桜霞
2022-10-01 17:03:09
40397文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

皮相浅薄

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/11/20にpixivに投稿したものの再掲です。







 ハロウィンウィーク、最終日。
 今日も朝から、ナイトレイブンカレッジはたくさんのお客で大盛況だった。分厚いドアで隔てられた事務室にも、賑やかな喧騒が伝わってくる。
 不意に、その喧騒が一際大きく膨らんだ。
「戻った」
「あら、おかえんなさい」
 かと思えば、教師陣が揃って姿を見せた。ドアがゆっくりと閉まって、すぐに喧騒も萎び、隔たりの向こうに置き去りにされる。
「どうでした、マジカメモンスターは」
 事務局長が、どこか緊張を孕んだ声で聞いた。
「それが、さっぱりでしてな」
「は、さっぱり」
 トレインが、どこか険しい、けれども不思議そうな顔で言う。
「どこにでも沸いていたモンスターが、一夜にして一掃されたようで」
「どこもかしこも忙しそうだが、特に問題は無いように見受けられた」
 クルーウェルが、トレインの言葉を引き継ぐ。クロウリーは、思案する素振りを見せながら言った。
「昼まで様子を見る必要は依然あるとは思いますが、このままでしたら、パーティは予定通り開催することができそうです」
「ちゅーことは、ケータリングに追加連絡は無しですね」
「やった!」
 経理が諸手を挙げて喜ぶ。リンは素知らぬ顔で、差し入れのコーヒーをちまちま口に含んだ。
 その頭には、依然、般若が居座っている。
……リン」
「はい?」
…………お前、ユウからなにか、聞いてはいないか?」
「ユウから? ……何をです? 特に不安やそういう異常などは、今朝は昨日と同じであまり見えませんでしたけど」
「いや、……それならいい」
 違う、その話ではないと言いかけて、けれどもクルーウェルは口を噤んだ。
 とにかく、結果良く収まりそうになっていることには変わりない。
 リンは「そうですか」と再びコーヒーをちみちみ飲みだした。
 その態度がどこか飄々としていることに、気付いた者は誰一人としていなかった。
 皆、何故マジカメモンスターが一夜にして消えたのか、そちらの方に気を取られていたからである。





 ◆





 ハロウィンの夕暮れは、爽やかな紫苑の色に染まる。
 もう間もなく日が沈む。一日遊び倒した心地よい疲労と共に、そろそろ家に帰ろうかという時分だ。
 ナイトレイブンカレッジを訪れた誰も彼もは、パーティを楽しみにする者、満足したのでもう帰る者とに分かれ始めていた。
『皆様にお知らせ致します』
 不意に、それまでどこからか流れていた、恐ろしいながらに魅力的なBGMが溶けるようにして消える。
『あと30分で、ナイトレイブンカレッジプレゼンツ、ハロウィンウィークスペシャルパレードが始まります』
 代わりに各会場へ響いたのは、事前に公表されていた予定に無い、サプライズのお知らせだった。
『ナイトレイブンカレッジの学生たちとゴーストが繰り広げる奇妙な世界。どうぞお楽しみに!』
『なお、今後の天候により、公演は中止となる場合がございますので、予めご了承ください』
 パレードだって、とにわかに各会場が色めきたつ。
 ここまでのものを見せてくれたナイトレイブンカレッジが、果たして今度は一体何を見せてくれるのか。
 期待にざわめく人々は、次から次へと生徒たちに押しかけて、パレードが一体どこで行われるのかを聞き、どこからが一番綺麗に見えやすいのかなど、いろいろと聞いて回った。



『メインストリートにお越しの皆様に、お知らせ致します』
『まもなく、ハロウィンウィークスペシャルパレードが始まります』
『モンスターやゴースト達が繰り広げる、ファンタジーとスリルが融合した奇妙な世界を、どうぞお楽しみください』
『なお、公演中は、照明が暗くなりますのでご注意ください』
『ハロウィンウィーク運営委員会がお送りする、ナイトレイブンカレッジ、ハロウィンウィークスペシャルパレード、まもなく始まります』


