桜霞
2022-10-01 17:47:07
49262文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

監督生をおれが守る(フライパンを胸に)

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/01/28にpixivに投稿したものの再掲です。







 ヴィル・シェーンハイトという男は、美しい男だった。
 まずもってスタイルが良い。一八〇センチを超す身長に、よく手入れされた肌や髪、手先。元々整っている顔立ちやしなやかな筋肉などは、よくよく計算されて作り上げられているものなのだろう。
 ヴィルの纏う気配も、それらを築き上げてきた努力からくる自信によるものだと、リンは見ていた。
「俳優もやってるって話だけど、……悪役が多いのね」
 この歳にして名脇役なのかしらと、リンはちょっとだけヴィルの出演している映像作品を覗き見る程度に鑑賞した。本当はじっくり見たいが、時間が無い。
 本人の持っているオーラやポテンシャルは十分主役として映えそうなのになあ、ともリンは思った。

 ───まぁ、役者のイメージ転向って、すごい苦労するらしいし

 世の中、自分のしたい事と、自分のできる事は、異なっている場合が多いのだ。どの界隈でも同じ事である。

 ───とにもかくにも、しっかりした人柄なのだろう

 今回、VDCに向けて結成されたグループの指導員兼リーダーも務めると聞いた。これは生徒だからと変にフィルターを通して見ない方がいいタイプかもしれない、とリンは気を引き締め直した。

