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桜霞
2022-10-01 17:01:01
52354文字
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【twst夢】フライパンは無敵
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三分の一の純情なすのびずむ
#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/08/24にpixivに投稿したものの再掲です。
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ナイトレイブンカレッジにて、かつて生徒の寮として利用されていたオンボロ寮には、ハーツラビュル寮のような女王の法律は存在しないし、サバナクロー寮のような力による絶対的序列も無い。オクタヴィネル寮のように上司と部下というような関係性も無ければ、スカラビアのようにほとんど毎日が賑やかであるというわけでもない。
寮生はモンスターのグリムと、異世界からやってきたユウ。館の住人としては随分前から住み憑いていたゴーストたちと、ユウと同じように異世界からやってきたリンが居候しているが、それだけだ。
二人と一匹での共同生活なので、就寝時間や、起床時間、洗濯や食事、その他さまざまな事柄についての決め事は、これと言って無かった。大抵のことはお互いに融通を利かせるし、気遣いあって支え合う。
絶対順守として強いて挙げられるものがあるとすれば、報告、連絡、相談を怠らないこと。
これさえ守っていれば、オンボロ寮ではまず問題は起こらない。
───起こらない、はずだった。
「
……
はァ
…………
」
スマホの画面を暗くして、ユウはひどく疲れた風情で溜息をついた。
そのまま鞄の奥底にぎゅうぎゅうとスマホを押し込んでいく。今日はもうチャットアプリを開く気分にはなれなくて、ユウはがくりと項垂れた。グリムが「ほれ」と手を伸ばしてくれたので、有難く抱え込んで、もふもふを堪能することにする。
「ゥはよーっス」
「おはよう、監督生」
「エース、デュース。おはよう」
もふもふしていたグリムから顔を上げ、ユウはいつも通りに挨拶した。エースとデュースは数度瞬くと、一度だけ顔を見合わせた。そうしてすぐに、ユウへと向き直る。
「体調悪いか? なんかしんどそうだけど」
「大丈夫か? 無理しなくていいんだぞ」
「え? なんで?」
「だってお前、明らかに疲れてまーす、って感じの顔だったぞ、今」
エースが顔色を覗き込む。ほんとに大丈夫か? と訝し気に眉が寄せられた。
「お腹とか、痛いか? 大丈夫か?」
「え
……
、えっ、あっ、大丈夫大丈夫! 体は元気! 超元気!」
デュースの心配そうな声音に、二人が何について心配してくれているのかを察したユウは、ほにゃりと眉を下げて笑った。
「ほんとにそっちは大丈夫。ありがとね」
「そっか」
「ならいいけどさ」
デュースが安堵したように微笑し、エースがふい、とそっぽを向く。二人らしい優しさが身に染みるようで、ユウはそれだけで疲れた心が優しくほぐれて癒されていくのを感じた。
二人はきっと、生理による体調不良を心配してくれたのだろう。ユウはそこまで重い方ではないが、まだ成長期の中途であるし、ホルモンバランスは些細なことで崩れるので、平気なときとそうでないときに顕著な差があった。
「それじゃ、何か別のことで疲れてたのか? 昨日夜更かししたとか
……
」
「
……
あー
……
」
デュースの他愛無い言葉に、ユウはきゅっと眉を寄せて、どこから話したもんかと言う顔をした。
