ちこと
2025-01-01 23:08:30
14717文字
Public イベント用サンプル
 

【チャレ30新刊】「終着点のつづき」サンプル

1/13 チャレ30発行予定の新刊サンプルです。本文全体の4割ほどを載せています。
(1/2追記 本文の3割ほどと書いていましたが、正しくは4割ほどです!申し訳ありません)
サトシとピカチュウとルカリオが「世界のはじまりの樹」を訪れるお話です。冒頭の注意事項をご確認ください。

▼当日スペース:5階N-27 Momo!
▼仕様:文庫サイズ(A6)/本文104P/オンデマンド
▼価格:¥900
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 かつて車で一日以上かかった旅路は、カイリューが本気を出せば一時間足らずで着くらしい。十六時間で地球を一周できる速さとはそれほどのものなのだ。
 しかしさすがにサトシとピカチュウは振り落とされてしまうだろうから、カイリューにはそこそこの速さで飛んでもらうことにした。サトシが落っこちない程度の速度でも、明日には到着するだろう。
 女王たちに見送られ、ピカチュウとともにカイリューの背に乗り、早朝、サトシは出発した。
 湖にそびえる城からは、橋が二本、それぞれ真逆に伸びている。ひとつは昨日サトシが通ってきた、ロータの町と繋がる橋。そしてもうひとつは、〝世界のはじまりの樹〟へと続く道に繋がっている。
 朝もやに埋もれる橋を眼下に、カイリューは力強く羽ばたいた。早朝の風はまだ冷たく、サトシとピカチュウの頬をきりりと撫でていく。
〝世界のはじまりの樹〟までの道は、ごつごつとした岩肌だ。あちこちに背の高い木が生え、いくつかは森をつくっている。木々のない広々とした空間もあり、かつてはキッドの車がそこを走ったが、お世辞にも通りやすい道とは言えなかった。舗装もろくにされておらず、でこぼこの岩の道だ。人が頻繁に通ることは想定されていない。
 今回は、そんな道のりを空から見下ろしている。車で行くときはあんなに大変だったというのに、カイリューの力にかかれば、でこぼこ道でお尻が痛くなることも、はずみで車の天井に頭をぶつけるようなこともないのだ。
「ありがとな、カイリュー」
「ぴかぴかちゅう」
 ふたりで声をかけると、カイリューは「ばう!」と笑って頷く。無理のないよう休憩を挟みながら行くつもりだが、もうしばらくは大丈夫そうだ。
 上空はどうしても気温が低いので、サトシはピカチュウを上着のなかに入れていた。前のジッパーを半分ほど閉め、その上からピカチュウの顔がひょこりと出る。お互いの体温でぬくぬくと温かい。
 息を吐くと、呼気が白くふわりと広がった。まっすぐ見据えた先には、まるで大樹のような影が見える。
 姿はよく見えるのに、距離はまだ遠い。〝世界のはじまりの樹〟は、それほどに大きいのだ。
……行くんだな、あそこに」
 サトシのつぶやきを聞きとめて、ピカチュウの耳がぴくりと揺れる。
「ぴかぴ」
 ちいさく、サトシを呼んだ。その声に、サトシの胸はほっと温かくなる。
 ピカチュウを追いかけた行程を、いまはピカチュウとともに進む。たったそれだけの違いが、サトシの心に巣くう影を吹き飛ばしてくれる。
「うん。……だいじょうぶ」
 この先に、なにが待ち受けているかはわからない。
 だけど、一緒だから大丈夫だ。


