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mishiadd
2025-02-26 22:49:14
18424文字
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わたしの戦争
【カルデア軸】生前の宮本伊織は「極悪非道の悪人だった」という定説が広まる中で、「本当の彼」を知るただひとりとなってしまったヤマトタケルの話。ハッピーエンドです
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2
3
4
二、
何かがおかしい
――
と気付いたのは、それから一週間程経ってからのことだった。
周回に用立てられてひとりで向かった帰りのことだった。このままイオリを誘って食堂にでも行こうか
――
と考えていたとき、たまたま廊下ですれ違った特に面識のないサーヴァントに声を掛けられた。
「あの、あなた。
あの話
を聞きましたよ。
……
随分、大変な苦労をなさったと」
「『あの話』?
……
きみは一体誰だ」
なにひとつ話の見えないままに立ち止まる。「申し遅れました」と言って軽く膝を折って名乗った真名には聞き覚えがなく、覚えられもしなかった。
「わたくしも以前喚び出された聖杯戦争で大変な目に遭いましたの。
お互いにマスター運が悪いと損ですわね
。ここのマスターは少なくとも道徳に問題はなくてなによりですけど」
「
――
何?」
「『正義のために壊す』などと言って善良なあなたを騙してまんまと
聖杯
うつわ
を手に入れて、最後の最後であなたを裏切り
殺人鬼
の本性を現して世界を転覆しようと企てたマスターについていたとお聞きしましたのよ。
その邪悪な野望をあなたがすんでのところで食い止めたのだとも。
――
あのあなたの
元マスター
、今でこそ随分腑抜けたようにされてますけど、本当に恐ろしい人ですわね。
……
まあ、その手の輩はここでは大して珍しくないですけど」
縦ロールの髪を手で払いながら言った彼女に、反射的には掴みかかることもできず呆然とする。
――
咄嗟に怒りを覚えることもできなかった。彼女は、一体
誰の話をしている
?
血の気の引いた
――
ひどく冷たくなった手で、彼女の肩に手を掛ける。「
……
その話、一体誰から聞いたのだ?」と尋ねる。
「え?
……
あら、どなただったかしら。確か、別のサーヴァントの方から聞きましたのよ。その方も、以前どこかの聖杯戦争であなたのように
最低なマスター
のせいで大変な苦労をされたんですって。その方ご自身も別のどなたかからあなたのことを聞いたとかで
――
皆、あなたに同情してましてよ」
「『皆』
……
?」
「ええ、もう皆さん御存じですのよ、あなたとあの
――
元マスター
の話は」
「元マスター」と発音した彼女の口調に、露骨に嫌悪感が滲む。
――
『皆』? 皆って誰だ。
「本当にご立派ですわ、あなた」と私の蒼褪めた顔色にも気付かない様子の彼女が続けた。
「わたくしだったら、わたくしをそんな目に遭わせたマスターがサーヴァントとしてここに召喚されてきたとしても、絶対に関わり合いになどなりたくないですもの。
――
御自分の嫌悪感を押してまで、あの男を
見張っている
のですわね。今は記憶をなくしているといっても、いつまたその悪辣な本性が甦るかわかったものではない。あなたは自分が仕留めた邪竜の責任を最後まで持とうとしている。
……
本当にご立派ですわ、
日本
ジャポン
の方にも騎士道精神がおありですのね」
言うだけ言い、「では」とドレスの裾を持ち上げて会釈をし、去っていく。
ただ呆然と彼女の後姿を眺めていると、「おお、噂をすれば」という陽気な男の声がして、振り返る。
――
見覚えのない異郷のサーヴァントたちだった。
「『ヤマトタケル』殿。
――
皆、貴公の話題で持ちきりですよ。このような
英雄譚
を今の今まで黙っていたなんて、日本の方は奥ゆかしいのかな」
「確かに。これが『ヤマトタケル』殿ではなく貴公であれば、カルデアに召喚されたその日に聞かれてもいないのに出逢う人すべてに言いふらしているでしょうね、御自分で」
「ハッハッハ」などと笑い合っている彼らに、「『英雄譚』?」と訊き返す。「またまた御謙遜を」と笑顔で言われた。
「貴公との約定を破り不当に聖杯をせしめた貴公の
元マスター
が、それを使って世界を自らの殺戮衝動のための箱庭に変えようと画策したところを、貴公が討ったのでしょう。
いやはや、とんだ
プロットツイスト
どんでんがえし
ではないですか。まさか自分のもっとも近くにいたもっとも信頼すべき人物が、実は
聖人の皮を被った悪魔
、運命の宿敵だったなんて」
「映える英雄譚ですなあ。また貴公の咄嗟の決断の勇敢さも素晴らしい。半端な情に流されず、悪を悪としてきっちり退治する。古今東西、やはり英雄とはかくありたいものです」
「ええ、改心しようのない、手の施しようもない
絶対悪
というものは必ず存在しますから。
……
聞けば、本性を現すまではその『元マスター』、とびぬけて心の優しい好青年のふりをしていたというではありませんか。きっと貴公のことも偽りの優しさで篭絡しようとでもしていたのでしょうが、英霊を舐めてかかったものですね。貴公ほどの人物がかような奸計に騙されるわけがない。所詮は浅はかな悪知恵ですな」
「き、きみたちは」
「さっきから一体なにを
――
」と言いかけたところで、背後から「貴殿」と声を掛けられる。たまたま傍を通りかかったらしいユイだった。
すたすたとこちらに近づいてくるユイの姿を異郷のサーヴァントらも見とめたようで、軽く帽子のつばを指先でつまんで会釈をする。
「『由井正雪』殿。
――
『ヤマトタケル』殿、貴殿にお会いできた興奮でついつい長話を。失敬失敬」
「それでは我々はこれにて」
「ハッハッハ」と笑いながら去っていく男たちを横目に見ながら、ユイが近づいてくる。「ユイ」と声を掛けたが、すっと目を逸らされる。
「
――
ユイ。ユイ。きみは
――
今、カルデアで一体何が起こっているのか知っているのだな?
