澄香
2025-01-26 20:41:05
10964文字
Public ロマサガ2
 

ロマサガ2】ある少年の話

弊バレンヌ帝国最後の皇帝の即位までと、その仲間たちの話。
その最初の一幕。

ある少年の話


 その少年は剣士として天性の才と力を備えていた。
 その少年は術士にも引けを取らぬ魔力を備えていた。
 けれどその少年は、己の力に価値を見出せずにいた。

 時は術士皇帝、アイリス帝の治世。
 皇帝の役目は国が為、民が為、自ら剣を振るい、兵を率い、戦う事。
 歴々の皇帝の記憶と力を引き継ぎ人ならざる敵との最前線に立つこと。
 相手は日々凶悪さを増していく魔物と、堕ちたるかつての救世主……七英雄。

 その道は決して安穏としたものではない。
 故に、その後ろで国を回すの文官達の裁量は大きかった。
 それも全ては果て無き戦に身を投じる皇帝を支えるため。
 いつ起きるか分からぬ空位の時代を乗り切るため。
 そうしてこのバレンヌ帝国は、過去最大の版図を得るに至る。

 その少年の家は、国政に携わる文官の家系であった。
 過去には学問に携わる要人も多く輩出しているのだから生粋の文系と言っていい。

 力があるなら帝国の剣としてその才を尽くせばいい。
 にもかかわらず、戦の才ばかり見出される我が身のありようを誇る事はできなかった。
 モンスターに親族を奪われた子供を何人か見ている。
 彼らを前にしてなお、そんな思考に陥いる自分が嫌だった。
 そんな自己嫌悪の連鎖を無理やり振り切る日々。

 何時からそんなだったかは、自分でもよく分かっていない。
 本の多い家だった。力に溺れた者が破滅する物語は枚挙にいとまがない。
 力比べの際に同年代に酷い痣を付けてしまった事はあった。何なら友人の父の腕にヒビを入れた。
 けれどそのどれもが、決定的な切っ掛けとは呼べない。

 ただ……あるいは……

「コウメイ」
 目の前に、いずれその頭脳が後の帝国を導くだろうと誰もが認める「友人」の存在もあったかもしれない。
「怖気づいたなら帰ります?」
「いやそうじゃ……おい待てって!!」

 夜のアバロン。街を囲む城壁に、内側から登れるちょっとしたスポットがある。
 そんな場所に登ろう思うのは少年と、それに引けを取らぬ「逃げ足」を持つ友人ぐらいだったろうが。

 子供は夜に出歩くな、と言うのは時代を問わず不変の言いつけだろう。
 城壁の上から見る景色、満月に照らされた平原は影一つ無い。
 日々魔物の脅威は増している、そう大人たちは口を揃える。
 しかしその速度は緩やかで、故に子供らには実感が無い。

 少年には天賦の才があったが、その友人コウメイもまた、若くして秀才に収まらぬ傑物だった。
 少年より二つ年上。代々有能な軍師を輩出して来た家系の中でも逸材。
 自分の砂色と違って癖の無い、肩で切り揃えたブロンドが揺れる。
 彼もいつか「伝説の軍師」にあやかって妙な形にするんだろうか。

 月夜の草原に繰り出す少年が二人。
 形は違えど、天性の才覚を称えられる神童二人。

 まばらにいた魔物がそうと知らず、手頃そうな獲物を見つけたと思って牙を剥く。
 少年の剣がそれを切り裂き、コウメイの術が焼き払う。
 煌々と輝く満月、全てを包むような夜の青。魔物は骨や悪霊の類ばかり。夜風は冷たく心地よいまま。
 心の隅に諦観を抱いていた少年といえど、知啓に富んだ才子と言えど、己惚れるなと言うにはまだ幼かった。

