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桜霞
2022-06-13 13:38:31
48828文字
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【twst夢】フライパンは無敵
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【フライパンは無敵】②監督生はおれが守らねば(フライパンを構えながら)
#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主
2020/04/21にpixivに投稿したものの再掲です。
1
2
3
4
軽いノックの後、「どうぞ」と声が返ってくる。
静かにドアを開け、部屋に入ってきた人物に、トレイは開いていた本を閉じ、傍に置いた。
「リンさん、」
「よっ。元気そうじゃん」
借りるね、とリンは勉強机から椅子を引き寄せて、背もたれを前にして行儀悪く足を開き、よっこいせと腰かけた。
「足、大丈夫?」
「はい。リンさんのおかげです。軽く捻っただけで済んだのに、保健室の先生が大袈裟なんですよ」
トレイの視線がベッドに立てかけられた松葉杖を捉える。
「ま、大事を取ってってことさ」
リンの言葉に、トレイは瞬いた。
「それなら、リンさんだって。大事を取って、ゆっくりしてください。あの衝撃で、痣ぐらいできてるでしょう」
「大丈夫、軽い打ち身だよ。痣はできちゃったけど、明日には消えてる」
リンは眉を跳ねさせたが、嘯くように言い切った。飄々としたその態度には、トレイもそれ以上何かを言い連ねることはできなかった。
しかし、トレイにはどうしても、リンに言わなければならないことがある。
「
……
、
……
リンさん」
「ん?」
何度か口を開閉させて、トレイはどうにか、考え考え、言葉を紡いだ。
「助けてくれて、ありがとうございます。でも
……
すみません。その
……
」
「
……
うん。まぁ事故みたいなもんだし、気にしないでくれると私も助かるんだけど
……
」
「
……
」
◇
それは午後の授業が始まる、少し前のことだった。休憩時間には移動教室のために廊下に溢れる生徒が少なくない。
「それじゃ、ボクは遅くなるから、マジフトの練習は先に始めてて」
「おう、分かった。また後でな」
「うん、───うわっ!?」
ぐらり、と階段を降りようとしていたリドルの体が傾ぐ。
「リドル!!」
トレイは咄嗟に、腕を伸ばした。魔法を使えば良かったと思考の上澄みが走っても、もう遅い。飛び出したトレイはリドルの腕を掴んだと気付いた瞬間、全力でそれを手前に引っ張った。
「っ
……
!」
「、っトレイ!!」
反動で、トレイの体が前のめりに崩れる。どうにかバランスを保とうと、足が前に出て───それが平らな廊下でなかったことが災いした。階段を踏み外し、ぐにゃりと足首が折れ曲がる。
「ぐ、!」
ぐらりと揺れたトレイの体が、一気に階下へ傾いていく───そこへ、飛び出てきた腕があった。
「う、わっ!」
「っ!?」
一瞬、自分の身に何が起こったのか、トレイには分からなかった。ただ、何かに背を、胴を支えられ、落下の勢いが削がれても、床は、階下は近くなっていた。
「っふ!」
「───!」
体が横に一転し、トレイは反射的に体を丸め、目を瞑った。何とか何かを掴めないかと伸ばした腕が鞭のようにしなる。階段を、転がり落ちている。
しかし、いつまでたっても来る衝撃は訪れなかった。代わりに、自分の体が転がらないよう、堰き止めているものがある。
トレイはそろりと瞼を押し上げた。ずれ上がった眼鏡が額に当たって地味に痛い。
「いっつつ
……
、大丈夫?」
「、え、」
耳に届いたのは、聞き覚えのある声だった。慌てて眼鏡をかけ、声のした方へ顔を上げる。
「リンさん
