桜霞
2022-10-01 16:50:50
23091文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

事実は小説よりも奇なり

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主 2020/06/09にpixivに投稿したものの再掲です。


 
 
 
 
 
 新年が明けた。
「あけましておめでと〜~~~!!!!」
 早々に長い脚で取り立て屋の如くオンボロ寮のドアを蹴破ったのはフロイド・リーチである。彼に続くようにしてジェイドやアズールも顔を見せた。
「やあ、これはまァご丁寧に。おめでとうさん」
「おめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします」
 折り目正しく頭を下げたアズールの背後から、そっとジェイドが縦長の紙袋から瓶を取り出した。
「えっ。えっ、え~~~~~うっそォマジィ!?」
 米があるならと思っていたけど、とリンは差し出されたそれを受け取って、まじまじとジェイドたちと手にした酒瓶を交互に見つめた。
「酒じゃん!!」
「ええ、ご挨拶にと、取り寄せまして」
「どうやって!!?!? 年末年始なのに!?!!!?」
 リンは心底素直に驚いた。「企業秘密です♡」とアズールはにっこり笑っている。
「良かったですね、リンさん。お酒、飲みたがってましたもんね」
「そうなのよ~~~~お節にはやっぱり日本酒よね~~~~~~」
 どうやら純米や吟醸、醸造ですらない普通酒のようだが、そもそも手に入れるルートすら分からなかったリンにとっては正しく僥倖だ。リンは有難く頂くことにした。
「あれ、カニちゃんたちは?」
 談話室へとずかずか入って行ったフロイドがきょろきょろとソファの裏を覗き込む。自分に怯えて隠れていると思っているらしい。ソファの裏からはグリムが飛び出して、リンの足下に縋りついた。双子はまだ怖いらしい。
「年越しうどん食って帰ったよ」
「ウドン? なにそれ」
……また今度ね」
 本当は蕎麦が良かったのだが、蕎麦粉は流石に手に入らなかった。うどんは小麦粉さえあればなんとか作れるので、学生たちに足でタネを捏ねてもらい、リンがどうにか出汁からつゆを作って、年越しうどんを用意したのだ。エースとデュースは初めて食べる味なので不思議そうな顔をしていたが、なんだかんだ好評ではあった。
「おお、これは美味しそうですね」
 ローテーブルには色とりどりのお節が広がっていた。とは言っても、リンが用意できたのは紅白なます、ごまめ、お煮しめ、サトイモ、ゴボウ、黒豆程度のものだった。
 しかしその分、量がある。三日とはいかなくてもせめて二日は寝正月を過ごそうというリンの意地だった。
……
 オクタヴィネルの三人は、にこにことローテーブルの前に座ってこちらを見ている。リンはちらりとユウを見やった。
……仕方ありませんね」
「さすがはユウさん!」
「そうおっしゃってくれると信じていました」
「いっただっきまーす!!」
「ちょっとだけですよ!!!」
 リンは肩で笑って、三人のためにフォークと取り皿を用意してやった。ゴーストがどこからか見つけてきてくれたワイングラスに酒を注ぎ、ひとりで「乾杯!」と声を張り上げて一息に喉を焼く。
「ッカー! 美味い!」
「それは良かった」
 
 ジェイドのあれはなんだこれはなんだという質問攻撃をユウとリンで代わるがわる対応し、フロイドとグリムの仁義無き戦いならぬお節の取り合いを仲裁し、アズールにおせちのレシピをやるやらないで交渉したりしているうちに、気付けば時間は過ぎ去って、ローテーブルの上にあったお節は綺麗さっっぱり無くなっていた。
 
「オワーーーッ!? マジか……さすが男子高校生……
 グリムが食べ過ぎても二日は持つだろうと予測して作ったものを、三人がかりとは言えこうもあっさり食べ尽くされては予想外と言う外無い。
「あっさりしたものが多かったですしね」
「オレ、まだ食える。なんか無いの?」
「ウチをなんだと思ってるんだ?」
「働かざる者食うべからずですよ!!」
 言って、仁王立ちしたユウが取り出したのは、主にゴースト達と一緒に作った杵である。
「なにその鎌」
「鎌じゃないです。杵です」
「キネ」
「これと臼で今から餅をつきます」
「モチ!!」
 グリムが飛び上がり、フロイドが目を輝かせた。
「そうそう、オレ達アザラシちゃんからそれ聞いてここに来たんだよ!」
 ユウの双眸がぎらりと光ってグリムを射抜いた。
…………グリム……?」
「オレ様は新年に何するか聞かれたから答えただけなんだゾ!!!」
 グリムはぴゃっとリンの背後に隠れた。リンは米粉の量を頑張って思い出し、はてこれは足りるかしらねえ、と弱冠遠い目になっていた。
「ですが、モチとは何か、僕達は知りません」
「ええ、フロイドが言うには美味しいらしいのですが」
「アザラシちゃんが美味いって言ってた」
「オレ様は、ユウとリンが美味いって言ってたのを聞いたんだゾ」
 三人と一匹の言い分を聞いて、ユウとリンは顔を見合わせた。
 
