ちこと
2025-01-01 23:08:30
14717文字
Public イベント用サンプル
 

【チャレ30新刊】「終着点のつづき」サンプル

1/13 チャレ30発行予定の新刊サンプルです。本文全体の4割ほどを載せています。
(1/2追記 本文の3割ほどと書いていましたが、正しくは4割ほどです!申し訳ありません)
サトシとピカチュウとルカリオが「世界のはじまりの樹」を訪れるお話です。冒頭の注意事項をご確認ください。

▼当日スペース:5階N-27 Momo!
▼仕様:文庫サイズ(A6)/本文104P/オンデマンド
▼価格:¥900
▼BOOTHでの通販受付中です→https://momo-chicotto.booth.pm/items/6491119






 ガラス張りの扉が大きく開かれる。
「どうぞ、こちらへ」
 そう言って、乳母は隅に控えた。扉を抜ける女王の後ろから、サトシとピカチュウ、ルカリオも続いて外に出る。頬にふわりと風が吹き付けた。城のバルコニーだ。
 手すりの向こうに続く景色に目をやれば、すぐに大きな樹のシルエットが見えた。あれが植物ではなく、巨大な岩山であるということを、サトシはよく知っている。あそこに、〝世界のはじまりの樹〟がある。
「異変と言っても、実際に確かめられたわけではないのです」
 サトシの考えに先行するように女王は言った。遠目には、なにか異変が起きているようには見えなかったのだ。
 女王の視線は、バルコニーの隅へと向けられる。サトシもそれを目で追い、はっと気づいた。
 オルドラン城には、その石造りのあちこちから、水晶のような鉱石が生えている。それはサトシも見知っていた。規則性はなく、自然のまま生えてきたように見えるそれらは、夜には淡く緑色に輝く。そしてこれと同じものが、〝世界のはじまりの樹〟にも数え切れないほどに生えていた。
 いまはまだ昼間だから、石が放つ光には気づきにくい。そのはずなのに、サトシにも異変がひとめでわかった。
 赤い。透きとおってなどいない。その内側から、よどみのような濁りのような、ゆがんだ赤みがにじみ出ているのだ。
「これは……
 サトシの肩口では、ピカチュウがちいさく息を呑んだ。サトシも記憶にある異変だ。オルドラン城ではなく、〝世界のはじまりの樹〟その場所で。
「あのとき――あなたたちが樹へたどり着いた頃でしょうか。この城の石にも異変が起きていました」
 赤黒くよどんだ石は、やがて中から溶かされるように崩れてしまったのだという。それは、サトシとピカチュウが樹のなかで目にしたものときっと同じだった。
「今回はまだ、そのようなことまでは起きてはいません。ですが、ここ数日、このような色になる石がいくつも出てきています」
〝世界のはじまりの樹〟は、オルドラン城からよく見えるが、実際の距離は離れている。荒れ地を進むことができる車でも一日以上かかるのだ。だから、樹にも異変が起きているかを確認するには、現地を訪れるしかない。
 だが、距離が遠いこと以上の懸念があった。
「あそこでは、人間は異物と見なされてしまうそうですね」
……はい」
 樹に近づいただけで、守り手であるポケモン――レジロック、レジアイス、レジスチルが襲ってくる。それだけでなく、樹の内部に足を踏み入れれば、樹の防衛反応そのものが、人間を排除しようと動く。
「バンクスさん……キッドさんの執事は、ばい菌のようなものだって」
 サトシたちを樹まで連れて行っていってくれた冒険家であるキッドは、執事と常に連絡を取り合っていた。その分析結果が、通信を介してサトシたちにも知らされたのだった。
 なによりも、サトシはその身で体験している。
「ポケモンたちはだいじょうぶなんです。だけど、おれたちは、樹にとって邪魔ものだった」
……ぴかぴ」
 とてもちいさな、サトシにしか聞こえないほどの声で、ピカチュウがつぶやいた。サトシは肩口に手を伸ばし、やわらかい喉元をそっと撫でる。それに寄りかかるようにして、ピカチュウは目を閉じた。
 ルカリオは、それまで静かにサトシの隣に立っていた。この場所で唯一、かつての異変を知らないのだから、サトシたちの語ることを聞いているほかなかっただろう。だが、それまでサトシと女王の間のあたりを見ていた瞳が、そこではっきりと、サトシとピカチュウを見つめた。
 ルカリオに、まだここまでは話していない。だが、ピカチュウの様子に何か感じるものがあったのだろう。かれの放つ気配が引き締まっていく。
 サトシは続けた。
「おれたちのときは、ミュウが、樹に邪魔ものじゃないって伝えてくれました。だから、助かったけど」
 異物を取り除くはずの本来の防衛反応を、わざと逆流させたようなものだった。だから結果として、樹には大きな異変が起きた。その異変が、赤い濁りとなって水晶に現れたのだ。
 異変を止めて樹を救うため、樹と共生していたミュウも、そしてサトシまでも、命を賭けるほどのことになった。
 その顛末を、サトシは当時、女王に伝えていた。だから女王も、心得ているというふうに頷く。
「樹に何が起きているのか、調査することも考えました。ですが、人間が近づけば、樹の防衛反応が起こってしまうかもしれない……
 どうすべきかと思案し続ける数日だったのだ。そこを偶然、サトシたちが訪れた。〝世界のはじまりの樹〟に行き、そして帰ってきた、きっと誰よりも樹の実情を知っているだろう人間たちが。
 女王がサトシたちに頼みたいと思い、しかしためらっていることを、サトシはもうわかっていた。〝世界のはじまりの樹〟は、人間にとっては危険な場所だ。
 ――だけど。もし頼まれなかったとしても、サトシは自分から言い出しただろう。
「おれたちが様子を見てきます」
 はっと、女王の目がまばたいた。綺麗な緑の瞳が揺れている。
「ですが」
「だいじょうぶです。危なくなったら、ちゃんと引き返します。様子を見てくるだけです」
 それに、とサトシは続けた。
――おれも、あそこが心配だから。自分で確かめに行きたいんです」
 あの場所は、サトシにとっても大切な場所だ。
 肩口で、ピカチュウが頷くのがわかった。そして、サトシと同じように前を見る。
 ふたつの視線を受けとめて、女王もしずかに頷いた。
「くれぐれも、無茶はしないでください」