「なに? まーた厄介事? お前も好きだねえ」
「好きで巻き込まれてるわけじゃないんだけど
……
」
呆れたように言うエースに嘆息しながら返す。ほんとにその通りなんだゾ、とユウの肩に移動しながらグリムが言った。
「ユウ、あいつらのこと、もう出禁にしちまった方が早いんだゾ!」
「うーん
……
そりゃまあフライパンあるからやろうと思えばできるかもしれないけど
……
」
「出禁?」
デュースとエースが顔を見合わせる。ユウは一応、「二人のことじゃないよ」と口添えた。
「いやいやそんなの分かってるって!」
「当たり前だろ、マブなんだから。僕達、オンボロ寮ではユウの言うこと聞いてるしな」
「二人とも、この間泊まった後に使ったシーツ洗濯機に入れてくの忘れてたでしょ」
「あの後オレ様たちで洗濯してやったんだゾ」
二人は揃って「ウグゥ」と顔を歪めた。オンボロ寮では使った枕カバーやシーツを、連泊の予定でない限りは登校前に、せめて洗濯機にかけておくのが宿泊者に課せられるルールのひとつだが、二人はこれをよく忘れていた。
「分かったよ、今日の昼飯なんか奢るから」
「僕はドリンク代を出そう」
「今日はジャンクなバーガーの気分です」
「はいはい、昼に購買部な」
わーい、とユウは素直に喜んだ。先程よりも幾分かマシになった表情に、エースとデュースも小さく安堵の息を吐いた。三人と一匹の間の空気も、幾分か柔らかいものになる。
「オレ達じゃないなら、誰が出禁になるほどの問題を起こしたんだ?」
「ジャック達は絶対違うもんな」
「そもそもあいつら、オレらが誘わねえと来なくね?」
「確かにそうかも?」
エースやデュースの他にユウが仲良くしているのはジャックやエペル、そしてセベクだ。この三人は確かにエースやデュースほど気楽にオンボロ寮を訪れてはいなかった。
「でも、たまに買い出しとか手伝ってくれるよ」
「ばっかオメーそういうのはオレ達に声かけろよな~! リンさんの飯、食いっぱぐれちまうじゃん」
「いっそ清々しいほどに図々しいんだゾ」
グリムが半眼になる。ユウは半笑いで「エースらしいね」と言うだけにとどまった。
「あとはカリム先輩やジャミル先輩もたまに香辛料とかお裾分けに来てくれるけど
……
」
「あー、そういやなんか塩コショウのとこに小瓶が増えてたな」
「でも、あの二人が何か問題を起こすとは考えにくいし
……
」
「うんうん」
「
……
」
「
……
」
いっそ穏やかに微笑んでいるユウに、二人は閉口した。グリムの目は相変わらずじっとりとしている。
エース、そしてデュースとて、馬鹿ではない。今回出禁を喰らおうとしているのがどんな人物なのか、一応の察しはもうついている。
ただ、それをそうと認めたくないだけだ。出禁になるということはそれだけの面倒や問題を起こしたということで、そしてその問題を起こしたのが彼らというのならば、それは絶対巻き込まれたくない厄介事になっているに決まっている。
「
……
いやマジで分かんねえな」
「あぁ、いったい誰がユウたちに迷惑をかけたのか、まったく思いつかないな」
すっとぼける二人に、ユウは淡々と現実を突きつけた。
「まぁ皆さんご存じオクタの双子とサバナのツートップなんですけど」
「ッアーーーーー!!! 気付かねえようにしてたのにお前お前お前お前お前!!!!」
「知りたくなかった
……
今すぐ記憶喪失になりたい
……
!!」
「あの人たち、こんだけ忌避されてんのウケる通りこしていっそ哀れだな」
エースにがくがく揺さぶられながら、ユウは「わはは」と遠い目で笑った。
一方のデュースは自分の頭を本気で一発ぶん殴ったら記憶喪失になれるかもしれないと真剣に考えていた。
「だからさぁ、そこの二つがかち合ったらやべーんじゃね? って言ってたじゃん! オレもお前も!!」