 ざわめきが、これでもかと大きく響いたパイプオルガンに掻き消される。続けざまにヴァイオリンが駆け出して、シンバルが響き渡った。

「ハッピーハロウィーン!!」

 一糸乱れぬ掛け声と共に、正門の方が歓声に包まれた。
 今回、ナイトレイブンカレッジのハロウィンを一躍世界に広めたゴーストたちが現れたのだ。
「BOO!!」
「イッヒッヒ!!」
 きゃあ、と黄色い歓声が上がる。
 ゴーストに続いて、マレウス・ドラコニア率いるディアソムニア寮の生徒たちが入場した。沿道にちょこんと座っているこどもを、リリアが「ばあ!」と脅かしに行く。
「受け取れ人間!!!」
 ばさぁ、とキャンディが宙に放られた。セベクに芝居の指導は必要ないだろうな、とシルバーはなんとはなしに思った。
「トリックオアトリートっスよ〜!!」
 重い衣装を着ているにも関わらず、ラギーは身軽にメインストリートを行ったり来たりした。
 サバナクローのテーマは海賊なので、キャンディバケットを持っている生徒はいなかった。
 海賊は与える者ではない。略奪する者だ。
 ラギーは小さいこどもにも容赦なく「BOO!!」と脅かしに行き、こどもは泣き顔になって両親にしがみついたり、「ぶーー!!!」と仕返ししたりした。
「ハッピーハロウィン!」
 脅かした後は、にか、と笑って手を振っていく。ひょんと揺れる白銀の尾を横目に、隻眼の船長に扮するレオナは悠然とストリートの中央を進んだ。
「キャンディメイカー!! なんちゃって!! ハッピーハロウィンだぜ!!」
 ラギーに負けじと、カリムもメインストリートのあっちこっちを行ったり来たりした。カリムがくるりと回って衣装を翻した直後、ぱっと夜空にキャンディ達が散る。
 かと思えば鋭い爪を立てて「BOO!」と客を脅かして楽しそうに笑ったりと、カリムはくるくるぱたぱた、忙しなく表情を変えた。
 それをどこか遠い、生温い目で視界に入れながら、ジャミルは沿道の客に手を振ったり、「キャンディ足りなくなりそうだ!!」というカリムに自分の分を分けてやったりしていた。
 がしゃん、がしゃんと鎧の擦れる音は、盛大な音楽にも負けず、観客の耳に届いた。
「兄さん、人がたっくさんいるけど、平気?」
「そりゃあパンプキンヘッドを被ってる拙者は無敵故」
「良かった!!」
 オルトが心底嬉しそうに、にか! と笑った。ような気がした。パンプキンヘッド(オルトサイズ)に隠されて見えなかったけど、自分の予想は外れていないという確信がイデアにはあった。
 だから、頑張れる。平気だと言ったのは半分くらい嘘だけど、それでもパンプキンヘッドと、オルトがいるから、大丈夫。おそるおそるこちらに手を振るこどもに、そっとキャンディを投げてやるくらいならできるのだ。
 がしゃんがしゃん言いながら進んでいく漆黒の騎士達を追いかけるようにして、その日一番のサプライズが現れた。
 メインストリートをゆっくりと進む、ナイトレイブンカレッジのハロウィン要素が詰め込まれたフロートである。
 マストのない船の上には、代わりに龍が羽ばたき、墓標が建てられ、仮装に身を包んだ生徒が数人、乗り込んでいた。
「あっ、モンスターのねこちゃん!!」
「グリムさまと呼べ!!」
 グリムさま〜!! と黄色い歓声が揃う。グリムは「にやっはーー!!」とぴょんぴょこ飛んで、ふなふな青白い炎を吐いた。
「グリちゃん、落ちないでね〜!!」
「ふふふ、楽しそうで何よりです」
「あんた達も、ファンサービスをしっかりなさい」
「は〜い!!」
「かしこまりました」
 フロートがゆっくり進む、その周囲を、スケルトンたちがまるで先導するかのように進んだ。
「合言葉は〜!?」
