桜霞
2022-10-01 17:03:09
40397文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

皮相浅薄

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/11/20にpixivに投稿したものの再掲です。







 ハロウィンウィーク五日目の朝。
 ごんごんごん、とオンボロ寮の玄関のドアが素早くノックされた。いつものように朝食を食べていたリンたちは少しばかり目配せしあったが、すぐにリンが立ち上がった。
「見てくるよ。ここに居な」
「あ、はい」
 カリカリに妬いたベーコンをほかほかの白米に乗せていたユウは、浮きかけた腰を落ち着かせて、食事に集中することにした。
 今朝は、存外、すっきりとした目覚めだった。リンとくっついて寝ていたからか、体は少しパキパキと音を立てたが、朝に特有の、引きずるような眠気は残らなかった。
 自然と、視線が窓の外へ行く。カーテンの隙間の向こう側を探ってしまう。部屋の扉の向こうにあるオンボロの廊下やキッチンスペースが静かであることを確信して、ようやく一息ついて、ユウは自分が無意識に警戒しすぎていて深く眠れなかったのだと気付いた。
 夜中に目が覚めてしまった時のような恐怖が胸をざわつかせることはなかったけれど、それでも、少しの不安と心配は付き纏う。
 ユウは、今日はどうしようかなぁと、ハロウィンなのにどこか憂鬱な気持ちで、もそもそとご飯を食べた。
 やがて、リンが戻ってくる。複数の足音が階下を移動したのが聞こえたのか、グリムの耳がぴくりとそよいだ。
「誰だったんだゾ?」
「クルーウェル先生と、ツノ太郎だったよ」
「えっ」
「クルーウェルが?」
 グリムが意外そうに目を丸くする。リンは「先生を付けなさい」と軽くグリムを窘めた。
「談話室に通したから、ご飯食べたら挨拶に行っておいで」
「はい、」
 ユウは慌てて残りのおかずとご飯をかき込んだ。グリムはほとんど食べ終わっていたが、「待たせてやりゃあいいんだゾ」なんて言って、のんびり茶をしばいている。
 リンは手早く紅茶を入れると、すぐに階下へ持って行った。朝の忙しい時間帯とは言え、客人をもてなさないわけにはいかないからだ。
「歯も磨かないと」
「気にしすぎだゾ」
「マナーの問題だよ、先に洗面台使って」
……仕方ねぇな……
 グリムは綺麗にした皿をシンクに放り込んでてきとうに水を流すと、するりと洗面台の方へ移動した。リンさんの躾の賜物だなあ、とユウはご飯を茶で流し込んだ。
「ユウ、お皿、置いといていいからね」
「あ、はい、ありがとうございます」
 談話室から戻ってきたリンが、にこりと微笑んで、テーブルに着く。
 食事を再開したリンを横目に、ユウは急いで身支度を整えると、小走りで談話室に移動した。その足元を、グリムが追いかける。
「すみません、お待たせしました」
「こんな朝っぱらからなんの用なんだゾ!」
「こら! すみません……
 ぺこりと頭を下げたユウに、紅茶を嗜んでいたクルーウェルは、カップを置いて立ち上がった。向かいに座っていたツノ太郎も腰を上げる。
「まずは挨拶だろう、仔犬」
「はい! おはようございます」
「おはよう。忙しい時に、悪かったな」
「いえ、はい、まぁ……びっくりはしましたが……何かご用でしょうか……?」
 丸い瞳をぱちくりとさせて小首を傾げるユウに、クルーウェルは気付かれないように嘆息し、無言でソファに座るよう促した。ユウとグリムは顔を見合せたが、結局はクルーウェルの指示に従って、ツノ太郎の隣に腰を下ろした。
「よく眠れたか」
「うん、リンさんのおかげでぐっすり。おはよう、ツノ太郎」
「おはよう。それを聞けて安心した」
「まったくだ。昨日は災難だったな」
「災難どころの話じゃねーんだゾ!!」
 途端にグリムが怒声を張り上げる。ユウはその勢いに少しだけ肩を跳ねさせて、そろそろとグリムに手を伸ばし、自分の膝の上に移動させた。グリムはどこか撫でられていると、声の張りが少しだけ柔らかくなるのだ。今のユウに、グリムの怒りを聞き流すだけの余裕は、そんなに無かった。
「寮内に客が立ち入ったと聞いた。何か盗られたり、荒らされたりはしなかったか」
 クルーウェルが、静かに言葉を重ねる。グリムは憮然とした顔で答えた。