「今まで見事にすれ違ってくれてたからちょっと忘れてたよね、危機感をさ」
「どこに置いてきたんだ取ってこい!!」
「今更もう間に合わねーんだゾ」
グリムが呆れたように言う。
一方のデュースは記憶喪失になったらマブとの記憶や母の記憶など、失いたくないものも失われるのではという可能性に至り、くッ、僕は一体どうすれば
……
! と心底から歯噛みしていた。
「や、待て。でもさ、あれじゃね? あそこらへんはお互いがお互いをめんどくせーって思ってるの分かってるだろうし、ガチ喧嘩にはならねーんじゃね?」
「うん。ガチ喧嘩ならいっそマシだったんだけどね。フライパンでまとめてぶっ飛ばせばいいからさ」
「
……
めんどくせー奴らがめんどくせー喧嘩やらかしたの?」
「テーブルクロスの下で足を踏んづけあう的な
……
相手を出し抜く的な喧嘩をし始めて
……
」
「地獄かよ
……
」
「めんどくせえの極みなんだゾ
……
」
エースが苦虫を嚙み潰したような表情になり、グリムがユウの肩の上でびろんと伸びる。
一方のデュースは記憶の一部分だけを完全に消去できるような方法や魔法が無いか考えたし、図書館で調べれば見つけられるのではとも思いついたが、それで失敗して周りに迷惑をかけるようなことが起きれば元も子もないので、とうとう肚を括ってユウと共にその厄介事に巻き込まれてやる決意を固めた。
「ユウ、僕達はマブだからな。何かできることがあったら言ってくれ
……
!!」
がし、とデュースがユウの空いている方の肩を掴む。ユウは何度か目を瞬かせた。
「あ、うん、ありがと。でもデュース、話、聞いてた?」
「リーチ先輩たちとキングスカラー先輩たちが
僕の苦手な方法で
ステゴロじゃない
喧嘩をしてるんだろ?」
「聞いてたんかよ!!」
「そんな顔してなかったんだゾ!?」
素っ頓狂な声を上げるエースやグリムとは対照的に、なるほど確かにデュースはこの手の喧嘩は苦手そうだなとユウはひとり、納得していた。
マブダチに少々話を聞いてもらったところで、悩みの種が消えてなくなるわけでもない。
ユウは胸のうちにどこかもんもんとするものを抱えながら授業を受けた。他に考え事があると時間は進むものなのか、あっという間に午前の授業が終わる。
昼休みになって、ユウたちは購買部へ赴いた。ジャンクなバーガーとポテト、炭酸ジュースを買い求めるためである。
そこで合流したジャックやエペルと共に、一同は日当たりがいい割に人気の少ない穴場スポットでランチをすることになった。
「
……
なるほどな」
ユウたちから話を聞いたジャックが、微妙な表情になる。
「なんか、すまねえな、ウチの寮長とナンバーツーが
……
」
「いやいや」
ジャックが謝ることじゃないよとバーガーをもそもそ食べるユウを、「監督生サンもてげ大変だね」とエペルが労った。
「喧嘩すんなら周りにメーワクかけんなって話なんだゾ」
紙箱の中に残っているポテト漁りをしていたグリムが顔を上げる。口の周りが油でべたついていたので、エペルは紙ナプキンで拭ってやった。
「確かに他寮での喧嘩は迷惑かもしれないけど
……
」
「殴り合いとか魔法とかの喧嘩じゃねえならほっとくのが一番じゃねえか? 変に首突っ込んでもお前が被害に遭うだけだろうし
……
」
「いや
……
それがさぁ
……
」
朝は時間なかったから話さなかったんだけど、と前置きして、ユウは「そう言えば」ふと瞬いた。
「私のバイト帰りにオクタの先輩が代わりばんこに寮まで送ってくれてる話はしたっけ」
「
……
初耳ではあるが
……
」
「その噂、本当だったんだね
……
」
ジャックとエペルが複雑そうな顔をする。
「ま、送迎なんてついでで、そのお礼のリンさんの飯が目当てだけどな」
エースが注釈を入れる。なるほど、とジャックとエペルが頷いた。
