mishiadd
2025-02-26 22:49:14
18424文字
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わたしの戦争

【カルデア軸】生前の宮本伊織は「極悪非道の悪人だった」という定説が広まる中で、「本当の彼」を知るただひとりとなってしまったヤマトタケルの話。ハッピーエンドです

一、

これもまた私の『舌禍』というものだったのかもしれない。きっと、私の説明が下手だった。

サーヴァントとなったイオリには記憶が欠落している――というのは、彼や私があの江戸を模した特異点でカルデアと出逢った当初からわかっていた問題だった。
カルデアは寛大なところで――それはもしかしたら彼らが機関として抱えるサーヴァントの数に比例する個々の管理の大雑把さに由来するものなのかもしれなかったが――多少記憶が欠落していたところで集団生活に支障がなければ問題視すらしないのだ。良くも悪くもイオリは現状維持のまま放置され、イオリ本人は生来の順応性の高さも手伝ってか、ふわふわと拠りどころのない精神状態にもすっかり慣れた様子で、この生は「そういうものである」として日常生活を送っていた。

だから、私が盈月の儀の日々について話す機会は公式にはなかった。特に呼び出されて事情聴取を受けるようなこともなかった。私が初めてあの日々について直接的に口にしたのは、とある酒の席だった。

私がひとりで食堂で夜食をとっていたところ、たまたま集団でやってきたサーヴァント達がその場で酒席を設けると言い出した。私と同様に食堂内で茶や菓子などを口にして思い思いに過ごしていたサーヴァントたちや職員にも声を掛け、それなりに大所帯の、ゆるやかな宴会となった。

食堂の隅の方に座っていた私の周りにも人懐っこい性質の職員達が数人寄ってきた。私の外見年齢に「飲ませたらまずいのではないか」と危惧するものもあったが、こそこそと話し合ったのち「生前の時代を考えれば問題ないだろう」と酔っ払いらしいこじつけのような結論に達したらしく、結局徳利を持って近寄ってきた。
小さな猪口で日本酒――コメの味がする――をちびちびとやりながら、「そういえば」と尋ねられる。

「アンタがよくつるんでる、あの浪人セイバー。記憶ないんだって?」

酔っ払いらしい無遠慮で不躾な問いに、まだほろ酔い程度で理性の残っている別の職員が肘で小突いて嗜める。「酒の席だ、気にせずともよい」とだけ言い、猪口の底に残っていた酒を呷って空にして、徳利を持った別の職員に差し出した。とくとくと透明な液体が注がれるのを眺めながら、言った。

「うむ。……まあ、今となってはその方がよいかと思っている」
「へえ? ――そりゃまた、どうして」

酒の肴にちょうどいいとばかりに昔話を促される。
このような場で消費されるのは――と思わなくもなかったが、口を開いてしまったのは、私の方も多少なりとも酔っていたのかもしれなかった。あるいは、「その方がよい」と自分に言い聞かせるのを他の誰かにも聞いてもらうことで、傍証を得たかったのか。

くい、と注がれたばかりの酒を呷り、濡れた口許を拭って私は続けた。

「イオリは――宮本伊織は、かつて江戸で行われた盈月の儀における、私のたったひとりのマスターだった」






あるいは、私の話し方が悪かったのかもしれない。私の言葉選びが、私の語り口が。あるいは――この私が口にしてしまった、そのこと自体が。

あの盈月の儀の日々で、あの江戸の日々で、あの長屋で過ごした日々で、私の目を通して見た『彼』のことを――私は、精一杯誠実に、大切に――私がかつて感じた想いもそのままに――語ったつもりだった。
すべてを語り終えた頃、私はひとりで徳利を三本は空けていた。四本目の徳利から猪口に酒が注がれるのを見ながら、『彼』と過ごしたあの遠い日々のことを想い――そして、ふいにこの耳に聞いた。

「ああ、なるほどね。要するに生前のあの人は極悪人だったってことか。――ま、極悪人なんてここには腐るほどいるけどさ」
「犯罪卿とかね。それこそあの人なんか、いっそ記憶なくしたままの方がよかったんじゃないの。まだ御しやすかったんじゃない?」
「それを考えると、その――宮本伊織? も記憶なくしてて正解かもな。これ以上のトラブルメーカーはさしものカルデアでも抱えきれんよ」

「ねーえ」とお互いに頷き合ってからから笑っている。――「ん?」とひどい違和感を覚える。



『極悪人』? 極悪人。――イオリが



「え? ――いや、あの」
「アンタが『記憶ない方がいい』って言うのも無理ないよ。万が一本性を思い出されでもしたら最悪だよ。そんな奴がマスターだったんならアンタもさぞ大変だったろう。ここにはどっかの聖杯戦争でマスターに恵まれなかったサーヴァントもいっぱいいるからさ、そういうのとなら苦労話で話が合うかも」
「アンタが最後にきっちり始末つけてくれて助かったよ。そうじゃなきゃ今頃どうなってたかわからない。この間の特異点どころか、もっと大事になってたかもな」
「ただ『喚び出されたサーヴァント』ってだけの縁なのに、性根の腐ったマスターの尻拭いまでさせられて大変だったね。子は親を選べないって言うけど、サーヴァントも似たようなもんだよね。マスターを選べない――中にはマスターが気に入らなくて寝返ったりするようなサーヴァントもいる中で、アンタは最後までよく付き合ったよ」
外面そとづらはやたらいいくせにそんなろくでもない本性をずっと隠してたなんてな。そんなの『見るからに悪い』よりずっと悪いだろ。――アンタ自身、『善い人だ』って信じてたのにこっぴどく裏切られたようなもんだろ? 気の毒だな」
「そんなのでも一応元マスターだからって、わざわざカルデアここでも律儀に面倒見てやってんのか。アンタ、相当義理堅いんだな」

