山城まつり
2025-02-19 21:49:19
19194文字
Public 【馬子軸スーリニ】レヴリの紅玉
 

【馬子軸スーリニ】レヴリの紅玉#01

続いた!!!!やったあ!!!
ようやく自キャラが出てきます、良かった……ファン作品のままでも良かったけど、自キャラ絡める事が出来て良かった……。

レヴリの紅玉 シリーズ▼
https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=66492

前回▼
【馬子軸スーリニ】レヴリの紅玉 #00【Prologue】 https://privatter.me/page/67b4614601013

前回に引き続き、アスナショウコ様宅【レゾン・デートル】から四宮椿さん、市ノ瀬咲良さん、大河カレンさんをお借りしております。お貸しくださって本当にありがとうございます。

本作は自創作【suicidal/leniency(スーサイダルリニアンスィ)】を「馬子軸」(現代ファンタジー)に落とし込んだ作品です。何度でも言いますが、作者自身、馬子軸に関してど素人中のど素人ですので、間違った解釈などあるかもしれません。本当にすみません。
また、本シリーズは【suicidal/leniency】本編のネタバレを含みますので、「ネタバレNG!」という方は閲覧をお控えください。作者的にはスーリニはネタバレありきの方が面白いと思いますのでネタバレ推進派です────。

スーリニ原作が気になってくださった方におかれましては、以下に本編リンクを載せておきますのでよろしければご覧ください。現在Prologue~Karte03まで読めます。
昨日、Karte01の第6節が誤って第7節を載せていたことに気付きまして、修正しております。すみません……。

▼suicidal/leniency本編
https://novel.daysneo.com/works/3870c9c909042fb07a363f371caeee59.html


それでは、皆様にとって良い時間になりますように。


シメリス中央病院の医局は、洗練されたオフィスのような風貌をしていた。壁の一部がコルクボードに近い材質をしており、そこに所狭しとスケジュールや資料が貼られてある。ごちゃごちゃとした部分さえも「デザイン」と言い切れそうなその配置は、素人目にしても尊敬に値する。お前もちったあ見習え。何やあの微妙な部屋ととっ散らかった居室は。そう思いながら椿を見遣れば、彼女は勧められるまでもなく中央のソファに腰を下ろしていた。その横に大河もちょこんと腰掛ける。おい待てや。礼儀知らずか。
すみません、と彼女達の代わりに俺が頭を下げれば、ルミエールは「大丈夫ですよ!咲良さんもどうぞ」と穏やかに微笑んでいた。うちの厄災共は彼の爪の垢を煎じて1Lほど飲むべきだと率直に思う。


「それで、他の担当者は────」


椿が足を組みながらそう問い掛ける。ルミエールは医局に備え付けられたコーヒーマシンで豆を抽出しながら「もう直ぐ来ると思いますが」と告げた。
時刻は19時に差し掛かろうとしている。彼と同じチームに属する人間だ。恐らくこの莫迦共と比較できないほど常識人なのだろう────


「悪りぃルミエール!遅れた!!」


ばたん、とドアが乱雑に開かれてドクタースクラブの男性が飛び込んでくる。緩やかにカーブを描いたオリーブ色の髪に若草の瞳。片眼鏡を付けていて穏やかな顔面に見合わぬしっかりとした筋肉質な躯体。ルミエールはそんな彼に「オリヴィエさん!」と声を掛けた。……というか、今彼も日本語で飛び込んできたやろ。此処、フランスやなくて日本なんかちゃ


「すみません、夕方オペだったの失念していました……

「いーのいーの、来客も大事だしな。コレ適当にあしらったら俺ローザに引っ叩かれるし。あ、ローザと鈴麗リンリーは入院病棟の食事介護に回ってるから今回は不在だぜ」

「えと、クレマリーさんは……


そうドアの前で会話するルミエール、とオリヴィエ先生……というらしき医師────その内開きのドアが勢いよく開かれる。目の前に居たオリヴィエ先生はドアに激突し、「痛ぇ!!」と悲鳴を上げた。


