桜霞
2022-10-01 17:03:09
40397文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

皮相浅薄

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/11/20にpixivに投稿したものの再掲です。







 己の荒い息だけが木霊している。いやそれよりも、耳元で太鼓を叩く心臓の音がうるさい。
 必死に体を動かしているから体は暑くなっているはずなのに、刻一刻と手先が冷えていく。四肢が強ばって、動かなくなっていく。
 体が重い。全力で走っているはずなのに、すぐに息が切れて、思うように体が動かない。

「───!」

 ようやく。
 ようやく、ぼんやりとしたランタンの光が視界に入る。走りにくかった土の道が、踵を跳ね返す石畳に変わる。
 メインストリートだ。グレートセブンの銅像が立ち並ぶ、正門への一本道。
「よ、よかった、」
 方々から、ばたばたと足音が響いてくる。そのどれもに肩を跳ねさせながら、誰かの心底から安堵した声が転がった。

 ───よかった

 この瞬間、この場所で。
 恐ろしい目に遭った彼らは、一様にそう思った。
 少しずつ息が整う。けれども、急に立ち止まったせいか、足をガクガク言わせる震えが後からやってきた。
 きゃらきゃらと、遠くにこどもの声が聞こえる。親子連れの客だろうか。
 自分たち以外の人間がいるということは、とにかく彼らを安心させて、恐怖に張り詰めた緊張の糸を解してくれた。
…………つー、かさぁ……あんなん絶対、パフォーマンスだったって……
「はァ……?」
 じわりと、空気に険が混じる。
「そんなこと言って、あんたがいの一番に逃げてたじゃん……
「あ?」
 ボソリと告げられた真実に、男のこめかみがぴきりと鳴った。
……なによ、ほんとのことじゃん」
「───そもそもの原因はお前の自撮り棒だろうが!!」
 びくり、怒鳴られた女の肩が跳ねる。ちょっとやめなよ、と一人が深く呼吸して息を整えながら間に入った。
「ほら……見られてるし……
……
……チッ」
 見世物じゃねえんだよ、と棘のある言葉が吐き捨てられる。校舎の方から駆け出してきた女性達は、思わず顔を見合わせた。
「あの……すみません」
 不意に、誰かが声を上げた。幾つもの視線が、吸い寄せられるようにして、声のした方へ集まる。
「もしかして、なんですけど……ここにいる皆さん、モンスターに襲われそうになって逃げてきた……んですか……?」
……
…………
 え、マジ? と誰かが口の中で呟いた。
 きゃらきゃらと、遠くでこどもの笑い声が響いている。
「俺ら、スケルトンに……
「私たち、ヴィ、ヴァ、ヴァンパイアに、」
「か、海賊の怨霊に追っかけられて!」
「首無し騎士……パンプキンナイトとかいうやつ……
「私たち、人魚? 人魚のマミー?」
「オレたちは龍に食われるとこだった……!」
「お、狼男から、必死で逃げてきて……っ!」
 情報が錯綜する。
 口々に言い募られるモンスターの情報が増えれば増えるほど、「自分たちだけじゃなかった」という安心感が広がっていく。
 ───同時に、「もし、彼らの言うことも本当であれば」という不安からくる恐怖も、じわりと広がって、滲んでいく。
 嫌な沈黙が、その場を支配した。
 きゃらきゃらと、こどもたちの声が響いている。
「っ……も、もう帰ろ! さすがに、街までは追ってこないだろうし、」
「そ、そうそう! 船に乗っちゃえばこっちのもんだし!」
 いっそこの空気にそぐわない程、明るい声がいやに響く。真っ先に一歩踏み出した女の細い踵は震えて小刻みに音を立て、それに応じた女の頬は、酷く歪に引き攣っていた。
「つーか……ほんとマジで、生徒が犠牲になったなら、もっと騒ぎになってるっしょ!?」
「それ、それな!! いくら同時多発的に事件起こったからって、そんなわけねーよな!!」
「寧ろパフォーマンスの方がしっくり来るって言うか」
「時間ギリギリだし、明日のためのリハとか!?」
「あ、それで他のお客さんいないんだ」
「マジか、俺ら最後かー!!」
 どこか空虚な、明るい男の声が、夜の闇に消えてゆく。
 確かに、メインストリートやその周辺には、自分たち以外の客の姿はない。
「───え、まって」
 きゃらきゃらと、こどもたちの声が響いている。