皆に
――
私の、否、イオリのことを
……
誤解、されている。すべて私のせいだ。私の語りがまずかったのだ。私の話が下手だったのだ。
ユイ。きみはあの日々が
そうでなかった
ことを知っている。イオリが、
そうではなかったこと
を知っている。だから、どうか皆の誤解を」
「私には
否定する材料がない
のだ、古事記に語られし
皇子
みこ
よ」
はた、と口を噤む。ユイを見た。沈痛な面持ちで、彼女は言った。
「きっかけは確かに
――
貴殿の口から出たものなのであろう。貴殿の語り口が
――
恐らくは、
素直過ぎた
のだ。ありのままを
――
誤解を恐れず
に、そっくりそのまま、貴殿は語った。
――
私には、彼らの語る伊織殿を否定する材料がない。多少、
意味合い
ニュアンス
の違いはあれど
――
あの夜に私が垣間見た
望月
は、彼らの言葉とそう遠くはないのだ」
「
……
え?」
愕然と、目の前のユイを見る。沈痛な面持ちのまま顔を背けようとする彼女に、声を荒らげて言った。
「ユイ
――
由井正雪
! 貴様
――
仮にもイオリを信じ同志と認め約定を交わした身でありながら、よくもそのようなことを!」
「知らぬ、と言っているのだ!
――
私は、
貴殿と違って
、
それ以上知ることを許されなかった
!」
私と同等の怒気で返される。唖然として見返すと、ユイはユイではあはあと肩で息をしていた。「
……
すまない」と一度声音を落ち着けたあと、言った。
「私はあの日見た光を、いつまでも真実のものだと信じていたかったよ。
――
だが、あの
望月
は
――
私のそんなささやかでくだらぬ希望を打ち砕くには充分だった。そして私は、それしか知らぬのだ。『
彼
か
の人は私が想っていたような人ではなかった』。
――
私が知ることを許されたのは、ただそれだけ。
『彼』が、
彼自身の真実
を告げたのは、貴殿だけだ。私ではない。そして、『彼』自身が記憶を失っている今となっては
――
」
ユイの銀の髪が揺れる。
「『宮本伊織』という人が
なんであったのか
を知るのは、もはやこの世に貴殿だけなのだ、『ヤマトタケル』。
――
いや、『セイバー』」
それだけを告げると、言葉を失って呆然としている私にただかたちばかりの会釈をし
――
踵を返して、ユイが去っていく。
取り残された私は、ただ
――
その足で、食堂へと向かう。
◆
イオリが私に
彼の思う彼の秘密
を打ち明けてくれるとき、その声は決まっていつもひどく
硬かった
。
すべての感情が抑制されたような、あの凍り付いたような
――
その冷たさが地を這うような、こちらの背筋がつららのように凍てつくような、あの硬い声。その澱みのなさに人ではないような恐ろしさすら孕みながら
――
己の本質を「
そう
」と諦めたような、淡々と押し殺されたその声。
いっそ、だからこそ、
いつも通りの穏やかさ
にすら聞こえる、その声。
あるいはその、ひどく自制された
――
養父の教えという、従うべき道徳という、義妹への愛情という、あるいは友への友情という
――
そのあらゆる正しいものの価値を知りながら、それらすべてに背を向ける「それでも」を求めてしまう己に絶望し、そうであることをやめられない己を悪と見定めて、そうと私に告白をしたその静かな声にこそ。
彼の悲鳴のすべてが、詰まっていたのかもしれない。
善と悪の境界線を超えて、ただ憧れた遥かなる月への慕情を止められない、あの小さな小さな男の子の悲鳴が。
イオリは、果たして知っていたのだろうか。
膝に抱えた私を覗き込んだ自分の顔が、どれほど優しさと慈愛に満ちていたのか知っていたのだろうか。
彼が義妹を見る目が、どれほど柔らかく細められていたか知っていただろうか。困っている人の話を聞くとき、自分がどれほど真剣な顔をしていたか、知っていたのだろうか。
彼は
――
。
『
ライダー
アリア
』が、テイが、カヤが、あるいは
彼のサーヴァント
わたし
が
――
。