「すまない、カウンセリングが長引いて遅れた」


────そこに居たのは、膝まで伸びた長く柔らかな白髪にルビーの瞳を持ち、白衣の下に紅いドレスのような独特な服装を纏った女性だった。彼女は横目で俺達の方を見遣り、「待たせているぞ」と自らの仲間達に告げる。
それ以上に、この医局を訪れる存在は居ないようだった。三名の医師は、俺達に会釈をすると向かいのソファに腰掛ける。ルミエールが先程入れたコーヒーを焦りながら取りに行き、ローテーブルに並べる。彼の髪のような、吸い込まれる黒だった。
『コーヒーは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い』とタレーランも言っている。彼の生まれたフランスの民なだけあって、コーヒーの何たるかが分かっているなとぼんやり思う。
白髪の医師が舐めるように俺達を見て、口を開く。その人形のような顔には感情が無く、薄ら寒い不気味さがそこにはあった。


「まさか日本の医師がわざわざ来る事になろうとはな。神秘管理局────そして直属の魔術師兼看護師のローザから話は聞いている。日本でスアサイダル症候群の変死体が出たそうだな」

「話が早くて助かる。フランスでも似た症例が出ている件、スアサイダル症候群が変異した可能性を踏まえて此方に赴いた、という訳だ」

「資料を用意してある。オリヴィエ、」

「待てって、まずは自己紹介が先だろ?信頼関係の構築ってのはめちゃくちゃ大事なんだぜ?あ、俺はオリヴィエな。オリヴィエ・ボーヴォワール。スアサイダル症候群の専門医と、あと本業は脳外科医やってるぜ」

……それもそうだな。申し遅れたが────」

「待て。言わずとも当ててやろう」


椿がいやにいきいきとした声音でそう告げる。初対面の相手にソレをやるのやめろや、と心から思うが、俺がどうこう言ったところでよく分からないが頭のいい理由付けをされて言いくるめられるのが目に見えているのでやめておく。「名前くらいは知っているか」と無表情に告げる白髪の医師に「いや、こいつが当てるっつうのは……」と返すのが、今の俺の関の山だった。


「言うな咲良。そうだな、まずはオリヴィエ、お前だ」

「俺ぇ!?」

「日常的に運動をしているな。主に大胸筋、広背筋、大腿四頭筋……成る程、野球か。自分が行っているというより教えている、だろう。そうだな、子供向けの野球クラブ。他にも水泳やサッカーなども教えている。だが日焼けしている跡がない。夜間に教えている……つまり、夕方から夜のスポーツクラブの監督────いや、スポーツだけではないな。勉強も教えている。ハードな医師の仕事の傍らで教員免許を取得し、空いた時間で入院病棟の子供達に勉学を教える事を悦としている。一つの事を追求し極めるタイプではなくあれこれと手を出したいタイプ。レベルの高い器用貧乏。それは仕事でもそうで、脳神経外科に留まらず心臓血管外科や呼吸器外科などにも手を出している。その過程でルミエールにも指導しているな」

「うげぇ………………


オリヴィエ先生の笑みが引き攣っている。何故この天才は天才なのにこうも莫迦なのか。初対面でプライベートを赤裸々にされて引かない人間なんか居る訳ねぇだろ。そんな彼の姿を見て椿は満足そうに瞳を細め、次いで白髪の医師を視界に映した。まるで獲物に狙いを付ける鷹の眼だ。目の前の彼女は、今から審判を下されるというのに表情一つ変えていない。「処刑」される恐怖が分からないのか、それとも。


「次はお前だ。……そうだな、体の線が細いが決して貧相ではない。頬が痩けている訳でもなく血流が悪い訳でもない。だが先程から胃が空であると鳴いているな。血糖値が下がっている様子もない……となれば『消化が終わった』のではなく『何も口にしていない』という事。食事はあまり摂らないタイプか。摂らない、というより無頓着。自炊はほぼせず売店のパンや乾麺で済ませている。もっと言えば3食きちんと摂取している訳ではないな。栄養失調にはなっていないがリスクは高い。だが筋肉は衰えておらず体幹が強い。運動量は少なめだが、日々の仕事で十分な活動量になっていると見える。スアサイダル症候群の治療方法が外科手術のためお前も外科医なのだろうが……一日に何件もオペをしているようだ。診療科は総合診療科、或いは緊急科────」