 トリック・オア・トリート!! と観客達の声が揃う。直後、ぱあっ、とキャンディの雨がその場に降り注いだ。歓声が上がり、次々と手が宙へと伸ばされる。
「グリムのやつ、めちゃくちゃはしゃいでんじゃん……
「落ちてきたら、僕達で受け止めてやらないとな」
 エースとデュースが頭上を注意している一方で、リドルとトレイは沿道の客に声をかけていた。
「きみ、その長い足を少し引っ込めておくれ。危ないからね」
「自撮り棒も、今だけ少し短くしておいてください」
 はーい! と元気な返事が賑やかな音楽に溶け込んでゆく。二人はにっこり笑って、「ハッピーハロウィン!!」と見事な連携でキャンディシャワーを降らせた。
「ジェイドぉー、オレもフロート乗りてぇー!」
 フロイドが遠慮なく声を張り上げる。キャンディを沿道へばら撒きながら、ジェイドは大して困っていない表情で「おやおや困りましたね」と嘯いた。
「フロイド、動くフロートに無理矢理乗り込むのはいくらお前と言えど危険です。諦めなさい」
 長い手足を船のヘリに引っ掛けようとしていたフロイドを、アズールが引っ張って止める。「ケチィ〜〜〜」とフロイドはずるずる引きずられて行った。かと思えば、アズールの持っているキャンディバケットの中に手を突っ込んで、「ハッピーハロウィ〜〜〜ン!!!」とキャンディを爆発的にばら蒔いたりするなどした。
「フロイドが楽しそうで何よりです」
「ほんと、いつもこのくらい聞き分けがいいと助かるんだけど」
「おや。それではフロイドとは言えませんねえ」
 ゆるり、ジェイドが目を細めて鮫歯を垣間見せる。ヴィルはこれ以上問答を繰り広げるのも無駄な気がして、一つ小さく嘆息した。
「アンニュイな表情も美しいよ、ヴィル!!」
 フロートの後方から、ルークの声が歓声と音楽にも混じって溶けるように響いてくる。
 舞台上であるので、ヴィルは「当然でしょ」と声を張り上げることこそしなかったが、───その天鵞絨 ビロードのマントを、それはもう優雅に、華麗に、大胆に翻して見せた。
 その仕草に目を奪われたのは、何も観客だけではなかった。
……!」
 ルークとヴィルのやりとりをなんとはなしに見ていたエペルも、その美しさに視線を奪われた。
 美しいものに魅入られると、それを真似てしまいたくなるのがヒトの性である。
……
 けれども、エペルはその衝動を堪えきった。そして、代わりにと言わんばかりに、「BOO!」と観客を脅かしに行く。
 その様子を、ルークは微笑ましく見守っていた。
「ハッピーハロウィン!!」
「イッヒッヒ!!」
 パレードの脇を、中央を、ゴースト達がすり抜けて、行ったり来たりを繰り返す。
 彼らはパレードの最後尾まで戻ってくると、ユウとリンが持っていた大きな横断幕を、魔法でふわりと浮かせて見せた。
 ナイトレイブンカレッジ、また今回このパレードを行うにあたり、支援を行ってくれた賢者の島の協賛先がずらりと刻まれたそれが、魔法の光を受けてきらきらと光る。
 ユウはどきどきしながら、パレードが始まる前にクルーウェルに手渡された小ぶりのステッキを構えた。そしてゆっくり肩の力を抜き、「───ハッピーハロウィン!」えいっとばかりにステッキを振り上げる。
 瞬間、ステッキの先につけられた魔法石がきらりと光り、ぱあんと音を立てて四方八方に光を放った。
 ぱん、ぱん、ぱん、と続けざまに跳ねた光が、キャンディやクッキーとなって、観客に降り注ぐ。
「すごい!!!」
「魔法のクッキーだぁ!!!」
「もういっかい、まほーつかいさん!!」
 こどもが身を乗り出して声を張り上げる。ユウは本当にどきどきしながら、お腹に力を入れて、大きく息を吸った。
「合言葉はー!?」