立派なもんだ、まあ飲んで飲んで、と酒を勧められる。私はといえば、一体何を言われているのか何もわからなかった。
誰かに――イオリと過ごした日々について、何かを言われることが初めてだったので。――誰かに、生前のイオリの在り方について、こんなふうに批判ジャッジされることが初めてだったので。



悪。――悪? 悪だったのだろうか、彼は。



「ま――待ってくれないか。イオリは――イオリは、いわゆる『悪人』とは違うのだ。そんな単純なものではない――
「ふん? ――アンタの話を聞く限り、『世界中の人間を全員斬り殺したい衝動を生涯ずっと隠し持っていて』『そのために善い人のふりをして心にもない甘言で相手の懐に入り込んで』『誰も彼もを斬り殺す機会をずっとつけ狙ってた』んだろう。シンプルに『異常』だよ。アンタが手ずから屠ってやらなきゃ、その――盈月の儀? が仮になかったとしても、遅かれ早かれいずれなんかやらかしてただろうよ」
「そんで、その『誰も彼もを斬り殺す機会』がようやく巡ってきたとばかりに、最後の最後で二人三脚でずっと一緒にやってきたアンタをこっぴどく裏切ったんだ。アンタは相手のことをずっと相棒だと信じてきたのにな。殺しの衝動が抑えられないって本性も恐ろしいが、そうやって自分の欲望のために平気で仲間の信頼を裏切る性根も俺は好かないね」
「アンタ、やったことが『マスター殺し』だからって負い目を感じることはないんだよ。アンタは正しいことをした。善いことをしたんだ。――アタシは出身国が違うから詳しくないんだけど、アンタ、日本ニッポンの古い英雄なんだろ。流石だね」
「やっぱりサーヴァントになってもヒーローはヒーローなんだなあ。世界を混沌に陥れようとするヴィランを倒すんだ」
「ち、違――違う――

私が何かを言える前に――何かを訂正できる前に、持参した徳利がすべて空になったのを見て取って、「いや~いい話を聞いた」と口々に言って席を立とうとする。次の酒の肴を探しに行こうとしているようだった。

「違うのだ、イオリは――イオリは、そうではない」

やっとのことで口にできた言葉も――どこか同情するような、訳知り顔の苦笑いに流されてしまう。

「アンタ、本当に善い人なんだな。――極悪非道の、自分のことを裏切った元マスターのことなんて、そんなふうに必死で庇うことなんてないのに」
「そうそう。……なんだかねえ、アンタが可哀想になるよ。犬に咬まれたとでも思って忘れちゃうのがいいんじゃない?」
「それにしても――記憶がないってだけでアンタの元マスターは随分人畜無害に見えるな。いや、それもそういうふりをしてるだけか? 記憶のない犯罪卿もあんな感じだったもんな」

「油断ならないよね、まったく」とどこか他人事のように笑いながら、今度こそ去っていく。「あ、おい、待て――」と手を伸ばすも、その指先は虚しく宙を掻いた。



酒で鈍っている頭で、呆然とする。――イオリが、『悪人』。……考えたこともなかった。そのようなカテゴリーに、当て嵌めようと考えたことがなかった。
イオリは、イオリだった。善悪などという単純な二元論の中には収まりきらない――収まりきれないからこそ苦しんで、輝き、燃え尽きていった、あの命。――あの、生涯。



――イオリが、悪人?



脳裏に、かつてのイオリの姿が甦る。私と連れ立って江戸の町を歩いて、あれはなんだ、これはなんだとひっきりなしに尋ねる私に、困ったような笑みを浮かべながらもいちいち丁寧に説明してくれた彼。深夜にこっそり彼の刀を勝手に持ち出した私を叱るでもなく、ただ幼い弟の悪戯を微笑ましく思うような目で私を見た彼。――口の減らない、可愛げのないサーヴァントの私を、その命を危機にさらしてまで私の心の奥底まで助けにきてくれた彼。私を膝に抱きかかえて、私が目を覚ましたとき――心からほっとしたように、優しい柔らかな笑みを浮かべて私を見下ろしていた、彼。

――悪人? ……イオリが、『悪人』?



あの夜、あの期に及んですら、私の願いを叶えてやれないことを嘆いた彼が、『悪人』?



ぐ、と吐気のようなものを催したのは、酒のせいではないのかもしれなかった。

食堂のそこここで宴会の盛り上がる中で、たったひとりで席を立つ。ふらふらと覚束ない足どりで――食堂を、出た。






――あるいは、それが一番の間違いだったのかもしれなかった。