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桜霞
2022-10-01 17:47:07
49262文字
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【twst夢】フライパンは無敵
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監督生をおれが守る(フライパンを胸に)
#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/01/28にpixivに投稿したものの再掲です。
1
2
3
4
5
6
放課後と呼ばれる時間を過ぎると、VDCのメンバーたちは練習を切り上げてオンボロ寮へと戻って行く。
ユウは、夕暮れの暖かな色の中で、三々五々散りながら、皆でだらだら帰るこの時間が、嫌いではなかった。
本当は一人だけ早く切り上げて寮に戻り、夕飯の準備をしているだろうリンの手伝いをした方がいいのだろうが、「帰り道くらい、ゆっくりしておいで」と言ってくれたリンに甘えて、ユウは皆と一緒に帰っていた。
「今日の晩飯なにかなあ」
「ユウ、リンさんから何か聞いてないか?」
「聞いてるよ。今からもうよだれがとまらなくてね
……
へへ
……
」
「うわあーこれは期待できる奴だなぁー」
「想像するだけで腹減ってきたんだゾ!」
グリムの尻尾が上機嫌にひょんひょん揺れた。
「あんた達、ほんっと食事の話しかしないわね」
「ええ、寧ろ健康的じゃねえっスかあ?」
「リンさんの料理、ジャミルに負けないぐらい美味いもんな!」
「
……
そもそも料理の種類が違うんだ。張り合ってどうする」
なんだか自分に言い聞かせてるみたいだな、とユウはちょっとだけそう思った。
本当はジャミルの料理しか食べないカリムも、今回ばかりはリンの手料理を口にしてくれている。なんだかんだ、誰かが手をつけたものから摘まんでいるし、リンはほとんどの味見係を意図的にジャミルに手伝わせていたことも影響しているのだろう。食器の配膳なども、リンは「大人数分の食事に手慣れているだろう」とジャミルに手伝わせることが多かった。
その裏にあるのは、彼が自然に従者としての役目を果たせるようにという気遣いなのだと、ジャミルは勿論、カリムも気が付いていた。
「リンさんってほんとすげえよなあ」
「
……
」
「
……
」
朗らかに、カリムが言う。ユウはちょっとだけ、へへん、と胸を張った。
ブザーを一度鳴らして、がちゃがちゃと鍵を回す。今回の合宿に併せてきちんと修繕されたオンボロ寮のすべての鍵は、しっかりと機能してくれていた。
ユウが勢いよく扉を開けると、ふわりとだしのいい香りが広がった。
「ただいま戻りましたぁーっ」
「リンさーん! ただいまー!!」
おかえりー、と二階の方から声が飛んでくる。
「めっちゃいい匂いするな!!」
「さっきまではそうでもなかったのに、すっごくお腹減ってきた
……
」
「今日の晩飯なにー!!」
鶏肉と大根の炊いたやつー、とこれまた二階から声がやんわり響いてくる。どんな料理か分かっているグリムとユウはひゃっほう! と小躍りした。皆でどやどや二階に上がり、各部屋に荷物を置きに行く。
「ただいま、です」
「はい、おかえり」
「リンさんただいま!」
「なにか手伝うことありますか」
「おかえり。まずは手え洗っといで」
匂いにつられて一度はキッチンに顔を出した生徒たちが、はーい、と一斉に散って行く。
「では、私達は風呂掃除をするとしよう! 二人とも、手伝ってくれるかい」
「はい!」
「えーまたぁ? たまには俺も味見係してえんだけどー」