……
!?」
トレイの驚愕に染まった表情を見て、リンはにっこりと笑った。
「はい、リンさんです。眼鏡割れてないね、良かった」
「あ、え? はあ
……
」
トレイの体が横転しないよう堰き止めていたのは、リンが立てた膝だった。階段の中腹で、リンに覆いかぶさるようにして倒れているのだと気付いたトレイは、慌てて上体を起こし、「すみません!」と膝を着こうとした。
「っぐ!」
しかし、右足首に走った激痛が、再びトレイの体のバランスを失わせる。
「おっと、」
リンが慌てて腕を伸ばす。トレイも咄嗟に腕を伸ばして、手摺か何かを掴もうとし───床と、リンの胸に手をついた。
「、」
トレイは、思わず息を止めた。
柔らかい感触が、トレイの掌に伝わる。
「あー
……
」
固まってしまったトレイの耳に、リンの「どうしよっかなあ、これ」というような、ちょっと困った風情の声が落ちてきた。しかし、柔らかい感触に頭が真っ白になってしまったトレイは、目を見開いたまま、その場を動けなかった。
「大丈夫?」
そっと、さりげなくトレイの手を取ったリンが、そのまま上手くトレイの腕の中で体を捻り、トレイの腕を肩に担いだ。そうして体全体でトレイを支え、どうにか立ち上がらせる。
「トレイ!! リンさん!!」
「お、リドル。怪我はないかい?」
「ボクは平気です!! ふたりは
……
とにかくすぐに保健室へ!!」
「はーい。トレイ、もたれていいから。頑張って」
「、」
「いいから」
反射的に肩を跳ねさせ、離れようとしたトレイの腕を、ぐい、と引っ張り、リンはリドルの先導の元、保健室へと移動した。
制服越しにその細い肩の形が伝わってくる。大きめのシャツに惑わされて、分からなかったんだ。もっとがっしりしているのかとトレイは思っていた。
無理やり体重をかけさせられている体側が柔らかい。少しでも体重をかければ、ふにゃりとくずおれてしまいそうな。
使い物にならない右足側を支えて歩いてくれるリンに、トレイはようやく、「すみません」とか細く絞り出せた。
何がすみませんだ。お前、自分が何をしたのか分かっているのか。混乱する思考回路の中、そうやって怒鳴る自分がいる。トレイは意識して呼吸した。下手をすれば窒息してしまいそうなほど息苦しかった。
「
……
後で話そう」
雑踏の中、至近距離でなければ聞き落としそうな言葉が、いやに明瞭に耳に残る。
「
…………
はい」
トレイはやっとの思いで、リンにそう返事をした。
その後、より重傷のトレイが先に診療され、ベッドが空いていないということで、寮の自室で安静にするように言い渡された。トレイはリドルに呼ばれたケイトと共に、リンを残して保健室を後にしたのだった。
◇
窓から差し込む西日が椅子の背凭れに頬杖をついているリンを照らす。トレイは、じっと彼女の顔を見つめた。
確かに、リンの顔は小さい。たくし上げているシャツから覗く腕は細く、声音は落ち着いているが低くはない。涼やかな目元も、微笑めば柔らかさが前に出る。
何より、シャツやスラックスに隠されたその体形が、リンの性別を物語っていた。
「
……
リンさん、は
……
」
言い淀むトレイを、リンは黙然と促した。
「
…………
女性、だったんですね」
リンは笑みを深めた。
「分からなかった?」
訊ねる声はひそやかで、その瞳に宿る光はトレイの知らない艶やかさを帯びているようだった。トレイは思わず掛け布団を握りしめて皺を寄せた。
「ポムフィオーレ寮長の、ヴィル・シェーンハイトのようなひともいるので
……
どっちかな、と
……
」
「そうか。そういえばそんなひとも居たね」
確か、一際人目を引く美しさを持っている生徒だ。最初に彼を見かけたとき、リンは思わず「顔面偏差値天元突破じゃん」とぼやいてしまった。
「その
……
えー
……
、
……
本当に、すみませんでした」
「あぁ、」
丁寧に頭を下げるトレイに、リンは朗らかに笑った。