 しばらく飛んでいるうちに、日が昇り、上空の気温も上がっていく。
 すっかり温かくなり、サトシの上着から這い出たピカチュウが、肩口からなにかを見つけて「ぴか!」と声を上げた。
 ちいさな指が示す先に、湯気がのぼって見える。地面からどうと音を立てて、熱いお湯が勢いよく飛び出し、柱をつくっている。
「あっ」
 間欠泉だ。すぐそばには、ゆったりと浸かることのできる広い温泉もある。
 かつての旅路では、この間欠泉がおさまるまで待たざるを得なかった。今回は空の旅だから、熱湯の柱を避けて飛んで行くことができる。
 だけど、せっかくだし。カイリューもそろそろ休ませてやりたいし。
「温泉、入っていこうぜ」
「ぴか!」
 あのときも、サトシはピカチュウを、この温泉に入れてやりたかったのだ。
 さっそく水着に着替えてから、念願叶って、ピカチュウとふたり仲良く湯船に入る。カイリューもほかほかのお湯に肩まで浸かり、心地よさそうにほっと目をほそめている。
 モンスターボールから出てきたルカリオは、まだ温泉に入っていない。辺りを見回し、湧き上がる間欠泉を眺め、サトシたちが温まっている広い湯船に目を向ける。
「ルカリオ、一緒に入ろうぜ」
 サトシが立ち上がり呼びかけると、やっとこちらへ向かってきた。お湯に足をひたし、胸までゆっくりと浸かっていく。
 ぶるる……と、ルカリオの鼻が心地よさそうに鳴った。
「な、気持ちいいだろ」
 そう言うと、ルカリオは図星を突かれたようにぎくりとした。一拍おいて目を閉じ、すんと背筋を伸ばし、落ち着いたようなふるまいを見せる。
 つんとすましたような仕草に、サトシはつい笑みをこぼしてしまった。リオルの頃から、ルカリオにはこういうところがある。頑固というか、なんというか。
 気を抜いている姿もサトシにとっては好ましいのだが、本人がりりしい姿を見せたいようなので、サトシも茶化さないことにする。
 かわりに、一部始終を見ていたピカチュウと顔を見あわせ、こっそりと微笑みあった。


