mishiadd
2025-01-04 09:51:31
16945文字
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タケルくんはガチャ運が悪い

とあるゲームの主人公『宮本伊織』にドハマリしたタケルくんが日々ソシャゲガチャやらブラインドやらリアルガシャポンやらにどったんばったん振り回され続けるゆるい現パロ。


Round 2. コラボカフェコースター&ブラインドアクスタ

『あのゲーム』のコラボカフェが開催されるらしい。――という情報を聞きつけ、タケルがしたことは三つだった。

ひとつ、日程を確保する。

コラボカフェの公式サイトを穴のあくほど隅々まで見まわし、予約が先着順であることを三十回は確認し――生まれて初めての諸々の登録やアプリのインストールを事前にこなし、予約開始時刻と同時に速やかにアプリを立ち上げボタンを押し日程を確保するまでのイメージトレーニングを五十回は繰り返し――予約開始の三十分前から居間の食卓の椅子の上に正座して、その時を待った。

iPhoneの隣に並べた腕時計が19:00を指すと同時にアプリを起動し、何度も何度も脳内で予行練習した手順を踏んで素早くボタンを押す。――と同時に登録したメールアドレスに届いた『予約確認のお知らせ』のメールに、「ぃよっしゃあああああ!」と、まるで甲子園を勝ち抜いたかのような力強いガッツポーズをした。

ふたつ、短期アルバイトを決めた。

コラボカフェの開催日程にはまだ時間があり――そこでの支払いは自分の金でしたい、とタケルは考えていた。
無論、毎月の小遣いはいつも通り兄から貰えるだろうし、頼めば数ヶ月分の前借りだってできるだろう。とはいえ、兄の資金だってそうそう潤沢ではないことはタケルだって知っていたし――タケルのために多めの出費があった月は、兄が自分の分の出費を少しずつ節約しているのを知っている――『宮本伊織』のための出費であるならば、それはやっぱりタケル自身が支払いたかった。
学校帰りに喫茶店や配達の仕事などを掛け持ちして、開催までの約一ヶ月の間に稼げるだけ稼げるように調整した。よくわかっていない兄などは心配そうに「大丈夫なのか?」と尋ねてきたが、「私もいっぱしの高校生だ、この程度問題ないぞ」と自信満々に答えると、懸念はあるようであるもののそれ以上干渉されることはなかった。

みっつ、――コラボカフェには、兄についてきてもらうよう約束を取り付けた。

コラボカフェ、という文化にタケル自身詳しいわけではなかったが、『あのゲーム』のコラボカフェ開催を知った後、SNSなどで検索しどういうものなのかを調べた。すると、とにもかくにも人手が要る――らしい、ということがわかった。

人手――というより、実際には胃袋である。

コラボカフェであるからには、コラボ先の作品をモチーフにしたメニューが数多く出る。それを食べるだけでも充分テーマパークのような楽しさがある。……が、楽しみはそれだけではない。
多くの場合、注文したフードやドリンクの数に合わせて――コースター、というものが貰える。大抵はコラボカフェ描きおろしのキャラクターイラストを使ったもので――



誰のコースターが貰えるかはランダムである。そう、すなわち――



「実質これはガチャなのだ」

「『ガチャ』」、と兄が鸚鵡返しにし、開いていた本を閉じた。月夜のような深遠な色をした瞳をタケルに向けた。

「確か、おまえがこの間スマホのゲームで引いていたものだな」
「そうだ。言ってみればこれはそのリアル版だ。――私は勿論『宮本伊織』モチーフのドリンクやフードを注文するが、だからといって彼のコースターを貰えるという確証はない。……彼が来てくれる確率を上げるには――
「それだけたくさんメニューを注文するしかない、ということか」

理解の早い兄に「話が早くて助かる」とタケルは思ったが、口には出さなかった。

「なるほど」とかたちのいい顎に手を当ててしばし考えるそぶりをした後、「いいだろう」と兄が頷いた。

「俺はそもそもおまえ程食えるわけではないが、人並みに食えないということもない。一食分くらいおまえに付き合うのは問題ないよ」
「本当か! ――やったあ!」

兄への礼もそこそこに大喜びをし、その姿を見て穏やかに微笑んだ兄が再び本を開いて目線を落とす。



日程確保、資金確保、戦力いぶくろ確保。――これですべての準備は整った、とタケルは両の拳をぐっと握りしめた。







そわそわと、予約を取った刻限の三十分前にはコラボカフェの最寄り駅につき、うろうろと無駄に寄り道や大回りをしながら約十分前にカフェの前に着くように調整して現地に到着した。
途中で寄ったコンビニでクリアファイルを購入した。手に入れたコースターを挟んで持ち帰ろうと思って買い足したものだったが、それを持ってレジに並んでいるタケルを見た兄が「文房具が要るのか?」と尋ねてきて、学校用のものなら家計から出してやろう、と百円玉を数個握らせてくれた。
――『宮本伊織』を無事に持ち帰った暁にはこれは学校で使おう、とタケルがぐっと目を閉じて、硬貨をありがたく頂戴する。