そう言いつつも、エースは大人しくルークについて浴場の方へ足先を向けた。エースだって、ジャミルやカリムの事情をなんとなく察している。とは言え、ポーズでもこういうことをしなければ、自分の機嫌を取っていられない。生真面目なデュースはその度に眦を吊り上げてみせるが、エースは上手くあしらっていた。
「エペル、洗濯物たたむの、手伝って! グリムも、リネンにアイロンがけするよ!」
「分かった」
「しょーがねえなぁ」
皆が何かしらの作業に従事している間、キッチンテーブルで、ヴィルはその日に行ったトレーニングやレッスンの整理をしていた。録画しておいたレッスンの様子を何度も確認し、自分も含めたメンバーの改善点を洗い出す。夕食後にはそれらのミーティングをして、簡単なレッスンを行ってから夜の自由時間や入浴、そして就寝となる。
「整ってきた?」
「
……
まあ、及第点ってところかしらね」
「おっ、そりゃ楽しみだな」
なんだかんだ昼間のレッスンに顔を出せていないリンは、当日もVDCの開催中は他の仕事をしなければならなくなってしまった。本番のステージは見られないので、リハにちょっとだけ顔を出すつもりなのだ。
「
……
及第点よ?」
「お前の、及第点だろ」
「
…………
」
にっ、と笑って見せるリンに、ヴィルは口を噤んで、ふい、と顔ごと視線を逸らした。気にする素振りも見せず、リンはジャミルやカリムと一緒に配膳した食事を一階の談話室へと運び込んだ。
談話室でリネン類と格闘していたエペルたちは、急いでそれらを持ち出した。匂いがついてしまうからだ。
「リーン、すまん、面白いことになった」
不意に、にゅっと壁から現れたのは、オンボロ寮のゴーストだった。
「なんだ、何をやらかしたんだ」
「それがなあ、エースとデュースをちょぉっと驚かせてやろうと思ってな」
「排水口に溜まってた髪をまとめて、ほら、何て言ったっけな、さ
……
さ
……
」
「
……
貞子?」
「そうそう! 『サダコ』!!」
ゴーストたちはわっと手を叩いて大爆笑した。実体はないので、勿論音は出なかった。
「そしたら驚かせすぎて、掃除に使ってたシャワーの水をひっかぶっちまって」
「びしょ濡れになっちゃったから、もうシャワー浴びて、後から来るってさ」
「ごめんな~」
じゃあ俺達は三人にふわふわのタオルを用意してくるから、とゴーストたちはあっさりいなくなった。
「
……
三人ってことは
……
ルーク先輩もか
……
」
「まさか転倒して、頭打ってるなんてことはないでしょうね
……
」
「だったらもっと血相変わってるでしょ」
「ゴーストに血相なんてあるんですか?」
ジャミルの至極最もな突っ込みは、華麗に
黙殺
スルー
された。
仕方がないので、三人分の食事は一旦キッチンに持ち帰り、ラップをかけておくことにする。最近デュースのおかげで復旧した電子レンジが、元気に活躍してくれることだろう。
「私もみんなとシャワーの水ぶっかけあって遊びたかったなあ
……
」
「あいつらがやってたの風呂掃除よね?」
「この時期にやると風邪を引くぞ」
「でもエペルもやりたいよね!?」
「うん! 夏になったらやろうね!」
「水辺で遊びたいなら、今度スカラビアのオアシスに来いよ!」
「カリム先輩、ホースの水で遊ぶのとオアシスで遊ぶのとでは、また違う楽しみがあるんですよ
……
」
「それじゃ、先に頂きますかね」
様々な頂きますが一度に揃う。味の染みた大根はほろほろと口の中でほどけて、骨付きの鶏肉は育ち盛りの男子高校生に諸手を挙げて歓迎された。ヴィルは少し何か言いたげだったが、「昼のメインの魚が小ぶりだったろ。それで夜をちょっとだけ豪華にしたんだ」とリンが言ったので、黙って柔らかい歯ごたえになるまで煮られたそれにかぶりついた。