「あと、サバナの先輩たちはマジフトの試合帰りによく来るんだけど」
「そういや、終わったらよくどっか行ってるな」
「オンボロ寮に行ってたんだ
……
」
二人はいっそ、謎が解けた、というような清々しい表情をした。
「二人とも、部活帰りだし、ご飯とか作る気力無いらしくて。大食堂も混むし
……
」
「確かに、それは分かる」
同じ運動部系の陸上部に所属しているデュースが頷いた。ジャックも何かを思い返す素振りを見せる。
「ラギー先輩はマネージャーの仕事も半分くらいやってるし、疲れてんだろうな」
「笑っちゃいけないんだろうけど、面白かったよ。レオナ先輩とか、うとうとしながらご飯食べてて」
「疲れてんだな」
「ラギー先輩は確実に寝てるのにご飯食べてた」
「どうやって???」
「すげぇな、ラギー先輩」
「そこ、感心するとこじゃねえべ!?」
エペルのツッコミに小さく笑って、「まぁ、それだけならいいんだけど」とユウは話を元に戻した。
「昨日、日曜だったじゃん。マジフト部は遠征あったんだっけ」
「そう。他校との練習試合。ボクもちょっとだけだけど、試合に出れたんだ!」
「あぁ、俺も出た。そんで勝ったぜ」
「おっ、スゲーじゃん。おめでと」
「良かったな!」
ありがとう、と嬉しそうにはにかむ二人に、ユウは心底からぱちぱち拍手した。
「で。私の方はバイトだったんですよ」
「え? 日曜なのに?」
「来週から小テストが目白押しでしょ。そのために今週はお休みしたくて、その分働いてたの」
ユウは火曜、木曜、土曜にしかシフトを入れないと固く決めていた。エースたちもそれを知っていたので、今回のユウの発言は意外だった。
「でさ。朝からシフト入ってたから、帰りは夕方だったんだけど。まぁ、双子がついてくるじゃん」
しかも、いつもは双子のどちらかひとり、或いはアズールひとりだけなのに、昨日に限って双子が揃ってついてきたのだ。
「そんでさ。マジフト部は練習試合あったじゃん」
ジャックとエペルは、試合終わり、ラギーたちがどことなく機嫌良さそうにしていたのを思い出した。
「
……
」
「
……
」
「
……
」
「
……
」
行き着く先はオンボロ寮。
誰もがそうっと目を逸らした。
「
……
まぁ、かち会っちゃうよね!」
「あー
……
」
「まぁ
……
」
「うん
……
」
ユウの分までサイダーをずごごご吸っていたグリムが「んで、」と話を引き継いだ。
「流れるように嫌味の言い合いが始まったんだゾ」
───おやおや、部活の試合帰りでしょうか? 随分と素敵な香水をつけてらっしゃる。離れていても匂ってきますねぇ
───ジェイドくんこそ、今日はきっちりした寮服じゃねえっすかぁ。よっぽど繁盛してるんスか?
「その後はひたすら、ご飯食べながらマウントの取り合い」
───アハ、そりゃあトドだもんね~、座ってのんびりするしか役に立たねーもんね、オレ達ウツボと違って
───ハッ、庶民が何か言ってやがるな
「ユウが割と早めに『喧嘩するなら出て行け』つってフライパン構えたから大騒ぎにはならなかったんだけどよ」
「今度はいかにして相手を下げるかみたいなのが始まって」
───ねぇ、マジでこいつなんもしねーじゃん。なんでこんな奴に飯食わせてやってんの?
───はいはい、図体だけでもデケーんだから、作業するのに邪魔なんスよ、あっち言っててくださいね!
「寮の皿が一枚割れたんだゾ」
───てめぇ、何しやがる
───はい? どうされました?
───えー、皿割っちゃったのぉ? 慣れねーことするからじゃね?
───いやいや、今のはどう見ても魔法使ったっしょ
───ご自分の失敗を他人のせいにするのは如何なものかと思いますよ。冤罪は犯罪です、ご存知ありませんでしたか?
───てめぇ
……
!