 ───それにしても、この学園にはそういう生徒が多い……

「ポムフィオーレ寮長、ヴィル・シェーンハイトよ」
「リンです。よろしく」
 当分の間、世話になるからと、ヴィルは合宿が始まる前日にはリンを訊ねて事務室に顔を出していた。
「早速だけど、これ」
 握手もそうそうに、リンは何かの資料らしき紙束を手渡された。
「本当はデータで送りたかったけど、生憎、連絡先を知らなかったから」
「あぁ、お気遣い頂いて。……それで、これは?」
 紙束は、どうやらレシピ集らしかった。傍目にもヘルシーで健康的だと分かる料理が並んでいる。
「普段、あなた方がどういうお食事をされてるかは知らないけど、アタシ達パフォーマーの七人分の食事は、それに沿って頂きたいの」
…………ほぉ」
 リンはちらりと視線だけでヴィルを見上げた。ヴィルはそれがさも当然であるかのようにつんとした視線でリンを見下ろしている。
「必要なことよ。……もちろん、協力してくださるわよね? 監督生から賞金の話は聞いてるでしょ?」
「聞いてますよ。でもねえ、これとか特に、味が薄いばっかりで食べた気にならないじゃない?」
「───は?」
 ヴィルの纏う空気が絶対零度に豹変する。「おぉ怖」リンは飄々とした態度を崩さなかった。
 相手が相手なら、リンとて猫を被る必要もなくなってくるというものである。
「西洋風のヘルシー料理って、どうしてこう、ザ・素材感が抜けないのかしらね……あぁ、マリネは美味しいわよね。あとツナサラダ。これ、コンソメで煮るだけ? んー……
……
 凄まじい圧を発しながら、ヴィルが腕を組む。何か文句を言おうものなら即座に論破の銃撃がぶちかまされんという勢いだ。リンは一切を気にも留めずに「まぁ、あなたの意向は大体分かった」と冊子を閉じて顔を上げた。
「基本カロリーもこれくらいに抑えたいのね。任せて」
……どういう意味?」
「全部が全部、この冊子の通りには献立しないけど、あなたの計画の邪魔はしないってことよ、ヴィル。大丈夫、きっと気に入るわ。これでも評判なんだから」
 リンがぱちりと片目を閉じる。ヴィルは心底から迷惑そうな顔をして、リンを睥睨した。
「そういうのはどうでもいいのよ。煩わしいことは一切しないでもらえる?」
「じゃあクロウリーからの補助金を叩き返そう」リンはあっさり言った。「厨房は貸してやる。だが食事の一切は自分たちで用意するがいいさ」
……
 ヴィルは押し黙った。
 メンバーの中にはジャミルがいる。ユウもなんだかんだ手伝うだろう。エースとルークも、手先が器用だ。手伝えば上手く行く。
 だが、所詮は普段から三食分の料理をする習慣の無い、ただの高校生たちだ。ヴィルなどは、「ステージの前に指先が怪我をするようなリスキーな真似はしたくない」と宣うだろう。
 リンは一歩も引かなかった。
「『煩わしい』は私の台詞だとも、寮長殿。私とユウとグリムの世話になるんだ、身の程を弁えな」
「───アタシを誰だと思ってるの?」
「寮長だろ。他寮のな。オンボロ寮はポムフィオーレじゃない」
 ヴィルたちは、あくまで部外者だ。合宿をするスペースを持っているのがオンボロ寮しかないから、そこに四週間もの時間、間借りすることになっているだけの他人だ。
 よそ様の家は、よそ様の家なのである。
「いいか。私とてステージは成功してほしいからできうる限りのサポートはする。あんたのヘルシーな方針に口は出さないし、添うつもりでいる。約束するとも。だが、余裕があるわけじゃない」
 オンボロ寮はホテルではないし、リンには仕事がある。もっと言うなら、貰っているのは補助金だけで、住環境を提供するリンたちに確約された報酬は無い。これは半分以上、投資のようなものだった。
 けれども、リン達に、誰かへ投資しているほどの余裕は、本来ならば存在しないのだ。
 大変なのはパフォーマーも一緒だ。努力しなければならないのは皆が同じ。
 だからこそ、どちらかが上に立てば、リンは耐えられない。四週間はどうにか堪え切れても、その先の学祭が終わるまで、いつものリンを保ったまま走り抜けられる気はしない。
「私が譲歩するのはここまでだ」
…………
 ヴィルは目元を険しくさせた。美しい顔が恐ろしい怒りと苛立ちの色に染め上げられてゆく。
 けれども、リンは、一歩も引かなかった。ただまっすぐに、ヴィルを真正面から見返した。
 ───果たして、数時間とも感じられる沈黙を終わらせたのは、ヴィルだった。
…………変なものを出したら、ただじゃおかないから」
「おうとも」
「フン」
 忌々しくリンを見やって、ヴィルは荒々しくも優雅に踵を返して事務室を去った。リンは嘆息して、自分のデスクの山のように積み上がった書類へと向き直った。
「随分と気が立っているらしいな」
 不意に、ことん、と缶コーヒーが差し入れられる。リンは無言でそれを受け取った。両手で持つと、とても暖かい。じんわりと指先から緊張がほどけていく。
「シェーンハイトとやり合うとは、お前も度胸がある」
「ハハ」
 クルーウェルの言葉に、リンは半笑いで返した。
「宿泊代くらい出せって話ですよ。賞金の出世払いなんて、そこまで余裕ねえっつーの」
 かしゅ、とプルタブが音を立てる。いただきますとクルーウェルを拝んで、リンはカフェインを摂取した。
「はー……おのれ闇配信……あれがなければ私はこの仕事をしてなくてまだ心に余裕があってヘルシー料理の数々にもハイハイって返せてたのに……喧嘩することもなかったのに……
「凹んでいる暇があるなら体を動かせ。具体的には実験器具を運ぶのを手伝え」
「うぇい……
 コーヒーを奢ってもらった手前、断るという選択肢も無い。確かにずっとデスクワークばかりで背中がばきばき言い出したので、リンはクルーウェルの後をついていくことにした。
「それで、シェーンハイトには啖呵を切っていたようだが」
「ふぁい?」
「実際にはどうするんだ。ただ家庭料理を作るだけでは、シェーンハイトは納得しないと思うが?」
 クルーウェルの言葉に、リンは、ふ、と微笑んで見せた。
「まぁ御覧なすっていてくださいよ。今日は明日にも仲直りしてみせますから」
「ほう? 何か奇策があると見える」
「まぁ私達にとってはただの家庭料理なんですけどね」
「?」
 リンの言い草に、クルーウェルは訝し気な顔をしたが、それ以上は聞かなかった。