……ほう、面白いな。まるで探偵を目の前にしているようだ」


暴かれている対象でない俺が引いているのに、白髪の医師は興味深そうに口角を持ち上げた。腹が立たんのか。赤い女は皆ズレとるんか?そんな俺の思考を代弁するかのように、大河が「えェ~~~!?引かないンですかァ~~~!?」と騒ぎ立てる。


「会った瞬間から人を分析する力に優れている御仁だと認識していた。心の準備をしていれば、驚く事もない。……その頭脳を用いて、今まで数多くの刑事事件の解決に関わっているな。だがその事件解明に至る動機は『真実に至りたい』という強い好奇心。事件を忌む心より自身の頭脳を活動させたいという思いが強く、周囲に理解を得られない事もあるのだろう。大変だな、お前も周りも」

「うわァ~~~~!!!推理し返してますよォ!!!椿と同じレベルで変人で天才の予感~~~~~~!!!」

「口閉ざせや失礼やろ!!……すみません、ええと……


そういえば名前を知らない。椿を縋るように見遣れば、彼女は悪戯に「いくら私の頭脳が天才でも名前までは当てられないぞ」と笑った。コイツ……!!


……クレマリー・ルーヴィルだ。専門は精神科と総合外科」

「精神科、か。成る程……その分析力は推理によるものではなく臨床心理学によるものか。面白い」


緋色の天才は紅色の天才を見て不敵に笑う。会ってはならない存在が邂逅してしまった、そんな警鐘が脳内で木霊する。椿は足を組み替え、ソファに背を預けるとオッドアイを細く笑わせてもう一度「面白い」と言う。クレマリー先生は「良い関係を築ける予感がするな」と瞳を閉じた。


「そうだな……それがお前の計算内なのだろうが、偶には掌で踊ってやっても構わん」

「ほう……?」


椿の意味深な言葉に、思わず俺も眉を顰める。計算内?掌で踊る?何言ってんかちゃ、コイツは。隣でカレンも首を傾げている。それはルミエールも、オリヴィエ先生も同じで。……目の前の二人の天才だけが、その言葉の意味を知っていた。彼女達だけが、お互いを理解していた。


「【さそり座】だろう、お前。……面白い女と対峙出来たものだ。見抜けぬ情報が山ほどある」

……ふ、その言葉をそのまま返そう。流石、此方に近しい存在なだけあるな」

「はは、推理小説を読む趣味でもあるか?それともお前の本能がそれを告げているか」

「精神科医の勘だ。私の勘は外れないぞ」

「面白い!友好な関係を築こうじゃないか────クレマリー・ルーヴィル!」


にこ、と初めてクレマリー先生が瞳を細めた。……何を語り合っていたのか、或いは探り合っていたのか────それは俺達凡人には理解し得ない事だ。ルミエールがおずおずと「そ、それでスアサイダル症候群の話ですが」と話題を元に戻す。
オリヴィエ先生が「だな」とコーヒーを一口飲んでテーブルに置き、右手で小脇に抱えていたタブレット端末を取り出した。


「ホテルのチェックインとかもあるだろ。悪りぃな、なんか引き延ばしちまって」

「いえ……うちの莫迦が話を引き延ばしただけなんで、」

「誰が莫迦だ!!私は医学における万能の天才なのだぞ!?」

「お前が長々推理し出すから時間押してるんやろうが!!!」

「ひゅう。仲いいねぇ~。何?コレ?」


小指を伸ばして見せてくるオリヴィエ先生に「違う!!」という声が綺麗に重なる。大河が隣でぼそりと「だからソレだって勘違いされるンですよォ」と零していたが、それに触れるとまた話が脱線するのでシカトを決め込む。
オリヴィエ先生ははは、と笑うと再びタブレットに視線を落とし、症例が書かれたアプリケーションを立ち上げた。