受付を済ませて中に通され――壁一面に張り出されたポスターやキャラクターのタペストリー、モニターに映し出されているPVに、感動して息を呑む。

ゲーム中で『宮本伊織』が姿を変えられてしまう仔豚をモチーフにしたぬいぐるみがショーケースに飾られている横を通り過ぎ、二人席に通された。そこに置かれたウェルカムボード代わりのコラボカフェ描きおろしイラストに、またしても感動して「う、」とタケルが目許を覆う。

テーブルに置かれたイラストを指し、「これは――誰だったか、『宮本伊織』ではないが――『宮本伊織』がいつも連れている、あの白い服に三つ編みの元気な子供だろう」と兄がうろ覚えに指摘するのをタケルが適当に聞き流す。「ついに、本当に来たのだな、『コラボカフェ』」――と、夢にまで見た空間に胸がいっぱいになる。

その場の空気を存分に吸い込みながら、タケルがメニューを開く。公式サイトで飽きるほど予習しており、注文するものもとうの昔に決まっていたが、ただそこにあるメニューが認識通りであることを確認するためだけにメニューを見る。

「『宮本伊織』の抹茶ラテ――と、『宮本伊織』のおむすびセット――と、『宮本伊織』のガトーショコラ――」と、とりあえずメニュー名に『宮本伊織』がついているものを総なめにしつつ、「きみはどれにする?」と目配せをする。メニュー表を興味深げに見ていた兄が、「では俺は、」と、モチーフのキャラクターにまったく一貫性のないドリンクとフードをそれぞれ注文する。ただ単に美味しそうに見えたものを注文しているだけのようだった。

店員に注文を伝え、「ふう」と一息つく。タケルが耳を澄ませると、PVの音声に混じって周囲の席の会話がぽそぽそと小声で聞こえてくる。――その場にいる皆が『あのゲーム』についてそれぞれ話している――という事実に、なんとなく感慨深くなる。

正面に座った兄が、興味深げに店内の内装を眺めているのを見る。タケルの視線に気付いた兄が彼に目線を戻し、「うん?」と軽く首を傾げてみせた。……そう、勝負はここからである。

この兄が頼んだのはドリンク1品、フード1品。タケルが頼んだのがドリンク1品、フード2品。周囲のテーブルに運ばれてくる料理のサイズ感を見るにつけ、恐らくはこれが限界か――無理をすればタケルがドリンクをもう1品か。……つまり、5連ないしは6連。
あのソシャゲガチャでの回数を思えばひどく心許ないが、とはいえコースターの種類自体が全14種なので――つまり、『宮本伊織』を引ける確率は1/14。――すなわち、7.1%。
完全敗北を喫したあのガチャでの『宮本伊織』の排出率が2.1%であったことを思えば――うん、悪くない筈だ。

うん、と力強く頷き、タケルがお冷を口にする。少し甘い味付けがしてあり、緊張が少しだけほぐれるような気がした。

しばらくすると、ドリンクが運ばれてきた。タケルの前に抹茶ラテが置かれ――店員が、コースターを二枚、表を伏せた状態でテーブルの上に置いた。

それを、じっと見下ろす。それをひっくり返すことを想像して、なぜだか鼓動が早まり、心臓が痛くなる。ひどい緊張がタケルを襲った。――あのガチャの記憶が、脳裏に甦る。

……大丈夫か?」という気遣わしげな兄の声にはっと我に返り、正面の兄を見た。「……いや、大丈夫――」と言いかけて、「な、なあ」と声を掛けた。

「あの……これ、きみにめくってもらえないだろうか」
――うん?」
「思ったのだが――私がこれに触れると、私の物欲センサーに弾かれて『宮本伊織』が私のところに来れなくなってしまうのではないか? と」

「おまえは何を言っているのだ、」とばかりに兄がくっきりとした二重瞼の目を瞠る。「うう、」と俯くタケルに、いよいよ心配そうな声で兄が言った。

「この、コースター? は、既にここに置いてあるのだから……今おまえが触れたからといって、その結果が今から変わるなんてことがあるわけないだろう?」
「わ、わかってはいるのだが……
「禅だな。いや、哲学か?」