エース達は、存外早く戻ってきた。「まだ食べてる!!」「良かった!!」などと言って、キッチンで自分たちで温めてきたらしい食事を持って、いそいそと空いている席に座った。
「も~、マジリンさん神だと思うわ。再考。超肉。超美味い」
「まだ食べてねえだろお前」
「コメお代わりしてえ
……
!!」
「この空腹を刺激するも優しい包み込むような香り
……
!!」
「分かったからさっさと食っちまいな」
「イタダキャース!!」
一年二人の声が大きく響く。
料理人冥利に尽きるねえ、とリンはどこか気恥ずかしそうにはにかんだ。
後片付けを終えて、ミーティングも済ませたら、後は各々の自由時間だ。一年生たちは揃ってキッチンテーブルに教材を広げ、エペルの作ったリンゴチップスを片手に摘まみながら、だらだらと勉強をした。
消灯時間になると、グリムを連れたユウと、リンがそれぞれ手分けして、施錠や設備の状態を確認する作業に入る。この時点で部屋のベッドに入っていなければ、翌日ヴィルにどやされるので、皆が一斉に宛がわれた自室へ移動した。
「おやすみ、リンさん」
「はい、おやすみ。寝坊すんなよ、二人とも」
「しません! おやすみなさい!」
「リンさん、おやすみなさい」
「おやすみなさい、エペル」
「リンさん、おやすみ!」
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい、カリム、ジャミル」
ランプ片手に、リンはヴィルの部屋をノックした。
「おやすみ、ヴィル。今日もお疲れさん」
あなたもね。おやすみなさい。
古い扉の向こうから、そうやって静かに返される。リンが部屋の前から離れると、ルークがわざわざ顔を出して、リンの空いている手を取った。
「Bonne nuit,Madame。いい夢を」
「あなたもね。
……
おやすみなさい」
労わるように唇を寄せて、ルークは穏やかに目を細めた。
一寸先はほとんど暗闇と化すオンボロ寮で、リンが最後にランプを消すのは、ユウとグリムにお休みを言い合ってからだった。
互いにハグをして、ユウが部屋に戻るのを見届けてから、自分もランプを消す。
月明りの差す部屋は、新月の日以外はわざわざ部屋の電気を点けるほどでもない。
すっかり慣れたベッドに腰かけて、直後、リンは自分の頭がくらりと揺れたことを自覚した。
───だめだ、最近
……
本当に
……
ぼすん、とその肢体が柔らかな布団に受け止められる。
───まるで
……
電池が切れたみたいな
……
リンの思考が辛うじて動いていたのは、その瞬間までだった。
◆
全国魔法士養成学校総合文化祭、開催初日。
リンは朝から大忙しだった。特にメディアからの取材や問い合わせは運営委員長とはいえ生徒のリドルに対応させるわけにはいかないものもあるので、大人が出張らなければならないことも多い。
加えて、単純に数が多い。物理的に、人手が足りない。こんなのもう、記者会見を開いた方が手っ取り早いんじゃないかというくらいだった。クロウリーなど、芸能人の囲み取材かと言わんばかりの勢いである。
「飲食の出店は?」
「予定通り全店準備完了してます」
「開場待ちの客はいる?」
「まだそこまでの数じゃありません」
「取材問い合わせです」
「こっちに回して!」
「ステージ設営完了しました! 現在最終チェック中です」
「はいよ、時間通りね」
「リハーサル準備呼びかけ行ってきまーす」
「あっ、もうそんな時間か」
急がなきゃ、とリンは作業の手を速めた。それを見留めたトレインが、「何か用事でもあるのかね?」と資料を捲る手を止める。
「VDCのリハです、私仕事で本番行けないの」
「それは
……
残念だな」
「本当に残念」
「メディア各社の配属エリアへの案内、終了だ!」