彼の小手先の優しさの演技
にまんまと騙されているだけなのだと、ずっと思っていたのだろうか。
イオリは
――
あの『宮本伊織』は、自分が何者であるのか、本当に知っていたのだろうか。
◆
食堂に一歩足を踏み入れると、途端に身に覚えのない歓声が上がった。
「『ヤマトタケル』! ちょうど今、声を掛けにでも行ってみようかと話していたところだったんだよ!」
腕を掴まれて食堂の中央へと引っ張られる。見てみれば、酒癖の悪い職員が集まってくだを巻いているところであるらしかった。その中に先日あの話をしたひとりがいるのを見つけ、「きみ
――
」と声を掛ける。
それ以上私が何かを言える前に、随分出来上がっているらしい彼が赤い顔をしてビアジョッキを掲げて言った。
「ちょうど今もアンタの話をしてたんだよ!
――
古今東西の英雄だらけの職場だから伝説や逸話なんてのは大概今更なんだが、個人の趣味としてアンタの話は特に俺の心に響いてね」
「
……
個人の趣味は知らぬが、私のいないところで私の話をされるのはそれなりに不快だな」
なるべく冷静を保とうと抑えた声で告げたが、泥酔しているらしい彼にはろくに響いていないようだった。
「言っとくが悪口じゃないよ、むしろアンタを褒めてたんだ。血も涙もない
――
冷酷無惨、極悪非道の
――
宮本某
を
――
」
ひっく、としゃっくりを交えて呂律の回らぬままに言う。
「
アンタが仕留めた
。
――
いや、アンタがしっかり
殺してくれてよかった
! いい気味だよ、ざまあないね。いやいや、そこできっちり死んでくれてよかった」
「
――
は?」
頭の中が真っ白になる。水の入った耳で聞くように、ぼわぼわと
――
男の声が遠くでこだましている。
「アンタのおかげだ。アンタの手柄だ、
大手柄だよ
。
――
ほらほら皆々様、ジョッキを拝借。
ラスボスの死
と、勇者の勝利に! 乾杯
――
」
――
今。
今、こいつは
イオリの死を祝ったか
?
視界が真っ赤に染まる。脳裏が、脳髄が灼け付くように燃え上がる。業火のような激情に突き動かされるまま、右手に蛇行剣を顕し
――
。
「セイバー!? 一体何をしている!?
――
殺すな
、
セイバー
!」
急に響いた聞き慣れた声にびくりと体が硬直する。蛇行剣を振りかざしたまま停止した肉体で、ちらり、と目線だけを向けた。
たまたま通りかかったらしいイオリが、食堂の入り口からこちらを見ていた。慌てたように私に駆け寄ってくるのが見える。こちらに手を伸ばしながら、「セイバー、セイバー」と宥めるように私の名を呼ぶ。
「一体何があったのかは知らんが
――
殺すな
、セイバー。
……
ひどい殺気だ、一体なんだこれは」
「
……
イ
……
オリ
……
」
ふうふうと毛を逆立てた猫のような呼吸を繰り返しながら、なんとか振り上げた剣を降ろす。イオリに向き直ると、彼が私の肩や腕をぽんぽんと軽く叩いて検分する。最後に、「一体どうしたというんだ、
おまえらしくもない
」と
記憶のない
彼らしい一言を付け加えた。
一連のことに呆気に取られていたらしい男が、ジョッキを掲げたままあんぐりと口を開けてこちらを見ている。やがて、ぽつりと言った。
「
殺すな
って。
……
アンタがそれ言うんだ? 呆れたな、本当に記憶ないんだな。
――
いや、よかったよ。
今のアンタ
となら仲良くやれそうだ」
「
……
うん
……
?」
意味を掴みかねたらしいイオリが、不思議そうな目を男に向ける。その目の前で再び激昂し、自分でも何を言っているのかわからない叫び声を上げながら私が男に斬りかかろうとするのを、イオリが背後から羽交い絞めにして止めようとするのを体に感じる。真っ赤になった視界の中で、男が怯えた顔をしてこちらを見ているのが見え
――
自分の叫び声が、どこか他人事のように遠くでこだましていた。
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