桜霞
2022-10-01 17:03:09
40397文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

皮相浅薄

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/11/20にpixivに投稿したものの再掲です。







 翌朝になって、リンはクルーウェル経由で「今日は昼から出勤するように」との旨を言伝られた。
 昨日はたくさんの生徒が出入りし、オンボロ寮内が賑やかだったため、一般客は立ち入らなかったが、それ以上に、ベンチによる立て看板という、物理的にドアを開けられなくする仕掛けが功を奏したのではという意見もあったのだ。
 このベンチ=看板が効果のあるものなのかどうかはっきりさせるために、午前中は敢えてオンボロ寮は静かなままにしておき、万が一の時のためにリンを置いておく、ということになったらしい。
「リンさん、さつまいもご飯、もう余ってねえの?」
「なんで?」
「昼飯用に……なんだっけ……オニギリ? にしようと思って」
「そうか。なんでと聞いといてあれだけど、もう無いよ」
 今朝で完売、と聞いたエースは、心底から残念そうな顔で塩のきいたさつまいもご飯を殊更丁寧に食べた。
 結局、昨夜は何かあった時のためにと称して、エースやデュース、ジャック、そして元々宿直の日だったクルーウェルがオンボロ寮に泊まることになった。一晩で掃除するには四部屋が限界だったのだ。
「つーか、他の面子は? まさか寝坊なんてことはねーだろ?」
「ジャックとデュースなら、委員会の会議があるからって、先に学校に行ったよ」
「うえ、マジか。クル先は?」
「あんたたちクルーウェル先生のことクル先なんて略してんの?」
「秘密な、リンさん」
「クルーウェル先生は、お仕事あるし、皆が起きてくる頃にはご飯食べてたみたい」
 そう言いながら、ユウは「ごちそうさまでした」と手を合わせた。てきぱきと食器を片付けて、すぐに「リンさん、行ってきます」と声をかける。
「え、もう行くの?」
「グリムが委員会に文句言うって聞かなくて」
 見計らったかのように、「子分!! 早くしろ!!」とグリムの苛立った声が響く。
「先に行ってるね」
「おー、後から追っかけるわ」
 ユウはひらりと夜色のマントを翻しながら、階下へと急ぎ足で降りていった。
 ほどなくして、エースも「ごちそうさんっした」と人当たりよく会釈して、オンボロ寮を後にした。
 静けさが、辺りを支配する。ゴーストもいないらしく、リンはようやく、全身を思いっきり伸ばしてから脱力し、ほっと一息ついた。
 一夜限りのオンボロ寮食堂は、大層評判が良いままに閉店した。食材調達に関しては心配しなくても良かったとは言え、流石のリンも、最後の方はくたくたになって、洗い物はすべてゴーストに任せていた。
 明けて今日、泊まっていった野郎共を見送って、台所下にストックしてある調味料を確認し、リンは「うわ、」と声を上げた。
「物の見事にすっからかんだわ……
 料理の際に使われるのは何も食材だけではない。出汁や醤油、みりんなど、調味料もあっという間に減っていく。これは新しく買い足さねばならないだろう。
「サムさんは昨日、さつまいもとかお茶っ葉とか融通してくれたらしいからなぁ、あんま値切り交渉したくないな……うーん急な出費…………

 ───美味しかったです!!

 ───ごちそーさぁっしたーーー!!!

 ───わーっしょい! わーっしょい! わーっしょい! わーっしょい!

 ───次いつやる!?

 ───またやる時教えて!!

 見知らぬ生徒たちの、どこかほっとした、柔らかな笑顔が、次々と脳裏に明滅する。

…………ま、いっか!」

 リンは上機嫌で買い物リストに調味料と付け加えた。
 料理は心映え。どこかの誰かもそんなことを言っていた。みみっちいことは大事だが、気にしすぎているようでは器の底が知れるというもの。
 こんな一般家庭の味でも、ここ五日間頑張ってきた生徒たちの息抜きになったのなら、これ以上のことは無い。
 リンは料理人ではなかったので、己の料理にプライドもへったくれもなかった。ただ美味しいと喜んでもらえたことこそが、純粋に嬉しかったのだ。

 ───まずはシーツを洗濯機に放り込んで、その間に掃除して、外で干したいけどお客さん来るから中で干して、サムさんの店が混み出すより前には調味料買いに行って……

 ガンガンガンガンガン!!!