「まさに一触即発だったなぁ
……
」
「一時はどうなることかと思ったんだゾ」
どこか遠い目をするユウとグリムに、一同は「なるほどめんどくせえな」と心の声を一息に揃えた。
「で、その後はどうしたんだ?」
「その後はね」
皿の割れる音を聞き付けて、風呂掃除をしていたリンが「どうしたどうした」と顔を出した。ユウとグリムは何をどう説明したら角が立たないかまったく分からなくなって、二人して顔を見合せ、双子とレオナ達へと視線を彷徨わせ、そしてリンを見るという落ち着きの無さを露呈することになった。
そうこうしているうちに、リンが音の発生源である割れた皿が床に散乱しているのを視線でとらえる。
───あらあらまあまあ、綺麗に割れたねえ。ユウ、使わない紙があったら持ってきて
───あっ、はい!
───近くにいたのは? ラギーとレオナ?
リンの言葉に、二人はびくりと体を強ばらせた。リンはその様子に少しだけ首を傾げながら、二人の手を取ってじっくりと検分した。
───どこか痛むとか、切ったとか、無いね
───え、あ、ウス
───
……
無い
───それなら良かった。
心底ホッとしたように言うリンに、二人はきょとんとして、何度か瞬いた。
───割れたのを拾うから、その間に下の物置からガムテープと箒とちりとり、持ってきてくれない
───え、っと
……
了解ッス
───リンさん! 裏紙持ってきました!
───こっちおいで。双子は悪いけど残りの片付けと風呂場やってくれる
───
……
はーい
───承知しました
それからのオンボロ寮は静かなものだった。リンは割れた皿をジグゾーパズルのようにして何やら思案していたし、レオナとラギーは早々に風呂に入って「マジフトの反省会があるから」と寮を後にした。双子に「覚悟しておけ」と眼光鋭く置き土産を残していくのを忘れずに。
双子はと言えば余裕綽々としていたが、いつもより口数が少ないなとユウは感じたし、何やらふたりでひそひそ話し合いのようなものをしている場面に幾度か遭遇した。
「で、朝になったら、リーチ先輩ズは朝ご飯より前にオクタに戻ってったんだけど、私が寮を出る時間になってね」
ユウはがさごそカバンを漁って、奥底に沈めていたスマホを取り出した。朝よりも通知が幾つか溜まっている。
「皆で見計らったのかな? ってぐらい同時に、クレームが来て」
どれどれ、とユウからエースがスマホを受け取った。
画面はロックされた状態のままだが、通知されたメッセージの一部はその状態で読むことができる。
ざっと目を通した後、一番に口を開いたのはエースだった。
「
……
お前、これだけの面子を未読無視って、すげー勇気あんな」
「もう無謀の域だと思うぞ」
「無視する監督生の気持ちも分からなくもないだろ。すげえ自分勝手なことばっか押し付けてんじゃねえか、このひとたち」
「無視してもええ」
エペルが神妙な顔で頷く。自分勝手なのはそうだけどさあ、とエースは苦い顔で言った。
「このままだとなんも解決しねーじゃん」
「かと言って仲直りなんて絶対しないだろうし
……
」
「有り得ねえな
……
」
「どいつもこいつもガキみてぇなんだゾ」
グリムの言葉に、お前には言われたくねえだろうなとその場にいた全員が思った。
「
……
じゃあさ、何かしら返信しなきゃいけないとしてさ、誰になんて返せばいいと思う? 出禁ですって言っても火に油じゃない?」
「うーん
……
」
誰もがむつかしそうな顔をする。考え考え言葉を発したのはエペルだった。
「ひとまずは、対症療法
……
監督生サンが次の一手を打つまでの時間稼ぎ
……
で、いいんじゃないかな
……
」
「あー、なるほどね。今は出禁とかそういうことは言わないで、やんわりお前も悪いだろって伝えるってことね」
エースがぱちんと指を鳴らす。でも、とデュースが眉を寄せた。