 一拍、置いて。

「トリック・オア・トリートー!!!」

 大歓声が、一息に揃う。

「───ハッピー、ハロウィーン!!!」
 一際大きな光が、ぱあんと跳ねる。
 興奮やら嬉しさやら何やらで、ユウはなんだか、泣き出してしまいそうだった。
 ユウの様子を見守りながら、般若のお面を顔が見えるように斜めにつけたリンは、昨晩、マジカメモンスターを追い払った時の装いに身を包んでいた。ヴィルの指示だ。ひとつ違うのは、スタッフジャンパーを着ていることである。
「あっあれスタッフさん!?」
「鬼のスタッフさーん!!」
 リンは苦笑して、観客に手を振り返してやった。ウワすげー美人、と誰かがぼやいたのは気の所為だろうか。からころという足元の下駄の音さえ聞こえない。
 やがて、リンが最後のパーティ会場に辿り着く。リンは予め用意されていた魔法の無線機を手に取ると、んん、と少しだけ咳を払って、喉の調子を整えた。
『ナイトレイブンがお送りいたしました、ハロウィンウィークスペシャルパレード、お楽しみ頂けましたか?』
 マジカルなミラクルで、会場に設置された拡声器から、リンの声がやんわりと響く。
『この後も、ナイトレイブンカレッジで、素敵なハロウィンのひと時をお過ごしください』
 無線機を切ったリンは、さて、と気合いを入れ直した。忙しいのはここからだ。ヴィルに衣装を返した後、パーティの食事のサーブを手伝わなければならない。
 グリムと合流したらしいユウが「リンさん!」とこちらに手を振っている。ざわめきが辺りを支配する中で、リンは「後でね」と声を張り上げた。はーい! とユウの声も返ってくる。
 リンは、さっとその身を翻し、人混みの中へ紛れて行った。





 ◆






 明るく賑やかなメインストリートからは目を背け、リンは自分の仕事に集中した。ジャンパーにスラックス、また顔が見えるようにしているとは言え般若のお面をつけているとなれば、パーティの中では目立ってしまう。
 例年の「仮装をしていれば誰でも参加出来る」といったルールは形骸化したので気にする事はないと言えばないのだが、それでリンが心から楽しめるのかと言われればそうでもない。

 ───せめてヴィルに衣装を没収されなかったらなぁ

 しかしエンターテインメントを提供する側の拘りがそれこそ鬼のように強いヴィルは、黒子役には今の格好の方がマシだと言うだろう。リンとてそう思う。何せ汚れても全く問題ない格好だ。
「あ、あれ、鬼の……
「ほんとだ、スタッフさん……
 ひそひそと、時折交わされる会話も気にかかる。マジカメもスマホもやっていないリンにはとんと心当たりがなく、なんだか据わりが悪い。

 ───影の方でひっそりしてるのがいいかも……

 休憩時間になったらユウたちを探す約束をしていたけど、ここのところ気の休まる時間がなかった。たまには一人でのんびりする時間があってもいいはずだ。
 約1ヶ月間、休日返上の毎日残業だったし。
 最後の方はプライベートスペース侵されて常に神経張り詰めてたし。
 ユウが泣いてしまったので、ずっと気を遣っていたし。
 マジカメモンスターはところ構わず出てくるし。
 トドメに生徒の悪巧みに巻き込まれてSAN値チェック入りかけるし。
 ダメ押しでパレードからパーティ終わりまで怒涛の裏方作業がまだまだ待ち受けておりますし。
…………
 それにしては、缶コーヒーを一本買うのを躊躇うくらいには雀の涙な給金ですし。