「うぉ、」
 不意にけたたましく響いたノックの音に、リンは思わずびくりと肩を跳ねさせた。
 こんな朝っぱらから、誰だろう。さては昨日泊まった奴らが忘れ物でもしたかしら。
 リンさーん、と玄関の向こうから声もする。リンは「はいはい」と目を丸くしたまま扉を開けた。
「なぁに、どしたの」
「リンさん!!」
 おはよーございます!! といくつもの元気な挨拶が揃う。ケイトを初めとして、エペルやリリア、ラギー、そしてフロイドがにっこり笑顔を浮かべている。

 ───うーん、この、あからさまな感じ……

 リンは、片頬の内側を噛んで、苦笑しそうになる衝動を堪えた。
……おはよう。皆さんお揃いで、なんかあったの?」
「なんかあったどころじゃないんだなー、これが! とりま説明するから、お邪魔していい?」
「はいよ、どうぞ」
「おっじゃまっしまーす」
 ぞろぞろと、何か企み事でもあるらしい高校生たちは、すぐに談話室へと入って行った。
「お茶用意するから、ちょっと待ってな」
「オカマイナクー」
「手伝うっスよ、リンさん!」
「あ、僕も……
 ラギーとエペルがリンに続く。
 三人の姿が見えなくなってから、フロイドは堪えきれない様子で肩を揺らした。
「いやコバンザメちゃん、あからさますぎじゃん」
「これではもうワシらが頼み事をしに来たとバレておるじゃろうなぁ」
 リリアがけらけらと笑った。ケイトは「前途多難だな〜」と苦く笑って横髪を弄っている。
「なーにが。新人ちゃんだよ? 絶対協力してくれるって。小エビちゃんも言ってたじゃん」
「ユウがおれば、ワシらいらんかったんではないか?」
「そーだけど、ヴィルくんに演技指導だーって連れてかれちゃったから……
「ただいま戻ったっスよ〜!!」
 両手で器用にお盆を運びながら、ラギーが談話室に戻ってくる。何もすることがなかったらしいエペルはそそくさとリリアの隣に行き、リンはよっこいせ、と皆が座っている真向かいのソファに腰掛けた。その間に、ラギーがてきぱきと配膳を済ませてしまう。
「それで、何があったの」
「説明するより見てもらった方が早いかの」
「そだね! 単刀直入に言うと、昨日の深夜未明、学園にマジカメモンスターが侵入したらしくてさ」
「おっとこれは雲行きが怪しい。もしかしなくともケータリング全キャンセルか?」
「さっすがリンちゃんさん、話がはや〜い!!」
 ケイトがそう言いながら差し出したスマホの画面には、メインストリートが写っていた。
 深夜未明というだけあって、確かに暗い。ランタンの光だけがぼんやり光っている。それらをかき消してしまうほどのフラッシュが焚かれたのか、写真の笑顔はところどころ白飛びしていた。
 そして、メインストリートに並んだグレート・セブンの銅像は軒並み地に伏している。どうやら撮影者は台座の上に立っているらしかった。
 とある写真は、ご丁寧に、元々あった銅像のポーズまで真似ている。ハッシュタグや投稿欄には、ごてごてと飾り付けられた気持ちの悪い文章ばかり。

 ───センスが無いとは、まさにこのこと。

「ハッ」
 リンは鼻で笑っただけだった。それでもその遠慮の無い嘲笑が、吊り上げられた口端が、全てを物語っている。
「それで? まぁ黙ったままではいないでしょうね」
 スマホがケイトへ返された。長い足が優美に組み変わる。フロイドは浮き立つ心のまま、にやりと鮫歯を剥いたし、ラギーは「シシッ」と小さく笑った。
「実はの、お優しい教師陣がワシらの安全を慮ったが故に、明日の午前中にはマジカメモンスターが一切おらん環境を作らねばならなくなったんじゃが」
……なるほど、お優しいわね」
 寧ろ、明日の午前中、つまり昼まで様子を見るという判断になったらしいことに、リンは少しばかり驚いた。
 本来ならば、今すぐハロウィンウィークを中止して警察を入れるべきだ。これは器物損害、名誉毀損、不法侵入など、様々な視点から立件することができる。
 それをしない、ということは。

 ───お優しい学園長のことだから、生徒のことやハロウィンウィーク最終日を楽しみにしていらっしゃるお客さんのこと、既に約束した取材の予定その他諸々を鑑みているんでしょうが