 温泉ですっかり温まり、昼食も済ませてから、再び空を往く。カイリューの翼はさすがのもので、疲れた様子も見せないまま、どんどん樹に近づいていく。
 やがて日が傾きはじめた。上空の風も冷たくなる。カイリューが下降し、サトシたちを手頃な樹のそばに降ろしてくれた。小高い丘のようになっていて、地面には草が生えてやわらかく、付近にはちいさな川も流れているようだ。野宿にはちょうど良い。
「ありがとな、カイリュー。今日はここで休もう」
 日が暮れゆくなかで焚き火を起こし、食事をとり、夜を明かす支度をする。
 夜が深まっていくうちに、サトシの膝の上では、ピカチュウがうとうとと舟をこぎはじめた。ぱちぱちと焚き火が爆ぜる音を聞きながら、寝静まった頭をそっと撫でてやる。ちいさな体温がじんわりと温かい。
 かさりと草を踏む音に顔を上げると、ルカリオが戻ってきていた。周囲の様子を見に行っていたようだ。膝上のピカチュウに気づき、足音を抑えてサトシの横に立つ。
「ルカリオもそろそろ休もうぜ。明日も早いからさ」
 小声でそう伝えるが、ルカリオは立ったままでいる。休めるようモンスターボールに戻そうかとも思ったが、まあいいかとやめた。
 ぱちぱち。かすかな音を立てる焚き火をふたりで眺める。
 ふと、ルカリオが鼻先を動かした。視線の先には、ほの青く光る鉱石がある。オルドラン城に生えていたものとよく似ているそれは、〝世界のはじまりの樹〟に近づくほど、目にする機会が多くなっていた。
「ふしぎだよなぁ、それ。おれも、詳しいことはよくわかんないんだけど……
 勇者アーロンの杖先、〝ルカリオ〟が封じられていた石も、あれとよく似ていた。そして〝世界のはじまりの樹〟のなかには、とてもたくさんの鉱石が生えていた。樹を中心として広がっていることは間違いないだろう。
「たぶんこれ、波導に反応するんだ。この場所、昔から〝波導使い〟って呼ばれる人がいたんだって」
 この地が持つ性質なのか。〝世界のはじまりの樹〟がその発端であるのか。オルドラン城を含め、ここは古くから〝波導〟と密に関わりがあったのだろう。ルカリオも、おそらくはそうしたことを感じとっているのだ。
「ルカリオ……前にここで出会ったあいつも、波導使いのアーロンって人の、友だちだったんだ」
 ぴくんと耳を動かし、ルカリオがゆっくりと腰を下ろした。サトシの隣に座り、ふたりの目線が近くなる。
「そいつと友だちになった、って話したよな。おれ、喧嘩もしちゃったんだけどさ」
 顔を上げ、焚き火の向こうに目をやると、月と星明かりに照らされて〝世界のはじまりの樹〟が佇んでいる。ルカリオもサトシの視線を追うように顔を上げた。
「あの場所に、ミュウがいるんだ。たぶん、ゴウが会ったって言ってたミュウとは違うやつなんだけど」
 この地のミュウは、よくオルドラン城まで遊びに来て、たまにおもちゃを持っていってしまうという。
「それで、ちょうどおれたちが城にいたときに、ミュウも来たみたいでさ。ピカチュウと友だちになったみたいなんだけど、ピカチュウを〝世界のはじまりの樹〟に連れてっちゃったんだ」
「わう?」
 ルカリオはすこし驚いたようだ。そういえば、このことがきっかけだったとルカリオには言っていなかったっけ。
「ミュウは、ピカチュウと一緒に遊びたかったんだってさ」
 あとからニャースに聞いた話だ。とはいえ、当時のサトシには知るよしもない。ピカチュウがミュウと一緒に〝世界のはじまりの樹〟に行ったというのなら、サトシはピカチュウを探しに行かずにはいられなかった。
「そのときに力を貸してくれたのが、そのルカリオだったんだ」
 サトシたちが〝世界のはじまりの樹〟にたどり着けるよう、サトシがピカチュウに会えるよう、サトシの隣で力になってくれた。
……そのときはさ、あいつも、おれも、友だちと離ればなれになってたから……
 ふとあのときのことが思い起こされて、つんと胸が締めつけられる。その先の言葉をどう紡げばよいかわからなくなって、サトシは一瞬、口をつぐんだ。
 ぱちん。焚き火が大きな音を立て、膝の上でピカチュウの耳が動く。起こしちゃったかな、と様子をうかがうと、無意識の反応だったようで、いまもすやすやと寝息を立てていた。
 空を見上げると、月の位置がいつの間にか動いている。もうこんな時間だ。
「もう寝ようか」
 そう言うと、ルカリオはこくりと頷いた。


 翌朝、早くから再び空を往く。
 やがて眼下に花が見え、サトシはカイリューに声をかけた。降下してもらい、地面に足をつける。この辺りには、岩肌をそっと覆うように控えめな草花が生えひろがっていた。
 サトシの足もとで、コスモスが揺れる。
「ここからは、歩いていこう」
 カイリューにここまでの礼を言い、「しばらく休んでてくれ」とモンスターボールに戻す。かわりにルカリオに出てきてもらった。
「この先に〝世界のはじまりの樹〟のなかに入れるところがあるんだ。そこに歩いて向かうんだけど、もし何かが近づいてきたら、おれに教えてほしい」
 そう伝えると、ルカリオは心得たとばかりに頷いた。さっそく頭の房をふるわせ、目を閉じる。波導で周囲を探っているのだ。
 サトシたちの前には、大きな岩の壁がある。その隙間に入ってしばらく進めば〝世界のはじまりの樹〟に繋がる横穴があることを、サトシは知っていた。
 振りかえると、コスモスをはじめとした花たちが、ひそやかに風に揺れている。そのすみに、ほかの花々とは違う鉱物のような花のつぼみが、ぽつんと咲いていた。
 この場所は、かつて〝ルカリオ〟と〝勇者アーロン〟に起こったことを、サトシが知った場所だった。あのちいさな花のつぼみが、過去にこの場所で起きたことを記憶している。
「ぴかぴ?」
 ピカチュウが肩口から問いかけた。「ああ、ごめん」と前を向く。
 この場所でサトシが見た過去の景色も、〝ルカリオ〟との喧嘩と仲直りも、ピカチュウは見ていない。ルカリオも知らない。
 だからふたりとも、不思議そうにサトシを見ている。何かあったのだろうかと、すこし懸念の色を見せながら、サトシの様子をうかがっている。
 だいじょうぶだよと言おうとして、だけど何かが違う気がして、サトシは結局「ごめんごめん」と笑った。「こっちだ」と、ふたりを岩壁の道に導く。
 うまく説明できる気がしなかったのだ。ただ、ここはサトシにとっても大切な場所なのだと、改めてそう思った。
 きっとそのことは、ピカチュウにもルカリオにも伝わっている。
 