 ───まぁ今日はパーティのおこぼれに預かれる訳ですが

 それもなんだか情けなくて、リンはちょっとだけ鼻の奥がつんとした、ような気がした。
 この二ヶ月のことを考えても、自分はよくやっている。舐められないようにしながら他のスタッフに取り入って、仕事を勝ち取って、学園長と交渉して、なんでかトラブルに巻き込まれまくるユウとグリムを見守って。
………………
 これまで、敢えて目を背けて、考えないようにしてきたことが、次々と噴き出しては零れていく。
 リンはコーヒーを一息に煽った。苦味と酸味が口の中にめいっぱい広がって、急落しそうだったメンタルを堰き止めてくれる。
 落ち込んでる暇なんてない。休憩時間はそろそろ終わる。私は魔法なんて使えないんだから、他のスタッフみたいにパーティを楽しみながら魔法で仕事を片付けるなんて芸当、できやしないのだ。

 ───ユウのステッキ、私も使ってみたかったなぁ

……アレかな、ホルモンバランスとか自律神経のせいかな、こんなメンタルになっちまってんの……
 こういう時こそ体を動かすに限る。リンはよっこいせと立ち上がると、使い終わったソーサーを纏めておくラックに自分が使ったものを置き、ついでにそれを業者のところまで運ぼうと、腰を屈めて取っ手に手をかけた。
「よい、しょい!?」
 直後、ふわりとラックが浮き上がる。
「ほぁ!?」
 魔法か、誰だ、と音を立てて周囲を見渡したリンの視界に、魔法石を軽く掲げたトレインが映った。
「と、トレインせんせ、」
「精が出るな」
 ふわり、ラックが宙を滑って台車に乗せられる。
……人をびっくりさせないと登場できない呪いにでもかかってるんですか……?」
「偉大なるマジックにサプライズは付き物だからな」
「えぇ……
 飄々と嘯くトレインに、茶目っ気のある人だなぁ、とリンは思わず相好を緩めた。
「先程の衣装は他の生徒同様、シェーンハイトに回収されたのか」
「あぁ、はい、まぁ、そうです」
 できれば普段使いしたかったんですけどね、という言葉はさすがのリンも胃の腑に飲み下した。
「残念だな。今の格好よりかはマシだったが」
「、」
 淡々とした声が、リンの胸にぐさりと突き刺さる。
「くたびれたシャツ、よれよれのスラックス、汚れた革靴に古いジャケット……
 リンはもう、トレインの方を見向きすることも出来なかった。
 泣きっ面に蜂とはこの事だろう。踏んだり蹴ったりじゃねーか、と内心で罵詈雑言をぶちまけるリンはとっくの昔に泣いていた。
「スタッフとしてはギリギリ最低ラインだが、パーティ参加者としては頂けないな」
……ご心配なく。後はもうほとんど片付けだけなので」
 存外、平坦な声が出る。リンはそれにもなんだか打撃を受けてしまって、意識して眉間に皺を寄せ、力を入れた。
 トレイン先生のことだから、学園の体面とか、ドレスコードとか、きっと気にしてらっしゃるんだわ。生徒の皆も、式典服に着替えているし。何より、一般客の目のあるところだし。
 そろりと般若のお面に手を伸ばし、上手く力の入らない指で、それを顔の真正面に持ってくる。なんとなく、今のリンの顔を、誰にも見られたくはなかったのだ。
「人の話は最後まで聞きなさい」
 ぴしゃりとした声がそっとその場所を離れようとしたリンを引き止める。リンはお面を顔の真正面で持ったまま、どうにか視線だけでトレインの方へと向き直った。
「確かにスタッフもパーティ参加者と言えるだろうが」
 トレインがぱらぱらと指を動かして、なにか調子を確かめるような動きをしはじめる。リンは瞬いて、先生は何をしているんだろうと小首を傾げた。
「君はもうそろそろ、スタッフを休んで、一人のレディとして振る舞うべきではないかね」
 こんこん、と節くれだった指が互いの調子を小突いて確かめるごとに、小さな魔法の粒子がぶわりと広がって大きくなっていく。
「、へ」
「とにもかくにも、マジカメモンスターは居なくなった。般若はお役御免だろう」
「え───」
 般若が、リンの指からすり抜けていく。
 リンの視界を、眩い光が、優しく覆った。