「じゃあ、この声って、……なに?」

 きゃらきゃら
 きゃらきゃら

 瞬間、その耳元で。

「───きゃはっ!」

 こどもの声が、木霊した。

「ッイヤアアアアァ!!!!!」
「キャアアアアアア!!!!!」
 降って湧いた恐怖が、反射的に彼らの体を動かした。誰かはバッグを振り回し、誰かが自撮り棒をがむしゃらに叩きつける。誰かは脱兎のごとく走り出し、逃げ出そうとした数人は何も無いところで毛躓いて、盛大にすっ転がった。
「は、はや、ひ、」
 手足も、何もかも、がくがくと震えて使い物にならない。全身が己の言うことを聞かないし、脳みそはまともに何をどうすればいいのか、判断をしてくれない。頭の中は真っ白で、───その視界へ、不意に、手が差し伸べられた。
「大丈夫ですか……?」
 小さな手だ。細い指だ。優しくかけられた声は柔らかく、こちらを心配する慈しみに満ちていた。
「、ぁ……
 ランタンに照らされたそのひとの顔は、素朴なものだった。大きなとんがり帽子が、少しだけずれている。もう一方の手にはジャック・オー・ランタンの形をした入れ物がぶら下がっており、その中には色とりどりのお菓子が放り込まれていた。
 その手を取ろうとして、けれども男はびくりと一度、大きく震えた。夜色の外套が夜闇に溶け込んでいて、シルエットがまったく分からなかったからだ。
「あ……ありがと……
「いえ」
 外套の下には、見覚えのある制服が垣間見えていた。どうやら───おそらく───彼は、この学園の生徒らしい。どちらかというと中性的な顔立ちをしているので、分かりにくかった。
「皆さんも、どうされたんですか? なんというか、顔色が……今にも死にそうな土気色……
「それ、は……、」
「こどもの声が聞こえませんでしたか……!?」
 細い踵が、強い音を立てて石畳を削る。詰め寄られた生徒は、困惑しきりで何度か目を瞬かせた。
「こ、こども?」
「声よ、声が聞こえたのよ!!」
「あなたこの学園の生徒なんでしょ、魔法使えるんでしょ!? さっさと倒してよ!!」
「お、落ち着いてください……!! こどもなんていませんよ……!?」
「だから……!!」
 そうじゃない、と醜悪に顔を歪めた女が、歯の隙間から獣のような唸りを零す。
 その場にいるほぼ全ての人間に注目されていることに気付いた生徒は、「えっと、えっと、」とどこかおろおろしながら何かこの空気を変えられる打開策を探し求めているようだった。
「えっと、その、こどもはいません。ゴーストたちの中に ・・・・・・・・・こどもはいませんよ ・・・・・・・・・
……え?」
 心臓が、どくりと嫌な音を立てる。
 違う。何かが決定的に違っている。自分たちは、根本的に間違っている。
 何かがずれて、掛け違えていることだけは分かるのに、それがなんなのか分からないもどかしさが異質で、気持ち悪い。
「だって皆さん、いっぱいいっぱい、ゴーストと写真を撮りたがったでしょう? 私達のお家へ勝手に入って、色んなところを漁り散らかすぐらいには……
「は……?」
……、」
 怪訝そうな顔をする者が多い中、その内の数人が、気まずそうに肩を強ばらせて視線を彷徨わせた。
「だから私、いっぱいいっぱい頑張ったんです。そんなにお写真が撮りたいなら、それで皆様が楽しめるなら、って───」


 からん


 ───冷りとした空気が、肌を撫ぜる。


      ころん


「いっぱいいっぱい、がんばって」


 からん

   ころん


 ───きゃらきゃらと、ぎゃらぎゃらと。

 ───がらがらと、げらげらと。


「いっぱいいっぱい、よんだんです ・・・・・・! だから……

 嘲笑う声が、響いている。



           ───からん


 偉大なる魔法士は、にっこりと、心底からの歓待の笑みを浮かべた。


「いっぱいいっぱい、楽しんでくださいね!!」


 真っ直ぐな、その声は。
 彼らすべてを、通り越し。

「───応サ」

 うっそりわらう、般若に届いた。


 誰かが喉を引き攣らせて息を呑んだ。
 たたらを踏むこともできなくて、根の生えたような足を、誰もがどうすることもできなかった。
 たっぷりとした夜の闇が、仄かな灯を飲み込んでいく。
 ひとつずつ、ひとつずつ。
 蝋燭の炎が、かき消されてゆく。
 不意に。
 般若の背負う、たっぷりとした夜闇が震えた ・・・・・・・・・・・・・
「おれとおめェ、どっちの魂が抜かれっちまって、この世から足を洗っちまうことになるのか……
 波打つように激しく震えていた闇が、不意にひたりと静かに凪ぐ。
如何様 イカサマ無しの、勝負と行こう」
 闇に、するりと幾多の切れ目が奔る。
 それはやがて、まるで月が満ちるように、ゆっくりと大きくなっていき、───大小様々 ・・・・幾多の目玉が顕れた ・・・・・・・・・