 岩壁のあいだを進みながら、サトシは内心で緊張していた。以前ここを通ったとき、サトシたちはレジロックに襲われたのだ。
〝世界のはじまりの樹〟を守る番人として、レジロック、レジアイス、レジスチルは動く。もしまた敵と見なされたらと懸念したのだが、ルカリオが波導で探っていても、敵意を持つ何かが迫ってくる気配はないようだった。
 何ごともなく、目的としていた横穴にたどり着く。サトシの背丈より少し高いくらいの空間には、オルドラン城で見たものと同じ鉱石が数え切れないほど生えている。
……この先だ」
 そう言って、サトシはごくんと息を呑んだ。いよいよ、樹の内部に入るのだ。
 緊張しているのはサトシだけではなかった。肩口では、ピカチュウがその身を固くしている。
〝世界のはじまりの樹〟は生きている。サトシたちがこれから足を踏み入れるのは、生きた樹の体内だ。
 もし、樹にとっての異物――ばい菌と見なされれば、樹の防衛反応は、サトシを排除しようと動くだろう。
「わう」
 ルカリオが一歩、前に出た。振りかえり、サトシに視線を合わせる。
 先に進む、と言っているのだ。
「ああ……頼む」
 横穴は一本道だから、迷う心配はない。ルカリオなら、異変が迫っても波導でいち早く気づくことができるだろう。
 それに――この樹にとって、ポケモンは、ばい菌ではない。


 ❁


 先頭を進みながら、ルカリオはつねに周囲に気を配っていた。そのすぐ後ろには、サトシの肩から降りたピカチュウが、同じく周囲を警戒しながら歩いている。四つ足で構えたままの姿勢で、ルカリオ以上に気を張っているようだった。
 ルカリオは正直なところ、そこまで警戒が必要な理由がわからなかった。もちろん気を緩めてはいないものの、すくなくとも、ここにたどり着くまではなんの異変もなかったのだ。
 それに、多少の異変が起こったとしても、ルカリオには対処できる自信があった。ピカチュウだっている。ほかの仲間にも出てきてもらうにはこの横穴は狭すぎるが、自分たちだけでも十分だろうという、自信があったのだ。
 ――強くなったのだ。とても。
 うまれたときから、いや、うまれる前から、ルカリオ――リオルは、強さを求めていた。自らを高め、強者と戦い、強くなろうとしていた。
 サトシと出会いそれは叶った。仲間たちと鍛錬を重ね、ルカリオに進化を遂げ、ついには強者たちが連なる大舞台で勝利するまでになった。もう、気持ちばかりがはやり、力が追いついてこなかったあの頃の自分ではないのだ。
 だから、大丈夫だ。警戒さえ怠らなければ、何かあっても十分に対処できる。
 そう思っているうちに、やがて前方に光を感じた。横穴の出口だ。――ほら、やっぱり大丈夫だった。
 樹の内部に、足を踏み入れる。