 ◆





 今となっては魔の四日目と呼ばれた過日ほど、メインストリートは大勢の人でごった返す、ということはなかったけれど、それはそれとして知り合いを見つけるのには難儀するくらいに、パーティ会場は賑わっていた。
 加えて、ユウにも、グリムにも、ましてやユウ達と会うことを約束してくれたリンにも、スマホなどの連絡手段は支給されていなかった。ゴーストたちのように自力で得られれば良かったが、生憎先立つものがない。
 結局、ユウには人の合間を縫って辺りをきょろきょろ見回すことしか、リンを探す方法は無かった。
「どしたの、ユウちゃん。きょろきょろしちゃって」
「なにかお探しですか?」
「あ、はい! えっと、そろそろリンさんが言ってた休憩時間になるので、会えないかなって……
「スマホは……確か持ってなかったわね、そう言えば」
 そうなんです、とユウが眉を下げる。
「大丈夫かな……ご飯、食べれてたらいいんですけど……
「そんなに忙しいの? 他の職員さんなんか、飲んで騒いで楽しそうだよ?」
 図ったかのように、わははと野太い笑い声が辺り一帯に響いた。うるせえなぁと言わんばかりにグリムが半眼になる。
「リンは魔法を使えねーからな。あいつらみてーに食いながら仕事するなんてことはできねーんだゾ」
「あぁ、そっか」
「なるほど。あれは、サボっている訳ではなかったんですね」
「今日ぐらい、お休みをもらってもいいと思うんですけど……ここの所ずっとお仕事に行ってましたし……
「え、」
 もしかして、とケイトが瞠目しながら言った。
「なんかリンちゃんさんずっと事務に居るなーって思ってたけど、もしかしてほんとに一ヶ月ずっと休み無しで事務室に出勤してたの!?」
「おやおや、これはとんだ労基法違反ですねえ」
「リンさんは平気だって言ってるんですけど、疲れないはずないんですよ。リンさんだって人間ですし……鬼じゃないし……昨日のリンさんはかっこよかったなぁ……
 噛み締めるようにして言うユウに、ケイトとジェイドは苦笑した。ヴィルも、呆れたように嘆息する。
「アタシを差し置いてあれの話をするのは苛つくけど、まぁいいわ。ハロウィンだしね。しかもパーティの真っ最中。どうせ一人ぐらい抜けても誰も気付かないわよ。さっさと探していらっしゃい」
「オレも手伝おっかな〜リンちゃんさんにはお世話になったし!」
「ありがとうございます、ケイト先輩。えぇっと、リンさんならたぶんメインから外れて人混みの少ない暗いところを移動に使うと思うので……

 ───普通会って二ヶ月かそこらの大人の思考回路ここまで読めたりするもんなの?

 しかしケイトにそこまで突っ込む余裕は無かったので、大人しく黙ってユウの話を聞くことにした。
 後日この話をイデアに(ほぼ無意識に無理矢理)聞かせたところ、イデアは「なるほど強火担のオタクですな」とだけぼそりと呟いた。ケイトにはよく分からなかった。
「あ、ユウちゃん、あっちのあたり、ラックが積んであるよ」
「! じゃあその辺りで待ってればリンさん、見つかりますかね……?」
「あら、呼んだ?」
「!!」
 ふと飛び込んできた声の方へ、反射的に振り返る。
「あぁ、ユウだったの。ちょうど探そうと思ってたのよ」
 夜空の絹に散りばめられているのは、小さな小さな、星の光。
 上品なシルエットをしたドレスを纏ったリンの姿が、夜闇からゆっくりと浮き上がる。
「───リンさん!!」
 美しい、その姿に。ユウは我が事のように喜色を滲ませ、大興奮で駆け寄った。
「すごい!! すごく綺麗!! 綺麗ですリンさん、綺麗……
 ほう、と溜息までつく始末。リンは小さくはにかんで、「ありがと」短く礼を言った。大きなとんがり帽子がひょこりと揺れる。
「お揃いよ」
「ひゃあ!! お揃い!!」
「オレ様ともお揃いか!?」
「そうね」
「へへん!!」
 グリムがひょん、と嬉しそうに尻尾を揺らした。
 柔らかく細められていた眦が、ふと、ぽかんと呆けて固まってしまったケイトへ移る。
「ケイト? どうした、大丈夫か?」
…………へっ!? あっオレ!?」
「うん、オレ。写真撮る?」
「へっ!? いいの!?」
「えっ、撮らないの? 撮らないでもいいけど」
「と、撮りたいけど、撮ってもいいの!!?」
「お前どうした?」
 ほらおいで、と夜空をそのままレースにしたような袖に覆われた細いしなやかな腕がケイトを手招く。ケイトは手招かれるがまま、ふらふらとリンの傍に立って、なんとかぱちりと一枚、一緒に写真を撮ることができた。