 そして同時に、にやりと口端を吊り上げた。
「!」
 驚いた三人と一匹が瞠目して二人を見やる。「いや~美味しいって言ってもねえ、」とリンはぐいっと酒を煽った。
「これは相当の覚悟がなきゃ食べられない代物ですよ」
「なん……ですって……?」
「そんなものを、新年から……?」
……
 フロイドとグリムがごくりと生唾を飲む。やっぱノッてくれるんだな、とリンはちょっとだけそわっとした。
「故郷の風習なんですけど」
「そうね。新年始まってからしばらくは、おやつにもお昼ごはんにも餅を食べたり食べなかったりするんだけど」
「とってもとっても美味しいんです。残念ながら、素材の関係で、今回は砂糖醤油海苔無し一択ですが」
 さとうじょうゆ、と人魚組が揃って顔を見合わせた。砂糖は分かるがショーユってなに、という顔をしている。
 どん、とリンの持っていた酒瓶が音を立てた。
 アルコールの入ったリンが、目を据わらせる。そのいかにもな雰囲気に、三人と一匹が固唾を呑んで二人の言葉の続きを待った。
「餅、っつうのはね……毒どころか人体に影響のある要素なんかひとっつも無いにも関わらず、毎年一定量の死者を出している、そりゃあおそろしい食べ物だ!!」
「な、なんだって!?」
「どうしてそんなものを新年初日から食べるんですか!?」
「美味しいからに決まってるじゃないですか!!」
「我ら日本人の特徴はその雑食性!!」
「たとえそこに毒があろうが、それを食べて死んだ人がいようが、美味しければ食べる!! ちょっと腐ってても食べる!! おかげで生まれた食の代表がてっさと納豆!! そして醤油!!」
「つーわけでェオクタヴィネルの諸君!! オンボロ寮に来て新年を祝うからにはァ」
 そしてリンさんのお節をばかすか食べたからには! とユウが合いの手を入れた。
「『餅』……、砂糖醤油海苔無しで、食ってってもらおうじゃねえかい」
 口端だけで迫力満点に笑うリンは、さしずめヤクザの女であったと、後にオクタヴィネルのヤバイ奴等は語った。
 
 
 
 
 
 やだーーーーーーっ!!!!! というアズールの悲鳴をカリムとジャミルが聞いたのは、もう少しでオンボロ寮の全容が見えて来ようかというときだった。
「な、なんだあ?」
 やめろーーーーーーーーッ!!!!! と、悲鳴のような怒声のような、とにかくよく通る絶叫がここまで届いてくる。あれは間違いなくアズールの声だ。
 ちょっとだけ顔を見合わせたカリムとジャミルは、すぐにオンボロ寮へと駆け出した。カリムは純粋に心配していたが、ジャミルは面白がるついでにあわよくば弱味を握ってやろうと思ってのことだった。
 
「やめろ!! その糖質の塊を僕に近づけるんじゃない!!! とっくに一日のカロリー摂取量をオーバーしてるんだ!!!!」
 ぺったんぺったんぺったんぺったん
「いーじゃん別に一日くらーっげほごほげほ」
 ぺったんぺったんぺったんぺったん
「あぁフロイド、口の中にあるまま喋るからそんなことになるんですよ」
 ぺったんぺったんぺったんぺったん
「あ、カリム先輩に、ジャミル先輩! あけましておめでとうございます!」
 
 カリムはぽかんと口を開けて呆けた。
 ジャミルは、「………………なに?」としばらく停止した思考を引き戻すことができなかった。
 
 
 
 
 
