桜霞
2022-06-13 13:38:31
48828文字
Public 【twst夢】フライパンは無敵
 

【フライパンは無敵】②監督生はおれが守らねば(フライパンを構えながら)

#twst #twst夢 #not監督生 #女監督生 #オリ女主
2020/04/21にpixivに投稿したものの再掲です。

 
 
 
 
 少しばかり風が冷たくなってきた今日この頃、ユウは積極的に体を動かして暖を取ることにしていた。つまりは掃除である。
 館、もといオンボロ寮には使われていない部屋がいくつもある。それらのほぼすべてが埃を被り、汚れ、家具がひっくり返っているというひどい有様だった。
 同居人であり、ユウが唯一手放しで頼れる同郷出身の社会人リンが学園長と交渉してくれたおかげで壁や床板の腐食はどうにかなったが、壁紙や絨毯などはそのまんま放置されている。ユウは部活に所属していないので、放課後は掃除などの家事に当てていた。リンが帰ってくるまでに自分が出来る範囲の家事を終わらせておきたいのだ。
 リンはユウのために食事を用意してくれるし、様々なことに心を砕いてくれている。かと言って、過度に保護者を演じることも無い。「若人から青春を取り上げることは何人たりとも許されないって最強の呪術師が言ってた」とかなんとか嘯いて、ユウのやりたいようにやらせてくれるときが多い。だからユウは、せめてリンの負担を少しでも減らそうと決めていた。
 
 ───でも、あの学園長にそんなことを訴えても無駄だろうな。
 
 リンさんは家事と仕事、ユウさんは学生生活と問題解決。役割分担ができていて素晴らしいじゃありませんか! なんて言い出しそうだ。ユウはケッ、と目を据わらせた。
 自分は優しいだのなんだの宣っておいて、同情も配慮もする気が毛頭ないのは、リンにはまるっとお見通しなのだ。だからこそ「世話になるので遠慮する」という選択肢を一番に切り捨て、「責任を取れ」と強かに自分達の権利を主張する方向へ切り替えた。
 しかし、まだ齢十六歳のユウには、学園長に丸め込められていることに気付けても、それに抗うには多くが足りない。気付けば校内で起こっている連続障害事故(事件?)の解決を任されてしまい、「それでは頼みましたよ!」とクロウリーはとてもいい笑顔で寮を後にした。
 