 ❁


 城に足を踏み入れてから、ルカリオはずっとそわそわとしていた。
 理由のひとつめは、城内に波導の力が濃く満ちていることだった。あちこちに生える鉱石も目を引くが、城を構成する石積みや空間そのものからも感じとれる。この城は、古くから、波導をあやつる者たちと親しんできた場所なのだと、ルカリオはその身で感じ、だからこそどこか落ち着かない。
 もうひとつの理由は、サトシとピカチュウの様子だった。かつて訪れたことのある地に赴き、親しんだ相手と再会するのだから、単純に喜色に満ちた様子を見せると思っていたのだ。
 しかしルカリオが波導から感じとった感情は、もっと複雑な色をまとっていた。喜びとなつかしさのなかに、奥深くに、どこか暗いような、せつないような心が見える。
 城の主が座る部屋には、大きな肖像画があった。見慣れない格好をした人間の隣に、一体のルカリオが寄りそい立っている絵だった。人間の芸術には疎いが、ずいぶんと古いものであるように見えた。
 サトシは一度、その絵を見上げ、微笑んだ。なつかしいような、せつないような色をまとわせて。
 この地で〝ルカリオ〟と出会い、友だちになったのだと、サトシは話していた。だが、その〝ルカリオ〟がいまどうしているのかまでは聞かされていない。
 この城にはいないのだろうか。どこにいるのだろうか。
 なぜサトシは、あの古い〝ルカリオ〟の絵を、大切そうに見つめていたのだろうか。
 出立は明日の朝と決まっていた。すでに夜は更けつつある。睡眠をとるべきだとわかりながらも、ルカリオは落ち着かないまま、城の中庭から空を見上げていた。
 ルカリオの知らないサトシが、ここにはある。
 それにピカチュウの様子も気にかかった。ひどく不安げで、サトシを強く案じているように見えた。そしてサトシも、そのことをわかっている。
 ここであったことの大きさを、ルカリオはまだ知らない。
 知らないなりになにかを感じとりながら、ただ夜が更けていく。