バァン、とバルガスが派手に登場する。良く通る大声はこういうときに大変便利に活用される。リンはありがたみを感じながら「お疲れ様です」とコーヒーを差し入れた。
「おう、気が利くな!」
バチコン、と飛ばされたハートの形のウインクをさりげなく避けて、リンは「最終チェック手伝ってきま~す」と体良く事務室を後にした。
関係者パスを振りかざし、とまではいかなくとも、にっこりと圧のある笑顔を浮かべながら進めば、ゲートを管理している警備員はすぐにリンを通してくれた。
マイクテストなのか、大音量が時折流れるし、なんちゃって舞台監督の仕事を任されているレオナがマイク越しにがなっている。
『そこは殺せってさっき指示出しただろうが!』
「サァセン!!」
───舞台用語と分かっているとはいえ、あいつが殺せって言うと、かなり迫力あんな
……
レオナはメディア席から一人離れたところで指示を出していた。時折ちらちらと関係者から視線が飛ばされているが、時間に追われた苛立ちオーラがその全てをことごとく跳ね返している。
リンは関係者です、最終チェックしてますという顔をしてメディア席の方へ移動した。しかし目敏く気付いた記者の一人が、「すみません、カレッジの方ですか」と声をかけてくる。
「はい、そうですが」
「あの、失礼ですが、あそこで指示を出しているのは
……
」
「ウチの生徒ですね」
「え? はい、えっと、それは、はい。それで、彼はキングスカラー家の
……
」
「あぁ、生徒の個人情報は許可がないと公開できないので。ごめんなさいね」
「え」
「スタッフ一覧ならウチの運営委員会がサイトに上げてるので、それをご覧くださいね」
リンは、それはもう綺麗に、にっこり笑った。毒を持った蝶がひらひら飛んでいるのじゃないかしらというくらいに、綺麗な笑顔をにっこり、張り付けた。
さしもの記者もたじろいで、「はぁ」と間抜けな返事をするに留まるしかなくなった。
そうこうしているうちに、司会担当らしき生徒がカンペを持ちながらマイク片手にテンション高く台詞を読み上げる。
照明が操作され、至る所に設置されたアンプから大音量がぐわんと響いた。
───壊れるような 輝きは 消してあげる
……
どこまでも届く、のびやかで、綺麗な歌声だった。
まだリハーサルだというのに、わぁ、と歓声が上がる。カメラマンは本腰を入れて撮影を始めているようだったし、個人的なスマホなどで撮影している者もいるらしかった。
どこかエレクトリックな音楽をベースに、滑らかなメロディが上手く合わさっている。途中、ジャミルのラップソロが入り、リンは手を叩いて歓声を上げた。
───最高の
……
───It's show time
アンサンブルも、誰が誰を邪魔することもなく、四人の声が上手く合わさって溶け合っている。個性の塊な集団がどうまとまるのかなと少しだけ心配していたリンは、最後に七人がポーズを決めたのを見届けて、すっかり安心して心底からの拍手を送った。
プロの登竜門と聞いている通り、ダンスもハイレベルだった。まるで本当にダンスボーカルグループのステージに参加したような感覚だ。
同時に、これを本番の臨場感や熱と共に見届けられないのが残念でならない。リンはすぐさま脳内で自分の仕事がどうにかならないかシミュレートしたが、どう足掻いても無理だったし、しまいにはクロウリーの顔をした烏が「仕事してください! カー!」などと宣いだしたので猪頭少年宜しく「掻っ捌いて食ってやる!!!」とちょっぴり本気で追いかけ回した。クロウリー鴉は泣きながらどこぞへ飛んで行った。
ステージから降りたヴィルはすぐさま記者に囲まれてしまい、簡単な取材が始まったが、他のメンバーはそうでもなかった。「リンさん!」とこちらに駆け寄ってくる。