 ───きっとマジフトのトーナメント枠も、口先だけなんだろうなあ。
 
 グリムは釣られてしまっていたけど、足りない選手の補填も、その場の思いつきのように見えた。ユウ自身はそこまで出場したい訳でも無いので別に構わないのだが、グリムを宥めすかすのは骨が折れる。
 ユウは嘆息した。どうなるか分からない未来よりも、今のことを考えなくては。流れとは言え引き受けてしまったからにはやれるだけのことはやらなければなるまい。
 世界中が注目するというナイトレイブンカレッジ主催、マジカルシフト大会寮対抗戦を目前に控え、カレッジ内では有力選手候補の生徒が次々と怪我を負うという事故が発生していた。学内は確かに浮かれた雰囲気になっているとは言え、保健室利用者数があまりにも多い。ユウはひとまずその時何が起こったのかを調べるために、怪我をしたひとへ聞き込みを行った。
「結局、どいつもこいつも、不注意でしかないような気がするんだゾ」
「うーん、確かにそうだけど……
 これ以上は学園に残っても収穫は無いだろう、とユウ達は寮に戻っていた。今日は遅くなると言っていたリンも、そろそろ戻ってくるはずだ。リンが帰ってきたらすぐに夕食の準備を始められるよう、風呂掃除でもしようか、とユウが腕まくりをしたときだった。
 ブーッ、と来客を知らせるブザーが鳴る。ユウは「はーい」とついさっき鍵をかけた玄関に駆け戻った。
 外を覗くと、そこに立っているのはエースだった。
「よっ! おっじゃまっしま~す」
「いらっしゃい。どうしたの?」
 出迎えたユウに、エースは人好きのする笑みを浮かべた。
「ちょーっと小腹が空いて。リンさん、なんか作ってくんねーかなーって」
「リンさん、今日は遅いけど、作り置きのやつならあるよ。あっためる?」
「おっ、やりい。いただきまーす」
 成長期の空腹には抗わなくてもよろしい、太りません。経験談です───とはリンの言だ。体重などの見た目が気になるお年頃のユウに、リンは食事制限を許さなかった。そのため、オンボロ寮の冷蔵庫には常におかずがストックされていた。リンが料理をしたくない気分のときはその日の夕飯になったり、ユウの昼食(ランチボックス)の中身になったり、はたまた育ち盛りの学生のおやつになったりする便利アイテムである。
「明日の私のお昼ごはんにしようと思ってたんだけどなあ」
「たまには学食にしたらいいじゃん」
「それもそうなんだけど、いつもグリムが私の分までチケット使っちゃってるから、余裕があるわけじゃないんだよね」
「そういや、グリムは?」
 いつもユウの傍にいるモンスターの姿が無いことに、エースはきょろきょろと辺りを見回した。
「グリムなら外でゴーストとなんちゃってマジフトしてる」
「へえー……ゴーストもマジフトできんのか……
「エース、お湯沸かしてくれる?」
「へいよ」
 すっかり慣れた仕草でエースがやかんを取り出し、水を入れて火にかける。ユウは冷蔵庫から「小腹が空いたとき用」と紙が貼ってあるタッパーを手に取った。
 さて、これを器に移してレンジで温めれば後は食べるだけ、とユウが食器棚を覗いていると、突然、階下で バン!! とけたたましい音がした。
「ユウ!! ユウー!! 居ない!? 二階か!!」
 どたばたと足音が駆けあがってくる。なんだなんだとゴーストたちがグリムを運んできた。
「デュースの声だ」
「げっ、もしかしてアイツもリンさんの飯を食いに来たんじゃねえだろうな」
 自分の取り分が減ることを危惧したエースが顔を歪める。ユウは呆れて思わずエースをジト目で見遣った。
「、!? エースもここに居たのか、」
 階段から躍り出たデュースはここまで走ってきたのか、肩で息をしていた。
「どうした、デュース」
「どうしたもこうしたも……クローバー先輩とリンさんが怪我をしたんだ!」
「、」
「えっ」
 ユウはざっと血の気が引く音を聞いた。目を見開いて固まってしまったユウに、デュースはどこか狼狽えた様子で言葉を続けた。
「いや、怪我って言っても、そこまで重症じゃない。階段から落ちたクローバー先輩を庇ったとかで……
「それ軽傷で済むのかよ!! ユウ、急いでリンさんとこ行くぞ!! 保健室か!?」
「それが、保健室はひとでいっぱいで……、とにかく、クローバー先輩に話を聞きに行こう。俺、寮に戻ってきたクローバー先輩から話を聞いたんだ」
「よし、それならオレ達の寮だ。ユウ、しっかりしろ! きっと大丈夫だから」
「う、うん」
 ユウはなんとか足を動かしてタッパーを冷蔵庫に戻し、やかんを乗せたコンロの火が消えているのを確かめた。
 心臓がうるさいくらいにばくばく言っているし、指先は強張って感覚が薄い。
 