……スアサイダル症候群の末期患者が自殺で死亡して、その後の司法解剖と全身CTで異常なまでに増殖した腫瘍が見つかったんだよな?」

「あ、え、は、はい……そうです。椿によるとここまで増殖するんはおかしい、と」

「うん、おかしいと俺も思う。スアサイダル症候群は確かに凶悪な病だが、ヒト・ヒト感染しねぇんだよ。《ヴィーヴィル》本体の接触回数イコール腫瘍の転移数って感じ」

……ヴィーヴィル?」


初めて聞く単語だった。オリヴィエ先生はぽかんとしながら「アレ、聞いてない?」と問い掛けてきた。スアサイダル症候群にまつわる単語なのだろうが、この病は欧州の神秘管理局で厳重に秘匿されている。キリスト教信仰の強いこの辺りの地域では「自殺」とは「神が迎えに来る前に生死を決める行為」であり、つまり「神への冒涜」として忌避されている。当たり前だが、彼らは自分で死ぬ事など望んでいない────それにも関わらず強い希死念慮を強制的に芽生えさせるスアサイダル症候群は、宗教的な意味でも恐怖の対象に当たるのだろう。結果としてその幻想種は力を増し……それによって幻想がこれ以上に牙を剥く事を恐れた神秘管理局は存在を秘匿しているのだ。日本に詳しい情報が回ってこないのも仕方がない。
ルミエールが適切な言葉を選びながらゆっくりと答える。


「《スアサイダル症候群》というものは幻想種そのものではなく、《スアサイダル》という個体が引き起こす疾患の事を指します。スアサイダルこそが病をばら撒く本体であり、それとの接触によりこの疾患に感染すると分かっています。それがヒト型をした個体である、というのも患者さん達の意見から推測されますが、特定は出来ていません……。そして、実は────スアサイダル以外にも『体内に腫瘍を形成し精神を蝕む』幻想種が居ると指摘されていて、それらの幻想種をまとめて《ヴィーヴィル》と呼ぶんです」

「他にも居る……?そんなん、」

「それが分かるとパニックを起こすと懸念して神秘管理局は厳重に秘匿している。スアサイダル以外のヴィーヴィルが居る事を知っているのは、現時点でこのシメリス中央病院対ヴィーヴィル専門チーム……通称《VSMT》だけだ」


クレマリー先生がそう告げ、「現段階でスアサイダル以外の感染例はフランス以外で見つかっていないが」と続ける。それが俺達を安心させようとして紡いだ言葉なのは察するが、安心できる筈もない。あんな凶悪な病が何個も何個もあってたまるかちゃ。
オリヴィエ先生が「だよなぁ」と神妙な顔で息を吐きながら、テーブルの上にタブレットを置いて────そこで彼らのポケットから電子音が鳴り響く。一番に音の原因……通信端末を取ったのはクレマリー先生だった。


……クレマリーだ。────スアサイダル症候群感染患者?救命センターか。分かった、直ぐ行く」


緊急オペの要請。
俺は瞬時にそう悟る。フランスでは自殺者が急増しており、その背景にあるのは恐らくスアサイダル症候群。事実として知っていたそれをまざまざと見せつけられる。胸糞悪い。スアサイダルという幻想種が何者なのかは知らないが、まるで死神だ。こんな次々と感染者を増やして何がしたい。人間の理解の範疇を超えたその行動理念に吐き気さえ覚える。
クレマリー先生は努めて冷静に「すまない、離席する」と告げて立ち上がった。


「クレマリーさん、緊急オペなら僕も────」

「いや、ルミエール。お前はオリヴィエと共に彼女達の対応を。こちらの案件もまた重要な職務だ……オペの事は心配するな」

「でも、」

「私が治せると言えば治せるんだ。私は嘘など吐かない。……任せろ」

「クレマリーさん……

「大丈夫だ────必ず助けて戻ってくる」

……分かりました、任せます」

「嗚呼。椿、咲良、カレン……すまないな、あとはオリヴィエとルミエールに聞いてくれ」


彼女は長い髪を一つに束ねると、踵を返して医局から去っていった。沈黙が、辺りを包む────それをはじめに破ったのはオリヴィエ先生で、彼はテーブルの上のタブレットをとんとんと指で叩いた。


……ま、話を戻すけどさ。ヴィーヴィルの解明は俺達の仕事だからなんか分かったら直ぐ神秘管理局……あとそこ直属のエニグマ医学会に報告する。とりあえず今はこっちだよこっち。コレ、前にうちで見た症例」