「あいつら、部屋にまで入ってきたんだゾ」
「部屋?」
「お前たちの部屋か?」
 訝しげに眉を顰める二人に、グリムがぷんすこと眦を吊り上げる。
「そうなんだゾ! それもこれも、鍵が壊れてるからなんだゾ!!」
……この寮には、私達と、リンさんしか住んでいないので……鍵の修繕は、難しいし、後回しにしているんです」
……そうか。……怖かったな」
…………はい」
 消え入るようにそう言って、ユウはぎこちなく瞼を伏せた。
 それを見たクルーウェルが、ぎしりと奥歯を噛み締めたのを、徒人ならざる妖精の耳は、しっかりと捉えた。
……ユウ。そしてグリム。昨日のような迷惑な客が、ここ最近、正確には昨日あたりからそこかしこに頻出している。だが、寮内にまで立ち入ったのはここだけだ」
 寮の付近を開放しているのはオンボロ寮の他に、オクタヴィネル寮がある。モストロ・ラウンジが一般客も受け入れているので、鏡舎の一部は開放されていた。
 しかし、オンボロ寮のような事態には陥っていない。普段から多くの客を捌いている経験が活きているのだろう。
「俺達は、お前達の安全を第一に考えなければならない。昨日の時点で何も手が打てなかった身で言えることではないと思うが……
 仔犬、と呼び掛けられて、ユウとグリムは、そろそろと顔を上げた。
 真っ直ぐな黒曜の双眸が、ひとりと一匹を真正面から見つめている。
「お前たちを預かる者として、これ以上、俺の仔犬に手は出させないと誓おう」
……
……ありがとう、ございます」
 グリムは尻尾を揺らしただけだったが、ユウはどうにかそう言った。「具体的な話だが」クルーウェルが改めて居住まいを正した。
「今日一日、お前たちは寮から出るな。出られるようだったら好きにして構わないが、必ずリンと共に行動すること。特にグリム」
「言われなくても……って、リンは仕事があるんじゃねーのか?」
「リンの今日の仕事は、オンボロ寮の番人だ。……ディアソムニアはそのサポートに付け」
「いいだろう」
 ツノ太郎はすぐさま頷いた。
「何人足りとも、寮の中へは立ち入らせないことを約束しよう。部屋の鍵については……
「急造だが、俺が仔犬でも扱えるようにしておこう。無いよりはマシだろう」
 クルーウェルの話を聞いて、ユウは「あ、」と声を上げた。そしておもむろに、制服の内ポケットをごそごそ漁り出す。
「えっと、これ、何かのお役に立てればいいんですけど」
 じゃらりと音を立てて取り出されたのは、古く錆び付いた鍵が束ねられたものだった。
「この、一番大きいのが玄関の鍵です。これだけは微妙に機能してるんですけど……他は鍵穴の方に問題があるのか、あんまり上手くいかないんです」
「Good! これで作業が捗るというものだ」
 鍵を受け取るついでと言わんばかりに、クルーウェルはユウとグリムの頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。かなり勢いの強いそれに、「うお、」と二人が揃って首を竦ませる。
「俺は他の仔犬どもの様子も見て来なければならん。十時には戻ってくるから、魔法はその後だ。それまでお前が持っていろ」
「は……い、分かりました……
 目を瞬かせる仔犬の毛並みをさっと整えて、クルーウェルは「話はもう一つある」と静かに言った。
「今日の様子を見て、オンボロ寮の前をスタンプラリー会場として引き続き利用できるかどうかを決める」
「、え」
 ユウは反射的にツノ太郎の方を見やった。彼の目元は少しだけ険しかったが、けれどもその口は固く閉ざされていた。
「そんな……
「敷地は他にもある。ゴーストやグリム目当ての客は減らないだろうが、スタンプラリーのついでに、という客は減らせるはずだ。ディアソムニアの生徒の負担を減らすことにも繋がる」
……僕の寮生がこれしきのことに対応できないとでも言うのか」
「これはキャパシティと持続性の問題だ」
 クルーウェルは容赦なく、マレウスの言葉を切り捨てた。
「ただでさえ提供サービスのクオリティは揺らいでいる。一般人に魔法を使うことへの躊躇を無くしている生徒が半数を占めている現状で、今日を含め残り丸三日、何の問題も起こさない自信がお前にあるか?」
「、…………
 結局、マレウスは口を噤んだ。
 マナーどころの話ではなかった客に、怒りを抑えられず暴走しそうになったのをリリアに羽交い締めされて止められたことは、記憶に新しい。