「ラッキースケベだったね!」
「あなたがそれを言うんですか!?」
トレイはほぼ反射的に叫んでしまった。
「いやさすがに事故か故意かぐらいは分かるし、あれは過失でもなんでもないでしょ
……
、めっちゃ謝ってくれてるし、怒りゃあせんよ」
「えぇ
……
」
でも、とリンはスン、と表情から感情を削ぎ落した。
「こういう対応は私ならではだから、その『やっちまった!!』感は忘れないように」
「は
……
はい
……
」
「よろしい。とは言え、言いふらさないでね」
「はい」
それは、勿論、とトレイは頷いた。
男子校であるナイトレイブンカレッジの、一ヶ月前までは廃墟だったオンボロ寮に、若い女性が住んでいる。この事実に、心を動かされない男子生徒などいないだろう。そして、この学園に、凶行に走る馬鹿は居ない、と言い切ることは、トレイにはできなかった。
オンボロ寮のセキュリティなんてたかが知れているし、男女の間ではいかんともしがたい筋力差がある。いくら学生だからとは言え、中には大人並の膂力を持つ生徒もいるのだ。
いくらゴーストやグリムが居るからと言って、リンと同じ境遇のユウも魔法は使えない。オンボロ寮を守るものは少なかった。
「、
……
」
はた、とトレイは目を丸くした。
そう言えば、ユウも。どちらかと言えば、リンのような、中性的な体つきをしてはいなかったか。
目元は柔らかく、声音は少し高めで。着ているというよりは着られている感じが否めない制服で隠れているとは言え、その腰や、細い手首や足首などは、男のそれではない。同級生のエースやデュースと比べても明らかだ。
「
……
ユウも、女子ですか」
「
……
」
「、あ」
ぽろりと零れたそれに、寧ろトレイの方が戸惑った。
ぱっとリンの方へ視線を移す。リンの双眸は夕陽にきらめいて、不思議な光をたたえていた。
その瞳が、じっとトレイを射抜く。
「っ
……
、」
聞かなかったことにしてください、とトレイは内心で叫んでいた。それが口からまろび出て、形になる前に、リンの方が少し早く声を発した。
「身寄りがあれば、ここには長居しない」
「
……
それ、は」
どういう意味ですか、とこぼれ出るより先に、リンの表情が少しだけ綻びた。どこか迷っているような、何かを決めかねているような影がリンの顔に落ちる。
「
……
ひとは、隠されると暴きたがるだろう。だからユウとは、いい意味でも悪い意味でも、性を意識せずに生活しようと取り決めた。
……
自衛のためにも」
本当は、カレッジが男子校と聞いた時、ユウを連れてここを出ようかとリンは本気で迷ったのだ。何故、要保護者として国の公的機関に預けるべきであるところを、クロウリーはそうしないのか、リンには不思議で仕方なかった。それはそういう仕組みや制度が無いからか、そもそもそういう機関が無いからなのか、はたまた別の思惑があるのか、この世界を知らないリンには分からない。だからクロウリーに与えられるがまま、このカレッジで生活をすることにしたのだ。
きっとすぐに帰ることができるのだろう、一時の仮住まいだと、正気を保つために希望的な観測をし、ここを出たところで生活していけるだけの金や力は何も無い、と物分かりのいいふりをした。
だが、時は無情に過ぎ去っていく。ユウはグリムと共に生徒として認められ、エースやデュースをはじめとした生徒たちに受け入れられ、上手く人付き合いを重ねていた。
「
……
人づきあいは、きっと、当事者からしたらそう、大した問題でもないと思うんだがね
……
」
「
……
えー、と
……
?」
「本当は、誰も寮に入れたくないって話。何があるか分からんからね」
「、
……
それは
……
」
口ごもるトレイに、リンはずい、と身を乗り出した。
「そこで、だ。分かってるけど黙っておくのが得意なミスター・トレイ・クローバー。食えないあんたを見込んで頼みがある」
「、は?」
