mishiadd
2025-01-04 09:51:31
16945文字
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タケルくんはガチャ運が悪い

とあるゲームの主人公『宮本伊織』にドハマリしたタケルくんが日々ソシャゲガチャやらブラインドやらリアルガシャポンやらにどったんばったん振り回され続けるゆるい現パロ。


Round 1. コラボソシャゲガチャ

ゲーマーのつもりはないタケルでも、ソシャゲくらいはいくつかやっている。
数世代前のiPhoneを『機種変』の概念もなく何年も使い続けている兄と違い、タケルはついこの間最新のiPhoneに買い替えたばかりだった。これも、スペックを最大限に生かしていることを兄にアピールすべく――兄のiPhoneであれば起動後5秒で固まるような大容量のソシャゲもいくつか入れている。

そのうちのひとつが、なんと『あのゲーム』とコラボするという。年末特番で発表されたときは、年越し蕎麦を持ってキッチンから出てきた兄の「できたぞ」の声を掻き消すような「おあああああああ!?」という大絶叫をあげたものだった。
タケルが夢中になってプレイしている隣で本を読んでいた兄も、プレイ画面から『宮本伊織』の見た目は知っていたので、「……ああ、あのおまえの好きなゲームの」と事情を察して頷いた。

食卓の上に蕎麦が並べられたので席につきながらも、いまだTV画面に釘付けになっているタケルに「行儀が悪い」と兄が注意する。ずるずると蕎麦を啜りながら、「『宮本伊織』が実装される」と感慨深く繰り返した。

「配布で――配布で来てほしいが――
「『配布』?」
「『ガチャで引かなくてよい』ということだ。いや、勿論この私が彼を引き当てられぬなどということがあってたまるものか、さまざまな困難とサブクエを乗り越えた私と彼の絆は絶対だ。……しかし、確実に手に入るのならばそれに越したことはない――
「『ガチャ』?」
――ああもう、ちょっと黙っていてくれ!」

TV画面では実装される『宮本伊織』の必殺技を紹介している。あのゲームを踏襲した演出に「やばい、再現度が高い、これはよい、欲しい、しかしこんなに手が込んでいるとなると配布の可能性が下が」と兄からしてみれば呪文のような言葉をぶつぶつと呟き続けるタケルの後頭部に、兄が小さく肩を竦めて蕎麦を啜った。

『では、気になる実装時期ですが――』との司会者の言葉に、タケルがごくりと固唾を呑んで見守る。――と同時に、ピックアップ画面が映される。

「『元旦0時からピックアップ』! ――配布ではなかったか! しかも――

愕然とした顔で、タケルがなかば叫び声をあげる。

「『星4』! 星5ではないだと!?」
「『星』……?」

兄の言葉に、「ああもう」と面倒くさそうにタケルが振り返る。

「レア度のことだ! このゲームだと星5が最レア、いわゆるSSR相当だ。星4だと一段下がってSR相当」
「ああ、なるほど。……お気に入りのキャラクターが最レア扱いではなかったから、そんなに落胆しているのか? だが、その『星5』――とやらよりは、入手しやすそうでよかったじゃないか」

わからないなりに状況を呑み込んで合いの手を入れてくれた兄に、タケルが地団駄を踏んで言い返す。

「ちっともよかったものか! 星5であるならば、天井があるのだ! 金に物を言わせることにはなるが、回し続けていればいつか必ず手に入る! ――だが、星4では――
「『天井』?」

訊き返した兄に「もうよい!」と当たり散らし――しかし、急に態度を改めてその場に正座した。真冬の冷たいフローリングの上で急に座り込んだタケルに、「こら、寒いだろう」と兄が慌ててソファからブランケットを引っ張り出そうとしたが、それを遮ってタケルが床の上に三つ指をついた。深々と頭を下げる。

――金を、貸してくれないだろうか」
「『金を貸す』? 急に何を言い出すんだ、おまえが俺から金を借りたことなどないだろう。――おまえに小遣いを返されたことなどない――
「これは! ――『宮本伊織』を引くための資金は、私自身の金でなければならぬのだ。きみからの小遣いであってはならぬ。……だから、この資金は必ず返す。新年にバイトでもなんでもして、必ず返すから」
「確かに高校生ならバイトくらいできるだろうが――

ううん、とかたちのよい顎に手を掛けた兄が、しばし考えたあとに自分の部屋へと引っ込む。やがて、小さなポチ袋を持って戻ってきた。

「ほら。少し早いがお年玉だ。どうせあと数十分で年明けで、明日の朝にはおまえに渡すつもりだったのだ。――これは、返さなくていい。これをどう使うかは端からおまえの自由なのだから、これなら『小遣い』扱いしなくともいいだろう?」

正座したままのタケルの前にしゃがみ込み、ポチ袋を差し出す。それを両手で受け取り、中身を確認する。――50回分、いや、60回分は回せる。
感激のあまり礼も言えずにいるタケルに、「あまり夜更かしはするなよ。元旦には――明日の朝には俺の義妹がきて、うちでおせちを食べたあと一緒に初詣に出掛けるのだから」と釘を刺す。