 問題を起こさない自信どころか、今度こそ問題になるだろうことを起こしてしまう自信しかなかった。
……でも。私達だけじゃ、もし、何かが起こった時に、圧倒的に人手が足りません」
「なに?」
 ユウは、考え考え、言葉を紡いだ。
「ディアソムニアの寮生さんたちがいらっしゃったから、まだ、あれだけの人数に抑えられたんだと思います。もし、私達だけだったら……私、今頃、グリムと一緒に、ハーツラビュルに駆け込んでると思います」
 セベクが大声で、シルバーが静かに、リリアが茶目っ気たっぷりに、オンボロ寮の中を覗こうとした客達を会場の外へ誘導してくれていたことを、ユウたちは知っている。ツノ太郎だって、その間はディアソムニアの会場を一手に引き受けていたのを、ユウたちは閉ざしたカーテンの隙間から見て取っていたのだ。
「ユウ……
……そうか」
 話を聞いたクルーウェルは、小さく嘆息した。
「分かった。お前たちの意見は、できるだけ尊重したいところだが……
……分かってます。『已む無し』もあるってこと……
「いい子だ。……ディアソムニアと、リンに期待、というところか」
「あら、私がなんですって?」
 おざなりなノックの後に、がちゃりと音を立てて談話室の扉が開いた。
「リンさん!」
「面談終わった? そろそろ出ないと間に合わないわよ、先生。ユウ、ティーセットだけシンクにつけといて、私もう出なくちゃ」
「その必要は無い」
 リンを遮って、クルーウェルはカップに残っていた紅茶を飲み干した。
「悪くない味だった。そろそろお暇しよう」
 立ち上がるクルーウェルに、ユウ達も続く。リンはどこか呆気に取られたままコートを翻すクルーウェルをまじまじと見つめていた。
「必要ないって、何が」
「詳しい話はユウから聞け。端的に言うなら、今日のお前の仕事はここの番人だ。事務局長の了解は得ている」
「あらまぁ」
「ユウ。グリム。Come」
 玄関先に立ったクルーウェルの赤い革手袋がひとりと一匹を招く。ユウとグリムはきょとんとしたが、大人しくそれに従った。
「なんでしょ、わ、」
「ふな!」
 さっとグリムが抱き上げられたかと思いきや、ユウは力強く肩を抱かれていた。分厚い体躯に受け止められて半瞬後、クルーウェルに抱き締められているのだと悟る。
「───よく頑張った」
「、」
 静かな囁きに、思わず息が詰まる。
……無理はするなよ。すぐに戻る」
…………はい、」
「よし」
 いい子だ、と優しい声音が耳朶をなぞる。そう気付いたときには、クルーウェルはするりと二人を解放していた。
「任せた」
「任されました」
 最後にリンと短くやりとりをして、クルーウェルはオンボロ寮を後にした。
 それを見送って、リンはツノ太郎の方へと向き直った。
「じゃ、今日一日、宜しくね」
「あぁ、こちらこそ。……僕も一旦、寮に戻る。また後で会おう」
「うん。後でね、ツノ太郎」
「ついでにツナ缶買ってくるんだゾ!」
 グリムがそう言い終わらないうちに、ツノ太郎の姿は瞬きひとつで消えていた。
……今のって瞬間移動?」
「だと思いますよ。よく消えたり出てきたりするんです、ツノ太郎と、リリア先輩」
「うーん、人外だなァ」
……ところで、リンさん」
「ん? なに、どしたの」
 ユウはちょっとだけ言おうかどうか逡巡したが、結局はいつか誰かに言ってしまいそうだったので、ぽつねんとその言葉を転がした。
「クルーウェル先生、すごく、なんというか、……男の人の、いい匂いしました」
「ぶっ、」
 んはははは!! と、軽快な笑い声が、明るい空に響いていく。
「あはは、そっかぁー、いい匂いしたか」
「あれが……大人の男の人……って感じでした」
「わはははは!!」
 至極真面目な顔で言うユウが面白くて、リンは尚もけらけらと笑い声を響かせた。
「はー、おもしろ。私はトレイン先生のも渋くて好きだけどな」
「そうですか。……あの、リンさん」
「ん?」
 穏やかな双眸が、ユウを見下ろす。
 ユウは、リンからそっと視線を外し、オンボロ寮から続く道の先を見はるかした。
……私、結構、大丈夫っぽいです」
……そっか」
 ぽん、と柔らかな掌が肩を抱く。
「そりゃ良かった」
……はい」
 じっと佇む、ユウの傍で、三叉の尻尾がひょんと揺れる。半眼のグリムは、「現金なヤツだな」とふなふな言って、さっさとその身を翻した。