 ───ヴィルくんと写真を撮るひとの気持ちが分かった気がする……

 首元を覆うハイネックは少しだけ透けていて、黒い刺繍が鮮やかな紋様を刻んでいた。肩の辺りから広がる袖はゆったりとしていて、幾重にも重なる袖がまるでオーロラのようにも見える。すとんと真っ直ぐ落ちるスカートはリンのスタイルの良さを際立たせていたし、リンが小さく体を揺らすと、まるで水の中を揺蕩うがごとく、ふわりとした裾がその動きを引き立てる。
 大きなとんがり帽子はその表情に影を落とし、唯一真っ赤に彩られた唇だけが鮮やかだ。

 ───綺麗すぎて、いっそ、引く

 なんとなく、ぽちりと写真を確認する。
 少しだけはにかんだリンと、満面の笑みを浮かべているユウ、そしてグリム。隅の方に映っている、自分。
 ケイトは今この瞬間ほど、このシルクハットに黒のレースをつけて大正解だったなと心底から思った。
「リンさん、あっちのご飯食べました!? めちゃくちゃ美味しかったんですよ!!」
「オレ様が取ってきてやるんだゾ!!」
「まだなんにも食べれてないから、お腹減ってる」
「いっぱい食べましょ!! めちゃくちゃエスコートします!!」
「頼もしいなぁ」
 柔らかく、リンが微笑む。ユウは興奮冷めやらぬまま、それでもケイトにも気を遣った。
「ケイト先輩は、どうされますか? 皆さんのところに戻られます?」
……うーん」
 それもアリだなぁ、とケイトは正直にそう思った。
 本当はリンにこの一ヶ月なんだかんだ助けてもらったささやかなお礼をしたかったのだが、なんだかどうにも居心地が悪い。プレゼントを用意した相手が、自分が用意したプレゼントよりも何倍も素敵なものを持っていたときの感覚に似ている。

 ───でも、お世話になったの、別にオレだけじゃなくね?

 ケイトは、先程の動転っぷりから一点、「オレも一緒にエスコートさせてもらおっかな!」とにっこり笑った。
「ほんとですか! 是非是非!!」
「ユウちゃんたちはともかくとして、オレだけこんなリンさんと一緒だったなんて知れたら、後で何言われるか分かんないし!」
 どうせだったら皆が皆このひとの変貌っぷりにやられてしまえばいいのだ。そして何かしなければならない気もするけどうっかり手を出すわけにもいかない緊張と興奮に訳が分からなくなってしまえばいい。先程のケイトのように。
 つまりは死なば諸共 そういうことである。
「さっきグリちゃんが行ってくれた方も美味しかったけど、オレちゃん的にはこっちもオススメかな!! エースちゃんたちが居る方ね!!」
 ケイトは張り切って、リンの手を引くユウを先導した。

 以後、パーティ会場に、ハロウィンらしく悲鳴が轟いたとか、轟いていないとか。
 後日、リンが魔女と呼ばれるようになったとか、なっていないとか。
 それはまた、別のお話。




 HAPPY HALLOWEEN!!