乗り出された分、トレイは反射的に身を引いた。リンは気にせずに、滔々と喋り続けた。
「私はユウより年長で、人生の先達だ。だからユウのことは守らなきゃいけない。私の世界でならユウは未成年で、要保護者だからだ。そして私は成人している。学生も卒業した。だからユウの安全に、私は責任を持たなきゃいけないんだ」
何の話かは分からないながらも、ひとまず、トレイはしっかりと耳を傾けた。分かっているのかいないのか、少しだけ悪戯っぽく笑ったリンが、トレイを真正面から覗き込む。
顔が近い。しかしベッドヘッドのせいでこれ以上は下がれない。トレイはごくりと生唾を飲んだ。
「ただ、私としても、心強い味方が欲しいなと思っていたところでね。どうだろう、ここはひとつ、協力してくれないか」
「協力、」
「本人にも気付かれないように、トレイのできる範囲で、ユウを守ってやってほしいってこと。ユウを入れた私達だけの秘密だ。ユウには私から伝える」
呆気に取られていたトレイは、それでもすぐに「勿論、協力します」とどこか上の空で答えた。
何百人と居る生徒の中で、リンとユウの本当の性別を知っているのはおそらくトレイだけだ。その事実に、トレイはどこか自分が落ち着きを失っていることに気付いた。おそらく学園長他、教師陣は知っているのだろうが、一番ユウと仲がいいだろうエースとデュースには直接言葉にして伝えてはいないのだろう。そして、少なくともリンには、これからも伝えるつもりはないらしいことをトレイは把握した。
「
……
でも、オレも男ですよ」
トレイは意識して深い呼吸を繰り返し、真正面からリンを見据えた。
「自制心に自信はありますが、」
だが、トレイは最後まで言葉を紡げなかった。ハッ、とリンが鼻で笑ったのだ。
「オトコの自制心なんざハナから信用しちゃいねーよ」
「、」
普段の彼女からは想像すらできないほど、リンは空恐ろしく口端を吊り上げた。細められた目は冥く、容赦のない不気味な光を放ち、トレイを睥睨している。
そうしてリンは、にっこりと、文字通り、それはもう綺麗に、わらった。
「───無知でいられた時の方がまだ気楽だったかもな」
「、
……
っ」
トレイは、ごくりと唾を呑み込んだ。心臓がどくどくと耳元で音を立てている。
まるで信用されていない。とてつもなく太い釘を、何本もぐさぐさと刺されている感覚がする。リンが何を想定しているのか分からないが、牽制されているのは分かる。
そして煽られている。同時に、トレイは自分が試されていることを自覚していた。
果たして己は、柔らかな彼女らを好機と食い荒らす獣なのか、と。
「せいぜい信用を失わないように頑張ってくれ。分かってるけど黙っとくのは得意なんだろ? ───頼んだよ」
ぱちり、リンが器用に片目だけを閉じる。
「
……
分かり、ました」
「ありがとう」
ようやく承諾を返したトレイに、リンはさっと身を引いた。得体の知れない重圧からも解放された気がして、トレイはそっと息を吐いた。
「学内に事情を知ってる生徒側の人間がひとりでも増えればユウも少しは気楽だろう。私も安心した。分かりやすく世話を焼くなよ、疑われる」
「気をつけます」
頷きながら、本当に気をつけなくては、とトレイは自分を戒めた。自分が世話焼きだという自覚はある。
立ち上がったリンをちらりと見上げると、先程までの得体の知れなさはなんだったのか、そこにはトレイの知っているリンが居た。
「それじゃ、お大事に。松葉杖が合わなかったら教えてくれ。用具の出し入れは私の仕事になりつつあるから」
「はい。リンさんも、ご無理なさらず」
「ありがと。じゃあね」
リンがそっと部屋を出る。トレイはそっと時計を見やった。リンが来てから、三十分も経っていない。
「
……
はー
……
、
……
なんて年だ
……
」
たまらず、トレイはベッドに体を投げ出した。
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