【花攫い】人外×人間詰め合わせ【其の弐】

Xでお見かけした素敵設定に多大なるインスピレーションを受けております。
ジャンル別人外×人間で統一、ノリと勢いでどうぞ。
※クロスオーバーものでは御座いません※
皐月 藤→訳アリ心霊マンション・サリ東
水無月 紫陽花→夜廻・よまこと
文月 睡蓮→ダークギャザリング・あしゅやよ
葉月 向日葵→怪異と乙女と神隠し・化菫

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【サリ東】残光

5月 藤 攫われる人→(ツレ)サリーさん



どこからともなく吹く風に靡いた紫の帳が噎せ返るような品のいい甘い香りと小さな花びらの歌声をまき散らす。暗がりに淡く光る紫苑を何んとなしに見上げ、思い出らしい思い出がない身ながら懐かしむ。

──紛い物の記憶だってのに?

甲高くしわ枯れた不快な頭痛を伴う男女の混合声。
爽やかな芳香とは正反対の鬱屈した感情が灯り視線を無数の散った花びらに落とした。
不規則に乱れる息遣い揺らぐ視界に引っ張られ上手く立っていられない足元が覚束なく彷徨う。

──どうやったって本物にはなれないのに

聞きたくない言葉(現実)から逃げたくてあてもなく藤の海をかき分け泳ぐ。
風に吹かれ擦れあう藤の花弁が逃げ惑う背中を嘲笑い、人々の噂から生まれた怪異にあるまじき自分に注がれる声に怯え恐れる感情に足を止めた。
寄せ集めで継ぎ接ぎだらけの顔を手で覆い隠し、指の隙間から零れ落ちる震え嗚咽するか細い悲鳴を藤の花が嘲笑う。

何のために生まれて存在しているのか。
この世に生を受けたとき、そこに自我や意思などという高尚なものはあっただろうか。
憧憬と羨望が綯い交ぜになった赤子が昏い底で産声を上げ祝福されたことなぞあっただろうか。
気が付けば其処に居た。此処が何処かも分からない場所に閉じ込められ彷徨い歩くしかない一方的な状況を突き付けられている今のように、自分の出生はあまりにも理不尽でこの世にとって不必要なものだ。



「おっ いたいた」

至って何てことない普通過ぎる声を辿り顔を覆っていた手を退かした。
果たして其処にいたのは、自分を形成する大元になったオリジナル──東雲薫が緊張感皆無でサンダルをからころ響かせていた。
「探したぜサリーさん」
「探シた?」
疑問形で言葉を返すツレサリに東雲はあからさまに眉間に浅い谷を作った。
「バイト先のスーパーから連絡が入ったんだよ。時間になっても来ないって」
「ア、アア
「無断欠勤は良くないぜぇ? 不慮の事故や不測の事態じゃしゃーねえっけどさ」
「ハイ
正論も正論。加え自分に非がある事実にツレサリの声が申し訳なさで萎む。
傍から見ても意気消沈しているツレサリに東雲が後頭部をくしゃり掻き目を逸らしつつ口を開けた。
「今の仕事が合わないってんなら他にいくらでも紹介する。顔だけは広いからな。……あのさ、最近サリーさんが私ンこと避けてんのとなんか関係あったりする?」
明るい口調から真剣な声音にシフトすればツレサリの肩がビクついたのを東雲は見逃さなかった。
やおら風に遊ばれひそひそ話す藤の花にかき消される「そっか」の呟きをツレサリが視界端で捉え、伏せられた睫毛から覗く諦めを含む切ない眼差しに胸が痛み何か言いたくても言葉が喉奥に引っかかって何も出て来なかった。
「顔馴染みの引越し業者紹介するのは追々。とにかくこっから出んぞ」
……ンンっ? 大家、私引っ越すのカ?」
「え? 違うん?」
先程まで全然出て来なかった言葉がするり出たついでにツレサリが首を傾げれば鏡合わせのごとく東雲も首を傾げた。
慌てふためく東雲が忙しなく無意味に手を動かし問い掛ける。
「だってだってよ、サリーさん私の傍にいて不幸なことが立て続けに起きてそれに嫌気が差して」
「どうなったらソウなる? 私は──、自分が大家ノ偽者なのが……
東雲のとんだ勘違いに言葉を遮ったものの、胸の中でモヤモヤした感情を言語化するのにしばし躊躇い結局最後まで言い切れなかった。
ぎゅっと下唇を噛み締め拳を握り締めた。途中までとはいえ口に出してしまったことにツレサリの心に澱が降り積もり。

「は? サリーさんが私の偽者? サリーさんはサリーさんっしょ」

たちまち吹き飛ばしていった。
心底不思議だと云わんばかりな素っ頓狂な声に違わない顎下に添え云々唸る東雲にツレサリの目がぱちくりと瞬く。言い澱んでいた続きを「だって私はお前のウワサを基に生まレ」たどたどしく紡いだところで腕を組み右足に置いていた重心を左足に移動させながら東雲がやや呆れ混じりに言い放つ。
「私の噂が混じっててもサリーさんには変わらないじゃん。つか私の偽者っての? その定義ってなに? それが分かったところでなんかあんの?」
ナイ」
「っし。んじゃ、変わらず東雲マンションに居てくれて私に家賃を払ってくれるってのでいいな?」
養ってくれるんだろ。いたずらっ子のみたいに笑う東雲にツレサリは上目遣いで頷き、固く握っていた手を引く東雲の手の頼りたくなる力強さに目元と口元を緩ませた。
「帰んぞー」
戦慄いていた手を広げ東雲の手を掴み直せば、何てことないように掴んでくれる感触にツレサリがはにかみ──彼女が照れるのを見越して指を互い違いに絡ませ握った。
案の定恥ずかしいらしく薄っすら紅潮し始めジト目で睨む東雲にツレサリは涼しげな顔で。
「迷子にナる」
と、宣えば口元をもにょもにょ波打たせたあと、諦めと呆れが入り混じった面持ちで東雲がツレサリの手を握り返し。
「迷子になるんなら放しちゃ駄目だな」
と、快活のいい顔で笑ったのだった。