……この人達は、」

「1・2枚目の患者は処置が間に合わず亡くなってる。でも3枚目は根治した。どこだっけなぁ……あっ、あそこだ。イリュソリア・クリニックに戻って看護師してるぜ。イリュソリア医院はアレだよ、うちと同じで医学会直轄の病院」

「よく見てもいいですか?」

「どーぞ。」


そう断った俺はタブレットを両手で抱えて症例を観察する。患者の名前、生年月日、血液型、身長、体重などの基本情報と、全身のCT画像と手術名がそこにはあった。亡くなった事例────一人目はガスパール・ボネ、男性。二人目はカミーユ・ゴーティエ、女性。そして一命をとりとめたのが、クロエ・シモン女性だった。大河が覗き込んで「うわッ、やっぱり腫瘍だらけですねェ」と呟く。


「東医の一件と全く同じだな。あらゆる臓器────それだけではなく末梢の血管に沿うように生えている鉱物の腫瘍。スアサイダル症候群の症例でこのようになる事はよくあるか?」

「いや、無いな。基本的には一か所。最大でも片手で数えられるくらいにしか増えない。そもそもスアサイダル症候群の腫瘍はリンパや血管を通って転移しねぇんだ。癌みてぇに全身に勝手に広まる事はない。今のところ」

「ふむ……変異した可能性は?」

「捨て切れない。今後この症例が急増したら変異した、って言えるかもな。もしくはスアサイダルと全く別のヴィーヴィルって可能性もある。似た症状だが違う幻想種って事な。どっちも今現在じゃ言い切れねぇ」

「成る程。現段階でお前達から得られる情報はそれだけ、と」


椿は飛行機の中でそうしていたように、両手の指を軽く押し合わせていた。軽く瞳を閉ざすと深く思考を巡らせている。俺はカルテを数度見遣り、共通点がないか探す。シメリス中央病院の通院歴がある患者も居れば、無い患者も居る。職業や年齢もバラバラ。強いて言えば、パリ……それもシメリス医学研究都市に近いところに住んでいるくらい。自宅か近隣で発症して、一番近い此処に運び込まれた……そこに違和感はない。となればこの周辺、パリでのみ変異しているか、それとも────。

ぐぅぅ。

深く思案している俺と椿の隣で、そんな抜けた音が聞こえた。
────大河だった。彼女の、腹の虫が鳴いた音だった。
大河はぺろりと舌を出すと「すいませェん、お腹空いちゃってェ……」とはにかむ。


「もう20時ですしね……続きは明日……とか……あっ、皆さんはいつまでフランスに?」

「余裕を持って1週間は取っているぞ。謎を暴くのに変なタイムリミットがあっては迷惑だからな」

「えと……滞在費とか、大丈夫なんですか?」

「あ、大丈夫ですよォ、私達国の金で来てるンで」

「な……成る程……?」

「そんな事よりお腹空きましたァ、咲良さァん、なんか奢ってくださいよォ」

「しゃあしいわ。まだ話の途中やろうが」

「えぇ~~~~~、だってェ~~~~~~」


そんな俺達を見てオリヴィエ先生がふは、と笑った。彼はけらけらと笑いながら俺からタブレットを取り上げる。


「もう夜だもんな、腹減るのはいい事だぜ。晩飯食ってホテルでゆっくり休んで、明日また聞きに来いよ。俺達からもこれ以上言える事ねぇし……休養と思案の時間は必要だろ?」

「オリヴィエさん分かってますねェ!!そうですよォ、腹が減っては何とやらじゃないですかァ。ねっ、椿」

……それもそうだ」


椿は両手をゆっくりと離すと、長い睫毛の下の瞳を開いた。その瞳に何が映っているのか、彼女がこの事例の何処までを読んでいるのかは俺には分からないが────少なくとも、答え合わせが今直ぐに出来る、という訳ではなさそうだった。