「───ぁ」

 ぎょろり、幾つもの目玉が、最早動けなくなった彼らを捉える。
「さァ誰からだ? 一番 いっち足の遅せぇ奴からにしようか───」
 音もなく、目玉が揃って弧を描く。

「っ、う、わあああああああ!!!!!!」
 瞬間、一人が弾かれたように走り出した。それが引き金となったのか、あっという間に他の数人も走り出す。間を空けず、般若の背負っていた闇がするりと影に溶け込んで、瞬き一つの速さでそれらを追いかけた。
 遠く、悲鳴や絶叫が木霊する。
…………
…………
 ぽつ、ぽつ、と何事も無かったかのように、次々と明かりが灯り始めた。俄に明るくなっていくメインストリートで、ユウとリン、その背後に控えていたゴースト達とグリムは、黙って顔を見合わせた。
……
……
……こ、」
「怖かったァァァーーー!!!!」
 わっ、とユウがリンに抱き着いて、グリムが尻尾を抱えながら二人の間に転がり込んだ。ゴースト達ですら、ぎゅうぎゅうとふたりと一匹にひっつこうとしている。
「エッ!? いやなに今の!! なにあの百目鬼 どうめきモドキ!! 誰よあんなん幻覚魔法かなんかで出したの!! 危うくSAN値チェック入るとこだったわ!!!」
「え!? リンさんあれ知らなかったの!!?」
「ユウこそ知らなかったの!!?!!? おいちょっとこら誰か!!!!!」
 少しして、わらわらと生徒たちがそれぞれで姿を現し始めた。各々の会場でマジカメモンスターを追っ払った後、鏡舎を通って寮へ戻る道すがら、ついでにオンボロ寮のメンバーたちの勇姿も見届けてやろうと思って少し離れた場所で物陰に隠れるなどしていたのだ。
 ヴィルに指導されたのだろうユウのイカれた芝居っぷりや、ディアソムニアの仮装に近いが全く違う東洋の衣装を着ているリンの、惚れ惚れするほど粋な侠客 かぜにも目を見張るものがあったが、何より最も目を引いたのは、リンを中心にして広がっていた闇だった。
 文字通り、一寸先は闇の塊がそこにあった。見えるはずの校舎や、施設の影がまったくといっていいほど見えなかったのだ。
「予定の演出だと、ちょっとずつ灯を消して、その後は下駄の音で追い詰めて、最後にゴーストとグリムの炎でトドメだったじゃん!!」
「トドメって言い方、よしてくれる?」
 ヴィルが目を諌めながら言った。
「結果オーライだけど、アタシの決めた演出に逆らってまでさっきの大道具を出したのは誰? 技量的に言って、ディアソムニアかしら」
「ワシらあんなぎょろぎょろした目ん玉の知り合いなんかおらんぞ」
「知り合いどうこうの話をしてんじゃないのよ」
 嘆息するヴィルに、マレウスは少しだけ思案する素振りを見せた。
「決して僕らがやったことではないし、アレを再現するのはおそらく難しいだろうが……あの影は最後、奴らを追っているように見えた。獲物を最後まで追い詰めて逃がしはしないのは、サバナクローの十八番じゃないのか」
「あんなゲテモノがウチにいるわけねぇだろ」
 即座にレオナが吼える。
「ああいうキモイのはお前の方が詳しいんじゃねえのか? どうなんだ、アズール」
「これだから粗野で乱暴な陸の獣は嫌ですねえ、ああいうものをすぐさま海に押し付けたがる」
 アズールはやれやれとわざとらしく溜息をついた。しかしこれ以上やり合うつもりはないのか、「違いますよ」とあっさり言った。
「正直言って、そんなことをしている余裕はありません。多眼など、僕達の趣味でもない。そもそも光の届きにくい海の中、目を増やして何になるんです」
「それじゃあ……
 一同の視線が、スカラビアの方へ向けられる。
「ん? 俺達か? 違うぞ!」
 カリムはいっそ朗らかに言い切った。
「ああいう虫みたいなやつ、ジャミルが大っ嫌いだしな!! 寧ろ反射で攻撃入れようとするジャミルを皆で止めてたぜ!!」
「もういないか もういないのか」
「いないぜ!!」
「じゃあ……リドル? あなた達は?」
 土汚れのひどいリドルたちは、揃って首を横に振った。
「違います。あんなおぞましいもの、考えたくもないですよ」
「こればっかりは寮長に同意だわ……
「せ、拙者たちも違うでござる……
 カボチャのヘルメット越しに、イデアが声を上げた。
「あんな高クオのマッピング、作ろうとしたらそれこそ一ヶ月じゃ足んないし」
「そもそも投影先の平面が必要でしょ。それくらい分かるわ」
「ヲタクが口挟んでサーセン……
「は? 誰もそんなこと言ってないわよ」
 がしょ、とカボチャのヘルメットが音を立てる。どうやら首を竦めたらしい。
 話を聞いたリンは、般若をイメージした美しい創作メイクを施された顔で、「うーん!」とユウを抱き抱えたまま口元だけを笑みの形にした。
 一度こうと決めたらその道を真っ直ぐ進むことを信条としていそうなヴィルが、ただでさえぶっつけ本番なこの舞台で、下手をすれば素人が捌ききれないかもしれないアドリブを放り込んでくるとも思えない。
「よし!!」
 えっなに、と皆の視線がリンに集まる。
 どこを見ているんだか分からない顔のまま、リンはいっそ空元気とも言える大声を張り上げた。
「塩!!!!!! 撒くか!!!!!!!」
「はい!!!!!!!!」
 元気に返事をしたのは、ユウだけだった。