「時間稼ぎって言ったって、どうするんだ?」
「えーっと、今回のメッセージは、形だけはお願いとか
……
の体裁を取ってるから
……
敢えてずらした返答をする、とか
……
」
エペルがスマホを見ながら言葉を少しずつ並べてくれる。ユウはエースからスマホを受け取って、一番メッセージが短いレオナのものを開いた。
『魚くせえのをどうにかしろ』
レオナからは、これだけである。
「どうすんの、監督生」
「ンー
……
」
ユウは少しだけ考えて、『じゃあ今度消臭剤買ってきてください』と打ち込んだ。
「おいおいおいおい」
「マジかお前」
「ユウ、流石に考え直した方が」
「相手は寮長だよ!?」
「ポチッとな」
ぽこん、とユウ側の吹き出しが増える。あぁ、と誰もが悲嘆の声を出した。
「さて次」
「サクサク行くのね!?」
「もうすぐ昼休み終わっちゃうから。次に短いのは
……
フロイド先輩か」
『マジ、トドとコバンザメちゃんムカつくんだけど』
『もう二度と会いたくねー』
『つかなんでオレたちで飯食ってんのにあいつらも一緒にいいよなんて言っちゃうわけ?』
『は? 無視?』
時間差で来ている一言がこんなにもおそろしい。ユウは咄嗟に傍にいるエースのジャケットを握った。
「今日は、一緒に、帰ってね
……
!」
「めちゃくちゃに嫌だけどこういう時に限って断る理由がなんもねえ
……
!」
「デュースもだよ!! いやもう皆今日一緒に寮行こ!! ウチおいで!!」
「ウッ、わ、わかった
……
!」
「怖いけど、頑張る
……
!」
「しょうがねえな
……
」
で、なんて返すんだよ、とジャックがユウを促す。ユウは険しい顔でスマホを睨みつけた。
「くそ、対面じゃないからフロイド先輩が素直に謝ってほしいのか言い訳してほしいのか分かんない
……
!」
「そんなめんどくせえ機微見分けなきゃなんねえの!?」
「フロイド先輩、気分屋だからな
……
」
うーん、と一頻り唸って、ユウは三つめのメッセージに直接リプライをすることにした。
『今度またふたりでご飯食べましょうね。私の手作りで良ければ
……
』
『無視みたいになってたのはごめんなさい』
理由を聞かれる前に訳を話せばそれは言い訳になってしまう。フロイドは好ましく思わないだろう。
これでよし、とユウが送信ボタンを押す。ぽこん、と吹き出しが増えた。
「え、なに、二人で飯って。聞いてねえんだけど」
「え? 言ってなかったっけ。フロイド先輩に料理の練習付き合ってもらってるって話」
「あぁ、リンさんに食べてもらうための。まだ続いてたのか」
デュースが感心する素振りを見せる横で、「ふーん」と、エースはちょっとだけ憮然とした表情になった。
「
……
エースクン、どうしたの?」
「べっつにー」
「なんか思うところがあるなら言ったらいいじゃねーか」
ジャックが揶揄うように言った。やめろよ、とエースががなる。
「ラギー先輩からは無いのか?」
「無いね! あ、嘘、ついさっき送ってきたみたい
……
『リンさん、皿のこと、怒ってなかったっスか?』
……
うーんラギー先輩らしい」
ラギー先輩が割った訳じゃ無いのになぁ、と苦笑しながら、ユウは『怒ってなかったっスよ〜! 私達個人で買ったものじゃ無いし、他のお皿たくさんあるので気にしないでください』と絵文字付きで送った。
「あとはジェイド先輩だけど」
ユウはチャット画面を眇めた目で見ると、腕を伸ばしてスマホを遠ざけた。まるで老眼を患った老人がするような所作に、エースが遠慮なく「ブフッ」と噴き出す。
ジェイドは、画面の半分は覆おうかというほどの長文を送ってきていた。
「このひとが一番めんどくせえな」
「まとめると
……
なんだ?」
ジャックが嫌そうな顔をして、デュースがユウと同じように目を眇めた。