 ◆





 オンボロ寮まで続く道は、多くの人混みでごった返していた。ハロウィンウィークで、妖精王マレウス・ドラコニア率いるディアソムニア寮のスタンプラリー会場と言えども、ここまでの騒ぎになるとは思えない。

 ───マジカメの影響力やべぇなぁ

 エースはいっぱしの関係者という顔をしながら「すんませーん」と人混みを縫うようにして進んだ。その後を、デュースが遅れずについてくる。
「あ、あれ、ユウじゃね?」
「あぁ、僕にも見えた」
 たくさんの人が列をなしている隙間から、オンボロ寮の玄関が垣間見える。その前に、偉大なる魔法士の仮装をしたユウが、静かにベンチに座っていた。
「その隣にいるのは……リンさん、か……?」
「遠目にも怖ぇな、あのお面……
 リンはスタッフジャンパーを来て、ユウの隣に座っていた。その表情は般若の面に隠れて、擁として知れない。
「おーい、ユウー」
 エースが手を振って声を張り上げる。こちらに気付いたユウも、座っていたベンチから立ち上がって、控えめに手を振り返してくれた。
 列整理をしているディアソムニアの寮生に会釈して、二人は人の流れから外れ、まっすぐユウ達のところまでショートカットした。
「えっと、リンさん……っスよね……?」
 デュースが、おそるおそると言った体で声をかける。般若は答えなかったが、頭の後ろで結んでいた紐を緩めると、少しだけ面の位置を真正面から横にずらした。
「ハッピーハロウィン、デュース」
「リンさん!! ハッピーハロウィンっス!!」
 あからさまにほっとしたデュースの相好が崩れる。リンはにこりと微笑むと、再び般若の面を真正面に戻し、表情を隠した。
「つーか、こんなベンチどうしたの?」
 昨日までは無かったじゃん、とエースが不思議そうな顔をする。えっとね、とユウは少しだけ立ち位置を変えた。マントに隠されていた、「学園寮につき、関係者以外立ち入り禁止」の貼り紙が顕になる。
「昨日は、玄関前に看板を立ててたんだけど、『こんなところにひとが住んでるわけねーじゃん!』って入ってくるお客さんが多すぎて」
「いやそんなの客じゃねーだろ」
 眉を顰めたエースが固い声音で即座に切り捨てる。デュースも目元に険を宿らせた。
「確かに、オンボロ寮はひとが住んでいるとは思えないほどオンボロだが、だからと言ってこちらが設置している看板を無視するなんて、……大変だったな、ユウ」
「そっか、それでこわーい鬼が番人してるってわけね」
 エースの言葉に、リンは肩を竦めて見せた。
「座ってるだけでお給金出るんだから、楽な仕事よ」
「いやもう貫禄っつーか、なんかもう、すげー怖えよ、リンさん」
「さっきからゴーストとかグリムのこと聞きたそうにしてるお客さんが軒並み戸惑いながら戻っていくの見てると、逆に面白くなってくるよ」
「なにそれ、俺も見てえ。座ろ」
 エースはさっさとベンチの端を占拠した。お前も座れよと促されて、ユウはエースとリンの間にちょこんと収まった。
「お前も立ちっぱなしで疲れてるだろ」
「あ、いや、僕は……いえ、すみません、失礼します」
 律儀に頭を下げて、デュースはリンの隣に空いていたベンチの端に腰を下ろした。すぐさま、じんわりと全身から力が抜けていく。思ったより疲労が蓄積されているらしかった。