「おー、お疲れさん」
「どうだった!?」
「かっこよかったっスか!?」
「かっこよかったよぉ~! 素人目だけど、ほんとにダンスボーカルグループとしてCD出してるなって思っちゃった」
「ィヨッシャ!!」
エペルが凄まじい勢いで拳をガッと握り締める。つくづくギャップの激しい子だな、とリンは生温く目を細めた。
「本番、どうしても来れないのか?」
カリムがしょんぼりと眉を下げる。リンもしょんぼりと肩を落とした。
「ごめんね。他にもいろいろあってね。私も久々にライブでストレス発散したいけどね
……
!」
「そこは俺達の応援って言ってくれよなあ
……
」
「なにおう? エースぅ、お前、分かってねえなあ」
「なにがだよ、」
にやりと粋に口端を吊り上げたリンに迫られて、エースは少しだけ仰け反った。
「この、私が。文字通り身心削って、お前達に時間を割いてやったんだ。私がだぞ。高校生の文化祭のステージの応援なんてちゃちなもんぶっ飛ばして、一ファンとして客を楽しませるくらいのステージぶちかますくらいの甲斐性見せな!!」
ばしん、とその背中を叩く。エースはいっでぇ!! と派手に痛がって仰け反った。
はっはっは、とリンがからりと笑う。
「満足いくステージにしておいで。応援なんざあってもなくても、あんた達は揺らがないわよ」
「───ア゛イ!!」
主にカリムとエペルとデュースが、声を張り上げる。体育会系~、と、リンは再びからから笑って、「ヴィルによろしく」とコロシアムを後にした。
◆
途中、にわか雨に降られたり、突然ロイヤルソードアカデミーの生徒達がミュージカルを初めてひと悶着起こりそうなのをなんとかしたり、問い合わせ処理で忙しかったりとなんだかんだあったが、全国魔法士養成学校総合文化祭一日目は、恙なく終了した。
事務室も外部からの対応受付を締める時間になったので、リンの仕事もひと段落する。後は明日の確認をするだけだが、何か余程重要なことが起きていない限り現場の状況に依ってさっさと終わらせるが吉だろう、とリドルが判断したので、なにかあればメールかチャットで、ということになった。便利な世の中になったもんである。
VDCはプログラムの中でも最後に終わる方だったはずなので、リンはまだ皆残ってるかしらとコロシアムの方へのんびり歩いて行った。広大な空が、ゆっくりと藍色から夜の色へ変わっていく。吐いた息が白く揺蕩い、リンはまだまだ冷え込むなァとマフラーにしたショールに顔を埋めるようにして首を竦めた。
「おや、君は」
ふと、そこに声を掛けられる。リンは瞬いて足を止めた。
城門の方へ行く流れに逆らって進んでいるからリンは目立っていたが、首から下げた関係者パスが不躾な視線からリンを守ってくれていた。その流れを横切るようにして、ひょこひょこリンに近付いてきたのは、好々爺とした老紳士だった。
───なにこれナイトキャップ?
第一印象でその柔和な笑顔につられるでもなく、突然呼び止められたことに対して戸惑うでもなく、リンはまず心底からそう思った。
しかしそのナイトキャップには、今日一日でさんざ見かけたロイヤルソードアカデミーの校章───だとリンは記憶している───が堂々と飾られている。
このじいさんのセンスが分からんなぁと思いながら、リンはしおらしく「なんでしょう」と表情を取り繕った。
「いや、君、カレッジの関係者だね? 事務員かな?」
「はい、下っ端事務員ですが、なんでしょう。お困りごとですか?」
「いやいや、困りごとではないんだがね。コロシアムの、ステージについてなんだが」
「はぁ」
コロシアムのステージ。はて、何か問題があったのだろうか。それらしきことは何も聞いていないのだが。
小首を傾げたリンを覗き込むようにして、彼は穏やかに言葉を並べた。