「『お礼の取り分が減るのはどうかと思う』『不快な気持ちになったので昨日の対価は受け取っていないことにする』『今度また別の機会にお邪魔させて頂きます』
……
よくもまあここまで嫌味だらけのメッセージを」
いっそ笑ってしまうユウに、エースが眉を顰めた。
「送り迎え、向こうが勝手にやってることだろ?」
「エースクンの、そのまんま送っちゃえ」
エペルに言われた通り、ユウはキーボードを操作した。
『こちらが頼んでないことなので、そんなに仰るんでしたらこれからの送迎は結構です。先日のことは後日こちらからキノコの山をお送りしますので、もう来ないでください』
「よし、ポチッとな」
「いや待てオレそこまで言ってなくね?」
「言ってたよォ」
「あぁ、言ってたな」
「さすがエースクン!」
「見直したんだゾ」
「よし、そろそろ教室に戻るか」
生真面目なジャックが立ち上がる。他のメンバーも次々立ち上がって、ゴミやら荷物やらを片付け始めた。
「えっ、おいおいおいおい、ちょっ、ちょっ待てよ!」
「え、なにキムタクの真似?」
「誰だよキムタク!! 待ちやがれ、おい、コラ、ユウ!!」
予鈴が響く。急げと皆が一斉に走り出す。
からから笑う同級生の後を、エースは慌てて追いかけた。
人の機嫌なんてものは、たったの一言でも浮いたり沈んだりするもんである。
フロイドのスマホのチャット画面には、小さな吹き出しがぽこんと増えていた。
『また一緒にご飯食べましょうね』
小エビからである。フロイドはにんまりと機嫌良く口端を吊り上げた。様子を見ていた何人かの生徒が凶悪な(ように見える)それに、そっと視線を逸らす。
『無視みたいになっちゃったのは、ごめんなさい』
「
……
」
フロイドは機嫌が良くなったので、ぎゅーっと締めるのはまた次の機会にしてやることにした。長い指で、ぽちぽちとキーボードを弄る。
『なんで無視みたいになっちゃったの?』
返事は、案外直ぐに帰ってきた。
『実は、今朝、ドタバタしてて。スマホがお昼までずっとカバンの深海にいたんです』
『そっかあ、じゃあ小エビちゃんの腕じゃ届かないねぇ』
『届かなかったですねぇ』
ぽこん、ぽこんと吹き出しが連続して増えた。
『引っくり返したらやっと出てきてくれたんです』『気付くの遅くなっちゃってごめんなさい』
しゅん、とする小エビが目に浮かぶようである。フロイドは気分良く、『いーよ』と打ち込んだ。
カコカコ鳴るキーボードが、イライラを解いてゆくようだった。
『許したげる』
同時に、胸のあたりになんとも言い難い違和感を覚えて、フロイドは首を傾げた。
なんとなく、分からないけれど。そこにあるはずのものがない、というか。
「
……
あ、」
はた、とフロイドは瞬いた。
───ぎゅーってしてぇ
人の気分なんてものは、大した理由などなくともころころ変わってゆくものである。フロイドのは、特に。
『小エビちゃん今どこ?』『会お』
今度はなかなか既読がつかなかった。返事も来ない。フロイドはそわそわしながら待った。
ぽこん、と吹き出しが増えると、ぱっと目を丸くしてスマホを覗き込む。
『今からですか?』
『うん。コバラすいた』
フロイドはすぐ返事をするのに、小エビの返事はノロノロしていた。それが無性にそわそわして、落ち着かない。
『なんでもいいですか?』
『いーよ』
『卵焼きと、おにぎりでもいいですか? あとウィンナー焼きます』
いーよ、と入力しかけて、フロイドはやっぱり『じゃ、オレ、ミソシル作る』と打ち直した。
ありがとうございます、というスタンプが送られてくる。フロイドはニコーッと笑って、小エビにあったらぎゅーってしてやろー、と軽い足取りでいつものように厨房へ向かった。
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