 ───情けねぇ……

 デュースが内心歯を食いしばっている一方で、エースはなんだか居心地が悪そうにもぞもぞとしていた。
……つうかさあ。ユウ、なんかマントの裏に仕込んでる? なんかすげえ固いんですけど」
「、あ、ごめん」
 ユウは慌てて、マントの裏に手を突っ込んだ。
 ずるりと、何かが抜き出される。その全貌を見た瞬間、エースは思わず「ブハッ」と吹き出し、デュースは目を丸くした。
「おまっ、それ、フライパン!? マジフトん時の!?」
「あのマジックアイテムになっちまったフライパンか……!!」
「なんでそんなもん仕込んでんの!? 何に使う気なんだよ!!」
「いや、使うというか。お守りというか……
 ユウは歯切れ悪く、ごにょごにょと答えた。
 円卓の城の名を刻まれたフライパンは、いつもと変わらぬ様子でそこにある。
「対悪宝具だからな。モンスターなんざどいつもこいつも一発よ」
 リンがシュッシュッと拳で空を横に切る。エースは半笑いだったが、デュースはそれなら安心だな、と笑顔で頷いた。
「でも、それを常に持ち歩くほどか……大変だったな」
「うん……、でも、デュースたちも大変だったんでしょ? クルーウェル先生から聞いたけど……
「おばか」
 こつん、とエースがユウの頭を小突く。
「俺たちは俺たちで大変だったけど、それでお前の大変だったのがなくなるわけじゃねーだろ」
……エース……
「こーいうときは、心配してくれてありがとーでしょうが。ほら、感謝の気持ち。なんかねーの、菓子とか」
…………エース……
 そういうところだよなぁ……、と思いながら、ユウはそれでも貰いすぎて持て余していた飴をエースの掌の上に転がした。
 エースがちょっとだけかっこよく感じてときめいたなんて、きっと気の所為に違いない。
 悶々と自分で自分に言い聞かせるユウを気にすることなく、エースは「あっそうだ忘れてた」と弾かれたように身を乗り出した。
「リンさん! トリックオアトリート!」
「おう、やれるもんならやってみな」
「いや絶対返り討ちにされるじゃん怖……
 エースは大人しく座り直して、小さな飴を口の中に放り込んだ。
「ところで、グリムはどうした? 別行動してるのか?」
「いや、私の懐で寝てる」
「えっ」
「ほら」
 リンはジャンパーの前を少しだけ寛げて、上から覗き込めるようにした。身を乗り出したエースとデュースが、「おぉ」と声を上げる。
 グリムは見事に猫のように丸まって、すぴすぴと寝息を立てていた。
「も〜ぬっくぬくよ。ぬっくぬく」
 言いながら、リンが再びジャンパーを着込む。
「朝からずっと、私かリンさんの傍を離れなくて……たぶん、グリムなりに疲れたんじゃないかな」
「あのグリムでさえダメージ食らうとか、マジカメモンスター、おっそろしいな」
「あぁ、やっぱりどうにかしないとな……
「しかも、寮の中にまで入ってくるのは、いくらオンボロで人が住んでないように見えるっつったってアウトだろ、……あっ」
 ぱちん、とエースが指を鳴らす。
「俺、いーいこと思いついた!」
「なんだ?」
「エースが悪巧みする時の顔だ」
「おっ、なんだなんだ悪戯か?」
「いや、なんでリンさん、悪戯にノリノリなんだよ。ちげーよ」
 エースは小さく咳を払うと、「つまり、」と指を一本、マジシャンのように立てて見せた。
「ここに人気が無いから、勝手に入っても大丈夫だって思われるってことだろ。つーことは、だ。ここを普段から使われてる風に客に思わせることができたら、流石に勝手に入ってくる奴らは減るんじゃね?」
……それは……
「そうかもしれないけど……
 デュースが不思議そうな顔をして、ユウが「それには人数が足りないよ」と首を傾げる。オンボロ寮にはユウとグリム、ゴースト、そしてリンしかいないからだ。
 エースの言わんとすることが分かってきたリンは、般若の下で、半眼になり、口端を吊り上げた。
 一方のエースも、にっぱりと、人好きのする笑みを形作る。
「つーわけで、リンさん! メンバー集めとちょっとした材料集めは任せてくれちゃっていいからさぁ、今日の晩飯、トリックオアミート!!」
「えええ!?」
「わっはっは」
 デュースが頭を抱える横で、リンは肩を揺らして笑った。ユウは眉を寄せて、困惑の表情を浮かべている。
「勝手に入ってくる奴ら居たら追っ払ってやるし! な! ちょっと早いけどハロウィンイブって感じで! あと俺のモチベ維持のためにも!! おなしゃす!!」
「結局はリンさんのご飯食べたいだけじゃん!!」
「そりゃ食いてえだろ!! リンさんの飯レベルのご褒美なきゃやってらんねえわ!!」
「それは同感だが……リンさんにも都合というものがあるだろう」
「都合なぁ」
 デュースが窘めるようにして言ったが、リンは相変わらず忍び笑いを零していた。
「これと言って、今日は特に無いしな。飯作ってる間、代わりに見張り番してくれるなら有難いがね」
「ってことは……!?」
 エースが期待に目を輝かせる。リンは般若の面を取って、からからと笑いながら「いいよ」と言ってやった。
「分かった、それで手を打とう。なんかしら作ってやるから、人と材料、てきとうにどっかからかっぱらっておいで」
「やりぃ!!!」
「デュースも来ていいからね」
「アザっす!!!!」
 がば、とデュースが頭を下げる。やはり、なんだかんだ言って今日の夕飯を考える気力がないくらいには疲れていたのだろう。
「じゃ、俺、早速ジャックとかに声かけてくるわ!!」
「サムさんに何か融通してもらえないか聞いてきます」
「あいよ。また後でね」
「あざーっす! お疲れっす!!」
 意気揚々と進むエースを、デュースが駆け足で追いかける。手を振って見送ってやったリンは、やれやれと嘆息し、再びお面を被り直した。
……なんか、有難いけど、素直に喜べない……
「ふっふふ」
 渋面のユウに、リンは喉の奥でくつくつと笑った。
 高校生らしい、不器用でちゃっかりしているところと言ったら。エースらしさと言えばらしさだろうが、それにしたって、変に気取らず、素直に励まして、心配だから今日は一緒にいてやるくらい、言えばいいのに。
「まだまだですねぇ」
「え? 何がですか?」
「んーん。みんな可愛くておねーさんはにこにこしちゃうってこと!」
「?」
 こてん、とユウが首を傾げる。それにつられて、大きなとんがり帽子も小さく揺れた。
 般若の下から覗く双眸は、優しい光を宿して、それらを見つめていた。