「なんかねぇ、サツには来て欲しくねぇみてえだよ?」
 可愛らしい声で、フロイドが言った。思案する素振りを見せていたリンが、口元だけでにやりと笑う。
……ま、私やユウがいるからね」
「あ、そーいうこと? アズールに言っとこ〜」
「寧ろなんで今までそれ使わなかったんだ?」
「いや〜ネタなら他にも」
「あらその話ちょっと詳しく」
「ちょいちょいちょい!! 悪巧みはまた後でやってくださいっス!!」
「話が脱線してます!!」
 ラギーとエペルが待ったをかける。よくやった、とケイトは内心で惜しみない拍手を送った。
 そして、また話が脱線しないうちに、と素早く言葉でもって切り込んでいく。
「先生たちは指示があるまで待てって言ってたけど、今のまま黙って待つだけなら、パーティできなくなるなんて分かりきってるじゃん? だから───」
「よし乗った」
「えっ、」
 うっかり、その場の空気が固まった。
……えっいや、判断早すぎない!? オレまだ何も言ってなくない!!?」
「ハナダイくん、まだるっこしーんだよ」
「急にディスらないで!?」
「いや、それはマジでフロイドの言う通り」
「リンちゃんさんまで!?」
 ショックを受けたらしいケイトがしょんぼりと肩を落とす。リンは何を今更、と言わんばかりの顔になった。
「あんなあからさまに『悪巧みに巻き込みに来ました!』って顔しといて、気付くなっつー方が無理だわ。何をするのかもまァ大体想像つくが、私は何すりゃいいんだ。後方支援か?」
「いやー話がトントン拍子どころかカッ飛びすぎていっそ訳分かんねーっスね」
「えっ、と、協力、してもらえるの……かな……
 だったら、とエペルが運営委員会委員長であるヴィルから言付かっている作戦を、端的に、分かりやすく説明した。
 リンはしばらくじっと黙ってエペルの話に耳を傾けていたが、やがて一言、「分かった」とだけ口にした。
……まぁ、真面目な話、パーティやりたいのは私達裏方も一緒よ」
「え、そーなんスか?」
 ラギーが意外そうに瞬く。リンは「そりゃそうよ」と少し大袈裟に頷いた。
「大口注文したパーティ用のケータリング、全部キャンセルなんてことになったら最悪だろ。金も嵩むし食材も全部無駄になる」
「───そりゃあ許されねえっスね……
 ラギーの声音が、がらりと豹変する。食に対し並々ならぬ情熱、いや拘り、いやさ勿体ない精神の染み付いているラギーなればこそのものだった。吹っ掛けたリンもちょっとだけ引くほど、その声音は恐ろしかった。
 リンはさり気なくラギーから視線を外した。
「とにかく時間が無いね。リリア、お前のとこの裁縫担当を貸しな」
「あい分かった」
「私は昼から出勤する。話があるならその前に済ませろ。十時かそこらの辺りはサムさんの店にいるから」
「ヴィルサンに伝えます」
「りょーかい!」
「買いもんスか?」
「調味料をね。で、強請る担当だろうお前らは、せいぜい教師陣にバレねーようにすること」

 ───バレてら

 ───あっちゃぁ

 リンの言葉に、フロイドとラギーは揃って内心で舌を出した。直後、リンがカッと音を立てて目を見開く。
「返事ィ!!」
「ア゛イ!!」
 二人はつい反射的に部活かというほど声を張り上げた。一方のリンは鷹揚に「よろしい」などと頷いている。
「あんた達が来たこと聞かれたら、愚痴ついでにお菓子たかられたって言うから宜しく」
「偽造工作に手慣れすぎてません?」
「誰もが通る道よ」
「どんな道だよ」
「ほら、そろそろ開門だろ。お客が来るよ!!」
 リンが手を叩いて急き立てる。生徒達はわらわらと揃わない足並みで玄関に向かい、器用にベンチを越えて行った。
「じゃ、リンさん、またね!!」
「さっきの話、アズールに言っとくねぇ〜」
「失礼しゃーッス」
「はい、行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
 エペルの声が、最後に響く。あっという間に見えなくなる生徒たちに、リリアは「青春じゃのう〜」と至極楽しそうに言った。
……はー、……もう卒業したんだけどな……
「なにおう、わしの前でそれを言うのか? それとも恥ずかしいのか? うん? 旅の恥はかき捨てじゃぞ!」
「それはまた別の話でしょうよ」
「そうでもあるまい」
……
 不意に視線を感じ、リンはそちらを見下ろした。
 血の色をした双眸が、弧を描いてこちらを見つめている。
「今のお主は、まさに旅の真っ最中じゃ。そうじゃろ?」
「───そうね」
 リンは嘆息した。視線を戻し、遥か遠い空の彼方を見晴かす。
……望んだことじゃ、ないけどね」
 小さな呟きは、翻る足音にところどころ掻き消された。けれどもリリアの耳は、しっかりとその全てを聞き拾った。
「裁縫担当、頼むわよ」
 オンボロ館に、気だるげな声が吸い込まれていく。
「───うむ! 任せておけ!」
 リリアは愛らしく、にっぱりと笑った。