 ◆





 季節は冬。
 そしてヘルシー料理とくれば。
「まぁ鍋料理一択ですよね!」
「わ~~~い!」
 リンが用意したのは、白菜マシマシのミルフィーユ鍋である。昆布で出汁を取って味をつけ、豚肉も肩ロースとモモ肉にしたので、カロリーも脂質も抑え目だ。普段は白米を炊くところを玄米に変えたので、少ない量でも満腹になれる。加えて玄米なら、白米よりも安い。
 キッチンスペースで食べるには狭いので、談話室で食べることになった。取り皿などを運んでいたグリムが暖炉に火を入れてくれる。
 鍋の蓋を取ると、白い湯気が出汁のいい香りと共にふわりと立ち上った。
「めっちゃ美味そう~~~!」
 エースとカリムが素直に喜びを露わにする。リンはてきぱきと十人分を取り分けた。
……ベーコンを野菜に挟んで煮る……?」
「ベーコンでは無いんですけど……
「随分と薄いんだね」
「こっちはあんまり薄いのはハムとかしかないですよね」
 十人分なので、鍋が二つも用意された。ひたすら白菜と豚肉を挟んだものをざくざく無心で切り刻んでいたユウは、皆との会話でなんとなく心が回復していくのを感じた。
「冷めないうちに食べなさいよ~」
「いっただっきまーす!!」
「イタダキァス!!」
「デュースの勢いが強い」
 リンは思わず肩を揺らして笑った。
 その横で、ぱく、とエースが早速ひとくち目を頬張った。
「っ……めっちゃ熱いけど沁みる~~~!」
「ほんとだ! すごくいいスープ使ってるな!」
「ただの昆布出汁だよ」
「こぶだし……
 ヴィルは口の中でぼやいた。
 見た目はくたくたに煮られているのに、白菜の歯ごたえはしゃきしゃきとしていて食べ応えがあった。豚肉も無駄な味付けをされておらず、塩気も脂っ気も感じない。素材の味が活かされている。
 暖かいスープ───リンはダシ汁だと言った───も、白菜と豚肉の旨味が溶けていて、主食の進む味だ。玄米は初めて食べたが、素朴な味で、調べたカロリーもパン類より低い。
「ユウからミルフィーユ鍋って聞いたときは何が出てくるんだって感じだったけど、これならオレ、いくらでも食えるわ。肉感とかも結構あるし」
「ヘルシーと聞いていたから、ずっと野菜ばかりなのかと……
「普通に美味い!! マジで美味いな!! リンさんすげえ料理上手だな!! うん、うまい!!」
「それしか言えないのか、お前は……
 ジャミルが呆れたように言う。リンは「作り甲斐があるよ」と微笑んで、ヴィルの方へと向き直った。
「で、どうだい、リーダー殿。こういうのが四週間」
……
 カロリーを抑えるというヴィルの方針には、間違いなく沿っている。加えて、菓子類の没収で反抗的だった高校生男児の欲求も満たしている。これは精神的安定に大きく繋がる。それはつまり、チームに余裕が生まれることを指す。
 リンは間違いなく、このチームのサポートに適している人物だと、ヴィルはようやくきちんと判断することができた。判断材料が少ない故に、自分の案に従わせた方がいいという決定こそ、安易だったのだと知る。
 身を乗り出したリンに、ヴィルは口の中に入れたものを飲み込んでから言葉を発した。
「最初からこういうのだと言ってくれれば良かったのよ。これから四週間、よろしくお願いするわ」
「悪いね、余裕がなくって」
 二人は改めて握手を交わした。素晴らしい、とルークがぱちぱち拍手する。その横で、エペルが瞠目してそのやり取りを見ていた。
「実にセ・ボン! トレビアンと言う他無い! 賛辞の語彙が無い事を恨めしく思ってしまうほどだ。また勉強し直さなくては」
「いや、たかだかミルフィーユ鍋にそこまで褒められても」
「こんなシェフに恵まれるなんて、我々は運がいいね! 明日からのトレーニングにも一層力が入るというものだ! 改めて感謝を捧げよう!!」
…………
「いちいち大げさな男なのよ、喧しいけど気にしないで」
「あんたがそう言うならそうしよう。ありがとね、ルーク」
 ヴィルの言葉に、リンは苦笑を堪え切れなかった。一方のルークは気にしていないのか、恭しく礼までしてみせる。
 結局、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋は、好評のうちに完売御礼となった。
 後片付けには、ジャミルが進み出てくれた。エペルとデュースも、率先して片づけを手伝ってくれた。それ以外の宿泊者には、グリムが風呂掃除などを指導することになった。
「いやあ、好評で良かった良かった」
「本当に美味しかったです」
「それに鍋で安心した?」
「う、……はい」
「ははは」
「信用してないわけじゃないんです」
 言い募るジャミルに、「いいよいいよ」とリンは笑って返した。ユウも「気にしないでください」と微笑む。
……すみ、……ありがとう、……ございます」
 ジャミルがもにょりと口を動かす。二人は揃って「どういたしまして」と返した。
 同じ釜の飯を食うことが毒見をする必要の無くなることに繋がらないエペルとデュースは、三人のやり取りを不思議そうな顔で聞いていた。
 こうして、合宿の初日は恙なくその幕を閉じた───筈、だった。

 翌朝、エースとデュースの無残な姿が、談話室で発見されるまでは───