 ◆





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 ✱✱✱✱✱ NRCハロウィンウィーク🎃✨ 怖い鬼さんの居ない間にmore
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 2h ago


 ✱✱✱✱ ハッピーハロウィン🎃 話題のNRC行ってきたよ〜!! ホテル取れなくて大変だったwww
 なんか怖いスタッフさんもいるって聞いてたけど、全然見当たらず……普通に楽しめました🤗 生徒さんの案内すごく丁寧で、広い学校を余すとこなく楽しめたって感じ!

 #NRC #ハロウィン #ハロウィンウィーク #ハッピーハロウィン #Boo #NRC最高
 2h ago

 ✱✱✱✱ 楽しめたみたいで良かった👍🏻👏🏻
 2h ago



 ✱✱✱✱ トリックオアトリート〜!! ってわけで行ってきましたNRCハロウィンウィークDay 5!! 超楽しかった〜!!

 話題(?)の鬼のスタッフさん(?)できればいろいろ写真撮りたかったけど、何故か全然見つからんかった笑
 俺たちの仲間が怖い思いしたみたいだし、一言くらい言ってやろーと思ってたのに、残念

 それとも、今頃どっかで反省中だったりして……😜

 いつまたイキリスタッフが戻ってくるかわかんねーし、皆は今のうちに楽しんでくれよな!

 #NRC #ハロウィンウィーク #NRCハロウィン #ハッピーハロウィン #害悪スタッフ #イキリ #これぞ鬼の居ぬ間にってやつ

 1h

 ✱✱✱✱ 今日休みだっただけじゃね?
 1h

 ✱✱✱✱ 明日はいるかもよ😁
 1h

 ✱✱✱✱ 昨日の騒ぎで逃げたんじゃんwww
 57min

 ✱✱✱✱ ウケる爆笑
 55min




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 ✱✱✱✱✱ 鬼のスタッフさんなんか全然おらんやん!!!! ビビって損したじゃねーか!!!more
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 2h ago