「各所に、大掛かりな魔法を仕掛けた痕跡が残っていた。クロウリー殿は、生徒達がはしゃぎすぎたせいだと仰っていたが
……
きみ、何か心当たりはないかね?」
なんでもいいんだが、と老紳士が柔らかく眉を下げる。人好きのするそれに、しかし、リンの心は全く動かなかった。
寧ろ、リンをじっと見つめるその色素の薄い双眸が、無遠慮にもこちらを探ろうとしていることこそが、リンの心にささくれを作り、鋼鉄のカーテンを築かせた。
「生憎、何か問題があったとかいう報告は受けていませんね。まだ初日も終わったばかりですし」
にこりと、リンは自然に微笑んだ。
「それに、あなたほどの御方でしたら、私に魔力がなくて、そんなことわかりっこないなんて、お分かりかと思いますけど───ねぇ? ミスター・アンブローズ。それとも六十三世とお呼びした方が宜しい?」
「───」
老紳士は一瞬、虚を突かれたような顔をしたが、直後、弾けるような快活な笑みを見せた。リンも、静かに目を細める。
「ははは、これは失礼、他意はなかったんだがね」
「勿論、承知しております。正直申し上げて嫌味か何かかと思いましたが」
「なに? まさか、そんなつもりは毛頭ないとも」
───猶更性質が悪うございますわね
心底から瞠目しているらしいアンブローズに、リンは内心でだけそう言って、再びにこりと微笑んだ。
「それじゃあ、失礼します。VDCの結果を、まだ聞いていないんです。生徒達から聞く約束なので
……
良い夜を」
「あぁ、良い夜を」
会釈したリンの背姿は、あっという間に遠くなった。
「
……
ふむ?」
口ひげを骨ばった指でいじりながら思案する素振りを見せたアンブローズは、ゆるりと踵を返し、人並みの中に紛れて行った。
出場チームもほとんど控室を後にする時間になって、リンは『NRCトライブ』と張り紙の貼られているドアをノックした。
「しつれーしまーす。皆お疲れー!!」
「、」
「リンさん
……
!!」
「
……
」
「
…………
」
一人朗らかなリンとは違い、部屋の空気はどこか気まずいものだった。あり? とリンが固まっていると、みるみるうちにエペルとカリムの丸い瞳に涙が溜まっていく。
「
……
リ
……
リンさん゛
……
!!」
「うわ゛あああああ!!!」
「えええええ
……
!?」
カリムとエペルが、容赦無く突撃をかましてくる。リンは「どーしたのよぉ」と困惑しきりで二人を抱き締めた。
神妙な顔で、ルークが帽子を取り、胸に当てる。
エースはどこか憮然としていたし、ジャミルはこちらを向かなかった。デュースはぼろぼろ泣いていた。ヴィルはいっそ静かだ。瞼を閉じて、一言も発しない。
そこに、ユウがそっとスマホを差し出してくれる。何かの再生画面らしいそれをユウがタップすると、『優勝は、ロイヤルソードアカデミー!!』という司会者の興奮しきりの声音が、大音声で響き渡った。
「てめーよりによってなんで動画再生なんだよ!!!」
「普通に言えばいいだろ!!!」
「血も涙もねえ!!!」
「だって私だって言いたくなかったんだもん!!!!」
「すま」
「ルーク先輩は黙っててください!!!」
「俺達が一票取り損ねて負けたんだって、それはもうみんなが納得してるって散々話し合っただろ!!!!」
カリムとエペルにぎゅうぎゅう絞められながら、リンはぽかんと口を開けて、呆けてしまった。
喧々囂々、ぎゃあぎゃあわあわあ、NRCトライブのメンバーたちは半分泣き顔でリンのことなどお構いなしに好き勝手喚き散らしていた。まるでこどもの癇癪のようだが、そこにひりつく空気や張り詰めた緊張感みたいなものは存在しなかった。
皆、もう既に負けを認めて、受け入れて、それでもただ、悔しいのだけが残っているのだろう。
「よし、」
