」
今更羞恥だ恥辱だと騒ぐ仲ではない。されどアルコール臭いと文句を言いつつ接吻するのは如何なものか。
……君は吹っ切れれば存外重い男なんだな」
口端から垂れた涎を親指の腹で拭う化野を眠気が勝る目で菫子が睨めば、それはそれは綺麗な黒い三日月が彼女を見下ろし酒を一滴も口にしていないのにもかかわらず酒焼けした声以上に掠れた声音で囁き。

「僕の忌み名を知らないあなたではないでしょう?」

化野は何処か期待している菫子を恍惚に染まった目で捉え、彼女の皮膚に残された巻き付かれた痕を上書きするように唇と舌を這わせ──、数時間後花屋で向日葵を購入して部屋に飾る菫子に抗議をくどくどしたのだった。