 みし、とスマホカバーだか右手に持った箸だかが音を立てる。

 ───はぁ〜〜〜〜〜〜これだからさぁ〜〜〜〜〜〜〜

 通知が来たからってスマホ画面なんか明るくするんじゃなかった、とケイトは至極いつも通り、何事も無かったかのようにスマホを机の上に伏せて置いた。
「委員会の連絡かい?」
「そんなとこ! ごめんね、リドルくん。マナー悪いよね!」
……確かにそうだが、ケイトは忙しいからね。多少は目を瞑るよ。箸は置いた方がいいと思うけれど」
「今度からそーするね!」
「よろしい」
 頷くリドルの目元は険しい。けれども、お椀によそわれた暖かい味噌汁を口に含むと、それも少しばかり緩まった。
 ほう、と安堵の息がつく。
 懐かしいわけでも、慣れ親しんだ味という訳でもないのに、リン手製の料理は、そのどれもが強ばった心を解すような、暖かで、優しい味だった。
「お疲れ様です! アレルギーはありますか?」
 ユウのハキハキとした声が、談話室にまで響いてくる。大人気だなぁ、と食べる手を止めずに、トレイが穏やかに言った。
「お世話になってる俺たちが言うのもなんだが、正直、明日もやってほしいくらいだな」
「ほんとにね! 大食堂とか、一般のお客さんが使う時もあるし、ゆっくり食べられないもんね〜」
「失礼します!! さつまいもご飯のお代わりです!!」
 ばあん、と大勢の生徒が胡座をかいてひしめく談話室に乗り込んできたのは、大鍋を持ったユウだった。
「ご希望の方はこちらにざっと一列を作ってください!!」
「よし来た」
「行ってきまーす!!」
 トレイとケイトが揃って立ち上がる。健全な男子高校生であるので、他にも多くの生徒がわらわらとユウの所へ集まって行った。
「オレ大盛り!!」
「分かりました!!」
「僕、あと二口くらい」
「了解です」
「めっちゃ美味かった!!」
「わっしょい!!」
「半分くれ」
「はい、どうぞ!」
「俺ふつうによそって」
「おそまつさまです!」
「これめっちゃ美味いね」
「わっしょい!!」

 ───いや何故。

 誰もがそう思ったが、口には出せなかった。
 これ美味かったと言われたら、普通はありがとうございますなどのお礼が帰ってくるかと思いきや、何故かユウも、引いてはリンも、元気に「わっしょい!!」と言うだけなのだ。
「あれはなんなんだろうね……
「あれなぁ」
 リドルは、そそくさと行って戻ってきたトレイとケイトのために空になった器をいくつか寄せてやった。
「ありがと〜」
「悪いな」
「構わないよ。それでトレイ、あの掛け声の意味を知っているのかい?」
「いや、俺もエースやデュースから又聞きしたんだが」