リンはカリムとエペルの肩をがしりと抱いて、雑巾みたいに寝そべっていたグリムを引っ張り上げて肩に乗せ、「はいはい!!」と手を叩いて注目を集めた。
「とにもかくにも、ステージ、お疲れさん。───慰労会ってことで、焼き肉すっぞ!!」
「───ッシャアア!!!」
「うわああああ!!!!」
「肉ーーー!!!」
もうほとんどやけくそだ。テンションをどっかーんとぶち上げて、NRCトライブは転がるようにしてサムの店の戸をがんがん殴る勢いで叩き、リンが残った補助金で買えるだけの良い肉を買い、あとは寮に残っていた野菜をこれでもかと切って、談話室に鉄板を置いた。
「どんどん食えよ!!」
ペプシとコーラ、ストライプ、ジンジャーエールで乾杯し、ぎゃあぎゃあ言いながら肉を取り合って、炊けるだけ炊いたコメを皆これでもかとお代わりした。
「お疲れさん」
かろん、とグラス同士が音を立てる。
それまで黙々と食べ、黙々と飲んでいたヴィルの目元は、少しだけ赤かった。
すん、と鼻が鳴る。
静かなヴィルの隣でジンジャーエールを煽るだけで、リンは何も言わなかった。鉄板焼きの周囲で行われている格闘を眺めて、たまに肩を揺らして声もなく微笑む。それだけだった。
「
…………
あんたに、何にも返せなかったわ」
「
……
ふ。そんなこと気にしてたの」
「それだけじゃないけど」
「いーんだよ。子供なんてそんなもんなんだから。せいぜい上からふんだくって、好きに生きりゃあいいのよ」
私だってそうしたもの、と静かに紡ぐリンの手の中で、氷がかろんと音を立てた。
「それに、私が私の時間を割くにふさわしかったステージなったんでしょ。リハで確信した。だからいいの。十分よ」
「
…………
」
ヴィルはスマホを操作した。動画サイトをてきとうに開くと、すぐに今日のVDCの映像がいくつも表示される。
そのうちの一つを選んでスマホにイヤホンを指すと、ヴィルは問答無用でリンに持たせ、耳にイヤホンを嵌めた。
リンは「なに、なに急に」と器用に肩眉を上げたが、特に抵抗はしなかった。されるがままスマホを受け取って、イヤホンをいじり、映像に視線を落とす。タイトルには、「VDC優勝ロイヤルソードアカデミーパフォーマンス」とある。
ネージュ・リュバンシェが中心となり、こどものような身丈の少年たちがロイヤルソードアカデミーの制服を着て、和やかに歌って踊っていた。
「
……
?」
「周りにいるのはドワーフよ」
「あぁ、ドワーフ。なるほど。
……
なるほど
……
?」
映像を見るリンの眉間に、皺が寄る。ヴィルはどこか凪いだ気持ちでじっと静かにしていたが、その鼓動は何故かとてもうるさかった。
五分に満たない映像が終わる。リンはどこか渋面のまま、イヤホンを取り外して、ヴィルに返した。
「
……
どう?」
「
……
なにが」
「なんでもいいわ」
ぎゅむりと、リンの顔がさらにむつかしそうなそれになる。
リンはうーん、と考える素振りを見せたが、やがて、ぽつりと一言、言葉を置いた。
「これが、プロの卵?」
「
……
」
リンの声が、すっと耳の中に入ってくる。ヴィルは、無言で続きを促した。
「いや
……
VDCって、ボーカルダンスにおけるプロの登竜門と位置付けられているステージだって認識だったんだけど、
……
芸能活動におけるプロの卵を発掘する場所だったの?」
いくらメディアとかの利権がごちゃごちゃ絡んでいるからってそれはおかしくないか、とリンはぶつぶつそう続けた。
だって、ボーカル&ダンスチャンピオンシップだ。元は合唱コンクールでも、今は登竜門とさえ呼ばれるほど注目度の高い、あくまでも、技術力とクオリティを競う『大会』である。