 少年にとって、コウメイは近所のお兄ちゃんだった。
「さすがに掃討が終わった後ならボクらでも対処できるのしか残ってないですねー」
……うん、ところでさ」
「何かな?」
 彼は物知りとは少し違う。むしろ悪戯の天才。学業が注目され出した方が最近だ。
 帝国大学に忍び込んで冒険した事は数知れず。
 隙の無い計画で台所からくすねた菓子はどれほどか。
 結局皆で齧ってる現場を妹に見つかって叱られるのが毎度のオチではあったが。

「帰り、どうするの?」
 そんな彼の立案が、どうにも、雑。
「正門から帰って怒られます」
「ハァ!?」
 ハメられたのは自分だった。
 その言葉で夜風の涼しさも、僅かな高揚も、なんもかも吹っ飛んだ。

「証拠品も手に入ったので、お父上も手に余る事は納得してくれるでしょう」
 魔物の落としたねじくれた角をつまみ上げて、にぃと笑うコウメイ。
 そこまで織り込み済み……
 ああ思えば、菓子が絡む悪戯の末路はいつも同じだった……
「いや、いや、え…………?」
「おや、うちの親父殿の腕にヒビ入れといてまーだ腹を括って無い?」
「う……
 アレは鍔迫り合いに持ち込まれるのは不利と判断して突っ込んだ結果の事故。
 ……多分事故。何となく実戦でも使えそうな気はするけど、きっと事故。
 回顧に逃避しかかった鼻先にコウメイの人差し指が刺さる。
「武術も学業もどっちもやっちゃえばいい」
「それ、は……
 自分でも、目が泳いでいるのが分かる。
 知略なら知識なら、目の前の彼に任せればいいのにと思っている自分に気付いて嫌になる。
「インペリアルガードなら教養もそれなり要りますし、ダメならその時絞ればよろしい」
 すらすらと言葉を並べる彼に、返す言葉が無い。
 自分を慮ってくれてるだろう言葉に、うっすら失望を感じてしまうのが恨めしい。

……ボクにだって、分からない事はあります。君が何を怖がってるのか、とかね」
 声色が変わる。「お兄ちゃん」の口調だ。
「親父殿の件を気にしているならなおの事、武術を修めるべきなのは解ってますよね?」
「うん……
 実際修練もしていた。自分では最低限だと思っていた。
 しかし、十分と判断しなければコウメイも、こんな「冒険」に踏み切る事は無かっただろう。
「怖い物を怖くないようにする方法は一つ。それを知り、御する事」
「そう……だね……
 腑に落ちて無い。それでも、彼の言葉は圧倒的に正しかった。
 飲み込むしかない。飲み込まされた。
「ま、こんな事言ったからにはボクも相応に責任は負うつもりですよ」
「責任……?」
 それでも、そんな気休めがありがた……
「今回の件はボク主導です。ボク主犯で乗り切りましょう!」
 本気だった。
「お前今年大学受けるって言ってたじゃん!!」
 大人たちから賢そうな人間が受け取る賛辞は大体受け取った神童の進路とか言う重責が乗っかって来た。
 少なくとも先ほど負うと言った「責任」と等価とはとても思えない。
「入ってもいない生徒をどうこうする法も校則もありませんねぇ!!」
 満月の草原。響く高笑い。
 父や他の大人相手ならむくれてた所だが、懇切丁寧に堀を埋めにかかられては。
 コウメイは諦めた自分に満足したのか、仁王立ちのまま大きく頷く。

「さあこれから怒られて、説教されて、少ないお土産を受け取る幸運な子を選ばなきゃいけません!!」
 すっかり「お兄ちゃん」に舵を切ってしまったコウメイ。
 こうなると急に仰々しい言い回しになるのは「伝説の軍師シゲン」の話にあやかってか。
 アレも結構盛ってる所はあると思うが。
 まあいいか。腹を括るか。
 家族ぐるみの付き合いがあるコウメイの父、ハクゲンも優れた剣士だが、本業は術と知略。
 城仕えの戦士達の指導を受けられるなら、今抱えている忌避感など、ただの……

「行こうか」
 怒られに。

 そうして街の方を向いた時、影が、二つ、見えた。