 ───なんでも、リンさんたちの故郷だと、さつまいもご飯食べる時はわっしょい!! って言いながら食べるのが普通? らしくて

 ───リンさん、たまにそういう冗談言う時あるんで、ユウにマジなのかって聞いたら、すげー真面目な顔で東洋の神秘だからとかなんとか。ありゃ嘘だな

……だ、そうだ」
 人の話を疑わない傾向にあるデュースでさえ疑問符を浮かべていたので、きっと今回もリンとユウのおふざけなのだろう。
「ユウ!! 湯が沸いたんだゾ!!」
「はぁーい!!」
 談話室の暖炉には、グリムの青い炎が焚かれている。そこにはいくつかの大きいやかんがまとめて火にかけられており、揃って泡を吹きこぼしそうになっていた。
 あっという間に完売した鍋を片付けに行って大量のティーポットとカップを持って帰ってきたユウは、細々としたそれらに次々とお湯を注ぐと、いくつかのセットごとにお盆に乗せて、忙しなくあっちを行ったりこっちに来たりしていた。グリムは空になったやかんをふなふな言いながら浮かせて二階まで運んで行った。
「リドル先輩、トレイ先輩、ケイト先輩! 失礼します、お茶です!」
「あぁ、何から何まで、すまないね」
「さっきから動きっぱなしで、大丈夫か? 時間あるなら、ちょっと座るといい」
「ここ空いてるよ!!」
「あ……じゃあ、ちょっとだけ」
 ユウは少しだけはにかんで、ケイトの隣にそろりと腰を下ろし、空いているスペースにお盆を置いた。そしてティーポットの中を確認し、「まだですね」と蓋を閉じる。
「すみません、もう少しお待ちください」
「先程、お湯を注いだばかりだしね」
 リドルは、改めてユウに向き直った。
「うちのエースが考え無しにこんなことを発案したせいで、随分と忙しくさせてしまったようだ。申し訳ないけど、……でも、とても助かった」
「えっ、」
 てっきり頭を下げられるものと思ってどうしようかと内心眉を下げていたユウは、その瞳を丸くさせた。
「どうやらボクたちは、思ったより追い詰められていたらしい。忙しそうだから控えるけれど、君の方から、リンさんにも、よくよくお礼を伝えておいておくれ」
「あ……はい!! 分かりました、お任せ下さい!!」
 よく見れば、リドルの表情も、夕方にオンボロ寮を訪ねて来た時より、随分と柔らかくなっている。ユウはなんだか、心底からほっとした。
 オンボロ寮で夕飯をご馳走になろうとしたエースやデュースを窘めに来たリドルたちは、主にリンが「まぁまぁまぁまぁ」となだめすかし、流れで席に着くことになったのだった。
「それにしても、こんなにたくさん、お盆やら食器やら、よく手入れが間に合ったな」
 エースから話を聞いた生徒がまた別の生徒に話をして、という流れで多くの生徒が「関係者でーす!」とオンボロ寮を訪うことになったので、当然、テーブルや椅子は足りなくなった。リンは御膳でもあればねえとぼやいていたが、無いものをねだっても仕方ない。
 多くの生徒は、床に胡座をかいて食事をすることになっていた。床で食事をすることに抵抗があるだろう生徒たちのために、リンたちは平たいお盆にご飯やおかずなどのセットを並べたものを用意することにしたのだ。
「まぁそこらへんは、ゴーストたちが魔法で手伝ってくれました」
「はは、やっぱりな」
「それにしても、エースの発案とはいえ、どうして急にこんなことをしようと思ったんだい?」
「あ……えっと、実は……
 かくかくしかじか、こういうことがありまして、と経緯を話していくうちに、三人の表情がみるみるうちに険しいものとなっていく。一方のユウは、夕方からこちら、あくせく体を動かして働いていたので、そんなことを気にする暇もなかったことに気が付いた。

 ───とにかく何かするのって、大事なんだな……

 頭の片隅で、ぼんやりそう思う。
 きっと根本的な解決ではないかもしれないけど、対症療法だってばかにできない。
 だってユウは、もう自然に笑うことが出来るようになっている。
「監督生」
「あ、はい」
「この話、他の寮長と共有させてもらっても構わないかい」
「大丈夫ですけど……
 なんでなんだろう? と首を傾げるユウに、「委員会でも取り上げるね」とケイトがいつになく真剣な顔で言った。
「先生にはもう連絡してるよね」
「はい、今朝いらっしゃって……この後も、クルーウェル先生がいらっしゃる予定で……あっ、先生、ご飯食べていかれますかね」
「えっどうだろう、それはちょっと分かんないかな……
「話を元に戻すぞ」
 トレイが苦笑しながら言った。リドルがトレイの言葉を引き継ぐ。
「いくらオンボロで人が住んでいるように見えないからと言って、寮内に、ましてやプライベートルームにまで一般人が立ち入る可能性があるということは、生徒の安全が脅かされるということだ。寮長として、それだけは阻止しなくてはならない。モストロ・ラウンジのあるオクタヴィネルや、ディアソムニアにはもう情報が回っているだろうけど……
「それに、今は俺たちがここにいるが、飯を食ったらここを離れる。全員で泊まるわけにもいかないしな……
「んじゃ、エーデュースちゃんに泊まってもらう? 他にも一年で仲がいい子とか呼ぶ?」
「監督生やリンさん、先生の判断に委ねるけど、」
 リドルは、真っ直ぐにユウを見つめた。
「ボクはそれがいいと思うし、君がそれで安心して眠ることができるなら、いくらでも協力するし、させるよ」
「───」
 ユウは咄嗟に、言葉を失った。驚きで、何度も目を瞬かせてしまう。
「えっ……と、その……
 それでも、これは彼らの心で、想いだ。慮外のことに驚いてぎこちなくなってしまったけれど、ユウは、深々と頭を下げた。
「ありがとう、ございます。本当に……

 ───支えられてるんだなぁ……

 きつく、瞑目する。そうでなければ、せりあがってくるものが、眦から零れ落ちてしまいそうだったから。
 ユウは、ぱっと顔を上げた。
 鼻の奥がつんとするのを、にぱ! といつもの笑顔に変えて、ユウは「お茶、お入れしますね!」と暖かいほうじ茶を三人の茶器へ、丁寧に注いでいった。