「歌は、まあ、上手かったけど。いいの? これがプロで。プロの登竜門、これを通過させていいの? 既にバカ高い技術で活動されてるドワーフの方々にも迷惑なんじゃないの? それとも多様性ってやつなの? 私に理解できないだけでこれも芸術なの?」
それとも、とリンはどこか困惑気味に言った。
「これ、優劣をつけるための勝負だって、皆分かってなかったの?」
「
………………
」
ヴィルは、ことさら丁寧にスマホをしまった。そして、自分が片手に持っていたグラスを置き、リンの手からもグラスを取り上げて、少し離れた場所に置いた。リンは目を丸くしたが、抵抗しなかった。
するりと、衣擦れの音が響く。ヴィルは、リンの首に腕を回し、肩口に顔を埋めた。メイクが崩れようが、どうでも良かった。
「
……
それでも負けたのよ」
「
…………
それでも、あんたはちゃんと讃えたんだろ」
「当たり前でしょ。アタシを誰だと思ってるの」
リンの腕が、ヴィルの背に回される。優しい掌が、ぽん、と四週間力を入れっぱなしだった肩を撫ぜた。
「
……
アタシがアタシを信じてないからだって、ルークに言われたわ」
「そりゃあ、誰だって、謙遜するばかりの奴をずっと褒め続けるなんて無理だしなあ」
「自信があったつもりだったのよ」
「自信があるなら、もうちょい傲慢になるってもんさ」
ぽん、ぽん、と穏やかなリズムで、繰り返し、肩を撫でられる。
ヴィルを追い立てていた何かが、どこぞに溶け込んで、消えていくようだった。
「
……
ずっと一人相撲だったわ」
「それでも、その一人相撲がお前をここまでに仕立て上げたんだろ。無駄じゃなかったさ」
「
…………
虚しくても?」
「忘れるなよ。芝居のレパートリーになる」
フ、とヴィルは口元を小さく緩めて見せた。その瞳はどこか穏やかで、涙の膜できらきらと輝いていた。
「負けっぱなしよ。ずっと」
「なにで勝負してるんだ。美しさなら負けてないぞ」
「知ってる」
ゆっくりと、ヴィルが体を起こす。静かで、いっそ凪いでいるような、優しい表情だった。リンは、それが風の無い日の海のようだとも思った。
「アタシは、アタシの美学を信じるわ。
……
それでよかったのね。それだけで
……
」
「しんどい勉強代だったな。まぁ、釣りもちょっとはあるだろうが」
リンが顎をしゃくって、鉄板の方を指す。肉と野菜は、まだあと少し残っていた。皆もう腹いっぱいなのに自分が食べると聞かなくて、眼光同士がぶつかって火花が散っていた。
ヴィルが、膝に手を着いて立ち上がる。
「ジャガイモ共!! 共食いするならアタシが全部まとめて食ってやるわ!!」
「ウワーーーッ出たーーーッ!!!」
「先輩もうカロリーやべえっスよ!!!」
「決して胃に優しい食べ方じゃありませんが大丈夫なんですか先輩!!!!」
「無理はいけないよ、ヴィル!! だがその雄々しい姿も実にボーテ!!」
「さっさとその肉寄越しなさい!! 命令よ!!」
「あんたウチの女王様じゃねーだろ!!」
「オフへできるようになってから出直してください!!」
「アタシに向かってよくもまあそんな口を聞くものね!! こうしてやる!!」
「アーーーッ俺の肉ーーーッ!!!」
カリムが悲鳴を上げる。なんでそっち行ったんスかとエースとデュースが腹を抱えて笑い転げた。ジャミルは呆れたように口をへの字に曲げ、エペルは何故か「ヴィルサン゛」と未だにえぐえぐ言っていた。苦笑したユウがハンカチを貸している。グリムはすっかり満腹になったのか、いつもより丸くなった腹を仰向けに、気ままにごろごろ転がっていた。
───ま、これはこれで。
ジンジャーエールを喉に流し込む。気道を塞ぐ炭酸に、リンはビールが欲しいなァと心底から素直にそう思った。
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