「わ、わかっている! ……触媒、なにか触媒になるようなものは――
「『触媒』?」

とたとたと軽い足音を立てながら自室へと引っ込んでいったタケルの後姿を見送り、兄が空になった年越し蕎麦のどんぶりを片付ける。







自室のベッドの上で寝転がりながら、せめてもの『触媒』と思って引っ張り出してきた修学旅行先で買った木刀と宮本武蔵の家紋ステッカーを握りしめ、タケルは恐る恐るゲームアプリを立ち上げる。
兄に貰ったばかりの渋沢栄一を握りしめて近所のコンビニに出向き――「どこに行くんだ?」と兄に心配そうに声を掛けられたが、適当にあしらった――Appleギフトカードを購入し――店員になけなしの渋沢栄一を納める心境は、さながら一足早い賽銭のようだった――真冬の深夜の寒さを感じる間もなく猛スピードで部屋に戻ってきた。

実は、タケルがソシャゲに『課金』とやらをするのは、これが初めてになる。兄から月々貰っている小遣いは大抵が食べ物に消えているし、兄から貰った小遣いを――ガチャ石に変える、というのは、なんとなく忌避感があった。学校の同級生などと話をしていて、少し羨ましくなったこともあるが、それでもガチャ石の購入画面を開こうとすると脳裏に兄の顔がちらつき――別に兄に何かを言われたわけでもないのだが(そもそも、あの兄が『課金』の概念を知っているかどうかすらすこぶるあやしい)、なんとなく、そのまま閉じてしまっていた。

しかし、ことは『宮本伊織』であった。しかもコラボ実装である。期間限定である。――これを逃せば、もう二度と、もう一生、手に入らないかもしれない。

わかってはいる。『宮本伊織』自体には、PS5を立ち上げればいつだって会える。別にこれで呼べなかったからといって、自分と彼の――『宮本伊織』の――絆が損なわれるなどということはないし、自分の『宮本伊織』への想いは変わらない。『宮本伊織』の、自分への想いだって変わらない、筈だ。……そんなものがあるならば。

――だが――

ぽち、とタケルが、生まれて初めての『石購入』ボタンを押す。しゃりん、というiPhoneの認証音と共に、約60連分の石が加算される。



ばくばくと――鼓膜に大きく響く動悸を聞きながら――






タケルは、『宮本伊織』が鋭い視線を向けながら画面いっぱいに映っているピックアップ画面の『10連』ボタンを、ぽちり、と押した。







初日の出はとうに昇り、きちんと着替えた兄が食卓の上に三人分のお屠蘇とそと、ちょうど食べきれるだけのおせち料理を並べていた頃だった。TVをつければ『新春初笑い』と銘打ったお笑い番組が流れ、そろそろタケルを起こしに行こうか、と兄がタケルの自室に目をやったときだった。



――『シュン』、と何かの効果音のような音がする。



「? ……もう起きているのか?」と声を掛けながら、タケルの部屋のドアをノックする。返事はないが、『シュン』『シュン』という音がする。「――入るぞ」と控えめに声を掛け、かちゃりとドアを開ける。――と、昨日の夜に目にした服装のままのタケルが、ベッドの上でこちらに背を向けて正座したまま、何かを覗き込んで固まっている。……ように見える。

「!? ―― 一体どうしたんだ、大丈夫か!?」

兄が驚いて声を掛けると、タケルがゆるゆるとこちらを振り向いた。げっそりと、大きな瞳の下にくまをつくりながら、明らかに一睡もしていない顔で――あまりにも元旦に相応しくない、悲壮感に満ち満ちた顔だった。
怯む兄の前で、こわごわとタケルが口を開いた。

……こ」
「『こ』?」
「来ない。――『宮本伊織』が、来ない」



――『宮本伊織』が、来ない。



うわあああああ、と悲痛な叫び声を上げながら、タケルがベッドの上に突っ伏す。「ど、どうしたんだ、なにが起こったんだ一体、」と兄が慌てる中、タケルが捲し立てた。

「来ない、来ない、全然来ない、回せど回せど『宮本伊織』が来ない! ――きみに貰った60連も使い果たし、残っていたフリクエで搔き集めた石も全部投入したのに全然来ない! 同時PUの『ヤマトタケル』は来たのに! ……わからぬ、そちらは天井だったのかもしれぬ」

タケルの言っていることの半分もわからないながら、「どうやらお目当てのキャラクターが引けなかったらしい」ということだけなんとか把握した兄が宥めるように言う。

「その、ピックアップ――とやらは、しばらく続くのだろう? 今日引けなかったからといって終わりというわけでもあるまいし――それに、ふ、復刻? というものもあるのだろう」
「復刻するかどうかなどわからぬ。わからぬ。わからぬもん。……『宮本伊織』が来ない! こんなに好きなのに! こんなに求めているのに! この私の愛が、愛が足りないというのか!?」
「愛――とやらは、恐らくだが完全に無関係だと思うぞ……
「なれば物欲センサーか!」

わあああああ、と嘆くタケルにどうしてやることもできず、兄がぽりぽりと柔らかな癖毛の頭を掻く。――やがて、腰に手を当てて言った。

「そろそろ義妹も来る刻限だ。きちんと着替えて、居間に出てくるように。――初詣で『宮本伊織』が来るように、神様に祈願でもしてみるといい」



やがて訪ねてきた兄の義妹と年始の挨拶も済ませ、共に近所の神社まで三人で出向き。

――祀られた神の名も覚束ないまま、「どうか、どうか『宮本伊織』が引けますように――」と熱心に祈りを捧げ――捧げられた方の神社の神様は、「……ううん?」と首を傾げつつも、願い事は願い事として受理したとかしないとか。……であった。