「お前達、日勤だろう。いつまでも時間外労働をさせる訳にはいかないな」


その気遣いをちったあ俺達にもしろや。勿論、そんな事は言わないが。
椿はすっくと立ち上がると、俺と大河に「行くぞ」と告げた。


「カレン、ホテルにレストランがある。エスカルゴもあるぞ」

「えッ!?やったァ!!!!行きましょ~~~~~!!!!」

「椿ッ、」

「咲良、情報というものは常に多角的に見なくてはならない。一点から覗いたところで、それは一つの解釈でしかないのだ。様々な見方を繰り返し、情報を集め……そしてそれらが重なる部分こそが真実。つまり、此処で思考の海を漂っていても別の見方ををしなくては真実には辿り着かない」

……はぁ。今はお手上げ、っつうならハッキリそう言えや」

「お手上げ?戯けが。誰が白旗を振るか。私は今から別の視点でこのシメリスを観察したいと言っているのだぞ」


む、とオッドアイが俺を睨みつけている。つくづく負けを認めたくない女だ。『流れに漱ぎ石に枕す』っつう言葉はコイツのためにあるんやないか。
……だが、彼女の言うようにこれ以上此処で得られる新たな情報はないのだろう。今までに集めた情報を整理し、解釈し、推理する。その時間は確かに必要だ。
俺は「何なんかちゃ……」と誰に言う訳でもない愚痴を零して、彼女同様に立ち上がった。


「すみません、オリヴィエ先生……とルミエール。今日はこのくらいにして、」

「OKOK、ゆっくり休みな。フライトも大変だっただろ、日本から此処までだと……

「18時間くらい、ですかね。僕達いつでも予定空けられますので、また何か気になる事や不安な事、協力出来そうな事があれば病院に連絡ください。《EFMAT》に……と言えば通じますので」

「有難うございます。お二人も、夜は冷えますんでお気をつけて。クレマリー先生にも」

「おう、言っとくぜ。フランス料理、楽しんでくれよ?カレンちゃん」

「はァい!!食べ尽くしてやりますよ!!」

「いい意気だぜ!んじゃ、今日の会議はこれで終わりな!」


オリヴィエ先生とルミエールもまた立ち上がる。ルミエールがカップを片付けようとしたが、そこでオリヴィエ先生が「俺がやるぜ」と彼の持つトレーを奪い去っていく。先輩に雑務を任せてしまった事に慌てたのだろう、彼は「僕がやりますよ!」と呼びかけるがオリヴィエ先生は「いいっていいって!」と言いながら給湯室に消えていった。……面倒な雑務を押し付けあうのでなく率先して行うこの病院、天国か何かか?それとも、東医が地獄なだけか。……十中八九後者だろう。
俺達は今だにオリヴィエ先生の事を気にする様子を見せるルミエールに先導され、医局を後にするのだった。病院からこちらに連絡するときはどうすればいいのか、と問われたため、俺の電話番号を伝えておく。


「────えと、夜遅くまですみませんでした」


結局、彼はエントランスホールまで見送ってくれた。ステンドグラスの外はすっかり至極色に染まり、万華鏡のように星々が空を彩っていた。昇り始めた月は、間もなく満月になろうと弧を膨らませている。ひゅう、と風が換気のために開けられた窓から吹き抜けてきて、ほんの少しの肌寒さを感じさせた。
俺は心配そうに此方を見上げてくるルミエールに「気にせんといてください」と声を掛ける。


「こちらこそ、夜遅くまですみません。また用事があったら……

「はい、いつでも連絡してください。夜間でも、《EFMAT》に連絡が入ったら駆け付けますので」

「なんで、そこまで」


要らん疑問やった。
発言した後から、そう後悔する。
だが彼は、嫌そうな素振りを一切見せずにこう語る。
その瞳には、決意の光が灯っていた。


……人々を、守りたいからですよ」


それは皆さんも同じでしょう?
彼はそう言って微笑んだ。

……ルミエール・シュヴァリエ。
『光』の名を冠する医師。
彼は、本心からそう願っているのだろう。強く、望んでいるのだろう。
あまりにも眩しいその笑みに、俺は「そうですね」と曖昧に返事する事しか出来なかった。
……彼のような人間を、『救世主』と言うのだろう。『白衣の天使』と言うのだろう。
俺は識る。この国には、死神と────そして天使が、共に暮らしているのだ、と。