 ───リンさんが怪我をした。
 
 想像できなくて、ユウは真っ白になった頭のまま、学園内を走り抜けた。
 鏡の間を通り抜け、ハーツラビュル寮の談話室を後目に、とある部屋に案内される。
「失礼します。クローバー先輩、大丈夫ですか」
「おう、眼鏡! シケたツラ拝みに来てやったんだゾ!」
「おう。って、ユウじゃないか」
「エーデュースコンビに、グリちゃんも来たんだね!」
 ベッドに上体を起こして足を伸ばしているトレイと、その近くに腰かけているケイトが出迎える。
「リンさんなら……あー、行っても無駄か。ひとが多かったもんな」
 納得したように頷くトレイに、ユウはぎこちなく頷いた。
「はい、でも、あの……トレイ先輩も……階段から落ちたって聞いて」
「あぁ、足を踏み外したんだ。受け身を取り損ねたけど、リンさんのおかげでそこまでひどくはならなかった。念の為っつって、仰々しい見た目になっちまったけどな」
 なんてことは無い、というトレイに、ケイトが「もー、強がんないの!」と言葉を挟む。
「これからしばらく松葉杖生活のひとが何言っちゃってんの!」
「えっ、それ、わりと重傷じゃないですか」
 デュースが瞠目する。お前ね、とエースは半眼になった。
「かすり傷だったら渡すのやめようと思ってたけど……コレ、見舞いのツナ缶。元気出すんだゾ、眼鏡」
「はは、ありがとな」
 トレイが眉を寄せてにかりと笑う。対するケイトは、やれやれと肩を竦めた。
「この様子じゃ、やっぱりマジフトには間に合いそうにないね」
「あぁ、そうだな。完治が間に合ったとして、この状態でベストコンディションを整えることは難しい。良くて補欠だろう」
「主力選手のトレイくんがいないのしんど! また選手選びやり直さなきゃじゃん」
「!」
「選手選び!?」
 エースとデュースが食いつく。ケイトに尚も詰め寄ろうとした二人を制したのは、軽いノックの音だった。
「なんだい、キミたち。怪我人の部屋にどやどやと……
「ふな゛っ! 怒りんぼリドル!!」
「怒りんぼって……
 ルール違反をしなければ怒らないよ、とリドルは目を据わらせた。しかしすぐに頭を振って、落ち着いた表情を取り戻す。
「トレイ、怪我の具合はどう? 何か必要なものはある? 食べたいものとか、飲みたいものとか」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって言ってるだろ?」
 トレイは苦笑した。でも、とリドルはどこかバツが悪そうな、申し訳なさそうな表情で瞼を伏せた。
「その怪我は、ボクのせいで……、それに、リンさんだって」
「どういうことですか」
 淡々としたユウの声に、リドルは顔を上げた。ユウの顔は分かりにくく強張っていて、リドルは罪悪感に胸が締め付けられるようだった。
「用事があって、昼休みに三年生の教室へ行って……帰りに、階段を踏み外して、……それを庇ったばかりに……
「俺が勝手にしくじっただけだから、もう気にするなって。リンさんも、『咄嗟に体が動いちゃった。リドルのせいじゃないから、気にしないで』って言ってたじゃないか」
「───リンさん、喋れるんですか」
 ユウの言葉に、トレイはしっかりと頷いた。
「あぁ。庇ってもらった俺が言うのもなんだけど、ぴんぴんしてたぞ。俺はリンさんより早く保健室を追い出されたから、その後どうなったのかは分からないが……
 トレイは情けないが、と苦笑した。
「俺を保健室まで送ってくれたのもリンさんだしな。たぶん、ちゃんと、大丈夫だと思うぞ」
……そう、ですか」
 良かった、という呟きが、震えながら形になる。随分、肩に力が入っていたんだと、ユウはようやく自覚した。
……じゃ、そろそろ怪我人はゆっくり休ませてあげよっか! ほらほら、退散、退散~」
 ケイトの号令で、一同はトレイの自室を後にした。
 ユウはとにかく早くリンと合流したかった。大事無いと分かっていても、心配なものは心配だ。
 リドルが口を開くより先に、ユウは言葉を発した。
「すみません、やっぱり心配なので、リンさんに会ってきます」
「、あぁ、それがいいだろう。また改めて謝罪に伺わせていただくよ」
「はい。それじゃ、失礼します」
 一礼し、ユウは踵を返した。談話室の扉に手をかける。がちゃりと音がして、ユウが力を入れていないのに談話室の扉が開いた。
「うわ!?」
「おっ? あらあ、ユウじゃない」
「リンさん!!」
 顔を出したのは、誰あろうリンだった。ユウはたまらず、リンに飛びついた。
「おう、ぐ、はは、熱烈ぅ。その様子だと、話を聞いたみたいだね。心配かけたねえ」
「っ……!」
 心配しました。怪我、本当に大丈夫なんですか。無茶しないでください。