軽く肩を竦めたあと、「……おまえがそう望むのなら」、と、特に感慨もなくコースターに手を掛ける。ぺらり、と一枚目をめくり――「ああ、」と兄が軽く声を上げた。

「このテーブルに飾ってあるイラストと同じだな。――あの、『宮本伊織』が連れている三つ編みの元気な子供だ」

ダン、とタケルがテーブルに突っ伏す。それから、いやいやいや、とすぐに思い直して頭を上げた。――まだ、一枚目だから。一枚目だから。

続いて二枚目に兄の大きな手の指がかかる。――ぺらり、とめくり――「うん?」と兄が不可解そうな声を上げた。

「これは――すまん、記憶にないな。確か敵キャラのうちの誰かだったな?」
「『地右衛門』だ。――まだ、二枚目だから。まだ三枚あるから」

ぶつぶつと呪詛のように繰り返すタケルに心配そうな目線を寄越しながら、兄が二枚のコースターを丁寧に揃えてタケルの鞄の中にしまってやる。

そこに――店員が、二人分のフードを手にやってくる。







フードに付随してきた三枚と、追加で注文したドリンク1品についてきた一枚の合計四枚をテーブルの上に並べ、タケルががりがりと両手で頭を掻きむしった。

「そんなことある? いや、そんなことあるか?」と絶望に満ち満ちた声で繰り返し呟くタケルに、「こ、この店はまだしばらくやっているのだろう? また別の日に出直せばいいだろう」と宥めるように言う。

タケルの前に並べられた四枚―― 一枚は『由井正雪』で、一枚は『鄭成功』だった。まあ、それはいい。



残りの二枚は、なんと同一の柄で――両方とも、『ヤマトタケル』だった。――つまり。



「六枚引いて半分が『ヤマトタケル』だぞ。1/2、50%。――そんなことあるか?」

結局最後まで勇気が出ず、六枚すべて兄にめくってもらったのだった。――別にそのせいだと言いたいわけではないが、ちらり、とテーブルに置かれたウェルカムボードに目を遣る。――『ヤマトタケル』が上機嫌の顔で団子を食べている。

「いや、来過ぎだろう、『ヤマトタケル』。別に嫌いではないが――

ちょっぴりだけ嘘だった。――正直、タケルはこのキャラクターにはほんの少し苦手意識があった。

――が、だったらそのうちの一枚くらい『宮本伊織』でもよかっただろう。『ヤマトタケル』屋でも始めさせる気か」

テーブルに突っ伏してぶつぶつと嘆く。その肩をぽんぽんと叩かれたので、タケルが顔を上げると、兄がタケルの肩越しに何かを指さしている。振り向けば、小さなスペースに何やら商品が並べられており、『物販』という看板が出ていた。

「あそこには、なにか土産物――が、あるんじゃないか? よくわからんが、ひとつくらい何か買ってやるから、あまり落ち込むな」

ぽんぽんと頭を撫でられ、「ん、」と唇を突き出す。促されるままに席を立ち、物販コーナーへと兄と連れ立っていく。
ゲーム内のスチルのキャンバスアートやらキャラクタータペストリーやらが並べられている中、やたら銀色に輝いているを見つける。――「あ、」と、タケルが拳を握りしめる。
その視線に気付いた兄が、「ん?」とタケルの視線の先に目を遣り、「ふむ」と読み上げる。

「トレーディング――アクリルスタンド? よくわからんが、これが欲しいのか?」

どれどれ、と価格を確認し、まあこれくらいなら、と兄が頷く横で、タケル自身も財布を引っ張り出した。「ん?」と兄が穏やかに目線を向ける中、震える唇でタケルが宣言した。

「これは、私が買う。――私自身の力で、絶対に『宮本伊織』を喚んでみせる」

ぷるぷると緊張で小刻みに震える手で、慎重に銀色の袋に触れ――ひとつを選び取り、引き抜く。そのままレジの店員に「よろしく頼む!」と突き出した。そのまま深々と頭を下げる。
戸惑った様子の店員が受け取り、レジを通す。「どうぞ」と商品をタケルに差し出す際に、「ご武運を」と小声で添えてくれた。

タケルが銀色の袋を後生大事に両手で持つ。その背後でレジの音がして、ややあって兄が隣に来た。見れば、銀色の袋をひとつ持っている。「あ、」とタケルが兄を見上げると、穏やかな顔で「たくさん引いた方が確率があがるのだろう?」と言った。

席に戻り、――今度こそ、タケルは自分の手で、銀色の袋を開封する。



中から出てきたのは、『宮本』――『武蔵』、だった。



「ンーーーー!!」と言葉にならぬ声を上げ、席でひっくり返る。「いや、まあ、うん、好きだが。――まあ確かに好きだからな!? まあよい!」となかば無理やり自分を納得させるように大声で喚いたあと、「あ、」という兄の声に目を遣る。



自分の銀色の袋から出てきた『ヤマトタケル』のアクリルスタンドを、不思議そうな目で兄が見下ろしていた。






「きみが悪いわけじゃないのだが、」とやんわりとタケルから戦力外通告をされた兄は、「それはきみが引いたのだから」と受け取り拒否された『ヤマトタケル』のアクリルスタンドを、自室の本棚に飾ったとか飾らなかったとか。……であった。