 オンボロ寮の館から追加の砂糖醤油を持ってきたリンに事の経緯を聞いて、カリムは目を輝かせ、ジャミルは「はぁなるほど」と半眼になった。言わずもがな、すぐ近くからの視線がうるさいからである。
「ジャミル!!」
「一緒にはやらない」
「分かった!! ユウ!! オレにもやらせてくれ!! 後でジャミルもやるって!!」
「やるとは言ってない!!!!」
 ははは、と館の前庭で焚火の火を見ていたリンが笑う。ジャミルは思わずじろりとリンを見降ろした。
 焚火の周りには、マシュマロを焼く時のように、真っ白な餅が木の棒に刺さって焼かれていた。火に近いところが焦げて、ぷっくりと膨らんでいる。
 もち米というコメを蒸して捏ね回し何度も突くと、このような餅ができあがるのだという。男手があるとやっぱり楽だねえ、とリンはぱたぱたと火を煽ぎながらほけほけと言っていた。
「わっちち」
 火の粉が飛んだのか、リンが体を仰け反らせる。「変わりましょうか」とジャミルはすかさずそう言った。
「あぁいや、そうだな、新しく炊いたから、そっち運ぶの手伝ってくれ」
 リンはアズールに声をかけ、しばらくの火の番を頼むと、ジャミルを連れて館の中へ入って行った。
「突いた傍から食っていきよるから、明日の分が無くなっちまうわ」
……食べ盛りですから」
「美味しいから、あんたも食べて行きなさいね。お腹にたまるから、ほどほどにしておいた方がいいけど」
 主成分が米だからなあ、とぼやくリンに、だからアズールは嫌がってたのか、とジャミルはなんとなく得心がいった。アズールがカロリー計算に気を配っていることを知っている者は多い。何故かは知らないが、体形に気を配るなど、年頃を鑑みれば別におかしなことでも無い。
「それで、ご実家から連絡があったの?」
「、……は、い」
 突然だった。唐突にド直球を決められて、ジャミルはうっかり呆然とした。
……よく、お礼を……言っておくようにと……
「新年早々? 本気?」
「まぁ……ハイ」
「あんたも大変ねェ」
 言いながら、リンは鍋の蓋を開けた。蒸した米のいい匂いが広がり、白い煙がふわりと漂う。
「何についてのお礼なのか計りかねるけど、私が勝手にしたことだもの。もっと言えば、仕事だし。気にしないで」
「そういうわけには行きません、」
「ユウからは、『これからは遠慮しない』って言ってたって聞いたんだけどなぁ」
「、」
 言い募ろうとするジャミルに、リンはにっこりと微笑んだ。お茶淹れるからそこのやかんに水入れて沸かして、と指示を出されたので、ジャミルはひとまず言われた通りに動くことにした。
「で、本音は?」
 かちり、と音を立ててコンロに火が着いた。
……よくもまぁつっかかれたなと」
「あっはっは!!」
 ぼそりと呟かれたそれを確かに聞き取って、リンはあっけらかんと大口を開けて笑った。
「ふっふ、これぞ失うものが無い強さですよ」
「、あ」
 反射的にリンの方を顧みたジャミルに、リンは驚いたのか、何度か目を瞬かせた。
「あぁ、気にしないでね。半分冗談だから」
「じょうだん……
 ということは、半分は本気だということだ。ジャミルは何とも言えない顔をした。リンは「よく気が付く子だねえ」と呑気に感嘆している。
……お礼とか負い目とか、そんな小難しいことは考えなさんな。あんたの自由のために利用出来る要素が運良く転がり込んで来たんだと思えばよろしい」
 纏う空気を入れ替えたリンに、ジャミルは俯いたままだった。
 
 ───俺の、自由のため。
 
…………でも、カリムの従者として生きてきた過去が消えるわけじゃない」
 
 ジャミルは、はっと息を呑んだ。彼の口元を手で押さえる所作に、言うつもりではなかったのかと察したリンは、しかし聞かなかったことにはできなかった。
……そうだね。たとえ鬼になったとしても、そういう縁の繋がりは途切れないだろうしねえ」
 考え考え、リンはジャミルに向き直った。
「でも、だからこそ、大嫌いだって思うだけじゃなくて、言えて良かったね」
「、え」
「ユウとグリムから聞いたよ!」
……あいつら……
 ジャミルが嫌そうに顔を歪める。誰だって自分のそういうデリケートな話を他人にされるのはいい気分がしないだろう。しかしリンとて半分くらいは当事者である。事の顛末がどうなったかくらいは聞かせてもらう権利はあるだろう。
 リンはにこやかに言った。
「上等上等、素直が一番。嘘はいけない。おっかない蛇女に焼き殺されるかもしれないし」
「え?」
「なによりお前の枷になる」
「───」
 そうだったろ、と言っているようなリンの顔に、ジャミルは頭が真っ白になった。
「素直が一番だ」リンは繰り返した。「お前の嫌いという感情を、必ずしもお前の行動理由にする必要も無い」
「、」
「守りたかったら守ればいいし、世話を焼きたくなかったらほっとけばいい。馬鹿騒ぎしたかったら混ぜてくれと言えばいいし、気まずいなら他を頼れ」
「いや、おれは、」
 違う、そう否定するよりも、リンの言葉の方が早かった。
「お前は自由だ。そうだろ? そう在ると決めたんだから」
「っで、も、」
 
 ───……でも?
 
 ───でも、なんだ?
 
……
 
 ───俺は、何を否定しようとしていた?
 
…………ご家庭に何を言われたのかは知らないけど。ま、この学園にいる間は、存分に迷ったらいいさ」
……
 見上げた先で、リンが不敵に笑っている。
「そのために私達大人がいるんですからね」
「───」
 頼れよ、と。胸を張り、背中で語る大人を、ジャミルは初めて見た。
 
 ───俺、甘えてこなかったのか。十八年間。誰にも。
 
…………おれ」
「ん?」
「夕飯、作りたくないです」
「お?」
 突然のジャミルの言葉に、リンはきょとんとした。
……カレーが食いたいです」
 かと思えば、夕飯のリクエストである。
 少しの間、ぱちくりと目を丸くしていたリンは、けれどもすぐに、にっと笑った。
「おうとも! 任せてくれたまえ!」
……はい」
 ジャミルは小さく、不器用に笑った。リンは笑みを深めると、フードの上からジャミルの頭をぐわしと掴んでぐりぐり回し、「まずは餅!!」とテンション高く餅つき大会へジャミルと共に戻って行った。