 百万語がぐるぐると頭の中を回るだけで、中々口から言葉になって出てこない。優しく背中を抱く腕や、頭を撫でてくれる手に、じわりと涙がこみ上がる。ユウは結局、「ええん、」と一言か細く、声を上げた。
「はは! もー、大丈夫だよ。トレイの方が重傷でしょ? 泣かないで」
「泣い゛てません゛」
「だみ声になっちゃってるよ」
 ぽんぽんと柔く頭を撫でられて、ユウはようやく、鼻を啜りながらリンから離れた。リンの指がユウの目元を優しく拭う。
「リンさん、本当に大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫ですよ。元気いっぱい」
 リドルの問いに、リンは腕を上げて軽く力こぶを作って見せた。
「すみません……僕のせいで」
「まさか。うーん、私はどういたしましてって言いたいんだけどな」
「、……
 悪戯っぽく言ったリンが柔らかく微笑む。リドルは瞬いて、表情を引き締め、姿勢を正すと、まっすぐリンを見つめた。
「助けて頂いて、ありがとうございました」
「はい、どういたしまして」
 笑みを深めたリンがゆったりと答える。リドルは少しだけ相好を崩した。
「今度また、お礼に伺わせてください」
「気にしなくてもいいのに。でもそれじゃあ気が済まないって顔だな。分かった分かった、楽しみにしとくよ」
 リンが諸手を挙げる。隙ありとばかりに、再びユウがリンにしがみついた。
「わはは、愛い奴め!」
 頬を緩めたリンは全力でユウを歓迎した。ぎゅうと力を入れて抱きしめると、ユウはリンの腕の中で「ぐえ、」と小さく呻いた。
「ところでさ~、リンちゃんさんはどうしてハーツラビュルに? ユウちゃんのお迎え?」
 それまで微笑ましく見守っていたケイトがやんわりと間に入る。リンは「あ、そうそう」と顔を上げた。
「トレイパイセンのお見舞い! すみませんすみません言いながら別れちゃったからさ、顔だけ見せに来た」
「さっき、トレイ先輩、リンさんのこと、ちゃんと大丈夫だと思うって言ってましたよ」
「そりゃあ……まあそうでしょうね。ご覧の通り、大丈夫ですから」
 胸を張るリンは、ちらりと自分の胸元に埋まっているユウに視線を落とした。それだけでトレイがユウを安心させるために気を回したのではないかと察したエースは、ああ、と頷いた。
「確かに、大丈夫そうっすもんね。良かったっす」
「ご無事で何よりです」
「オメー、ひょろっちいのに、意外に丈夫なんだな」
「さっすがリンちゃんさんだね! ユウちゃん、そろそろ離してあげな~」
「うぅ……ほんとによかったです……
 ようやく安心しきったらしいユウが、しっかりとリンの視線を見つめ返す。にっこりと嬉しそうに笑うリンに、ユウもつられて微笑んだ。
「でも、今日はゆっくりしててください。ご飯は私が作りますから」
「自炊してるの? えら~!」
 ケイトが目を丸くする。それを受けて、グリムが偉そうにふんぞり返った。
「その分、昼飯の学食が豪華になるからな!」
「リンさんの発案でしょ! なんでグリムが自慢気なの?」
「じゃ、ゆっくりトレイのお見舞いでもしてくるかな。ユウ達は先に帰る?」
「えーっ、折角来たのにもう帰っちゃうの?」
 ケイトが声を上げる。そうだね、とリドルも頷いた。
「良かったら、少しゆっくりしていくといい。急なことで、気が動転しただろうから」
「それは……はい。ありがとうございます」
「それじゃあ、お世話になります。また後でね」
「はい、また後で」
「トレイの部屋はこっち? あぁ、あっちね、ありがとう」
 デュースに案内されたリンの気配が遠ざかる。そのいつも通りな後ろ姿に、ユウは何度目か、安堵の息を吐いた。
……それで、ケイト。ユウ達を引き留めたってことは、何か聞きたいことがあるんだろう?」
「え、」
「まあね。わざわざトレイくんの部屋までお見舞いに来たんだから、何か知ってるかなって思って」
 でも、とケイトは優しく微笑んだ。
「ユウちゃんの調子によるよ。リンちゃんさんのことで、結構、狼狽えてたし」
「あ……、」
 ユウはもにょりと口をまごつかせ、思わず後頭部を掻いてしまった。確かに落ち着きがなく、冷静ではなかったところを皆に見られたことになる。少しだけ恥ずかしくなって、そして、羞恥を感じる余裕があるのだと思い直し、ユウは顔を上げた。
「いえ、大丈夫です。話、できます、……いえ。させてください」
 力強い光を宿すその双眸に、ケイトたちは頷いた。
「オッケー。それなら、話を聞こっか」
「はい。実は……
 始まりは、学園長がオンボロ寮を訪れたところから。ユウはできるだけ簡潔に、要点をまとめて語り始めた。